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3部
3-6
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◇◇◇◇***◇◇◇◇***◇◇◇◇***◇◇◇◇
息子の横に並び頭をさげるセレナーデ。
その隣でオリオンは渋面のまま顔を伏していた。
気づくのが遅れていればセレナーデがワインを浴びていた。キャンベラがセレナーデを侮辱する言葉に火のつくような怒りを感じながら、キャンベラに一時でも心を許した自分に反吐が出る。
「それでは、大変烏滸がましいことではございますが、一つお願いを聞いてはくださいませんでしょうか」
「母上?」
セレナーデの声に視線が集まる。先ほどまで確かに緊張し、魂の半分がどこかへ飛んでいたような義母が声を震わせることもなく王族に向かう姿に、ジーンは内心とても驚いていた。だが、考えてみれば彼女はあの断罪劇をひっくり返した女性だ。
「あ、ああ。私で叶えられるものなら…」
「ありがとうございます。では、アルファード殿下一曲お願いできますでしょうか?」
「私と?」
「はい。ファーストダンスはまだのようですが、今回だけ大目に見ていただきたいのです。王子様とのダンスというものは貴婦人の夢でございますから」
少女のようにふふふと笑うセレナーデをオリオンが複雑な顔をしてみている。
ジークもなぜ突然にそんなことを言い出したのかと意図が読めずにいたが、まさか「あと3人」というノルマを第一王子で賄おうとしているのでは!?背中に冷たい汗が流れる。
予想外のお願いにアルファードはちらりと国王に視線を送る。国王は頷いて許可を出し、隣の王妃はなんだか楽しそうに扇の下で笑みを浮かべている。
「では、貴女のお願いを叶えましょう。一曲お相手願えますか?セレナーデ・ボルト夫人」
前に出たアルファードが身をかがめてセレナーデに手を差し出し「はい…」と応え、手を取る。
ジークとオリオンが下がり、宮廷楽団の音が静かに音楽を奏でだす。
会場の中央へと誘われ、二人が踊りだすとフロスト公爵親子も出て踊り出した。次第に人は増え、会場にざわめきが戻る。
「……セレナーデ夫人、と呼んでも?」
「お好きにどうぞ。ですが今話しかけるのは危険です」
踊り始めてすぐ、アルファードは苦笑してしまった。あまりにも真剣な表情で踊るセレナーデは「王子様とのダンスを夢見る貴婦人」という雰囲気ではなかったからだ。
「危険か?」
「はい、油断したら第一王子殿下の足を踏んでしまいます」
真剣すぎてセレナーデの眉間には皺が寄っている。思わず込み上げる笑みをこらえ、
「ファーストダンスを踊る相手の呼び方が第一王子殿下では味気ない。アルファードと呼んでくれ」
「…………アルファード殿下」
「うん?」
「我儘を言って申し訳ありませんでした」
「いや、だが何故ダンスを強請った?」
「…息子にノルマを課せられているのです」
「ノルマ?」
「はい。せっかく着飾って夜会に出るのだから最低でも3人と踊るまでは屋敷に戻さないと。…オリオン様とアルファード殿下。あと一人です」
あまりにも予想外の答えで、ついにアルファードは笑い出してしまった。
そんな理由でダンスに誘われたのは生まれてはじめてだ。
「ですので、少し左に、いえもう少し奥の方へ…」
「ん?」
踊りながらセレナーデに誘導されて徐々に移動し、フロスト公爵親子のそばまでたどり着いた時、曲が終わった。
「ありがとうございまいした」深々とお辞儀をしたセレナーデが、くるりと向きを変える。
「セレナーデさん、お久し振りです。先程は災難でしたね」
「お久し振りでございます、シセーラ様。突然で大変申し訳ないのですが、フロスト公爵様を一曲お借りすることは可能でしょうか?」
「父を?」
流れるようなセレナーデの言葉に驚くフロスト公爵親子。しかし、フロスト公爵はかつて娘を救ってもらった恩がある為、吝かではなかった。
「私でよろしいのかな?」
「突然のお願いで大変恐縮ではございますが、ご不快でなければ是非お願いいたします」
「では…」
次の曲が始まり、差し出されたフロスト公爵の手を取ったセレナーデが膝を曲げて頭をさげる。
それを呆然と見ていたアルファードだったが、顔を上げたセレナーデと目があうと…
ちらり、セレナーデの目がシセーラの方へ動く。
その目配せの意味に気付いた二人は同時に顔を見合わせた。
「…シセーラ嬢」
「……アルファード殿下」
セレナーデはフロスト公爵のリードで踊りながら、その場に片膝をついてダンスを乞うアルファードの姿を見た。
「なるほど。狙いはそちらでしたかボルト前男爵夫人」
「…はい?」
フロスト公爵から滲み出る怒気を感じながらも、ここは惚けておこうと目を合わせずダンスに集中しようと努めるセレナーデ。だが、ぐいと腰を抱き寄せられ笑顔のフロスト公爵と距離が縮まってしまう。
「ジオン・ボルト男爵には劣るかもしれぬが、貴婦人方から声をかけてもらって社交界ではそれなりに人気のある方だと自負していたのです…」
