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ほら吹き大探偵の朝・後編
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20どうやって地球へ
「うんこが……」
我輩はそれしかいえなかった。便器からうんこがなくなってしまったら空を飛べない。飛べないということは宇宙も進めない。我輩らは地球へは帰れない。
シャーリー・ベイカー嬢の顔が頭に浮かんだ。我輩は頭を振ってむりやりその横顔を頭から追い出した。
「地球へ帰る方法はかならずあるはずだ。ただわれわれがそれに気がつかないだけなのだ。我輩はそう信じているし、そのために考える余地もまだ残っていると思う」
「あの、地球のおかた」
フローラ姫が、緊張した声でいった。
「あなたがたが地球へ帰ろうとなさっておられるのなら、どうかわたくしも連れていってください」
便器のつまみがひとりでにがちゃがちゃと回った。仰天するとこうなるらしい。
「フローラ姫、そんな無茶な。これはわたしと殿下の仕事で」
「いいえ」
フローラ姫は真剣な表情を崩さなかった。
「わたくしも行かねばならぬのです。王族の義務として、人質をこちらに連れ戻さねばなりません」
「人質?」
「そうです。あのトイレットペーパーの芯の中には、わたしたちの家族や仲間や友達の皮がたくさん詰め込まれているのです」
そうだった……!
「あの皮がなければ、この国の影法師たちは元の姿に戻れないでしょう。それを取り戻すためにも、王族の最後のひとりとしてわたくしは地球まであの者を追わねばなりません」
「姫様、それはそうですが、危険すぎます!」
「しかし、城のスライムおじいさんを連れていくわけにもいきません。あのかたがいなければ悲しみのあまり影法師たちはほんとうに消えてしまうかもしれません。みんなあのかたが好きでしたから」
「隠れ家にいる修道士さんはどうかな」
「あのかたは戦うことはしないと誓われました。それに、もしあのかたまでもが影法師になってしまったら、祈りの力で影法師に皮をかぶせて元の姿にすることができるかたがいなくなってしまいます」
我輩は唸った。
「ほかのかたたちは?」
我輩の言葉に、フローラ姫は下を向いた。
「そうですか……」
フローラ姫はぱっと便器のほうに向き直った。
「便器さま、わたしたち王家の一族には、だいだい不思議な宝物が伝わっています。言い伝えによれば、王家の血を引く女がその宝物を使えば、天球の外にある命の炎と呼び合って、こちらに帰ってくることができるというのです」
「しかし、姫様、それが本当でも、帰るときにしか使えないのでは……」
「そうだっ!」
我輩の頭の中で最新式のLED電球がぴかっとついた。
「我輩らは地球へ行けるぞ。みんなでそろって地球へ飛び、あのトイレットペーパーを止めてやろうじゃないか。すばらしい名案を思い付いたのだ」
21いざ地球へ
便器のうえに我輩がまたがり、我輩の膝の上にフローラ姫がちょこんと乗った。
「便器くん。準備はできたか」
我輩の言葉に、便器はいささか心苦しそうな声で答えた。
「わたしの準備はできましたが、心の準備というものが。姫様はどうですか?」
「この旅がどのような困難なものになろうとも、わたくしは耐えて見せます。自分の決意に変わりはありません」
「我輩の考えでは、ほかに地球へ行く手段はない。われわれは、できることを全力でやるまでだ」
「わたくしは覚悟ができています。便器さまは?」
便器は胸を張って答えた。
「姫様がお覚悟ができているなら、わたしも覚悟ができてますよ、もちろん」
姫はうなずいた。
「それでは、ザレゴット・ダイスキー殿下、お願いいたします」
「任せておきたまえ。ではまず、便器くん、例の穴へ入りたまえ。姫様も、呼吸法をお忘れなく」
目の前に空いている宇宙空間への大きな穴に、我輩らを乗せた便器は勇敢にも飛び込んだ。
ここからが我輩が錯乱寺拳法の奥義を見せる時だ。
「ぐわっはっはっはっは!」
いきなり笑いだした我輩をみて、便器もフローラ姫もびっくりしたようだった。
「わはは、わはは、わはは、わはは、わはははは!」
「これが、トイレで殿下が開いていた新聞で読んだ、人間が笑うことから無限のエネルギーを引きだすといわれる錯乱寺拳法の真の呼吸法……」
便器がつぶやいた。
その通り。数百年前の日本が混乱していた時代、錯乱寺に飛び込んできた金色のコウモリから武術の奥義を学んだといわれる錯乱寺拳法の神髄がこの呼吸法には詰まっているのだ!
「わははは……はあーっ!」
我輩は便器のなかに今朝がたから下腹に溜まっていたうんこをぶちまけた。我輩が急に宇宙へ飛び出したため、うんこをする気がなくなって、あれ以来これまで一度もうんこをしていなかったことを、賢明な人ならばすでにお気づきだと思われる。
我輩が気合とともに吹き出したうんこの衝撃力はすさまじいものがあった。便器の処理能力をもってしても、完全には制御しきれなかったらしい。
フローラ姫と我輩とを乗せた便器は、例えるならひとつのエンジンとなって宇宙空間を進んでいった。その速度はソユーズ・ロケットには及ばないが日本のイプシロン・ロケットの速度を数百万倍にしたくらいのスピードはあった。
「すごい。これなら、あっというまに地球へたどりつけますね」
我輩は尻を拭こうとして、トイレットペーパーを探した。出がけに頭に乗せてクッションの代わりにしたものである。
しまった……。
「どうなさったんですか、殿下?」
「たいへん、恐ろしいことです、フローラ姫。尻を拭く紙がありません。申し訳ありませんが、しばらくこのまま乗っていてください」
22地球への帰り道
尻が痒かったが、それ以外のことでは何ら問題なく我輩らは地球の引力圏にたどり着いた。
「殿下、どうしてこんなにも簡単にわたしたちは地球のそばまでやってこられたんですか?」
我輩は口髭をひねった。
「うむ。我輩にもよくわからんが、古代の賢者によると、物が落ちるのは、物は全て地球の中心に向かう性質があるからだそうだ。我輩らがまっすぐここまで来られたのは、まっすぐ地球に落ちていったからなのだろう。そうとしか考えられん」
フローラ姫がいった。
「わたくしには何となく騙されているような気がします」
我輩はうなずいた。
「我輩も騙されているような気がする。だが、我輩らを騙しているのはトイレットペーパーのやつでも、他の人間や道具でもなく、神様かそれに似た、この世界をこしらえた存在ではないかな」
便器は難しい算数の問題を前にした人間のような声でいった。
「どうして、そんな凄い存在が、わたしたちを騙しているというんですか」
我輩は答えた。
「それはわからんが、そうした存在は、我輩らをどうやったら地球へ戻して、あのトイレットペーパーの野望を打ち砕けばいいのか考えている最中なのかもしれん。それとも、トイレットペーパーと手を組んで我輩らをやっつけるために地球におびきよせているのかもしれん。どっちにしろ、我輩らが考えてわかることではない」
「さらに騙されているように思えますが、あれが地球ですか? なんて美しい青い色でしょう……」
「地球が美しく見えるのは、姫の心を映しているからでしょう」
便器はそう断言した。まことに恋は人を勇者にも詩人にもかえる。我輩としては、そういうやつらは徹底的に応援するところだ。
しかし、そのまえに。
「便器くん、そろそろ準備をしておきたまえ」
「え?なんのですか?」
「大気圏への突入だ」
「大気圏……」
「知らないわけではないだろう。地球という星は空気に取り囲まれている。わずかな量ではなんともないが、猛烈な速さで、そこをくぐり抜けようとすると、空気との摩擦で恐るべき熱が発生する。その温度は、鉄など軽く溶かしてしまうほどだ」
「知ってます。知ってますけど、うわあ、そうだよなあ。行くときも成層圏とかいってたし、帰り道に大気圏がないなんていう道理がないもんなあ。わたしたちは一緒に燃えて火の玉になって、南無阿弥……いや、フローラ姫をそんな目に追いやるわけにはいかない。考えろ、自分。考えて、この状況を打ち砕くのだ。我輩の辞書に不可能の文字はないとナポレオンもいっている。ここが男の意地の見せ所」
「ゆっくり考えている暇もなさそうだ。見たまえ、地球があんなに大きくなってきた。我輩らを引っ張る地球の引力は、どんどん大きくなってきている。かといって我輩にはいいアイデアが浮かばない。人間最後には冷静なままで……」
と、いったとき、我輩の頭の中で百ワットのLED電球がぴかっと光った。
23大気圏突入
「フローラ姫、天球へ帰る宝物はお持ちですか」
「はい。この、命の色の冠です」
我輩はフローラ姫の頭を見た。たしかに花のような冠を被っている。
「姫、それの力を少しずつ使うことはできますか」
「難しいけれどやれないこともないでしょう。でも、それでどうするのですか?」
「そうか!」
便器が明るい声でいった。
「天球の命の炎に呼ばれるということは、地球の引力と反対の方向に進む、ということだ。殿下、あなたは姫のその宝物をブレーキに使おうというんですね」
「その通り。早く落ちると摩擦で燃えるなら、ゆっくり下りれば、燃えなくてすむのだ。あきらめず考えていれば、最後には名案も浮かぶのだ」
「殿下。……それと、便器さん」
「どうかしたのですか、姫様!」
「宝物の力を使う前に、わたくしをしっかり押さえていてほしいのです。わたくしだけ飛んでいってしまったら、あなたがたは……」
それもそうだ。我輩と便器は、あわててフローラ姫の身体を押さえた。
「姫、ご無礼をお許しください」
「いいえ。わたくしが望んだことですから」
便器が叫んだ。
「あちち、熱くなってきた!」
我輩は便器を勇気づけた。
「熱いと思うのなら、作戦は成功だ。姫君のブレーキは効いている。このままゆっくり、ゆっくり降りるのだ」
フローラ姫は祈っていた。
「ゆっくり……。ゆっくり……」
「いいぞ。いま我輩らの下に広がっているのが太平洋だ。その隣にあるのがユーラシア大陸。そして、そんなユーラシア大陸の端にある島々が、我輩らがやってきた日本という国だ」
「ハイダラケ王国はどこですの?」
「ここからじゃ見えない。地球の反対側さ。で、とりあえず、我輩らは、あの太平洋に着水する。船とかボートとか存在しないか確認してくれよ、便器くん。なにせ、人がいっぱいいるところとか、人様の建物とかを壊してはまずいからな」
「責任重大ですね。でも、頑張ります」
「そうだ。ゆっくり、ゆっくり。ゆっくり、ゆっくり」
ゆっくり、ゆっくり進んで、我輩らは、無事ミクロネシア諸島沖の海原に着水した。
「やったー!ついたー!」
便器はほっとした様子をありありと滲ませながら言った。フローラ姫は、生まれて初めて見るらしい、海原の水を珍しそうにちゃぷちゃぷとなでていた。
「それで、ここから先はどうするつもりなのですか?」
我輩は胸をどんと叩いた。
「こんなときのための携帯電話です。我輩のものは強力なアンテナがついていますから、これでハイダラケ王国と連絡を取り、そこからCIAにでも……」
便器が空を見上げた。
「なにか飛んできましたよ。あれって、ヘリコプターじゃないんですか?」
24ヘリコプターのなかで
「殿下、紅茶です。ブランデーも三口入れました」
我輩の助手であるシャーリー・ベイカー嬢は、魔法瓶からマグカップにお茶をコポコポと入れた。
「ありがとう。しかしシャーリーくん。どうしてきみがアメリカ海軍のヘリコプターなんかに乗っているんだね。我輩らはまだ地球に着いたばかりで、ハイダラケ王国に連絡も入れてないぞ」
シャーリー嬢は自分も紅茶を別なマグカップに入れ、ゆっくりと飲んだ。
「殿下は今や世界中に顔と名前を知られた有名人ですから」
「どういうことだ。もしや、ハイダラケ王国が何者かの侵略でも受けたのか」
我輩は弟で現在のハイダラケ国国王であるマットーのことを考えた。あいつは昔から融通が利かないところがあった。もし弟の身に何かあったら、ハイダラケ王国の独立も危なくなる。
シャーリー嬢は我輩の心配に首を振った。
「マットー陛下も、ハイダラケ王国も無事です。しかし、アメリカは無事ではないようなのです」
「アメリカ?」
「わたしから話しましょう」
シャーリー嬢の横に座っていた背広姿の男が我輩に向かっていった。
「アメリカ合衆国報道官補佐のテリーともうします。殿下、まずはこれを見てください。アメリカのモハーヴェ砂漠の現在の様子です」
「モハーヴェ砂漠というと、アメリカの西の方にあるばかでかい砂漠ですな。それが……」
我輩はぴんときた。
「まさか、そこに?」
「殿下ならご承知でしょう。ご承知でなければなりません。モハーヴェ砂漠の空港と宇宙港のすぐそばに、地球外の物と思われる知性を持つ何者かが落ちてきたのです」
「いいたいことはわかる。でっかいあれがおちてきたんだろう。トイレット……」
「そうです。トイレットペーパーです。あまりにも恐ろしい声で、『ハイダラケ王国はどこだ。あのうんこを漏らしたザレゴット・ダイスキーの生まれ故郷であるハイダラケ王国はどこだ』とわめいています。ハイダラケ王国にとどまらず、ヨーロッパ諸国が一丸となってこの侵入者をなんとかしろとアメリカにいってきています。アメリカ政府も軍隊を出動させて、いま、陸軍の機甲師団と空中機動騎兵大隊とがトイレットペーパーとにらみ合いを続けています」
我輩はカッとした。
「うんこを漏らしたとは何だ。我輩はあやつのまえでうんこを漏らしなどしておらんし、うんこをするときはきちんと作法にもとづいてしている。我輩の王族としてのプライドを逆撫でするとは、あのトイレットペーパーは、なんとひどいやつだ」
