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プロローグ
1、ギルマスが付ける二つ名はいつもダサい
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「あ、ロイさん。おめでとうございます。規定の討伐数に達しました。A級にランクアップ出来ますが、ここで手続きされていきますか?」
「あ、あ、いやごめん! 俺はまだA級の器じゃないんで」
ギルドカードを僕の手からさっと取り上げ、足速に冒険者ギルドから逃げるように去っていったのは『天上の射手』のリーダーでB級冒険者のロイ・クレインだった。これで何人目だろう。ランクアップを断られたのは。
「はあ……。また断られたのかいケイ」
「それもこれもギルマスが悪いんですよ! ギルマスが変な二つ名を付けるから!」
「まあねえ」
依頼板の依頼書をきれいに並べ直して貼っていたベテラン受付のエルザさんは、あははと大口を開けて笑った。笑うたびに口からは鋭い犬歯が見え隠れし、縞の細長い尻尾がゆらゆらと揺れる。
貼り終えたエルザさんは少し離れて依頼板を確認し、「よし」と満足そうに呟き、スイングドアを抜けて受付の中に入って、僕の隣の椅子に座った。
エルザさんは猫の獣人だ。可愛いもの好きの僕は一度でいいからふさふさな耳や尻尾を触らせて欲しいと思っているけれど、獣人にとってその場所は性感帯だというので我慢している。
ここはエクラン王国、辺境の都市ライムライトの冒険者ギルドで、通称ライムギルドと呼ばれている。ライムライトは情勢不安なトライオン王国と大きな山脈を挟んで隣接しており、国境警備隊が常駐する軍事の重要な拠点となっている。そんな土地を治めるのがエクラン王国の貴族の中でも武闘派で知られるベネディクティス辺境伯(爵位で言うと侯爵相当)だ。
その山脈の麓には『惑わしの森』と呼ばれる広大な森があり、森の中にまだ誰もクリアした者がいない難攻不落の大迷宮エレクタールがあって、今でも多くの冒険者が攻略しようと活動している。
冒険者ギルドとは、冒険者への依頼を取りまとめ、仕事を斡旋する職業斡旋所のことだ。国に所属する組織ではなく独立した組織で、複数の土地に存在している。
冒険者ギルド以外にもこの国にはたくさんのギルドがある。商人ギルド、農業ギルド、傭兵ギルド、木工ギルド、工芸ギルド、建築ギルド等々。
ーーそして、僕が所属していた暗殺者ギルドなんて物騒なものもある。
冒険者になるにはまず冒険者ギルドの受付で登録を行う。一番下のランクはF級で、十五歳になっていれば誰でも登録が可能だ。
ランクはF~A、そしてS級があり、ランクによってギルドカードの色が、F級は白色、E級は茶色、D級は緑色、C級は赤色、B級は青色、A級は紫色、そしてS級が金色と変わるため、カードの色を見ればその人のランクが分かる。
ギルドカードは身分証明書になるし、ギルドに預けた金を出し入れする銀行のような役目もしている。身分証明のためだけにギルドの登録をしている人もいる。ただ、このギルドカードは一年間依頼を受けないと自動的に登録抹消となるため、冒険者ギルドでは誰でも出来る雑用的な簡単な依頼が常日頃あるという訳だ。
十時半。朝の受付ラッシュが済み、ライムギルドは凪の時間に入っている。僕はギルド内をぐるりと見渡した。今残っているのは依頼からあぶれた、まだひよっこのF級冒険者たちばかりだ。
ある程度慣れた冒険者はギルドが開く前からギルドの前に並び、入り口が開くと同時にどっと入ってきて、依頼板の前で割の良い依頼を選び、目にも止まらぬ速さで依頼書を掻っ攫っていく。
