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3部
3-5
※視点変わったままです
◇◇◇◇***◇◇◇◇***◇◇◇◇***◇◇◇◇
王城の大広間、煌びやかな貴族達が集う夜会。
賑やかな会場に一組の男女が入場する。
男性はこの国の第二騎士団副団長ジーク・ボルト男爵。その腕に導かれて前に進み、隣に立つのは義理の母セレナーデ・ボルト前男爵夫人だ。
「あれが例のバーンハイム子爵令嬢?」
「今はボルト前男爵夫人だ」
「前ボルト男爵は亡くなったばかりでは?もう男漁りかしら」
「半年ぐらい前だったろうか。まだ喪が明けていないはずだ」
「傷物の令嬢がお情けで嫁がせてもらっただろうに、喪が明ける前に遊び歩くなんて」
「年老いた夫が亡くなって、今度は息子に取り入ったか」
「ずいぶんお若い未亡人ですこと」
ヒソヒソと扇の下で不快な噂が飛び交う。
好奇の目、セレナーデを品定めをするような下卑た視線もあった。
ジークは義母を励ますつもりで微笑みを向けるも、当の義母は緊張から口元に笑みを浮かべたまま表情が固まっている。
ーーこれは、聞こえていない?
ならば好都合とばかりに知人数人に挨拶を済ませ、会場の中央へと移動してゆく。
「あら、ご存じありませんの?ボルト前男爵夫人が夜会に出るのは亡きボルト男爵の意向ですのよ」
「亡きボルト男爵の意向?」
「私もお茶会でキャメロン夫人のお話を聞いて感動してしまいましたわ」
再び身重の身となったキャメロンだったが、持ち前の社交性を生かし友人、知人達に話を広めていた。
いらぬ邪推で可愛い義母を再び悲しませるようなことがあってはならないのだ。
「ええ、ご自分の死期を悟っておられたボルト前男爵がすべて用意なさって」
「最後の贈り物が夜会用のドレスだなんて…」
「御子息にエスコートするよう言ったのも亡きボルト男爵だそうよ」
「ご自分が亡くなった後、残される奥様のことを案じて…」
「「「さすがジオン様ですわ~♥」」」
「でも、あのお色は…」
セレナーデのドレスはAラインのオフショルダー、色は深いブルーサファイアから胸元の紫へと流れるグラデーション。首から胸元まで上品な黒のレースで飾られて、ドレスの裾や腰にも同じレースがあしらわれている。チョコレート色の髪は編み込まれて結い上げられ、蔦をモチーフにした銀細工の髪飾りで留めらえている。
「母上、そろそろ戻ってきてください」
「…はっ!」
セレナーデが気づいた時には会場の中央付近にいた。
恭しく手をとって礼をする息子。
そして流れる音楽。
「!?」
そのままジークのリードでくるくると踊り出し、セレナーデは転ばぬように必死で付いていった。
ターンをするたびセレナーデの腰で花のように結ばれ裾まで垂らしたレースの端がふわりと揺れて、人々の目を惹く。
亡き夫を悼む、黒のレース。
オリオン・レイスは食い入るようにその姿を見ていた。
近衛騎士隊の会場警備要項で夜会の参加者名簿は見ていた。そこにボルト男爵の名はあったが、パートナーはキャメロン夫人だろうと思っていたのだ。
王立学園卒業時の夜会にも、デビュタントボールにも参加しなかったセレナーデが美しく着飾る姿を見たのは初めてだった。
そのエスコートをしている男は、ファーストダンスを踊る男が、自分ではない。
「……っ」
自分勝手なことだと自覚しながらも、シリウス相手とは比べ物にならない嫉妬と悔しさに拳を握った。
「オリオン」
兄ハロルドの声に我に返れば、騎士礼服を身につけたハロルドがすぐ側まで来ていた。
「アルファード殿下から命令だ。オリオン・レイスお前は30分休憩だ。持ち場は私が代わる」
「…兄さん?」
ハロルドの肩越しに王族席の方に目を向けると、アルファードと目が合い、その視線が「行って来い」と動く。
今から夜会用の服に着替えている間などなく、オリオンはハロルドに剣を預けアルファードに目礼した。
曲が終わろうとしている。
人混みを抜け、セレナーデの側へと急いだ。
ようやく一曲踊り終え、なんとか息子の足を踏まずに済んだセレナーデは安堵の息を吐いた。
ーーこれで本日の任務完了です!