「それはわかりました。でも、殿下、空母に戻ったら、お尻くらい拭いて、パンツとズボンをきちんと穿いてください。助手として恥ずかしいです」
シャーリー嬢の言葉はもっともだった。テリーが笑いをかみ殺しているようなのが癪に障る。
「こちらのお嬢さんからあなたが便器に乗って宇宙へ行ったと聞いたので、われわれもNORAD、北アメリカ航空宇宙防衛司令部の誇るレーダーで、殿下のことをお探ししていたのです。超音速ジェットで、一刻も早くモハーヴェへ飛んでください」
25戦闘機発進
「殿下、これをどうぞ」
空母ニミッツの上で、我輩は整備担当の兵士から黒くて堅いありがたくないものを差し出された。
「なんだねこれは。我輩には拳銃に見えるが」
「拳銃ですよ。M9自動拳銃です。弾を十五発も込めることができます」
我輩は首を振った。
「いらんよ。あのでかいのに、そんな拳銃の弾が通用するわけがないだろう」
「でも武器がないと危ないですよ」
「丸腰で行くとはいっとらん。我輩が身を守るには、この『きぼう』だけで充分だ」
「じゃあ、せめて、モハーヴェでは防弾チョッキでも着てくださいね。あのでかいのが暴れ出してモハーヴェ空港が襲われたらそれこそ大変なことになる」
「そうなったら、我輩も大いに困る。全力を尽くすよ。それはそうと、我輩の連れはきちんと飛行機に乗せたかね」
「あの便器が何の役に立つのかは知りませんが、おっしゃるとおり、衝撃吸収材の中に入れておきましたから、殿下と同じ時刻にはモハーヴェにつけるはずです」
「扱いは丁重にしてくれ。高貴な生まれのお姫様もいることだしな」
我輩はGスーツを着てFA-18F複座戦闘機の後部座席にのった。整備士はてきぱきと我輩の身体から伸びたコードやホースを戦闘機本体に繋げていった。
「説明した通り、一度グアムに飛んでから乗り換えてもらいます。このスーパーホーネットはあまり乗り心地がいいとはいえませんが、殿下をグアムまで蹴り飛ばしてくれますよ。グアムに着いたら、今度はファーストクラスで優雅なアメリカ西海岸の旅ということになりますな」
「なんとも心強い。超音速戦闘機など、乗るのは二十年も前のミラージュ以来だ。だから、この手の飛行機がどんな感じかは心得ている。好きに蹴り飛ばしてくれ」
「驚いた。殿下はパイロットだったのですか」
「ハイダラケ王国の王族は、いざというとき、国を守るために最前線で戦う義務がある。陸も海も空も、めぼしいところは全部やらされた」
「なんてこった。こっちは空母勤務だけで手いっぱいなのに。王族には生まれたくないですね。カタパルトの準備が整ったみたいです。くれぐれもうんこなんか漏らさぬように」
我輩は大きな声で悪態をついた。整備士は笑った。
「マスクを、きちんと着けてくださいね。それでは、楽しい拷問のひと時を」
キャノピーが閉じた。
便器くんもフローラ姫も大丈夫だろうか。なにしろ、超音速戦闘機の乗り心地というのは、洗濯機で振り回される方がまだましだ、と、いいたくなる代物だからだ。
我輩は錯乱寺拳法の呼吸法で精神を統一した。
空母ニミッツのカタパルトがうなり、FA-18スーパーホーネットは空に舞い上がった。
最高速度マッハ2。我輩は身体を鍛えてなかったらぺしゃんこになりそうな気持を覚えながらグアムまで飛んだ。
先に宇宙旅行をやっておいてよかったと思ったのは事実だが、やっぱり慣れぬものである。
26作戦会議
グアムで超音速こそ出ないが、まだそれなりに乗りやすいアメリカ軍の飛行機に乗り換えた我輩は、便器とフローラ姫とともにトイレットペーパーと戦車部隊とがにらみ合っているのを機内モニターで見ながら作戦を練っていた。
「ずいぶんと大きくなりましたね、あのトイレットペーパー」
「まったくだ。これではアメリカ軍も簡単に手出しはできないだろう」
画面に映ったトイレットペーパーは、天球の裏側の世界にいたときより、十倍は大きくなっていた。
グアムからボディガードとして我輩らと行動を共にしている、ジョーンズ陸軍少佐が答えた。
「今のところ、自分から暴れる様子はないのが唯一の救いですが、もしあれが空港の方へ向かったら、大変な被害が出ます。それだけは避けなくてはなりません」
「でも、一体どうしてあんなに大きくなってしまったんだろう? 大気圏突入のときに空気との摩擦で燃えて、いくらか痩せたのなら話は分かるけれど」
便器が首をひねった。
「わかりません。だいたいあんな大きなトイレットペーパーが存在するなんて、地球上のありとあらゆる科学者が頭を抱えて寝込んでしまうくらいのことですから。便器さんとフローラ王女さんも我々としては全く理解を超える存在です。人類の文明と科学はこの五千年というもの、いったい何をしていたんでしょう」
「ジョーンズ少佐、あまり考えすぎると体に毒だとわたくしは思います」
「姫、お言葉ありがとうございます。ご心配をおかけしたようですね。むろん、われわれがやるべきことは、あのトイレットペーパーに、自分の要るべきところへ帰ってもらうことですが」
我輩はひげをひねった。
「うむ、それなのだが少佐、軍隊に攻撃をさせることだけは絶対にやめてほしいのだ。できれば、いまトイレットペーパーを包囲している陸軍部隊を回れ右させて基地へ帰してほしいのだ」
少佐は首を横に振った。
「それはできません。アメリカ軍にはアメリカの市民の命と財産を守る使命があります。ですから、わたしが上官に掛け合っても、大統領に掛け合っても、『それはできない』と答えるでしょうね。あなたがたの話が本当で、あいつが踏みつぶしたものが影法師になってしまうとなったら、なおさらです」
「そういうと思ったよ。もちろん、少佐、あなたのいう通りだ。でも我輩は、話し合いをしたい相手に銃や大砲を向けるのは、あまりかっこよくはないな、と、思えてならんのだ」
少佐はわずかに唇を震わせたが、やがていった。
「殿下、おわかりのことでしょうが、軍隊というものはかっこいいことをするためにあるものではありません」
我輩は口髭をひねった。
「そう。その通り。それだからこそ、世界は間違った方向へ行ってしまう。わが祖国ハイダラケ王国は歴史の中でかっこいいことをするだけの力を持ったことなど一度もなかったし、たぶんこれからもないだろうが、『世界の国々がもうちょっと本当のかっこよさとは何かについて考えていたらなあ』と、しみじみ思うくらいの歴史の厚みは持っている」
少佐は我輩から目をそらし、窓の外を見た。
「もうすぐモハーヴェ空港です」
27モハーヴェ砂漠で
「ここでいい。ここから先は、歩いていく」
我輩と便器とフローラ姫はそろってトラックを降りた。
運転していた兵士が、我輩らにいった。
「あんなでかいのを相手にしてあなた方を放り出すのは、おれとしちゃあまり気が進まないんですがね」
「では、一緒に来るかね?」
我輩の言葉に、兵士は首をぶるぶると振った。
「上から命令も来ているし、おれが帰らなかったら軍隊も困るんでね。規律ってやつでさ。それに、殿下に張り付いているはずのやつもいなくなったって聞いたし、故郷には女房と子供がいるし」
「『真昼の決闘』という映画なら、我輩も何度も見たよ。まあ、そういうことだから、遠慮せずきみは帰りたまえ」
我輩が手を振ると、トラックは大慌てで逃げるようにもと来た道を去っていった。
「行こうか」
焼けるような砂漠の風を体中に受けると、我輩たちは歩き出した。
「故郷を思い出します」
フローラ姫がいった。
「燃える命の炎に包まれていた故郷を」
「だが、そこはこんなに暑くはなかった、そうでしょう?」
我輩がわざとおどけていうと、姫は真剣な声で答えた。
「はい」
それから便器の方に視線を向け、行った。
「便器さんは、この暑さをどう思いますの?」
「陶器にひびが入るかと思うくらい熱いですが、それほど辛いとは感じません」
「どうして?」
便器はちょっと考えてから答えた。
「あちらの世界でのわたしは、『姫様のためならたとえ火の中、水の中』と思っていましたが、こうしてここへ来てみると、姫様のため、というのは同じでも、もっと違う、何かのために……ううん、うまくいえないけれど、最後には自分のためにもなる何かすごいことをするという、そんな思いでいるから、辛く感じないのだろうと思います」
「便器さん、その『何か』というもの、わたくしもわかるような気がします。……殿下は?」
我輩は振り返らず、にやりと笑っていった。
「便器くん、姫様、我輩にはそれが何なのかよくわかる。言葉にもできるぞ」
便器が我輩に尋ねた。
「何ていう言葉ですか?」
「わからないかね。『かっこよさ』だ」
我輩が答えたとき、耳が聞こえなくなるような、爆発のような大きな声が聞こえた。
「止まれ! 潰されたくなかったら、そこで止まれ!」
我輩たちは足を止めた。
「やあ、ずいぶんとでかくなったな、トイレットペーパーくん。こうして日陰で話せるのは、我輩らとしてはありがたい」
頭が天まで届くような巨大なトイレットペーパーが、太陽を背にして、我輩たちを見下ろしていた。
28大きくなったわけ
我輩の答えに、トイレットペーパーは、「ふんっ」、と大きく息を吐いた。
「日陰に入るまで待ってやったのは、お前たちに二度と太陽の光を見せなくするためだ」
「太陽の光を見られなくするだと! 太陽の光が見られなくなるのは……むぐむぐ」
便器が叫びかけるのを我輩はおさえた。
「戦いをしたいのならばいつでも相手になってやるが、お前みたいにばかでかくなってしまうと、戦うだけでも周囲に迷惑がかかる。それに、お前はどうしてそんなにも大きくなったのだ。地球に来るまでに何かあったのか」
トイレットペーパーは、再び大きく「ふんっ」、と息を吐いた。
「宇宙を飛んでいる間、おれは兄弟に出会った。兄弟がおれをこんなに強くしてくれた。兄弟が大気の摩擦熱にも耐えられる身体におれを変えてくれた」
兄弟?
「兄弟とは誰だ」
「うんこ漏らしのお前ならよく知っているはずだ」
「誰がうんこ漏らしだ。我輩はうんこなど漏らしてはおらん。するべきときにしただけだ」
我輩がカッとするのを、こんどは便器のほうが止めた。
「何を挑発に乗っているんですか。落ち着いてください」
トイレットペーパーは大声で笑った。
「おい便器、お前もよく知っているはずだぞ。この安物セラミック」
「誰が安物セラミックだ。わたしの体は陶器の名門マイセンの近くの鉱山の隣の国が外交関係を結んでいる国の中でも上から数えて五本の指に入る鉱山の」
「便器さんも落ち着いてください。トイレットペーパー、あなたがいう兄弟とは誰ですか。彼らおふたりに関係あるかたなのですか。それとも、わたくしも存じている方なのですか」
「何も知らないのはお姫様だけだ。こいつらが犯した口には出せないようなひどい罪を」
我輩と便器の声が重なった。
「罪?」
「お前らは忘れていたのか。本当に、ひどいやつらだ。これは笑うしかないじゃないか」
「待て。我輩らは本当に身に覚えがない。どういうことなのか説明してはくれないか」
「説明だったら全部生き証人がしてくれるさ。おれの兄弟がな!」
便器は我輩に混乱した声でいった。
「生き証人? いったい誰でしょう、殿下」
「我輩にもわからん。いったい誰だ……?」
トイレットペーパーの芯のところから伸びてきた手の掌にちんまりと乗っているその生き証人を見て、我輩と便器は同時にあっと声を上げた。
それは。
「トイレットペーパー! 我輩と便器とが地球を脱出したとき、ヘルメットがわりに我輩がとっさに頭に乗せたトイレットペーパーじゃないか!」
掌の上のひしゃげたトイレットペーパーが、わずかにうなずいたように我輩には見えた。
29生き証人は語る
「ハイダラケ王国プリンス・ザレゴット・ダイスキー殿下、そうです。わたしは、あなたがビルの瓦礫から頭を守るために自分の頭の上に乗せた、そのトイレットペーパーです」
我輩は声も出なかった。
「あなたが宇宙へ飛び出した後、わたしはあなたの手から離れて、宇宙空間をたださまよいました。ひとりきりで、どこまでも。わたしは怖くてたまりませんでした。敵がいたからではありません。宇宙空間で一人でいること、それだけでわたしは寂しくて怖くて気が遠くなるようでした。口をきく友達もなく、どこへ行くかさえも全く見当がつかないのです。よく考えると、宇宙を一人でさまよった時間は、そう長くなかったかもしれません。けれど、長いとか短いとかの問題ではないのです。わたしは殿下のトイレットペーパーでありながら、殿下のお尻を拭くという仕事すらできず、見捨てられてしまったのです」
巨大なトイレットペーパーが、続きをいった。
「おれはお前に負けて天球の世界から脱出してから、ただ地球へ向かうことだけを考えていた。地球へ行く方法は簡単だった。ひたすら落ちればいいのだ。どこまでも自分を引っ張る力にまかせて、落ちていけばいつかは地球にたどり着く。だが、地球にたどりつくことができたとして、おまえと便器にすら負けたおれに何ができるだろう。おれは暴れまわり、地球のなにもかもを影法師にできるかもしれない。できないかもしれない。おれは力が欲しかった。その途中で、ふわふわと浮いているこの兄弟に気がついた。おれはてをのばして、がっちりと捕まえた」
巨大なトイレットペーパーは、その小さな兄弟を守るかのように掌をすぼめた。
「話を聞いてみると、このトイレットペーパーは、お前にゴミか何かのように捨てられたというではないか。おれは怒った。体が燃えるように怒った。怒りが体をどんどん大きくしていった。おれにはお前に負けたために、地球を影法師の星にしてしまうという目的がある。だが、この兄弟は、そうした目的も持てずに宇宙をさまよったのだ。そんなひどい定めがあるか。兄弟の味わった苦痛に比べれば、おれの味わった苦しみなど、屁のようなものだ。おれはこのトイレットペーパーと、トイレットペーパーとしての義兄弟の誓いを交わした。その誓いを立てたことで、おれはますますからだが大きく、強くなった。地球までたどりつき、空気がものすごく熱くなった時も、おれの怒りに比べればそんなもの生ぬるいだけだった。おれは地球へ降りた」