良い依頼は早い者勝ちで、この時間まで残っているのは、恒常的にある市民から依頼された煙突掃除や溝掃除などの掃除系、倉庫内の整理などの整理系、薬草採取などの採取系、そしてスライム退治などの簡単な戦闘系だ。
スライムは放っておくと分裂して数が増える。なんでも取り込んで消化してしまうので定期的に間引きしないといけない。真ん中の核さえ壊せば簡単に倒すことが出来るから、冒険者になりたてのF級冒険者に依頼して数を減らしている。戦闘訓練にもなるし一石二鳥だ。
僕はチラリと受付の奥の階段を見た。この階段を登った三階にギルドマスター室がある。ライムギルドのギルドマスターは『紅竜』のレオンハルト。SSS級冒険者で、希少な竜人だ。
数年前に起きた大迷宮エレクタールのスタンピードで子供を庇って左眼に深い傷を負い、手当てが遅れてポーションでも完全には治らず、冒険者としての仕事を控えてギルドマスターになった。スタンピードとは、迷宮から魔物が溢れて出て暴走し、街や村に押し寄せる事である。
レオンハルトは長命な竜種であり、およそ六十年前に起きた魔王との戦いにも、勇者や聖女などと共にパーティーを組んで参戦し、見事魔王討伐を果たした立役者の一人でもあるすごい人だ。
しかしそんなすごい人でも欠点がある。
とにかく名付けがダサいのだ。
冒険者はB級からA級に上がる際、ランクアップの手続きをするギルドのギルドマスターからその冒険者に相応しい二つ名を授けてもらう決まりがある。
その二つ名の名付けがそれはもうダサダサで、恥ずかしくて人前で名乗れたものじゃないのだ。
ニホンという場所から落ちて来た落ち人で、今は薬師をしているヒナタに言わせると、それはチュウニビョウとかドキュンネームとか言うものらしい。
ここに例を挙げておこう。
闇属性のAさん。自らの魔力を練り上げ蔦や紐のような形にして伸び縮みさせ、攻撃したり拘束したりする→命名『黒闇のエロ緊縛師』(登録前にAさんが命名書を触手で奪って破った)
火属性の剣士Bさん。高温の炎を剣に付与し斬った相手を骨まで燃やし尽くしたり、炎の球を大量に作って攻撃→命名『煉獄の金玉炎』(命名書が登録前に燃やされた。ついでにギルドも火事になり建て直すまで一週間休みになった。もちろん建て替え費用はギルマス払い)
子供の頃、バジリスクに襲撃されて孤児となり、冒険者になってから優先的にバジリスク討伐を行う黒狼の女盗賊Cさん。短剣を持ってはいるが基本は徒手空拳。面積が少ない服で闘い、その漆黒の筋肉はまるで芸術品のように美しい→命名『暗黒深淵美尻クス』(Cさんのパーティーメンバーがギルマスを呼び出している間に、ギルドの金庫に入れられた承認前の命名書を鍵を開けて取り出し破って廃棄。職員は見て見ぬ振りをしたそうな)
などなど、枚挙にいとまがない。
変な二つ名を付けられたくないB級冒険者は、わざわざ他所のギルドまで足を運び、そこでランクアップするようになってしまった。冒険者がB級からA級へランクアップすると、ランクアップの手続きをしたギルドの格が上がり、その分ギルド本部から送られてくる運営費が増える。
変な二つ名を付けようとするギルドマスターのおかげでライムギルドはちっとも運営費が増えない。まあ冒険者登録数だけはライムライトに大迷宮エレクタールがあるおかげで国内ナンバーワンだから、ある程度の運営費は出るけれど、ライムギルドでA級にランクアップ手続きをしてくれる人が少しでもいてくれると助かる。そしてその金であともう少し僕の給料アップを!