だが、一仕事終えたセレナーデの前に近衛騎士隊の騎士礼服を着た男が進み出る。
目の前に差し出された手。黒を基調とした騎士礼服には手首から腕にかけて金の刺繍がされている。肩には同じ金の飾緒がつけられ、詰襟にも金の刺繍。それを辿って視線を上げれば、紫色の瞳と合う。
「…一曲お願いできますか?セレナ」
「オリオン殿、仕事中では?」
「アルファード殿下から許可を頂きました」
「第一王子殿下が…」
低く心地よい声で名を呼ばれたセレナーデは、戸惑いを隠せぬまま息子を窺うように見上げる。
ーーこの手をとっても許されるのでしょうか…
「母上。よもや私と踊ったから本日の任務完了!などと思ってはおりませんよね?」
「!?」
「せっかくここまで着飾って夜会に出たのですから、最低でもあと3人ぐらいは踊って頂かないと私がキャメロンに叱られてしまいます」
「…3人ですって!?」
セレナーデが驚き青い顔をしているが、息子の微笑みに揺るぎはない。
「ですが、私には息子に余計な虫がつかぬよう見張るお仕事が」
「ご安心ください。私はここで母上を見張る仕事が忙しいので、虫が集る隙もないでしょう」
「私が見張られるのですか!?」
「母上、曲が始まってしまいますよ」
エスコートされていたセレナーデの手がジークからオリオンへと受け渡される。
その様子を周囲の人々が固唾を飲んで見守っていたことにセレナーデは気づいていない。
「…オリオン・レイス?」
「レイス伯爵の次男か?」
「二人は元婚約者同士だけど、あんなことがあったのに…」
「ずっと想い合っていたということかしら?」
「では前ボルト男爵は全て承知で?」
色めき立つ貴婦人達を他所に、中央で踊り始める二人を睨みつける者がいた。
「あのバグ女…!」
第一王子妃キャンベラだ。キャンベラは曲が始まってからずっとアルファードからのファーストダンスの誘いを待っていたが、ちらりともこちらを見ることはなく、痺れを切らし取り巻きを誘おうとしたが席を立つことすら許されなかった。
ファーストダンスは伴侶か婚約者、あるいは親族と決まっている。それ以外は醜聞になる可能性があるので貴族達は避けるのが常識だった。
つまりファーストダンスをアルファードと踊らない限り、他の男を誘うなどありえないということだ。
それはアルファードも同じ。
「…綺麗だな」
二回目とはいえ相変わらず必死で踊るセレナーデはオリオンの言葉に反応が遅れた。
口元に笑みを貼り付けながらキョトンとした目を向けるセレナーデについ口元が綻ぶオリオン。いかに着飾り貴婦人然としていても、中身は変わらぬセレナーデなのだ。
腰を抱く腕に力を込めて抱き寄せ、セレナーデの耳元で「綺麗だ」と囁けば、頬どころか首筋まで色付く。
「ダメです。今は、揶揄わないで」
「揶揄ってはいない。よく似合っている…ただ」
「ただ?」
ーーどこか変かしら?出る前に姿見で確かめたし、マーサにも大丈夫だと言ってもらったのだけれど
「そのドレスがジオン殿からの贈り物だということが面白くない」
「旦那様、ですか?」
「…次は私が贈る」
あまりのことにセレナーデは足が止まって縺れそうに躓いた。が、途端にターンをしたオリオンによってふわりと宙に浮き、会場から歓声が上がる。
地面に降り立ち、オリオンのリードされるままに踊るセレナーデは「これは夢なのでは」と思いながらオリオンの紫の瞳を見つめていた。
「…次、があるのですか…?」
「ああ、次は休みを取って迎えにいく」
ーーまたこんな大変な思いをして夜会に出なければいけないの…!?