小さなトイレットペーパーがいった。
「わたしは大きな兄弟から、あなたがどんな人で、どんなことをしたのか聞きました。あなたがそんなひどい人だとは、わたしは思いもしませんでしたが、現実に宇宙へ放り出されて、同じように宇宙へ逃げるしかなかった兄弟がいるからには、その言葉を疑う理由はありません。わたしは地球を影法師の星にしようという兄弟の言葉に賛成しました。わたしを助けてくれた兄弟がそれほど思い詰めているのなら、それに手を貸すのがわたしのしなくてはならない務めだと考えたからです」
便器もフローラ姫も身動き一つせずに、このトイレットペーパーたちの話を聞いていた。むろん我輩も同じだった。
どうして、こんなことになってしまったのか。我輩はそれこそ悪態でもつきたい気分だった。
しかしハイダラケ王国の王族の男は、どんな時でも誇り高く生きていかなければならないのだ。我輩はこれまでの人生で、それを痛いほど学んできたのだ。
トイレットペーパーたちと視線を合わせ、我輩は口を開いた。
30誇り高い生き方
「トイレットペーパーくん」
我輩は深々と頭を下げた。
「すまぬ。我輩の落ち度だった。このすべての事態において我輩は間違った対応ばかりしてきて、きみたちの心を考えもしなかった。それについてはあやまるしかない」
我輩は頭を上げ、トイレットペーパーたちの視線を正面から受け止めた。
「だが、地球を影法師の星にしてしまおうなどという邪悪にもほどがある行為は、絶対に許さんぞ。お前たちのいいぶんがどれほど正しくても、天球の外側で影法師にされてしまい、皮を人質に取られている道具たちのことや、鳥小屋に閉じ込められてペットにされてしまいそうになったフローラ姫のことはどうなる。でかいの、お前はフローラ姫に恨みを持っているようだが、姫がお前に何かをしたというのか。何もしなかったのが憎いとしたら、こういうことをして下さいと姫にいわなかったお前は何をしていたのだ。全ての者たちから慕われる姫は、お前の訴えも聞いた上で、お前と友達になったかもしれん。そんなやって当然のこともやらずにただ不満ばかりをぐじぐじと呟いて、それで世の中が自分の思い通りにならないからといって怒りをあらわにする、そんなやつとは我輩は先頭に立って戦うこともためらわないのだ」
フローラ姫が続けた。
「この殿下のいう通りです。わたくしはあなたが父や母や友達をことごとく影法師にするという野蛮な行為をする前だったら、あなたのその怒りを鎮め、友達になれたかもしれません。しかし、あなたは、わたくしに『友達になろう』などとはひとこともいわず、いきなりラジオ体操をしているみんなを襲ったのです。あなたがたは殿下をひどい人間だといいましたが、わたくしが思うには、ひどいことでは、あなたがたのほうがよっぽどひどい者どもです。鳥かごに入ってあなた方と暮らすなど、できません。それにわたくしにはすでに心に決めた方がいます。『共に暮らすのならばそのかたしかいない』と、わたくしはそう誓ったのです」
フローラ姫は一気にそういうと、これまた物怖じをしない視線をトイレットペーパーたちに向けた。
さて、最後はわれらが便器くんだと思ったのだが、何となく調子が変だった。なにかフローラ姫はおかしなことでもいったのだろうか。
「え、ええっと、わたしは、やっぱり、お前たちの、よこしまな計画は許せないぞ。わたしじゃ、戦力にならないかもしれないけれど、それでも姫を守るためなら、このマイセンから遠いゆかりの由緒ある陶器が粉々になって、燃えないゴミの日にゴミ収集運搬車の人に『うーん、これは燃えないゴミではなく粗大ゴミの日に区役所の処理施設に出してください』といわれても構わないくらいに、うーん、うーん」
便器の急な混乱ぶりに、我輩は頭を抱えたくなった。熱意はわかるが、どうも空回りしている。
「あのなあ、便器くん」
便器はショックをありありと、その青ざめたセラミックに浮かばせていた。
「わたしは倒れても、後にわたしと同じ考えを持つ他の者たちがいつかはお前たちのその野望を、うーん、うーん」
これは駄目かもしれん。何度もいうようだが、恋は誰でも勇者に変えるが、恋が破れた後に残っているのは腑抜けだけ。
「トイレットペーパー、もし我輩らを影法師にするというのなら、我輩らは誇りにかけて相手になるぞ。だが、戦う前にお前たちもよく考えてみるべきではないかな」
31自分との戦い
「考えるだと? おれたちが何を考えろというんだ!」
トイレットペーパーに、我輩はいった。
「自分の怒りを抑える方法を、だ」
「それをするにはおれたち兄弟の怒りはあまりにも大きすぎるんだ!」
「それでさらに怒りをばらまくのか。やっているほうは面白くてたまらんだろうな。怒りが怒りを生み、それがまた怒りを生む。果てしなく火をつけて、燃えるものはもっとどこかに落ちてはいないかと探し回る。そんな輩にそっくりだ」
「何だと」
「いや、ちょっと待ってくれないか、兄弟。話を聞いてみよう」
トイレットペーパーがなにかいおうとするのを、掌の上のひしゃげたトイレットペーパーが遮った。
我輩は一礼した。
「ありがとう。もうちょっとだけ我輩らの話を聞いてほしい。まず、我輩がきみたちに非礼を謝ったことを思い出してほしい。我輩は形だけしかできなかったが諸君に謝った。だが、さっきもいった通り、諸君らはフローラ姫に怒りをぶつけただけだ。これでは姫はどうしようもできないではないか。そもそも、君らは姫に何をしてもらいたいのだ。そして姫が何かしたら、諸君らの怒りは消えるのか。同じことは地球の人びと、特にきみたちが落ちてきたこのモハーヴェ砂漠に住むアメリカの人たちにもいえるだろう。まず、大きな方に聞く。この人たちがきみにどんな悪いことをしたのだ。もし我輩に非があるのであれば我輩をこてんぱんにのしてしまえばいいだけではないか。我輩が頭に乗せてしまった小さな方にも聞きたい。アメリカの人たちがきみに何をしたのだ。我輩に過ちがあったことは我輩も認めるし、心から謝罪する。だが、アメリカの人びとは、きみに何もしていないではないか。助けられたお礼に大きな方の怒りを助けようとするのはわかる。だが、大きな方の怒りが本当に正しいといえるのか、我輩は疑問だ。もし正しいものでなかったなら、きみはいったい何に手を貸したことになるのだ。我輩がにくければ我輩をこてんぱんにのせばいいというのも同じことだ。地球の人びとに危害を加えることもあるまい」
「騙されるな、兄弟!」
大きなトイレットペーパーが怒鳴った。
「こいつはおれたちの当然の怒りを、言葉巧みに丸め込もうとしているんだ。騙されちゃいけない。騙されちゃいけないぞ!」
「我輩は騙そうとしたりなどしておらんよ。ただ、自分の考えを述べているだけにすぎん」
我輩はトイレットペーパーを睨んだ。
「我輩が怒っていないと考えたら、それは間違いだ。我輩は、このような事態になってみんなに迷惑をかけているきみたちに、本当に怒っている。だが、我輩は、冷静になるべき時は本当に冷静になれるのだ。それはこれまでにやってきた自分との何度もの戦いに何とか勝ち残り、いくらか強くなったからにすぎん」
「どう強くなったというのですか」
小さなトイレットペーパーの問いに、我輩は答えた。
「心が乱れたときにそれをコントロールする術だ。我輩だけではないぞ。ちょっとでも大人になった者なら誰だってできる。きみたちを取り囲んでいるアメリカ兵も君たちを攻撃しては来ないではないか。怒りに身を任せていたら、問答無用で撃ってくるはずだが、違うではないか」
32大砲の狙いが
「嘘だ。騙されないぞ。軍隊が撃ってこないのは、おれたちが怖いからだ。怖くて、身動きできないほどに竦んでいるから何もしてこないんだ!」
大きなトイレットペーパーが悲鳴のように叫んだ。
我輩も叫び返した。
「ばかものっ!」
隣で便器が腰を抜かした。フローラ姫はふらふらとしゃがみこんだ。トイレットペーパーは、大きく身を揺るがせた。姫と便器には悪いことをした。我輩はいざ叫ぶとなればあんなトイレットペーパーなんかよりもっと大きな声を出せるのだ。
「彼らが攻撃してこないのは、お前たちが我輩が来るのを待って、ここから動かなかったという、ただそれだけのせいにすぎん。もしお前たちがこの近くの空港に向かってちょっとでも動いたりしたら、いまこの場所に残っているのは、もとはトイレットペーパーだった紙切れぐらいのものだ。この場所にはでっかいクレーターができて、雨が降った後には海とも見まごうような巨大な湖ができている。人はおろか、生き物すらいない死の湖がな。彼らは、お前たちをそんな目に遭わせるのが嫌で何もしていないのだ。それがわからないのか」
我輩が話すうちにトイレットペーパーの顔色がすうっと青ざめてくるのがわかった。
「で、出鱈目だ、兄弟。もし、おれが空港など襲わない、お前に恨みを晴らすだけで満足するといったら彼らはどうするんだ」
「どうすると思うかね? お前と我輩の話は、アメリカ軍の誇る超高性能な集音機でばっちり聞かれているから、すぐにわかるが」
便器が素っ頓狂な声を上げた。
「あっ! アメリカ軍の大砲の狙いが!」
「司令官か大統領に掛け合ってくれたに違いない。ジョーンズ少佐はやはり勇気と誇りがある軍人だったのだな」
戦車の大砲がゆっくりと定めていた狙いをそらしていく。ミサイルランチャーがゆっくりと後ろに下がっていく。
兵士たちは銃を持ったまま塹壕から這い出し、回れ右して整然と退却を始めた。
ゆっくりと。あくまでゆっくりと。
「味方にあんな風にされてお前は怖くないのか!」
「同じことを何度もいわせるな。怖いに決まっているだろう。だが、怖かったからといって我輩が慌てふためく理由がどこにある。当たり前のことだから当たり前に振る舞うだけだと前にもいったはずなのだが」
「違う!」
トイレットペーパーの声はもはや泣き声になっていた。
「怖くないんだ! お前は、おれたちがこんなに大きくなっても、ちっとも怖くないんだ! そうなんだ! 絶対そうなんだ!」
「もし我輩をそう思うのならそれは間違っているのだが、信じはしないだろうな」
我輩もさすがにいささか疲れてきた。
「それで、きみたちは我輩をどうやってこらしめるつもりだったのかね。影法師にしてそれで終りか? それのどこが面白いのか我輩にはわからんが」
「おれたちがしたかったことは……」
「したかったことは?」
「お前に命乞いをさせて泣かせてやること、それだけだったんだ!」
33我輩の昔話
トイレットペーパーは、我輩のまえで泣きだした。
「どうして、どうして、お前は俺にも何にも怯えることを知らないんだ。どうして怯えて泣きわめかないんだ。これではもしおれがお前を踏みつぶせたとしても、おれはちっとも勝てた気がしないじゃないか。そんなのあんまりだ」
我輩はトイレットペーパーに、静かにいった。
「では、怯える者たちを影法師に変えたとき、きみは心から喜べたのかね。楽しかったのかね。本気でそう思っていたのかね」
「そ、それは……」
いいよどんだトイレットペーパーに、我輩は続けた。
「最初のひとりかふたりを影法師にしたときは楽しかっただろうな。『自分は強い』、と思えたかもしれん。だがそれが二十、三十、と、なってきたときはどうだったかな。百、二百、と、なってきたときはどうだったかな。面白かったかな。楽しかったかな」
我輩は子供だった昔を思い出した。
「子供の頃、我輩は今からでは想像もつかんほどのいたずらっ子でな」
隣で、便器が我輩に変な視線を向けた。我輩は無視して先を続けた。
「ある日、我輩は朝食の皿を割ってしまった。子どもだった我輩の推さない頭には、それがよほど面白いことに思えたらしい。我輩は、その割れた皿をどんどん割り続けた。粉々になるまで」
となりではフローラ姫がびっくりした、という表情を浮かべていた。
「国王であった亡き父上には、我輩のそんな行動は許しがたいものと映ったようだ。我輩のもとへ粘土のかたまりを持ってこさせ、『これを粉々になるまで砕いてみろ、それまで水はもちろんパンのひとかけも食わせん』、といった」
我輩は笑った。
「考えてもみたまえ。粘土のかたまりだぞ。そんなものを、どうやって粉々にするというのだ。我輩は、粘土のかたまりを、割り、たたきつけ、足で踏み、指でちぎり、ありとあらゆる乱暴狼藉をやってみた。だが、粘土は柔らかくなるだけで、粉々にはなろうとしなかった。最初のうちはそれでも楽しかったが、同じことばかり何度も何度もやっていると、楽しさが苦痛に変わってくるのだ。しかも食事すらさせてもらえないと来ている。我輩は子供にできるありったけの忍耐力でがんばったが、粘土に通じるはずもない。最後に根負けした我輩は、父上に泣いて謝った。そのとき飲んだスープのうまかったことといったらなかったな。空腹は最大の調味料というわけだ」
我輩はトイレットペーパーたちを見やった。
「それと同じことだ。面白がってやっていたことでも、だんだんと辛くて仕方がなくなってくる。その前に引っ込みもつかなくなってくる。最後には自分でさえどうしたらいいかわからなくなる……。我輩は地球でのお前たちのあり方を見て、お前たちに足りていないのはそのスープだと思った。スープが欲しいだけの存在に、怯えを見せたり激しく怒ったりしたところで何になるというのだ」
我輩は手にしていた『きぼう』を見せた。
「スープの代わりになるかどうかは知らんが手に取って見たまえ。今になってもこれが『でくのぼう』でしかないと考えるのだったら後は知らん。だが、これしか手にできなかった影法師たちのことを考える勇気がまだ残っているなら、そいつを見せてもらいたい」