「へ?」
「私も妻を亡くしてから独り身、爵位は公爵。宰相という立場もあり、財もそれなり。造形も悪い方ではない」
言われて初めてセレナーデはちゃんとフロスト公爵の方を向いた。
確かに美人なシセーラの父だけありジオン・ボルトに負けぬ美丈夫。少し掠れ落ち着いた声は耳元で囁かれるとゾクゾクと背筋にくるものあった。
先ほどからダンスのリードも巧みで、なんだか甘さを含む爽やかな香りまでしている。
自分はそんな男性に無作法にも突然ダンスを申し込んでしまったのだと気づき、セレナーデは顔が赤くなるのを感じた。
「すみませんでした…」
たまらず俯き、消え入るような声で謝罪すれば、クスリと笑う声が降る。
「私が側にいれば、殿下とのダンスなど許さなかった」
「…はい」
「私はあの時、娘を守ってやれなかった。殿下とあの女のことでずっと嘆き苦しんでいる姿を見ていたというのに…私はあの子にこれ以上傷ついて欲しくはないのです。ようやく傷が癒えてきたというのに」
「…はい。ですが、シセーラ様はしなやかでお強い方です」
フロスト公爵の顔が曇り、視線の先で最愛の娘と苦しめた元凶が踊る様を苦く見ている。
王太子殿下の婚約者として、公爵令嬢として毅然とした態度を崩さず耐えていた娘は、日々憔悴し痩せていった。
それでも婚約の解消を提案すると首を縦に振ることはなかった。何かがおかしい、彼を守りたいのだと苦悩の日々を耐えていた。
しかし、あの断罪の場でその心は折れ、一度は全てを諦めた。もういっそ消えてしまいたいとさえ思ったと。
それを跳ね返し、折れた心を支えたのはセレナーデだった。
全てを諦めたはずのシセーラが再び立ち上がる気力を与えたのもセレナーデだ。
強いというならばシセーラではなくセレナーデなのではないかと、フロスト公爵は彼女の言葉に耳を傾ける。
「公爵様。私には昨年生まれた孫がおりまして」
「う、うん?」
娘よりも年下のセレナーデから孫の話をされ、フロスト公爵ともあろう者が思わずダンスが乱してしまった。そういえば前ボルト男爵の葬儀に行った娘が、孫を抱いた彼女に出迎えられて驚いたと話していたことを思い出した。
「日々目覚ましい成長を遂げているのですが、最近ようやく歩くようになりました」
「そ、そうか」
「懸命に歩く姿は愛らしいのですが、少しの段差や小さな小石でも転んでしまうのです。だから私は毎日庭の小石を避けて、段差のある場所は抱き上げておりました。そうしたら嫁に叱られてしまって…」
「叱られた?」
「ええ、子供はただ転んでいるのではないそうです。繰り返し転んで泣きながら何が危険か、それをどう回避するか。痛みを知って相手の痛みを察することを学ぶものなのだそうです。その機会を可哀想だからと奪ってはいけない。私のすべきことは、転んだ子の怪我を手当てし慰めて、泣き止んだら「行っておいで」と送り出すことなのだそうです」
娘よりも年下のセレナーデからまるで諭すようなことを言われ、フロスト公爵は亡き妻の姿を思い出した。
幼いシセーラが転ばぬようにクッションで周囲を固めるフロスト公爵を呆れた顔で笑っていた
ーー転んだ娘が、もう一度立ち上がって彼の手をとっている。大丈夫だろうか…
フロスト公爵は笑う妻に心の中で問う。
「…貴女は?」
シセーラは強いというならばセレナーデはどうなのかと
「私は、旦那様が居てくださいました。傷を手当てしてくださり、慰めてくださいました。行っておいでと背中を押してくださっていますが…一歩を踏み出すのは勇気がいりますね」
微笑む瞳は愛おしい者を想って遠くを見ている。ターンをするとジオン・ボルトが贈ったというドレスが揺れる。
彼女を包むドレスは細部にまで拘って作られ、なによりジオン・ボルトの愛情が溢れていた。
実はフロスト公爵の亡き妻も若い頃からジオン・ボルトの熱心な愛好者で、フロスト公爵は密かにライバル視していたのだ。
「…悔しいが、ジオン・ボルト男爵には最後まで勝てなかったようだ」
「?」
曲が終わり、お互いに礼をする。
セレナーデはようやくノルマを達成し、夜会を終えることができた。
◇◇◇◇***◇◇◇◇***◇◇◇◇***◇◇◇◇
「オリオン、いい加減着替えてきたどうだ?」
兄ハロルド・レイスの言葉に反応せず、オリオン・レイスはアルファードとセレナーデのダンスを凝視している。
不意にアルファードが楽しげに笑い、オリオンの眉間には深い皺が寄った。
「あ…」
ようやく一曲を終えたセレナーデがすぐさま向きを変え、今度はフロスト公爵の手を取って踊りだす。
オリオンの眉間の皺がさらに深いものとなり、
「!!」
フロスト公爵がセレナーデの腰を抱き寄せた瞬間、オリオンの体が揺れ、駆け出すのではとハロルドが肩を抑えた。
その有様を横で傍観していたジークは、グラスのシャンパンを飲み干して小さく息を吐く。
「さて、帰ったら妻への報告がいっぱいだ」
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