普通ならば着飾って国王陛下主催の夜会に出れるとなれば喜ぶところだろうが、セレナーデの瞳には驚きと悲しみの色があり、それを察したオリオンは苦笑してしまった。
「セレナはダンスが苦手だったんだな」
「リズムはとれてます。イメージもできています。ただ体が付いて来ないだけです」
「…そういえば、よく躓いている」
「お待ち下さい。それは注意力が少々散漫なだけです」
「運動が苦手だとは認めたくないのか」
「そんな…わたくしちゃんと泳げますし、地上を走れますわ」
「人は大体誰でも走れる。では飛んできた球は取れるか?」
「…不思議とすり抜けてゆきますね」
「……」
「え?私運動が苦手なのですか?」
「なるほど、自覚もなかったのか」
「!」
視界の端に周囲で踊る者達を確認しながらぶつからぬように踊っていたが、セレナーデが新事実に驚いてる間に王族席の側まで来てしまっていたようだ。
セレナーデの肩越しにワイングラスを持って立ち上がるキャンベラが見え、
「セレナーデさん!!」
シセーラの声が響き、セレナーデはオリオンに抱き込まれた。
会場は騒然とし、宮廷楽団の音楽も止まる
「大丈夫か?」
突然抱き込まれ、五感はオリオンでいっぱいだったセレナーデには何が起こったのかわからなかった。
けれど、ポタリとオリオンの黒髪を伝って落ちたワインが頬にかかり「なぜ、ワインが?」と瞬きを繰り返し、どうやらオリオンが背中にワインをかけられたらしいと漸く理解した。
「なんでそんな女庇うのよ、オリオン!」
がっちりと抱え込む腕が強くて首しか動かせないセレナーデは、なんとかオリオンの二の腕越しに今度はワイングラスを投げつけようとしてアルファードに抑えられているキャンベラを見た。
「離して!あの女が皆を狂わせたのよ、あいつが元凶なの…!なんでわからないのよ、あのバグさえ排除すればきっと元通りになるわ」
暴れるキャンベラが打つかり、テーブルの上のグラスが倒れて割れ派手な音がしてるがお構いなしだ。オリオンに庇われるセレナーデを睨みつけ、暴言を吐く。
「だいたい死にかけの年寄りじじいに嫁いで大人しくしてたんじゃないの!?なんでこんな所にいるのよ!」
「陛下からご招待を受けまして」
腕の中からひょっこり顔を出して答える様がさらにキャンベラをイラつかせた。
あまりの言動に引いている周囲の輪から、ジーク・ボルトがセレナーデに駆け寄りオリオンに「大丈夫か?」と視線で尋ねる。軽く頷いたオリオンの腕からようやく力が抜けた。
ーー死にかけの年寄りじじいって誰のことかしら?
ーー旦那様?まさか、そんなはずありませんわよね。
「あんたなんか呼んでないわよ!」
「いいや、ワシが招待した」
立ち上がった国王陛下の言葉にシンと会場が静まる。
「ジーン・ボルトは先日亡き父親から男爵の位を継いだのでな、その祝いに呼んだのだが……不満があるのか?アルファード」
そこでキャンベラではなくアルファードの名を呼んだことで、己の妃への監督不十分を咎められている。
アルファードは抑えたキャンベラの頭を無理やりに下げさせた。
「大変申しわけありません、父上。華やかな場に興奮し、些か酒を飲みすぎたようです」
「…下がらせよ」
「はい」
後ろに控える近衛騎士がキャンベラの両脇を抑え引きずるようにして連れ出すそうとするが、必死に抵抗するキャンベラに苦戦する。
不意にオリオンの腕の中からセレナーデが前に出る。
「止めて、触らないで!!私は酔ってなんていない正気よ!!」
「……」
「母上?」
キョロリとキャンベラの方を見て顔を向けたセレナーデに表情は無い。
「僭越ながらご助言申し上げます。キャンベラ様」
「な…なによ…っ」
セレナーデの焦点が合っていない瞳の瞳孔は開き、どこか人形めいた不気味さにキャンベラはわずかに怯んだ。
「『乙女ゲー』は終了いたしました。『セーブ機能』などございませんので『逆行展開』はご期待なさいませんように」
「な…っーーー!!」
「では、ごきげんよう」
優雅に一礼するセレナーデに文句を言おうと口をパクパクとさせるキャンベラだったが、何も言葉が出ぬまま今度こそ連れ出され会場の扉が閉まった。
無表情のままそれを見送る姿に、ジークは初めて義母が怒っていたのだと気づいた。
言っている意味はわからなかったが、オリオンにワインをかけ、父を侮辱したキャンベラに怒り一言で絶句させたようだ。
「すまなかったな、ボルト男爵。前男爵夫人も不快な思いをさてしまった。詫びねばならない」
「いえ、第一王子殿下がお気に病むことはございません」
アルファードの声に急ぎ意識を戻したジークが頭をさげて応えた。
◇◇◇◇***◇◇◇◇***◇◇◇◇***◇◇◇◇
王城の大広間、煌びやかな貴族達が集う夜会。
賑やかな会場に一組の男女が入場する。
男性はこの国の第二騎士団副団長ジーク・ボルト男爵。その腕に導かれて前に進み、隣に立つのは義理の母セレナーデ・ボルト前男爵夫人だ。
「あれが例のバーンハイム子爵令嬢?」
「今はボルト前男爵夫人だ」
「前ボルト男爵は亡くなったばかりでは?もう男漁りかしら」
「半年ぐらい前だったろうか。まだ喪が明けていないはずだ」
「傷物の令嬢がお情けで嫁がせてもらっただろうに、喪が明ける前に遊び歩くなんて」
「年老いた夫が亡くなって、今度は息子に取り入ったか」
「ずいぶんお若い未亡人ですこと」
ヒソヒソと扇の下で不快な噂が飛び交う。
好奇の目、セレナーデを品定めをするような下卑た視線もあった。
ジークは義母を励ますつもりで微笑みを向けるも、当の義母は緊張から口元に笑みを浮かべたまま表情が固まっている。
ーーこれは、聞こえていない?