34『きぼう』の意味
小さなトイレットペーパーがいった。
「兄弟、あの人のいう通りにしてみてはくれないか」
大きなトイレットペーパーは、納得できないというような声ではあったが、それでも答えた。
「兄弟がそういうなら……」
トイレットペーパーは、小さな兄弟をそっと芯の中にしまうと、我輩のほうに手を伸ばしてきた。
我輩は、その掌に『きぼう』を乗せた。
とたんに、トイレットペーパーの身体が、ぐらりと傾き、地響きを立ててひっくり返った。
「うわあ!」
隣では便器が目を白黒させていた。
「で、殿下、あいつ、どうしちゃったんです?」
我輩が答えるより早く、トイレットペーパーは叫んでいた。
「お、重い!」
身を起こしたトイレットペーパーは、手をさすると我輩をにらみつけた。
「お前、いったいどんな術を使ったんだ!」
「我輩はなにもしとらんよ。それは、そのまま『きぼう』の重ささ。我輩もまさかこんなことになるとは思わなかったが、この『きぼう』で打たれて、きみがあの時あんなにも痛がったことからぴんと来たのさ。もしかしたら、きみは『きぼう』で打たれたこともなければ、『きぼう』を持ったことすらないのかもしれないと、そう考えたのだ。だったら一度くらい持ってみてもいいじゃないか」
トイレットペーパーは無言で我輩を見ていたが、はっと我に返ったように、
「兄弟!」
と、叫んだ。
小さいがはっきりした声が、それに答えた。
「ちょっと痛いけれど、わたしは無事だよ、兄弟」
芯から滑り落ちた小さなトイレットペーパーの周りには、衣服のような小さな皮が散らばっていた。
フローラ姫が叫んだ。
「水槽さん!」
トイレットペーパーの後ろの方から、これまた弱々しい声が聞こえた。
「わたくしも無事です、姫様。これでも生まれはポリカーボネイトのアンチショックガラスです。ご心配にはおよびません。あいたたたた。腰が」
大きなトイレットペーパーは、手を伸ばしてそれらを取り戻そうとした。
小さなトイレットペーパーがいった。
「兄弟、やめておいてくれ。今は、この人のいう通りあの『きぼう』を振ってみてくれないか」
「でも、あの棒には、あの男が何やら仕掛けを……」
小さなトイレットペーパーは、ゆっくりと兄弟の落とした『きぼう』に近づき、手にとって、そのまま、軽く振った。一回、二回、三回……。
「ちっとも重くはないよ、兄弟。だから、兄弟にも振ることができるはずだ」
「今でもこれを『でくのぼう』だと、いえるかね?」
我輩は笑って見せた。
35『きぼう』をふると
大きなトイレットペーパーは、信じられないといった顔で兄弟を見ていた。
「兄弟……」
「振ってくれ。振ってくれ、兄弟。わたしにできることがお前にできないわけがないじゃないか」
大きなトイレットペーパーは、おずおずと手を伸ばして、小さな兄弟から『きぼう』を受けとった。
体がぐらりと傾きかけたが、なんとか体勢を立て直すことができた。
「一歩、前進だな」
我輩はいった。
そこからがまた難しかった。渾身の力を込めてトイレットペーパーは『きぼう』を持ち上げようとするが、どうしても体の上まで上がらない。
「うーん。うーん」
トイレットペーパーは、トイレットペーパーにできる限りで体を赤くして頑張った。
「あのう……、殿下」
便器が我輩の肘をちょいちょいと引っ張った。
「なんだ」
「気のせいか、あのでかぶつ、ちょっとずつ小さくなってませんか?」
便器のいう通りだった。エベレストかと見まごうほどに大きかったあのトイレットペーパーが、いまでは小山ほどの大きさにまで縮んでいる。
「うーん!」
トイレットペーパーに、汗がにじんでいるように我輩には見えた。そうとうがんばっているらしい。
「がんばれ、兄弟!」
小さなトイレットペーパーが声援を送った。茶化しているのとはまったく違う、心からの声援だった。
「うーん!」
トイレットペーパーは、ほぼ地面と平行になるまで『きぼう』を持ち上げていた。その体は、今はもう一軒の家程度にまで縮んでいた。
「うーん!」
我輩は息詰まる思いでそれを見ていた。便器も、フローラ姫も同じだったようだ。
「がんばってください!」
フローラ姫がいった。
「がんばれ!」
便器もいった。
そのときの我輩は、正直、もうトイレットペーパーの大きさなどどうでもよかったというしかない。『きぼう』をトイレットペーパーが持ち上げることができたとき、我輩たちだけではなく、あのトイレットペーパー自身にも、すばらしい結果が待っているのだ、そう思えてならなかったからだ。
「もう一息だっ!」
我輩はそう叫んで、額をぬぐった。ぬぐってから気がついた。
……なにかおかしい?
その一瞬、急にアメリカ軍の方から拡声器のばかでかい音がした。音が割れて、よく聞こえないが、何かをいっている。聞いているうちに、我輩も含め、そこにいたものの顔は真っ蒼になってきたらしい。そこらへんのことは、我輩はよく覚えていないのだが。
拡声器はこういっていた。
「局地的な気象の乱れで、雷雲が発生した模様です! 雨が降ってくる恐れがありますから、皆さん避難してください!」
36砂漠の黒雲
自分でいうのもなんだが、我輩は見てくれこそパッとせぬとはいえ、沈着冷静で豪胆そのものの、ハイダラケ王国国民が揃って模範としている男である。
そんな我輩が、今度ばかりは慌てた。いや焦ったといった方がいいか。
いくら、大気圏突入時の高熱に耐えたとはいえ、トイレットペーパーであることは変わらぬ。もし、水に濡れてしまったら……大きな方は大丈夫だとしても小さな方は……。
水に濡れて溶けてなくなってしまう!
しかもここは一面の砂漠だ。諸君も砂漠の雨というものがどんなものかを聞いたことがあると思う。さえぎるものが何もない砂漠では、当然ながら、水を遮るものも何もない。どっと降り出した雨により、その場一面があっという間に洪水のようになってしまうのだ。
さらに雷雲が発生したと来ている。日本で爆弾低気圧だのゲリラ豪雨だのとニュースでよく聞いている通り、ごく限られた場所に狙いを定めたかのごとく、学校のプールをひっくり返したかのような大雨が一時にどおっと降ることはまったくないわけではないのだ。
我輩は空を見た。アメリカ軍のいうとおり、ありがたくない雲がむくむくと膨れ上がっている。
我輩は叫んだ。
「聞いただろう、トイレットペーパー! 早く身を隠さないと、お前の体は溶けて流れてどろどろのパルプになってしまうぞ!」
諸君も知っての通り、パルプというのは紙の原料の、どろどろした半分液体のような代物である。
「うわあああん! パ、パルプになるのは嫌だあっ!」
トイレットペーパーが泣きわめいた。
我輩はもう一度空を見た。雲が、どんどんと黒くなっていく。これは、相当な大雨が降ってもおかしくはない。
「トイレットペーパーくん。落ち着いて聞け。我輩が考えるに、きみが助かる手段はひとつしかない。きみが気づいているかどうかは知らないが、『きぼう』を持ち上げようとするたびに、きみの体はどんどん小さくなっている」
我輩の話に、トイレットペーパーの顔色はさらに蒼くなった。
我輩は意識的にさらに冷静な声で続けた。
「きみが助かるチャンスは、ひとつ。もっと小さくなって、あのきみが連れてきた水槽の中に入ることだ。そうすれば、ポリカーボネイトのガラスに守られ、きみは濡れずに済む。我輩が見たところ、きみが夏用の毛布くらいの大きさにまで縮むことができたら、なんとかあの水槽に入れるだろう。もし、できなかったら、そのときはパルプとして新しい紙に生まれ変わるのを祈るまでだ。できるな?」
「や、やってみる!」
「やってみるじゃない。やるんだ!」
我輩がいっている間にも、便器とフローラ姫は、年老いた強化ガラスの水槽のもとへ駆け寄り、何とか連れてきていた。
「うーん!」
トイレットペーパーは、必死の形相で『きぼう』を持ち上げた。体は、自転車くらいの大きさまで縮んだ。
「もし、おれが縮めなかったら……兄弟は?」
「考えるな!」
我輩は小さなトイレットペーパーを持ち上げ、走り出した。
37雨の後に
我輩が小さなトイレットペーパーを水槽に押し込め、便器とフローラ姫が散らばっていた道具たちの皮を全部拾い集め、さらに水槽に押し込めたちょうどそのとき、ぼたっと、大粒の雨粒が降ってきた。
すでにトイレットペーパーは、みかんを入れる段ボール箱くらいの大きさにまで縮んでいたが、それでも水槽に入れるのはちょっと無理そうだった。
我輩は上着を脱ぎ、トイレットペーパーに急いでかけた。
「お前、なんで……」
「どうでもいいだろう! 兄弟のためだと思え!」
トイレットペーパーは叫んだ。
「きょうだいーっ!」
雨はどんどん激しくなる。遠くで何かに雷が落ちた。アメリカ軍の装備か何かだろうか。なにしろ、鉄を使った軍隊の装備品は、いずれもよく電気を通すから。
我輩の上着の下で、トイレットペーパーの誇りに満ちた声がした。
「上がったぞ!」
見ていればわかる。我輩は、上着ごとトイレットペーパーを小脇に抱え、飛び跳ねるように砂漠を走り、トイレットペーパーを上着ごと水槽に入れ、ふたを閉めた。
まさに間一髪だった。陣地から勇敢なアメリカ軍のトラックがこちらへ猛スピードでやってきた。我輩たちはいそいで水槽をトラックの幌のかかった荷台に移し、ほっと息をついた。
「誰だか知らないが恩に着る」
「お礼ならおれじゃなく命令した上官殿にいってくださいよ、殿下」
その声には、たしかに聞き覚えがあった。
「ああ、きみは!」
それは我輩らをモハーヴェ空港からここまで乗せてきた軍用トラックを運転していたあの兵士だったのだ。
「まあ上官殿が何といおうと、おれは行くつもりでしたけどね、軍隊は命令がないと何もできないことになってるんで」
「殿下!」
フローラ姫が叫んだ。
「どうした」
振り返った我輩は、あっと叫んだ。
我輩は自分の頭を殴りつけたい気持ちだった。水を吸った上着により、ふたつのトイレットペーパーはぐしゃぐしゃになっていたからだ。
我輩は下を向いて、自分の愚かさを呪った。
「殿下……。おれ……」
トイレットペーパーが、弱々しい声でいった。
「兄弟の見ている前で、『きぼう』を持ち上げてみせましたよ。これでフローラ姫とも友達になれるかな……」
我輩はトイレットペーパーに、手をかけ、ぐしゃぐしゃになった部分をほどき始めた。
もしかしたら水は仲間では染みわたっていないかもしれない。そうだとしたら、このトイレットペーパーにもチャンスはある。
「こんな所できみをパルプにさせるわけにはいかん。きみには天球の外の世界で、影法師たちに、謝ってもらわねばならんからな」
我輩はただほどきつづけた。
38我輩の朝食
それでどうなったかって?
ああ、あの散らばった皮のことか。すべてが終わったとき、水槽がまとめて天球の外へと運び出していったよ。
フローラ姫の宝は凄いもんだ。今は宇宙のどこかを飛んでいるんじゃないかな。
え? そんなことは聞きたくない? じゃあ何が聞きたいんだね。
ああ、壊したこのビルの天井のことか。我輩の助手であるシャーリー・ベイカーくんはきみが思うよりも気が利いた女性でね、我輩が飛び出すとすぐに電話をかけて工事会社を呼び出し、あっという間に直してしまった。持つべきものは有能な助手と有能な職人だな。
それとも違う。
ジョーンズ少佐のことか。我輩がハイダラケ王国にメールを送ったのを読んだ、弟のマットー国王はいたく感激し、少佐たちに勲章を贈ることになった。我輩の祖国ハイダラケ王国には、かっこよく争いを収めた人間に勲章を贈る習慣があるのだ。たぶん来月にも授与式が行われるだろう。
それでもない? まだ語り遺したことがあったかな。そうか、あの義兄弟になったトイレットペーパーたちのことか。ほぐしていったらなんとか芯にまでは水が染み込んでいないことがわかった。
それを見た、我輩が頭に乗せてしまった小さなトイレットペーパーは、兄弟があんな姿になったのだから、と、自分も白い紙をほどき、芯だけになってしまったよ。
いや、悲しむことはない。二つの芯は我輩たちが日本まで帰る間に、この我輩みずからが綺麗に色紙を巻いて、テープでくっつけ、我ながら見事な双眼鏡に作り替えた。今ごろは近所の幼稚園で、子供たちと触れ合って、友達をたくさん作っていることだろうな。
なに、トイレットペーパーのことでもないのか。だったら誰の話を聞かせろというのだ。
……いや、わかっておるよ。あの便器くんのことだろう。今はこれまでと変わらぬ姿で、我輩のトイレで仕事をしておる。なにしろ新婚だから、楽しくて仕方がないらしい。式はハイダラケ王国の慣例に則って、我輩とシャーリー嬢が立会人を務めた。そのときはアメリカ軍が礼砲を撃ってそりゃあもうすばらしかったのなんの。
便器くんが誰と結婚したかって? そりゃあもちろん、フローラ姫とだよ。姫以外に、いるわけがないだろう。
姫は冠を使って天球の外へ帰ったんじゃなかったのかって、おいおい、我輩はそんなことをいった覚えはないぞ。姫は冠を水槽に渡して、自分は愛する便器とともに地球に残ることにしたのだ。
嘘だと思うなら、わが事務所のトイレのドアを開けてみろ。便器の隣に、可愛い姫君がいるだろう。ほら、そこの、花柄のついたドレスに身を包んだ姫君の姿をしている、トイレ用の花の香りの芳香剤。
なんだって? いつ我輩が姫を人間だ、などといったのだね。我輩にはそんな覚えはないぞ。
それでは、我輩が朝飯を食べ終わるまで、待っててはくれんかね。なにしろ、今朝の明け方にトイレに入って以来、紅茶くらいしかまともなものを口に入れておらぬのだ。大冒険の後は腹が減る。まあ、我輩にとってはごく普通の朝だがね。
……ごちそうさまでした。いや、待たせて失礼。さて、あなたが解決してほしいという、わが探偵事務所への依頼とは何ですかな?
(終)
「うんこが……」
我輩はそれしかいえなかった。便器からうんこがなくなってしまったら空を飛べない。飛べないということは宇宙も進めない。我輩らは地球へは帰れない。
シャーリー・ベイカー嬢の顔が頭に浮かんだ。我輩は頭を振ってむりやりその横顔を頭から追い出した。
「地球へ帰る方法はかならずあるはずだ。ただわれわれがそれに気がつかないだけなのだ。我輩はそう信じているし、そのために考える余地もまだ残っていると思う」
「あの、地球のおかた」
フローラ姫が、緊張した声でいった。
「あなたがたが地球へ帰ろうとなさっておられるのなら、どうかわたくしも連れていってください」
便器のつまみがひとりでにがちゃがちゃと回った。仰天するとこうなるらしい。
「フローラ姫、そんな無茶な。これはわたしと殿下の仕事で」
「いいえ」
フローラ姫は真剣な表情を崩さなかった。
「わたくしも行かねばならぬのです。王族の義務として、人質をこちらに連れ戻さねばなりません」
「人質?」
「そうです。あのトイレットペーパーの芯の中には、わたしたちの家族や仲間や友達の皮がたくさん詰め込まれているのです」
そうだった……!
「あの皮がなければ、この国の影法師たちは元の姿に戻れないでしょう。それを取り戻すためにも、王族の最後のひとりとしてわたくしは地球まであの者を追わねばなりません」
「姫様、それはそうですが、危険すぎます!」
「しかし、城のスライムおじいさんを連れていくわけにもいきません。あのかたがいなければ悲しみのあまり影法師たちはほんとうに消えてしまうかもしれません。みんなあのかたが好きでしたから」
「隠れ家にいる修道士さんはどうかな」
「あのかたは戦うことはしないと誓われました。それに、もしあのかたまでもが影法師になってしまったら、祈りの力で影法師に皮をかぶせて元の姿にすることができるかたがいなくなってしまいます」
我輩は唸った。
「ほかのかたたちは?」
我輩の言葉に、フローラ姫は下を向いた。
「そうですか……」
フローラ姫はぱっと便器のほうに向き直った。
「便器さま、わたしたち王家の一族には、だいだい不思議な宝物が伝わっています。言い伝えによれば、王家の血を引く女がその宝物を使えば、天球の外にある命の炎と呼び合って、こちらに帰ってくることができるというのです」
「しかし、姫様、それが本当でも、帰るときにしか使えないのでは……」
「そうだっ!」
我輩の頭の中で最新式のLED電球がぴかっとついた。
「我輩らは地球へ行けるぞ。みんなでそろって地球へ飛び、あのトイレットペーパーを止めてやろうじゃないか。すばらしい名案を思い付いたのだ」
21いざ地球へ
便器のうえに我輩がまたがり、我輩の膝の上にフローラ姫がちょこんと乗った。
「便器くん。準備はできたか」
我輩の言葉に、便器はいささか心苦しそうな声で答えた。
「わたしの準備はできましたが、心の準備というものが。姫様はどうですか?」
「この旅がどのような困難なものになろうとも、わたくしは耐えて見せます。自分の決意に変わりはありません」
「我輩の考えでは、ほかに地球へ行く手段はない。われわれは、できることを全力でやるまでだ」
「わたくしは覚悟ができています。便器さまは?」
便器は胸を張って答えた。
「姫様がお覚悟ができているなら、わたしも覚悟ができてますよ、もちろん」
姫はうなずいた。
「それでは、ザレゴット・ダイスキー殿下、お願いいたします」
「任せておきたまえ。ではまず、便器くん、例の穴へ入りたまえ。姫様も、呼吸法をお忘れなく」
目の前に空いている宇宙空間への大きな穴に、我輩らを乗せた便器は勇敢にも飛び込んだ。
ここからが我輩が錯乱寺拳法の奥義を見せる時だ。
「ぐわっはっはっはっは!」
いきなり笑いだした我輩をみて、便器もフローラ姫もびっくりしたようだった。
「わはは、わはは、わはは、わはは、わはははは!」
「これが、トイレで殿下が開いていた新聞で読んだ、人間が笑うことから無限のエネルギーを引きだすといわれる錯乱寺拳法の真の呼吸法……」
便器がつぶやいた。
その通り。数百年前の日本が混乱していた時代、錯乱寺に飛び込んできた金色のコウモリから武術の奥義を学んだといわれる錯乱寺拳法の神髄がこの呼吸法には詰まっているのだ!
「わははは……はあーっ!」
我輩は便器のなかに今朝がたから下腹に溜まっていたうんこをぶちまけた。我輩が急に宇宙へ飛び出したため、うんこをする気がなくなって、あれ以来これまで一度もうんこをしていなかったことを、賢明な人ならばすでにお気づきだと思われる。
我輩が気合とともに吹き出したうんこの衝撃力はすさまじいものがあった。便器の処理能力をもってしても、完全には制御しきれなかったらしい。
フローラ姫と我輩とを乗せた便器は、例えるならひとつのエンジンとなって宇宙空間を進んでいった。その速度はソユーズ・ロケットには及ばないが日本のイプシロン・ロケットの速度を数百万倍にしたくらいのスピードはあった。
「すごい。これなら、あっというまに地球へたどりつけますね」
我輩は尻を拭こうとして、トイレットペーパーを探した。出がけに頭に乗せてクッションの代わりにしたものである。
しまった……。
「どうなさったんですか、殿下?」
「たいへん、恐ろしいことです、フローラ姫。尻を拭く紙がありません。申し訳ありませんが、しばらくこのまま乗っていてください」
22地球への帰り道
尻が痒かったが、それ以外のことでは何ら問題なく我輩らは地球の引力圏にたどり着いた。
「殿下、どうしてこんなにも簡単にわたしたちは地球のそばまでやってこられたんですか?」
我輩は口髭をひねった。
「うむ。我輩にもよくわからんが、古代の賢者によると、物が落ちるのは、物は全て地球の中心に向かう性質があるからだそうだ。我輩らがまっすぐここまで来られたのは、まっすぐ地球に落ちていったからなのだろう。そうとしか考えられん」
フローラ姫がいった。
「わたくしには何となく騙されているような気がします」
我輩はうなずいた。
「我輩も騙されているような気がする。だが、我輩らを騙しているのはトイレットペーパーのやつでも、他の人間や道具でもなく、神様かそれに似た、この世界をこしらえた存在ではないかな」
便器は難しい算数の問題を前にした人間のような声でいった。
「どうして、そんな凄い存在が、わたしたちを騙しているというんですか」
我輩は答えた。
「それはわからんが、そうした存在は、我輩らをどうやったら地球へ戻して、あのトイレットペーパーの野望を打ち砕けばいいのか考えている最中なのかもしれん。それとも、トイレットペーパーと手を組んで我輩らをやっつけるために地球におびきよせているのかもしれん。どっちにしろ、我輩らが考えてわかることではない」
「さらに騙されているように思えますが、あれが地球ですか? なんて美しい青い色でしょう……」
「地球が美しく見えるのは、姫の心を映しているからでしょう」
便器はそう断言した。まことに恋は人を勇者にも詩人にもかえる。我輩としては、そういうやつらは徹底的に応援するところだ。
しかし、そのまえに。
「便器くん、そろそろ準備をしておきたまえ」
「え?なんのですか?」
「大気圏への突入だ」
「大気圏……」
「知らないわけではないだろう。地球という星は空気に取り囲まれている。わずかな量ではなんともないが、猛烈な速さで、そこをくぐり抜けようとすると、空気との摩擦で恐るべき熱が発生する。その温度は、鉄など軽く溶かしてしまうほどだ」
「知ってます。知ってますけど、うわあ、そうだよなあ。行くときも成層圏とかいってたし、帰り道に大気圏がないなんていう道理がないもんなあ。わたしたちは一緒に燃えて火の玉になって、南無阿弥……いや、フローラ姫をそんな目に追いやるわけにはいかない。考えろ、自分。考えて、この状況を打ち砕くのだ。我輩の辞書に不可能の文字はないとナポレオンもいっている。ここが男の意地の見せ所」
「ゆっくり考えている暇もなさそうだ。見たまえ、地球があんなに大きくなってきた。我輩らを引っ張る地球の引力は、どんどん大きくなってきている。かといって我輩にはいいアイデアが浮かばない。人間最後には冷静なままで……」
と、いったとき、我輩の頭の中で百ワットのLED電球がぴかっと光った。
23大気圏突入
「フローラ姫、天球へ帰る宝物はお持ちですか」
「はい。この、命の色の冠です」
我輩はフローラ姫の頭を見た。たしかに花のような冠を被っている。
「姫、それの力を少しずつ使うことはできますか」
「難しいけれどやれないこともないでしょう。でも、それでどうするのですか?」
「そうか!」
便器が明るい声でいった。
「天球の命の炎に呼ばれるということは、地球の引力と反対の方向に進む、ということだ。殿下、あなたは姫のその宝物をブレーキに使おうというんですね」
「その通り。早く落ちると摩擦で燃えるなら、ゆっくり下りれば、燃えなくてすむのだ。あきらめず考えていれば、最後には名案も浮かぶのだ」
「殿下。……それと、便器さん」
「どうかしたのですか、姫様!」
「宝物の力を使う前に、わたくしをしっかり押さえていてほしいのです。わたくしだけ飛んでいってしまったら、あなたがたは……」
それもそうだ。我輩と便器は、あわててフローラ姫の身体を押さえた。
「姫、ご無礼をお許しください」
「いいえ。わたくしが望んだことですから」
便器が叫んだ。
「あちち、熱くなってきた!」
我輩は便器を勇気づけた。
「熱いと思うのなら、作戦は成功だ。姫君のブレーキは効いている。このままゆっくり、ゆっくり降りるのだ」
フローラ姫は祈っていた。
「ゆっくり……。ゆっくり……」
「いいぞ。いま我輩らの下に広がっているのが太平洋だ。その隣にあるのがユーラシア大陸。そして、そんなユーラシア大陸の端にある島々が、我輩らがやってきた日本という国だ」
「ハイダラケ王国はどこですの?」
「ここからじゃ見えない。地球の反対側さ。で、とりあえず、我輩らは、あの太平洋に着水する。船とかボートとか存在しないか確認してくれよ、便器くん。なにせ、人がいっぱいいるところとか、人様の建物とかを壊してはまずいからな」
「責任重大ですね。でも、頑張ります」
「そうだ。ゆっくり、ゆっくり。ゆっくり、ゆっくり」
ゆっくり、ゆっくり進んで、我輩らは、無事ミクロネシア諸島沖の海原に着水した。
「やったー!ついたー!」
便器はほっとした様子をありありと滲ませながら言った。フローラ姫は、生まれて初めて見るらしい、海原の水を珍しそうにちゃぷちゃぷとなでていた。
「それで、ここから先はどうするつもりなのですか?」
我輩は胸をどんと叩いた。
「こんなときのための携帯電話です。我輩のものは強力なアンテナがついていますから、これでハイダラケ王国と連絡を取り、そこからCIAにでも……」
便器が空を見上げた。
「なにか飛んできましたよ。あれって、ヘリコプターじゃないんですか?」
24ヘリコプターのなかで
「殿下、紅茶です。ブランデーも三口入れました」
我輩の助手であるシャーリー・ベイカー嬢は、魔法瓶からマグカップにお茶をコポコポと入れた。
「ありがとう。しかしシャーリーくん。どうしてきみがアメリカ海軍のヘリコプターなんかに乗っているんだね。我輩らはまだ地球に着いたばかりで、ハイダラケ王国に連絡も入れてないぞ」
シャーリー嬢は自分も紅茶を別なマグカップに入れ、ゆっくりと飲んだ。
「殿下は今や世界中に顔と名前を知られた有名人ですから」
「どういうことだ。もしや、ハイダラケ王国が何者かの侵略でも受けたのか」
我輩は弟で現在のハイダラケ国国王であるマットーのことを考えた。あいつは昔から融通が利かないところがあった。もし弟の身に何かあったら、ハイダラケ王国の独立も危なくなる。
シャーリー嬢は我輩の心配に首を振った。
「マットー陛下も、ハイダラケ王国も無事です。しかし、アメリカは無事ではないようなのです」
「アメリカ?」
「わたしから話しましょう」
シャーリー嬢の横に座っていた背広姿の男が我輩に向かっていった。
「アメリカ合衆国報道官補佐のテリーともうします。殿下、まずはこれを見てください。アメリカのモハーヴェ砂漠の現在の様子です」
「モハーヴェ砂漠というと、アメリカの西の方にあるばかでかい砂漠ですな。それが……」
我輩はぴんときた。
「まさか、そこに?」
「殿下ならご承知でしょう。ご承知でなければなりません。モハーヴェ砂漠の空港と宇宙港のすぐそばに、地球外の物と思われる知性を持つ何者かが落ちてきたのです」
「いいたいことはわかる。でっかいあれがおちてきたんだろう。トイレット……」
「そうです。トイレットペーパーです。あまりにも恐ろしい声で、『ハイダラケ王国はどこだ。あのうんこを漏らしたザレゴット・ダイスキーの生まれ故郷であるハイダラケ王国はどこだ』とわめいています。ハイダラケ王国にとどまらず、ヨーロッパ諸国が一丸となってこの侵入者をなんとかしろとアメリカにいってきています。アメリカ政府も軍隊を出動させて、いま、陸軍の機甲師団と空中機動騎兵大隊とがトイレットペーパーとにらみ合いを続けています」
我輩はカッとした。
「うんこを漏らしたとは何だ。我輩はあやつのまえでうんこを漏らしなどしておらんし、うんこをするときはきちんと作法にもとづいてしている。我輩の王族としてのプライドを逆撫でするとは、あのトイレットペーパーは、なんとひどいやつだ」
「それはわかりました。でも、殿下、空母に戻ったら、お尻くらい拭いて、パンツとズボンをきちんと穿いてください。助手として恥ずかしいです」
シャーリー嬢の言葉はもっともだった。テリーが笑いをかみ殺しているようなのが癪に障る。