ならば好都合とばかりに知人数人に挨拶を済ませ、会場の中央へと移動してゆく。
「あら、ご存じありませんの?ボルト前男爵夫人が夜会に出るのは亡きボルト男爵の意向ですのよ」
「亡きボルト男爵の意向?」
「私もお茶会でキャメロン夫人のお話を聞いて感動してしまいましたわ」
再び身重の身となったキャメロンだったが、持ち前の社交性を生かし友人、知人達に話を広めていた。
いらぬ邪推で可愛い義母を再び悲しませるようなことがあってはならないのだ。
「ええ、ご自分の死期を悟っておられたボルト前男爵がすべて用意なさって」
「最後の贈り物が夜会用のドレスだなんて…」
「御子息にエスコートするよう言ったのも亡きボルト男爵だそうよ」
「ご自分が亡くなった後、残される奥様のことを案じて…」
「「「さすがジオン様ですわ~♥」」」
「でも、あのお色は…」
セレナーデのドレスはAラインのオフショルダー、色は深いブルーサファイアから胸元の紫へと流れるグラデーション。首から胸元まで上品な黒のレースで飾られて、ドレスの裾や腰にも同じレースがあしらわれている。チョコレート色の髪は編み込まれて結い上げられ、蔦をモチーフにした銀細工の髪飾りで留めらえている。
「母上、そろそろ戻ってきてください」
「…はっ!」
セレナーデが気づいた時には会場の中央付近にいた。
恭しく手をとって礼をする息子。
そして流れる音楽。
「!?」
そのままジークのリードでくるくると踊り出し、セレナーデは転ばぬように必死で付いていった。
ターンをするたびセレナーデの腰で花のように結ばれ裾まで垂らしたレースの端がふわりと揺れて、人々の目を惹く。
亡き夫を悼む、黒のレース。
オリオン・レイスは食い入るようにその姿を見ていた。
近衛騎士隊の会場警備要項で夜会の参加者名簿は見ていた。そこにボルト男爵の名はあったが、パートナーはキャメロン夫人だろうと思っていたのだ。
王立学園卒業時の夜会にも、デビュタントボールにも参加しなかったセレナーデが美しく着飾る姿を見たのは初めてだった。
そのエスコートをしている男は、ファーストダンスを踊る男が、自分ではない。
「……っ」
自分勝手なことだと自覚しながらも、シリウス相手とは比べ物にならない嫉妬と悔しさに拳を握った。
「オリオン」
兄ハロルドの声に我に返れば、騎士礼服を身につけたハロルドがすぐ側まで来ていた。
「アルファード殿下から命令だ。オリオン・レイスお前は30分休憩だ。持ち場は私が代わる」
「…兄さん?」
ハロルドの肩越しに王族席の方に目を向けると、アルファードと目が合い、その視線が「行って来い」と動く。
今から夜会用の服に着替えている間などなく、オリオンはハロルドに剣を預けアルファードに目礼した。
曲が終わろうとしている。
人混みを抜け、セレナーデの側へと急いだ。
ようやく一曲踊り終え、なんとか息子の足を踏まずに済んだセレナーデは安堵の息を吐いた。
ーーこれで本日の任務完了です!