「こちらのお嬢さんからあなたが便器に乗って宇宙へ行ったと聞いたので、われわれもNORAD、北アメリカ航空宇宙防衛司令部の誇るレーダーで、殿下のことをお探ししていたのです。超音速ジェットで、一刻も早くモハーヴェへ飛んでください」
25戦闘機発進
「殿下、これをどうぞ」
空母ニミッツの上で、我輩は整備担当の兵士から黒くて堅いありがたくないものを差し出された。
「なんだねこれは。我輩には拳銃に見えるが」
「拳銃ですよ。M9自動拳銃です。弾を十五発も込めることができます」
我輩は首を振った。
「いらんよ。あのでかいのに、そんな拳銃の弾が通用するわけがないだろう」
「でも武器がないと危ないですよ」
「丸腰で行くとはいっとらん。我輩が身を守るには、この『きぼう』だけで充分だ」
「じゃあ、せめて、モハーヴェでは防弾チョッキでも着てくださいね。あのでかいのが暴れ出してモハーヴェ空港が襲われたらそれこそ大変なことになる」
「そうなったら、我輩も大いに困る。全力を尽くすよ。それはそうと、我輩の連れはきちんと飛行機に乗せたかね」
「あの便器が何の役に立つのかは知りませんが、おっしゃるとおり、衝撃吸収材の中に入れておきましたから、殿下と同じ時刻にはモハーヴェにつけるはずです」
「扱いは丁重にしてくれ。高貴な生まれのお姫様もいることだしな」
我輩はGスーツを着てFA-18F複座戦闘機の後部座席にのった。整備士はてきぱきと我輩の身体から伸びたコードやホースを戦闘機本体に繋げていった。
「説明した通り、一度グアムに飛んでから乗り換えてもらいます。このスーパーホーネットはあまり乗り心地がいいとはいえませんが、殿下をグアムまで蹴り飛ばしてくれますよ。グアムに着いたら、今度はファーストクラスで優雅なアメリカ西海岸の旅ということになりますな」
「なんとも心強い。超音速戦闘機など、乗るのは二十年も前のミラージュ以来だ。だから、この手の飛行機がどんな感じかは心得ている。好きに蹴り飛ばしてくれ」
「驚いた。殿下はパイロットだったのですか」
「ハイダラケ王国の王族は、いざというとき、国を守るために最前線で戦う義務がある。陸も海も空も、めぼしいところは全部やらされた」
「なんてこった。こっちは空母勤務だけで手いっぱいなのに。王族には生まれたくないですね。カタパルトの準備が整ったみたいです。くれぐれもうんこなんか漏らさぬように」
我輩は大きな声で悪態をついた。整備士は笑った。
「マスクを、きちんと着けてくださいね。それでは、楽しい拷問のひと時を」
キャノピーが閉じた。
便器くんもフローラ姫も大丈夫だろうか。なにしろ、超音速戦闘機の乗り心地というのは、洗濯機で振り回される方がまだましだ、と、いいたくなる代物だからだ。
我輩は錯乱寺拳法の呼吸法で精神を統一した。
空母ニミッツのカタパルトがうなり、FA-18スーパーホーネットは空に舞い上がった。
最高速度マッハ2。我輩は身体を鍛えてなかったらぺしゃんこになりそうな気持を覚えながらグアムまで飛んだ。
先に宇宙旅行をやっておいてよかったと思ったのは事実だが、やっぱり慣れぬものである。
26作戦会議
グアムで超音速こそ出ないが、まだそれなりに乗りやすいアメリカ軍の飛行機に乗り換えた我輩は、便器とフローラ姫とともにトイレットペーパーと戦車部隊とがにらみ合っているのを機内モニターで見ながら作戦を練っていた。
「ずいぶんと大きくなりましたね、あのトイレットペーパー」
「まったくだ。これではアメリカ軍も簡単に手出しはできないだろう」
画面に映ったトイレットペーパーは、天球の裏側の世界にいたときより、十倍は大きくなっていた。
グアムからボディガードとして我輩らと行動を共にしている、ジョーンズ陸軍少佐が答えた。
「今のところ、自分から暴れる様子はないのが唯一の救いですが、もしあれが空港の方へ向かったら、大変な被害が出ます。それだけは避けなくてはなりません」
「でも、一体どうしてあんなに大きくなってしまったんだろう? 大気圏突入のときに空気との摩擦で燃えて、いくらか痩せたのなら話は分かるけれど」
便器が首をひねった。
「わかりません。だいたいあんな大きなトイレットペーパーが存在するなんて、地球上のありとあらゆる科学者が頭を抱えて寝込んでしまうくらいのことですから。便器さんとフローラ王女さんも我々としては全く理解を超える存在です。人類の文明と科学はこの五千年というもの、いったい何をしていたんでしょう」
「ジョーンズ少佐、あまり考えすぎると体に毒だとわたくしは思います」
「姫、お言葉ありがとうございます。ご心配をおかけしたようですね。むろん、われわれがやるべきことは、あのトイレットペーパーに、自分の要るべきところへ帰ってもらうことですが」
我輩はひげをひねった。
「うむ、それなのだが少佐、軍隊に攻撃をさせることだけは絶対にやめてほしいのだ。できれば、いまトイレットペーパーを包囲している陸軍部隊を回れ右させて基地へ帰してほしいのだ」
少佐は首を横に振った。
「それはできません。アメリカ軍にはアメリカの市民の命と財産を守る使命があります。ですから、わたしが上官に掛け合っても、大統領に掛け合っても、『それはできない』と答えるでしょうね。あなたがたの話が本当で、あいつが踏みつぶしたものが影法師になってしまうとなったら、なおさらです」
「そういうと思ったよ。もちろん、少佐、あなたのいう通りだ。でも我輩は、話し合いをしたい相手に銃や大砲を向けるのは、あまりかっこよくはないな、と、思えてならんのだ」
少佐はわずかに唇を震わせたが、やがていった。
「殿下、おわかりのことでしょうが、軍隊というものはかっこいいことをするためにあるものではありません」
我輩は口髭をひねった。
「そう。その通り。それだからこそ、世界は間違った方向へ行ってしまう。わが祖国ハイダラケ王国は歴史の中でかっこいいことをするだけの力を持ったことなど一度もなかったし、たぶんこれからもないだろうが、『世界の国々がもうちょっと本当のかっこよさとは何かについて考えていたらなあ』と、しみじみ思うくらいの歴史の厚みは持っている」
少佐は我輩から目をそらし、窓の外を見た。
「もうすぐモハーヴェ空港です」
27モハーヴェ砂漠で
「ここでいい。ここから先は、歩いていく」
我輩と便器とフローラ姫はそろってトラックを降りた。
運転していた兵士が、我輩らにいった。
「あんなでかいのを相手にしてあなた方を放り出すのは、おれとしちゃあまり気が進まないんですがね」
「では、一緒に来るかね?」
我輩の言葉に、兵士は首をぶるぶると振った。
「上から命令も来ているし、おれが帰らなかったら軍隊も困るんでね。規律ってやつでさ。それに、殿下に張り付いているはずのやつもいなくなったって聞いたし、故郷には女房と子供がいるし」
「『真昼の決闘』という映画なら、我輩も何度も見たよ。まあ、そういうことだから、遠慮せずきみは帰りたまえ」
我輩が手を振ると、トラックは大慌てで逃げるようにもと来た道を去っていった。
「行こうか」
焼けるような砂漠の風を体中に受けると、我輩たちは歩き出した。
「故郷を思い出します」
フローラ姫がいった。
「燃える命の炎に包まれていた故郷を」
「だが、そこはこんなに暑くはなかった、そうでしょう?」
我輩がわざとおどけていうと、姫は真剣な声で答えた。
「はい」
それから便器の方に視線を向け、行った。
「便器さんは、この暑さをどう思いますの?」
「陶器にひびが入るかと思うくらい熱いですが、それほど辛いとは感じません」
「どうして?」
便器はちょっと考えてから答えた。
「あちらの世界でのわたしは、『姫様のためならたとえ火の中、水の中』と思っていましたが、こうしてここへ来てみると、姫様のため、というのは同じでも、もっと違う、何かのために……ううん、うまくいえないけれど、最後には自分のためにもなる何かすごいことをするという、そんな思いでいるから、辛く感じないのだろうと思います」
「便器さん、その『何か』というもの、わたくしもわかるような気がします。……殿下は?」
我輩は振り返らず、にやりと笑っていった。
「便器くん、姫様、我輩にはそれが何なのかよくわかる。言葉にもできるぞ」
便器が我輩に尋ねた。
「何ていう言葉ですか?」
「わからないかね。『かっこよさ』だ」
我輩が答えたとき、耳が聞こえなくなるような、爆発のような大きな声が聞こえた。
「止まれ! 潰されたくなかったら、そこで止まれ!」
我輩たちは足を止めた。
「やあ、ずいぶんとでかくなったな、トイレットペーパーくん。こうして日陰で話せるのは、我輩らとしてはありがたい」
頭が天まで届くような巨大なトイレットペーパーが、太陽を背にして、我輩たちを見下ろしていた。
28大きくなったわけ
我輩の答えに、トイレットペーパーは、「ふんっ」、と大きく息を吐いた。
「日陰に入るまで待ってやったのは、お前たちに二度と太陽の光を見せなくするためだ」
「太陽の光を見られなくするだと! 太陽の光が見られなくなるのは……むぐむぐ」
便器が叫びかけるのを我輩はおさえた。
「戦いをしたいのならばいつでも相手になってやるが、お前みたいにばかでかくなってしまうと、戦うだけでも周囲に迷惑がかかる。それに、お前はどうしてそんなにも大きくなったのだ。地球に来るまでに何かあったのか」
トイレットペーパーは、再び大きく「ふんっ」、と息を吐いた。
「宇宙を飛んでいる間、おれは兄弟に出会った。兄弟がおれをこんなに強くしてくれた。兄弟が大気の摩擦熱にも耐えられる身体におれを変えてくれた」
兄弟?
「兄弟とは誰だ」
「うんこ漏らしのお前ならよく知っているはずだ」
「誰がうんこ漏らしだ。我輩はうんこなど漏らしてはおらん。するべきときにしただけだ」
我輩がカッとするのを、こんどは便器のほうが止めた。
「何を挑発に乗っているんですか。落ち着いてください」
トイレットペーパーは大声で笑った。
「おい便器、お前もよく知っているはずだぞ。この安物セラミック」
「誰が安物セラミックだ。わたしの体は陶器の名門マイセンの近くの鉱山の隣の国が外交関係を結んでいる国の中でも上から数えて五本の指に入る鉱山の」
「便器さんも落ち着いてください。トイレットペーパー、あなたがいう兄弟とは誰ですか。彼らおふたりに関係あるかたなのですか。それとも、わたくしも存じている方なのですか」
「何も知らないのはお姫様だけだ。こいつらが犯した口には出せないようなひどい罪を」
我輩と便器の声が重なった。
「罪?」
「お前らは忘れていたのか。本当に、ひどいやつらだ。これは笑うしかないじゃないか」
「待て。我輩らは本当に身に覚えがない。どういうことなのか説明してはくれないか」
「説明だったら全部生き証人がしてくれるさ。おれの兄弟がな!」
便器は我輩に混乱した声でいった。
「生き証人? いったい誰でしょう、殿下」
「我輩にもわからん。いったい誰だ……?」
トイレットペーパーの芯のところから伸びてきた手の掌にちんまりと乗っているその生き証人を見て、我輩と便器は同時にあっと声を上げた。
それは。
「トイレットペーパー! 我輩と便器とが地球を脱出したとき、ヘルメットがわりに我輩がとっさに頭に乗せたトイレットペーパーじゃないか!」
掌の上のひしゃげたトイレットペーパーが、わずかにうなずいたように我輩には見えた。
29生き証人は語る
「ハイダラケ王国プリンス・ザレゴット・ダイスキー殿下、そうです。わたしは、あなたがビルの瓦礫から頭を守るために自分の頭の上に乗せた、そのトイレットペーパーです」
我輩は声も出なかった。
「あなたが宇宙へ飛び出した後、わたしはあなたの手から離れて、宇宙空間をたださまよいました。ひとりきりで、どこまでも。わたしは怖くてたまりませんでした。敵がいたからではありません。宇宙空間で一人でいること、それだけでわたしは寂しくて怖くて気が遠くなるようでした。口をきく友達もなく、どこへ行くかさえも全く見当がつかないのです。よく考えると、宇宙を一人でさまよった時間は、そう長くなかったかもしれません。けれど、長いとか短いとかの問題ではないのです。わたしは殿下のトイレットペーパーでありながら、殿下のお尻を拭くという仕事すらできず、見捨てられてしまったのです」
巨大なトイレットペーパーが、続きをいった。
「おれはお前に負けて天球の世界から脱出してから、ただ地球へ向かうことだけを考えていた。地球へ行く方法は簡単だった。ひたすら落ちればいいのだ。どこまでも自分を引っ張る力にまかせて、落ちていけばいつかは地球にたどり着く。だが、地球にたどりつくことができたとして、おまえと便器にすら負けたおれに何ができるだろう。おれは暴れまわり、地球のなにもかもを影法師にできるかもしれない。できないかもしれない。おれは力が欲しかった。その途中で、ふわふわと浮いているこの兄弟に気がついた。おれはてをのばして、がっちりと捕まえた」
巨大なトイレットペーパーは、その小さな兄弟を守るかのように掌をすぼめた。
「話を聞いてみると、このトイレットペーパーは、お前にゴミか何かのように捨てられたというではないか。おれは怒った。体が燃えるように怒った。怒りが体をどんどん大きくしていった。おれにはお前に負けたために、地球を影法師の星にしてしまうという目的がある。だが、この兄弟は、そうした目的も持てずに宇宙をさまよったのだ。そんなひどい定めがあるか。兄弟の味わった苦痛に比べれば、おれの味わった苦しみなど、屁のようなものだ。おれはこのトイレットペーパーと、トイレットペーパーとしての義兄弟の誓いを交わした。その誓いを立てたことで、おれはますますからだが大きく、強くなった。地球までたどりつき、空気がものすごく熱くなった時も、おれの怒りに比べればそんなもの生ぬるいだけだった。おれは地球へ降りた」
小さなトイレットペーパーがいった。
「わたしは大きな兄弟から、あなたがどんな人で、どんなことをしたのか聞きました。あなたがそんなひどい人だとは、わたしは思いもしませんでしたが、現実に宇宙へ放り出されて、同じように宇宙へ逃げるしかなかった兄弟がいるからには、その言葉を疑う理由はありません。わたしは地球を影法師の星にしようという兄弟の言葉に賛成しました。わたしを助けてくれた兄弟がそれほど思い詰めているのなら、それに手を貸すのがわたしのしなくてはならない務めだと考えたからです」
便器もフローラ姫も身動き一つせずに、このトイレットペーパーたちの話を聞いていた。むろん我輩も同じだった。
どうして、こんなことになってしまったのか。我輩はそれこそ悪態でもつきたい気分だった。
しかしハイダラケ王国の王族の男は、どんな時でも誇り高く生きていかなければならないのだ。我輩はこれまでの人生で、それを痛いほど学んできたのだ。
トイレットペーパーたちと視線を合わせ、我輩は口を開いた。
30誇り高い生き方
「トイレットペーパーくん」
我輩は深々と頭を下げた。
「すまぬ。我輩の落ち度だった。このすべての事態において我輩は間違った対応ばかりしてきて、きみたちの心を考えもしなかった。それについてはあやまるしかない」
我輩は頭を上げ、トイレットペーパーたちの視線を正面から受け止めた。
「だが、地球を影法師の星にしてしまおうなどという邪悪にもほどがある行為は、絶対に許さんぞ。お前たちのいいぶんがどれほど正しくても、天球の外側で影法師にされてしまい、皮を人質に取られている道具たちのことや、鳥小屋に閉じ込められてペットにされてしまいそうになったフローラ姫のことはどうなる。でかいの、お前はフローラ姫に恨みを持っているようだが、姫がお前に何かをしたというのか。何もしなかったのが憎いとしたら、こういうことをして下さいと姫にいわなかったお前は何をしていたのだ。全ての者たちから慕われる姫は、お前の訴えも聞いた上で、お前と友達になったかもしれん。そんなやって当然のこともやらずにただ不満ばかりをぐじぐじと呟いて、それで世の中が自分の思い通りにならないからといって怒りをあらわにする、そんなやつとは我輩は先頭に立って戦うこともためらわないのだ」
フローラ姫が続けた。
「この殿下のいう通りです。わたくしはあなたが父や母や友達をことごとく影法師にするという野蛮な行為をする前だったら、あなたのその怒りを鎮め、友達になれたかもしれません。しかし、あなたは、わたくしに『友達になろう』などとはひとこともいわず、いきなりラジオ体操をしているみんなを襲ったのです。あなたがたは殿下をひどい人間だといいましたが、わたくしが思うには、ひどいことでは、あなたがたのほうがよっぽどひどい者どもです。鳥かごに入ってあなた方と暮らすなど、できません。それにわたくしにはすでに心に決めた方がいます。『共に暮らすのならばそのかたしかいない』と、わたくしはそう誓ったのです」
フローラ姫は一気にそういうと、これまた物怖じをしない視線をトイレットペーパーたちに向けた。
さて、最後はわれらが便器くんだと思ったのだが、何となく調子が変だった。なにかフローラ姫はおかしなことでもいったのだろうか。
「え、ええっと、わたしは、やっぱり、お前たちの、よこしまな計画は許せないぞ。わたしじゃ、戦力にならないかもしれないけれど、それでも姫を守るためなら、このマイセンから遠いゆかりの由緒ある陶器が粉々になって、燃えないゴミの日にゴミ収集運搬車の人に『うーん、これは燃えないゴミではなく粗大ゴミの日に区役所の処理施設に出してください』といわれても構わないくらいに、うーん、うーん」
便器の急な混乱ぶりに、我輩は頭を抱えたくなった。熱意はわかるが、どうも空回りしている。
「あのなあ、便器くん」
便器はショックをありありと、その青ざめたセラミックに浮かばせていた。
「わたしは倒れても、後にわたしと同じ考えを持つ他の者たちがいつかはお前たちのその野望を、うーん、うーん」
これは駄目かもしれん。何度もいうようだが、恋は誰でも勇者に変えるが、恋が破れた後に残っているのは腑抜けだけ。
「トイレットペーパー、もし我輩らを影法師にするというのなら、我輩らは誇りにかけて相手になるぞ。だが、戦う前にお前たちもよく考えてみるべきではないかな」
31自分との戦い
「考えるだと? おれたちが何を考えろというんだ!」
トイレットペーパーに、我輩はいった。
「自分の怒りを抑える方法を、だ」
「それをするにはおれたち兄弟の怒りはあまりにも大きすぎるんだ!」
「それでさらに怒りをばらまくのか。やっているほうは面白くてたまらんだろうな。怒りが怒りを生み、それがまた怒りを生む。果てしなく火をつけて、燃えるものはもっとどこかに落ちてはいないかと探し回る。そんな輩にそっくりだ」
「何だと」
「いや、ちょっと待ってくれないか、兄弟。話を聞いてみよう」
トイレットペーパーがなにかいおうとするのを、掌の上のひしゃげたトイレットペーパーが遮った。
我輩は一礼した。
「ありがとう。もうちょっとだけ我輩らの話を聞いてほしい。まず、我輩がきみたちに非礼を謝ったことを思い出してほしい。我輩は形だけしかできなかったが諸君に謝った。だが、さっきもいった通り、諸君らはフローラ姫に怒りをぶつけただけだ。これでは姫はどうしようもできないではないか。そもそも、君らは姫に何をしてもらいたいのだ。そして姫が何かしたら、諸君らの怒りは消えるのか。同じことは地球の人びと、特にきみたちが落ちてきたこのモハーヴェ砂漠に住むアメリカの人たちにもいえるだろう。まず、大きな方に聞く。この人たちがきみにどんな悪いことをしたのだ。もし我輩に非があるのであれば我輩をこてんぱんにのしてしまえばいいだけではないか。我輩が頭に乗せてしまった小さな方にも聞きたい。アメリカの人たちがきみに何をしたのだ。我輩に過ちがあったことは我輩も認めるし、心から謝罪する。だが、アメリカの人びとは、きみに何もしていないではないか。助けられたお礼に大きな方の怒りを助けようとするのはわかる。だが、大きな方の怒りが本当に正しいといえるのか、我輩は疑問だ。もし正しいものでなかったなら、きみはいったい何に手を貸したことになるのだ。我輩がにくければ我輩をこてんぱんにのせばいいというのも同じことだ。地球の人びとに危害を加えることもあるまい」
「騙されるな、兄弟!」
大きなトイレットペーパーが怒鳴った。
「こいつはおれたちの当然の怒りを、言葉巧みに丸め込もうとしているんだ。騙されちゃいけない。騙されちゃいけないぞ!」
「我輩は騙そうとしたりなどしておらんよ。ただ、自分の考えを述べているだけにすぎん」
我輩はトイレットペーパーを睨んだ。
「我輩が怒っていないと考えたら、それは間違いだ。我輩は、このような事態になってみんなに迷惑をかけているきみたちに、本当に怒っている。だが、我輩は、冷静になるべき時は本当に冷静になれるのだ。それはこれまでにやってきた自分との何度もの戦いに何とか勝ち残り、いくらか強くなったからにすぎん」
「どう強くなったというのですか」
小さなトイレットペーパーの問いに、我輩は答えた。
「心が乱れたときにそれをコントロールする術だ。我輩だけではないぞ。ちょっとでも大人になった者なら誰だってできる。きみたちを取り囲んでいるアメリカ兵も君たちを攻撃しては来ないではないか。怒りに身を任せていたら、問答無用で撃ってくるはずだが、違うではないか」
32大砲の狙いが
「嘘だ。騙されないぞ。軍隊が撃ってこないのは、おれたちが怖いからだ。怖くて、身動きできないほどに竦んでいるから何もしてこないんだ!」
大きなトイレットペーパーが悲鳴のように叫んだ。
我輩も叫び返した。
「ばかものっ!」
隣で便器が腰を抜かした。フローラ姫はふらふらとしゃがみこんだ。トイレットペーパーは、大きく身を揺るがせた。姫と便器には悪いことをした。我輩はいざ叫ぶとなればあんなトイレットペーパーなんかよりもっと大きな声を出せるのだ。
「彼らが攻撃してこないのは、お前たちが我輩が来るのを待って、ここから動かなかったという、ただそれだけのせいにすぎん。もしお前たちがこの近くの空港に向かってちょっとでも動いたりしたら、いまこの場所に残っているのは、もとはトイレットペーパーだった紙切れぐらいのものだ。この場所にはでっかいクレーターができて、雨が降った後には海とも見まごうような巨大な湖ができている。人はおろか、生き物すらいない死の湖がな。彼らは、お前たちをそんな目に遭わせるのが嫌で何もしていないのだ。それがわからないのか」
我輩が話すうちにトイレットペーパーの顔色がすうっと青ざめてくるのがわかった。
「で、出鱈目だ、兄弟。もし、おれが空港など襲わない、お前に恨みを晴らすだけで満足するといったら彼らはどうするんだ」
「どうすると思うかね? お前と我輩の話は、アメリカ軍の誇る超高性能な集音機でばっちり聞かれているから、すぐにわかるが」
便器が素っ頓狂な声を上げた。
「あっ! アメリカ軍の大砲の狙いが!」
「司令官か大統領に掛け合ってくれたに違いない。ジョーンズ少佐はやはり勇気と誇りがある軍人だったのだな」
戦車の大砲がゆっくりと定めていた狙いをそらしていく。ミサイルランチャーがゆっくりと後ろに下がっていく。
兵士たちは銃を持ったまま塹壕から這い出し、回れ右して整然と退却を始めた。
ゆっくりと。あくまでゆっくりと。
「味方にあんな風にされてお前は怖くないのか!」
「同じことを何度もいわせるな。怖いに決まっているだろう。だが、怖かったからといって我輩が慌てふためく理由がどこにある。当たり前のことだから当たり前に振る舞うだけだと前にもいったはずなのだが」
「違う!」
トイレットペーパーの声はもはや泣き声になっていた。
「怖くないんだ! お前は、おれたちがこんなに大きくなっても、ちっとも怖くないんだ! そうなんだ! 絶対そうなんだ!」
「もし我輩をそう思うのならそれは間違っているのだが、信じはしないだろうな」
我輩もさすがにいささか疲れてきた。
「それで、きみたちは我輩をどうやってこらしめるつもりだったのかね。影法師にしてそれで終りか? それのどこが面白いのか我輩にはわからんが」
「おれたちがしたかったことは……」
「したかったことは?」
「お前に命乞いをさせて泣かせてやること、それだけだったんだ!」
33我輩の昔話
トイレットペーパーは、我輩のまえで泣きだした。
「どうして、どうして、お前は俺にも何にも怯えることを知らないんだ。どうして怯えて泣きわめかないんだ。これではもしおれがお前を踏みつぶせたとしても、おれはちっとも勝てた気がしないじゃないか。そんなのあんまりだ」
我輩はトイレットペーパーに、静かにいった。
「では、怯える者たちを影法師に変えたとき、きみは心から喜べたのかね。楽しかったのかね。本気でそう思っていたのかね」
「そ、それは……」
いいよどんだトイレットペーパーに、我輩は続けた。
「最初のひとりかふたりを影法師にしたときは楽しかっただろうな。『自分は強い』、と思えたかもしれん。だがそれが二十、三十、と、なってきたときはどうだったかな。百、二百、と、なってきたときはどうだったかな。面白かったかな。楽しかったかな」
我輩は子供だった昔を思い出した。
「子供の頃、我輩は今からでは想像もつかんほどのいたずらっ子でな」
隣で、便器が我輩に変な視線を向けた。我輩は無視して先を続けた。
「ある日、我輩は朝食の皿を割ってしまった。子どもだった我輩の推さない頭には、それがよほど面白いことに思えたらしい。我輩は、その割れた皿をどんどん割り続けた。粉々になるまで」
となりではフローラ姫がびっくりした、という表情を浮かべていた。
「国王であった亡き父上には、我輩のそんな行動は許しがたいものと映ったようだ。我輩のもとへ粘土のかたまりを持ってこさせ、『これを粉々になるまで砕いてみろ、それまで水はもちろんパンのひとかけも食わせん』、といった」
我輩は笑った。
「考えてもみたまえ。粘土のかたまりだぞ。そんなものを、どうやって粉々にするというのだ。我輩は、粘土のかたまりを、割り、たたきつけ、足で踏み、指でちぎり、ありとあらゆる乱暴狼藉をやってみた。だが、粘土は柔らかくなるだけで、粉々にはなろうとしなかった。最初のうちはそれでも楽しかったが、同じことばかり何度も何度もやっていると、楽しさが苦痛に変わってくるのだ。しかも食事すらさせてもらえないと来ている。我輩は子供にできるありったけの忍耐力でがんばったが、粘土に通じるはずもない。最後に根負けした我輩は、父上に泣いて謝った。そのとき飲んだスープのうまかったことといったらなかったな。空腹は最大の調味料というわけだ」
我輩はトイレットペーパーたちを見やった。
「それと同じことだ。面白がってやっていたことでも、だんだんと辛くて仕方がなくなってくる。その前に引っ込みもつかなくなってくる。最後には自分でさえどうしたらいいかわからなくなる……。我輩は地球でのお前たちのあり方を見て、お前たちに足りていないのはそのスープだと思った。スープが欲しいだけの存在に、怯えを見せたり激しく怒ったりしたところで何になるというのだ」
我輩は手にしていた『きぼう』を見せた。
「スープの代わりになるかどうかは知らんが手に取って見たまえ。今になってもこれが『でくのぼう』でしかないと考えるのだったら後は知らん。だが、これしか手にできなかった影法師たちのことを考える勇気がまだ残っているなら、そいつを見せてもらいたい」
34『きぼう』の意味
小さなトイレットペーパーがいった。
「兄弟、あの人のいう通りにしてみてはくれないか」