だが、一仕事終えたセレナーデの前に近衛騎士隊の騎士礼服を着た男が進み出る。
目の前に差し出された手。黒を基調とした騎士礼服には手首から腕にかけて金の刺繍がされている。肩には同じ金の飾緒がつけられ、詰襟にも金の刺繍。それを辿って視線を上げれば、紫色の瞳と合う。
「…一曲お願いできますか?セレナ」
「オリオン殿、仕事中では?」
「アルファード殿下から許可を頂きました」
「第一王子殿下が…」
低く心地よい声で名を呼ばれたセレナーデは、戸惑いを隠せぬまま息子を窺うように見上げる。
ーーこの手をとっても許されるのでしょうか…
「母上。よもや私と踊ったから本日の任務完了!などと思ってはおりませんよね?」
「!?」
「せっかくここまで着飾って夜会に出たのですから、最低でもあと3人ぐらいは踊って頂かないと私がキャメロンに叱られてしまいます」
「…3人ですって!?」
セレナーデが驚き青い顔をしているが、息子の微笑みに揺るぎはない。
「ですが、私には息子に余計な虫がつかぬよう見張るお仕事が」
「ご安心ください。私はここで母上を見張る仕事が忙しいので、虫が集る隙もないでしょう」
「私が見張られるのですか!?」
「母上、曲が始まってしまいますよ」
エスコートされていたセレナーデの手がジークからオリオンへと受け渡される。
その様子を周囲の人々が固唾を飲んで見守っていたことにセレナーデは気づいていない。
「…オリオン・レイス?」
「レイス伯爵の次男か?」
「二人は元婚約者同士だけど、あんなことがあったのに…」
「ずっと想い合っていたということかしら?」
「では前ボルト男爵は全て承知で?」
色めき立つ貴婦人達を他所に、中央で踊り始める二人を睨みつける者がいた。
「あのバグ女…!」
第一王子妃キャンベラだ。キャンベラは曲が始まってからずっとアルファードからのファーストダンスの誘いを待っていたが、ちらりともこちらを見ることはなく、痺れを切らし取り巻きを誘おうとしたが席を立つことすら許されなかった。
ファーストダンスは伴侶か婚約者、あるいは親族と決まっている。それ以外は醜聞になる可能性があるので貴族達は避けるのが常識だった。
つまりファーストダンスをアルファードと踊らない限り、他の男を誘うなどありえないということだ。
それはアルファードも同じ。
「…綺麗だな」
二回目とはいえ相変わらず必死で踊るセレナーデはオリオンの言葉に反応が遅れた。
口元に笑みを貼り付けながらキョトンとした目を向けるセレナーデについ口元が綻ぶオリオン。いかに着飾り貴婦人然としていても、中身は変わらぬセレナーデなのだ。
腰を抱く腕に力を込めて抱き寄せ、セレナーデの耳元で「綺麗だ」と囁けば、頬どころか首筋まで色付く。
「ダメです。今は、揶揄わないで」
「揶揄ってはいない。よく似合っている…ただ」
「ただ?」
ーーどこか変かしら?出る前に姿見で確かめたし、マーサにも大丈夫だと言ってもらったのだけれど
「そのドレスがジオン殿からの贈り物だということが面白くない」
「旦那様、ですか?」
「…次は私が贈る」
あまりのことにセレナーデは足が止まって縺れそうに躓いた。が、途端にターンをしたオリオンによってふわりと宙に浮き、会場から歓声が上がる。
地面に降り立ち、オリオンのリードされるままに踊るセレナーデは「これは夢なのでは」と思いながらオリオンの紫の瞳を見つめていた。
「…次、があるのですか…?」
「ああ、次は休みを取って迎えにいく」
ーーまたこんな大変な思いをして夜会に出なければいけないの…!?