大きなトイレットペーパーは、納得できないというような声ではあったが、それでも答えた。
「兄弟がそういうなら……」
トイレットペーパーは、小さな兄弟をそっと芯の中にしまうと、我輩のほうに手を伸ばしてきた。
我輩は、その掌に『きぼう』を乗せた。
とたんに、トイレットペーパーの身体が、ぐらりと傾き、地響きを立ててひっくり返った。
「うわあ!」
隣では便器が目を白黒させていた。
「で、殿下、あいつ、どうしちゃったんです?」
我輩が答えるより早く、トイレットペーパーは叫んでいた。
「お、重い!」
身を起こしたトイレットペーパーは、手をさすると我輩をにらみつけた。
「お前、いったいどんな術を使ったんだ!」
「我輩はなにもしとらんよ。それは、そのまま『きぼう』の重ささ。我輩もまさかこんなことになるとは思わなかったが、この『きぼう』で打たれて、きみがあの時あんなにも痛がったことからぴんと来たのさ。もしかしたら、きみは『きぼう』で打たれたこともなければ、『きぼう』を持ったことすらないのかもしれないと、そう考えたのだ。だったら一度くらい持ってみてもいいじゃないか」
トイレットペーパーは無言で我輩を見ていたが、はっと我に返ったように、
「兄弟!」
と、叫んだ。
小さいがはっきりした声が、それに答えた。
「ちょっと痛いけれど、わたしは無事だよ、兄弟」
芯から滑り落ちた小さなトイレットペーパーの周りには、衣服のような小さな皮が散らばっていた。
フローラ姫が叫んだ。
「水槽さん!」
トイレットペーパーの後ろの方から、これまた弱々しい声が聞こえた。
「わたくしも無事です、姫様。これでも生まれはポリカーボネイトのアンチショックガラスです。ご心配にはおよびません。あいたたたた。腰が」
大きなトイレットペーパーは、手を伸ばしてそれらを取り戻そうとした。
小さなトイレットペーパーがいった。
「兄弟、やめておいてくれ。今は、この人のいう通りあの『きぼう』を振ってみてくれないか」
「でも、あの棒には、あの男が何やら仕掛けを……」
小さなトイレットペーパーは、ゆっくりと兄弟の落とした『きぼう』に近づき、手にとって、そのまま、軽く振った。一回、二回、三回……。
「ちっとも重くはないよ、兄弟。だから、兄弟にも振ることができるはずだ」
「今でもこれを『でくのぼう』だと、いえるかね?」
我輩は笑って見せた。
35『きぼう』をふると
大きなトイレットペーパーは、信じられないといった顔で兄弟を見ていた。
「兄弟……」
「振ってくれ。振ってくれ、兄弟。わたしにできることがお前にできないわけがないじゃないか」
大きなトイレットペーパーは、おずおずと手を伸ばして、小さな兄弟から『きぼう』を受けとった。
体がぐらりと傾きかけたが、なんとか体勢を立て直すことができた。
「一歩、前進だな」
我輩はいった。
そこからがまた難しかった。渾身の力を込めてトイレットペーパーは『きぼう』を持ち上げようとするが、どうしても体の上まで上がらない。
「うーん。うーん」
トイレットペーパーは、トイレットペーパーにできる限りで体を赤くして頑張った。
「あのう……、殿下」
便器が我輩の肘をちょいちょいと引っ張った。
「なんだ」
「気のせいか、あのでかぶつ、ちょっとずつ小さくなってませんか?」
便器のいう通りだった。エベレストかと見まごうほどに大きかったあのトイレットペーパーが、いまでは小山ほどの大きさにまで縮んでいる。
「うーん!」
トイレットペーパーに、汗がにじんでいるように我輩には見えた。そうとうがんばっているらしい。
「がんばれ、兄弟!」
小さなトイレットペーパーが声援を送った。茶化しているのとはまったく違う、心からの声援だった。
「うーん!」
トイレットペーパーは、ほぼ地面と平行になるまで『きぼう』を持ち上げていた。その体は、今はもう一軒の家程度にまで縮んでいた。
「うーん!」
我輩は息詰まる思いでそれを見ていた。便器も、フローラ姫も同じだったようだ。
「がんばってください!」
フローラ姫がいった。
「がんばれ!」
便器もいった。
そのときの我輩は、正直、もうトイレットペーパーの大きさなどどうでもよかったというしかない。『きぼう』をトイレットペーパーが持ち上げることができたとき、我輩たちだけではなく、あのトイレットペーパー自身にも、すばらしい結果が待っているのだ、そう思えてならなかったからだ。
「もう一息だっ!」
我輩はそう叫んで、額をぬぐった。ぬぐってから気がついた。
……なにかおかしい?
その一瞬、急にアメリカ軍の方から拡声器のばかでかい音がした。音が割れて、よく聞こえないが、何かをいっている。聞いているうちに、我輩も含め、そこにいたものの顔は真っ蒼になってきたらしい。そこらへんのことは、我輩はよく覚えていないのだが。
拡声器はこういっていた。
「局地的な気象の乱れで、雷雲が発生した模様です! 雨が降ってくる恐れがありますから、皆さん避難してください!」
36砂漠の黒雲
自分でいうのもなんだが、我輩は見てくれこそパッとせぬとはいえ、沈着冷静で豪胆そのものの、ハイダラケ王国国民が揃って模範としている男である。
そんな我輩が、今度ばかりは慌てた。いや焦ったといった方がいいか。
いくら、大気圏突入時の高熱に耐えたとはいえ、トイレットペーパーであることは変わらぬ。もし、水に濡れてしまったら……大きな方は大丈夫だとしても小さな方は……。
水に濡れて溶けてなくなってしまう!
しかもここは一面の砂漠だ。諸君も砂漠の雨というものがどんなものかを聞いたことがあると思う。さえぎるものが何もない砂漠では、当然ながら、水を遮るものも何もない。どっと降り出した雨により、その場一面があっという間に洪水のようになってしまうのだ。
さらに雷雲が発生したと来ている。日本で爆弾低気圧だのゲリラ豪雨だのとニュースでよく聞いている通り、ごく限られた場所に狙いを定めたかのごとく、学校のプールをひっくり返したかのような大雨が一時にどおっと降ることはまったくないわけではないのだ。
我輩は空を見た。アメリカ軍のいうとおり、ありがたくない雲がむくむくと膨れ上がっている。
我輩は叫んだ。
「聞いただろう、トイレットペーパー! 早く身を隠さないと、お前の体は溶けて流れてどろどろのパルプになってしまうぞ!」
諸君も知っての通り、パルプというのは紙の原料の、どろどろした半分液体のような代物である。
「うわあああん! パ、パルプになるのは嫌だあっ!」
トイレットペーパーが泣きわめいた。
我輩はもう一度空を見た。雲が、どんどんと黒くなっていく。これは、相当な大雨が降ってもおかしくはない。
「トイレットペーパーくん。落ち着いて聞け。我輩が考えるに、きみが助かる手段はひとつしかない。きみが気づいているかどうかは知らないが、『きぼう』を持ち上げようとするたびに、きみの体はどんどん小さくなっている」
我輩の話に、トイレットペーパーの顔色はさらに蒼くなった。
我輩は意識的にさらに冷静な声で続けた。
「きみが助かるチャンスは、ひとつ。もっと小さくなって、あのきみが連れてきた水槽の中に入ることだ。そうすれば、ポリカーボネイトのガラスに守られ、きみは濡れずに済む。我輩が見たところ、きみが夏用の毛布くらいの大きさにまで縮むことができたら、なんとかあの水槽に入れるだろう。もし、できなかったら、そのときはパルプとして新しい紙に生まれ変わるのを祈るまでだ。できるな?」
「や、やってみる!」
「やってみるじゃない。やるんだ!」
我輩がいっている間にも、便器とフローラ姫は、年老いた強化ガラスの水槽のもとへ駆け寄り、何とか連れてきていた。
「うーん!」
トイレットペーパーは、必死の形相で『きぼう』を持ち上げた。体は、自転車くらいの大きさまで縮んだ。
「もし、おれが縮めなかったら……兄弟は?」
「考えるな!」
我輩は小さなトイレットペーパーを持ち上げ、走り出した。
37雨の後に
我輩が小さなトイレットペーパーを水槽に押し込め、便器とフローラ姫が散らばっていた道具たちの皮を全部拾い集め、さらに水槽に押し込めたちょうどそのとき、ぼたっと、大粒の雨粒が降ってきた。
すでにトイレットペーパーは、みかんを入れる段ボール箱くらいの大きさにまで縮んでいたが、それでも水槽に入れるのはちょっと無理そうだった。
我輩は上着を脱ぎ、トイレットペーパーに急いでかけた。
「お前、なんで……」
「どうでもいいだろう! 兄弟のためだと思え!」
トイレットペーパーは叫んだ。
「きょうだいーっ!」
雨はどんどん激しくなる。遠くで何かに雷が落ちた。アメリカ軍の装備か何かだろうか。なにしろ、鉄を使った軍隊の装備品は、いずれもよく電気を通すから。
我輩の上着の下で、トイレットペーパーの誇りに満ちた声がした。
「上がったぞ!」
見ていればわかる。我輩は、上着ごとトイレットペーパーを小脇に抱え、飛び跳ねるように砂漠を走り、トイレットペーパーを上着ごと水槽に入れ、ふたを閉めた。
まさに間一髪だった。陣地から勇敢なアメリカ軍のトラックがこちらへ猛スピードでやってきた。我輩たちはいそいで水槽をトラックの幌のかかった荷台に移し、ほっと息をついた。
「誰だか知らないが恩に着る」
「お礼ならおれじゃなく命令した上官殿にいってくださいよ、殿下」
その声には、たしかに聞き覚えがあった。
「ああ、きみは!」
それは我輩らをモハーヴェ空港からここまで乗せてきた軍用トラックを運転していたあの兵士だったのだ。
「まあ上官殿が何といおうと、おれは行くつもりでしたけどね、軍隊は命令がないと何もできないことになってるんで」
「殿下!」
フローラ姫が叫んだ。
「どうした」
振り返った我輩は、あっと叫んだ。
我輩は自分の頭を殴りつけたい気持ちだった。水を吸った上着により、ふたつのトイレットペーパーはぐしゃぐしゃになっていたからだ。
我輩は下を向いて、自分の愚かさを呪った。
「殿下……。おれ……」
トイレットペーパーが、弱々しい声でいった。
「兄弟の見ている前で、『きぼう』を持ち上げてみせましたよ。これでフローラ姫とも友達になれるかな……」
我輩はトイレットペーパーに、手をかけ、ぐしゃぐしゃになった部分をほどき始めた。
もしかしたら水は仲間では染みわたっていないかもしれない。そうだとしたら、このトイレットペーパーにもチャンスはある。
「こんな所できみをパルプにさせるわけにはいかん。きみには天球の外の世界で、影法師たちに、謝ってもらわねばならんからな」
我輩はただほどきつづけた。
38我輩の朝食
それでどうなったかって?
ああ、あの散らばった皮のことか。すべてが終わったとき、水槽がまとめて天球の外へと運び出していったよ。
フローラ姫の宝は凄いもんだ。今は宇宙のどこかを飛んでいるんじゃないかな。
え? そんなことは聞きたくない? じゃあ何が聞きたいんだね。
ああ、壊したこのビルの天井のことか。我輩の助手であるシャーリー・ベイカーくんはきみが思うよりも気が利いた女性でね、我輩が飛び出すとすぐに電話をかけて工事会社を呼び出し、あっという間に直してしまった。持つべきものは有能な助手と有能な職人だな。
それとも違う。
ジョーンズ少佐のことか。我輩がハイダラケ王国にメールを送ったのを読んだ、弟のマットー国王はいたく感激し、少佐たちに勲章を贈ることになった。我輩の祖国ハイダラケ王国には、かっこよく争いを収めた人間に勲章を贈る習慣があるのだ。たぶん来月にも授与式が行われるだろう。
それでもない? まだ語り遺したことがあったかな。そうか、あの義兄弟になったトイレットペーパーたちのことか。ほぐしていったらなんとか芯にまでは水が染み込んでいないことがわかった。
それを見た、我輩が頭に乗せてしまった小さなトイレットペーパーは、兄弟があんな姿になったのだから、と、自分も白い紙をほどき、芯だけになってしまったよ。
いや、悲しむことはない。二つの芯は我輩たちが日本まで帰る間に、この我輩みずからが綺麗に色紙を巻いて、テープでくっつけ、我ながら見事な双眼鏡に作り替えた。今ごろは近所の幼稚園で、子供たちと触れ合って、友達をたくさん作っていることだろうな。
なに、トイレットペーパーのことでもないのか。だったら誰の話を聞かせろというのだ。
……いや、わかっておるよ。あの便器くんのことだろう。今はこれまでと変わらぬ姿で、我輩のトイレで仕事をしておる。なにしろ新婚だから、楽しくて仕方がないらしい。式はハイダラケ王国の慣例に則って、我輩とシャーリー嬢が立会人を務めた。そのときはアメリカ軍が礼砲を撃ってそりゃあもうすばらしかったのなんの。
便器くんが誰と結婚したかって? そりゃあもちろん、フローラ姫とだよ。姫以外に、いるわけがないだろう。
姫は冠を使って天球の外へ帰ったんじゃなかったのかって、おいおい、我輩はそんなことをいった覚えはないぞ。姫は冠を水槽に渡して、自分は愛する便器とともに地球に残ることにしたのだ。
嘘だと思うなら、わが事務所のトイレのドアを開けてみろ。便器の隣に、可愛い姫君がいるだろう。ほら、そこの、花柄のついたドレスに身を包んだ姫君の姿をしている、トイレ用の花の香りの芳香剤。
なんだって? いつ我輩が姫を人間だ、などといったのだね。我輩にはそんな覚えはないぞ。
それでは、我輩が朝飯を食べ終わるまで、待っててはくれんかね。なにしろ、今朝の明け方にトイレに入って以来、紅茶くらいしかまともなものを口に入れておらぬのだ。大冒険の後は腹が減る。まあ、我輩にとってはごく普通の朝だがね。
……ごちそうさまでした。いや、待たせて失礼。さて、あなたが解決してほしいという、わが探偵事務所への依頼とは何ですかな?
(終)
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