普通ならば着飾って国王陛下主催の夜会に出れるとなれば喜ぶところだろうが、セレナーデの瞳には驚きと悲しみの色があり、それを察したオリオンは苦笑してしまった。
「セレナはダンスが苦手だったんだな」
「リズムはとれてます。イメージもできています。ただ体が付いて来ないだけです」
「…そういえば、よく躓いている」
「お待ち下さい。それは注意力が少々散漫なだけです」
「運動が苦手だとは認めたくないのか」
「そんな…わたくしちゃんと泳げますし、地上を走れますわ」
「人は大体誰でも走れる。では飛んできた球は取れるか?」
「…不思議とすり抜けてゆきますね」
「……」
「え?私運動が苦手なのですか?」
「なるほど、自覚もなかったのか」
「!」
視界の端に周囲で踊る者達を確認しながらぶつからぬように踊っていたが、セレナーデが新事実に驚いてる間に王族席の側まで来てしまっていたようだ。
セレナーデの肩越しにワイングラスを持って立ち上がるキャンベラが見え、
「セレナーデさん!!」
シセーラの声が響き、セレナーデはオリオンに抱き込まれた。
会場は騒然とし、宮廷楽団の音楽も止まる
「大丈夫か?」
突然抱き込まれ、五感はオリオンでいっぱいだったセレナーデには何が起こったのかわからなかった。
けれど、ポタリとオリオンの黒髪を伝って落ちたワインが頬にかかり「なぜ、ワインが?」と瞬きを繰り返し、どうやらオリオンが背中にワインをかけられたらしいと漸く理解した。
「なんでそんな女庇うのよ、オリオン!」
がっちりと抱え込む腕が強くて首しか動かせないセレナーデは、なんとかオリオンの二の腕越しに今度はワイングラスを投げつけようとしてアルファードに抑えられているキャンベラを見た。
「離して!あの女が皆を狂わせたのよ、あいつが元凶なの…!なんでわからないのよ、あのバグさえ排除すればきっと元通りになるわ」
暴れるキャンベラが打つかり、テーブルの上のグラスが倒れて割れ派手な音がしてるがお構いなしだ。オリオンに庇われるセレナーデを睨みつけ、暴言を吐く。
「だいたい死にかけの年寄りじじいに嫁いで大人しくしてたんじゃないの!?なんでこんな所にいるのよ!」
「陛下からご招待を受けまして」
腕の中からひょっこり顔を出して答える様がさらにキャンベラをイラつかせた。
あまりの言動に引いている周囲の輪から、ジーク・ボルトがセレナーデに駆け寄りオリオンに「大丈夫か?」と視線で尋ねる。軽く頷いたオリオンの腕からようやく力が抜けた。
ーー死にかけの年寄りじじいって誰のことかしら?
ーー旦那様?まさか、そんなはずありませんわよね。
「あんたなんか呼んでないわよ!」
「いいや、ワシが招待した」
立ち上がった国王陛下の言葉にシンと会場が静まる。
「ジーン・ボルトは先日亡き父親から男爵の位を継いだのでな、その祝いに呼んだのだが……不満があるのか?アルファード」
そこでキャンベラではなくアルファードの名を呼んだことで、己の妃への監督不十分を咎められている。
アルファードは抑えたキャンベラの頭を無理やりに下げさせた。
「大変申しわけありません、父上。華やかな場に興奮し、些か酒を飲みすぎたようです」
「…下がらせよ」
「はい」
後ろに控える近衛騎士がキャンベラの両脇を抑え引きずるようにして連れ出すそうとするが、必死に抵抗するキャンベラに苦戦する。
不意にオリオンの腕の中からセレナーデが前に出る。
「止めて、触らないで!!私は酔ってなんていない正気よ!!」
「……」
「母上?」
キョロリとキャンベラの方を見て顔を向けたセレナーデに表情は無い。
「僭越ながらご助言申し上げます。キャンベラ様」
「な…なによ…っ」
セレナーデの焦点が合っていない瞳の瞳孔は開き、どこか人形めいた不気味さにキャンベラはわずかに怯んだ。
「『乙女ゲー』は終了いたしました。『セーブ機能』などございませんので『逆行展開』はご期待なさいませんように」
「な…っーーー!!」
「では、ごきげんよう」
優雅に一礼するセレナーデに文句を言おうと口をパクパクとさせるキャンベラだったが、何も言葉が出ぬまま今度こそ連れ出され会場の扉が閉まった。
無表情のままそれを見送る姿に、ジークは初めて義母が怒っていたのだと気づいた。
言っている意味はわからなかったが、オリオンにワインをかけ、父を侮辱したキャンベラに怒り一言で絶句させたようだ。
「すまなかったな、ボルト男爵。前男爵夫人も不快な思いをさてしまった。詫びねばならない」
「いえ、第一王子殿下がお気に病むことはございません」
アルファードの声に急ぎ意識を戻したジークが頭をさげて応えた。
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