本当頼みますよレオンハルトさん……。
その時、静電気に触れたようなピリッとした気配をギルドの正面入り口の向こうから感じ、肌にブワッと鳥肌が立った。僕では勝てない絶対的強者の気配。レオンハルトも強者だが、『威圧』を完璧に消すことができるため、ここまで怖くはない。
そういえば朝会でレオンハルトがクランマスターが訪ねて来ると言っていた。扉の向こうにいるのは十中八九彼だろう。
僕は腕の鳥肌をさすって温め、ギルドの入り口の扉を見た。
…………………………………………………………………
【補遺】
次話から文章の一番下に、登場人物たちが出演して作中の補遺をしてくれます。
(……の線の下からです。つまりここです)
読まなくても大丈夫ですが、読めばますますお話が分かりやすくなります。
BLはファンタジーです。異世界なのにチキュウとアルファベットが同じだったり、名称が似ていたりしますが偶然の一致です。深く考えないようお願いします。
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「あ、あ、いやごめん! 俺はまだA級の器じゃないんで」
ギルドカードを僕の手からさっと取り上げ、足速に冒険者ギルドから逃げるように去っていったのは『天上の射手』のリーダーでB級冒険者のロイ・クレインだった。これで何人目だろう。ランクアップを断られたのは。
「はあ……。また断られたのかいケイ」
「それもこれもギルマスが悪いんですよ! ギルマスが変な二つ名を付けるから!」
「まあねえ」
依頼板の依頼書をきれいに並べ直して貼っていたベテラン受付のエルザさんは、あははと大口を開けて笑った。笑うたびに口からは鋭い犬歯が見え隠れし、縞の細長い尻尾がゆらゆらと揺れる。
貼り終えたエルザさんは少し離れて依頼板を確認し、「よし」と満足そうに呟き、スイングドアを抜けて受付の中に入って、僕の隣の椅子に座った。
エルザさんは猫の獣人だ。可愛いもの好きの僕は一度でいいからふさふさな耳や尻尾を触らせて欲しいと思っているけれど、獣人にとってその場所は性感帯だというので我慢している。
ここはエクラン王国、辺境の都市ライムライトの冒険者ギルドで、通称ライムギルドと呼ばれている。ライムライトは情勢不安なトライオン王国と大きな山脈を挟んで隣接しており、国境警備隊が常駐する軍事の重要な拠点となっている。そんな土地を治めるのがエクラン王国の貴族の中でも武闘派で知られるベネディクティス辺境伯(爵位で言うと侯爵相当)だ。
その山脈の麓には『惑わしの森』と呼ばれる広大な森があり、森の中にまだ誰もクリアした者がいない難攻不落の大迷宮エレクタールがあって、今でも多くの冒険者が攻略しようと活動している。
冒険者ギルドとは、冒険者への依頼を取りまとめ、仕事を斡旋する職業斡旋所のことだ。国に所属する組織ではなく独立した組織で、複数の土地に存在している。
冒険者ギルド以外にもこの国にはたくさんのギルドがある。商人ギルド、農業ギルド、傭兵ギルド、木工ギルド、工芸ギルド、建築ギルド等々。
ーーそして、僕が所属していた暗殺者ギルドなんて物騒なものもある。
冒険者になるにはまず冒険者ギルドの受付で登録を行う。一番下のランクはF級で、十五歳になっていれば誰でも登録が可能だ。
ランクはF~A、そしてS級があり、ランクによってギルドカードの色が、F級は白色、E級は茶色、D級は緑色、C級は赤色、B級は青色、A級は紫色、そしてS級が金色と変わるため、カードの色を見ればその人のランクが分かる。
ギルドカードは身分証明書になるし、ギルドに預けた金を出し入れする銀行のような役目もしている。身分証明のためだけにギルドの登録をしている人もいる。ただ、このギルドカードは一年間依頼を受けないと自動的に登録抹消となるため、冒険者ギルドでは誰でも出来る雑用的な簡単な依頼が常日頃あるという訳だ。
十時半。朝の受付ラッシュが済み、ライムギルドは凪の時間に入っている。僕はギルド内をぐるりと見渡した。今残っているのは依頼からあぶれた、まだひよっこのF級冒険者たちばかりだ。
ある程度慣れた冒険者はギルドが開く前からギルドの前に並び、入り口が開くと同時にどっと入ってきて、依頼板の前で割の良い依頼を選び、目にも止まらぬ速さで依頼書を掻っ攫っていく。
良い依頼は早い者勝ちで、この時間まで残っているのは、恒常的にある市民から依頼された煙突掃除や溝掃除などの掃除系、倉庫内の整理などの整理系、薬草採取などの採取系、そしてスライム退治などの簡単な戦闘系だ。
スライムは放っておくと分裂して数が増える。なんでも取り込んで消化してしまうので定期的に間引きしないといけない。真ん中の核さえ壊せば簡単に倒すことが出来るから、冒険者になりたてのF級冒険者に依頼して数を減らしている。戦闘訓練にもなるし一石二鳥だ。
僕はチラリと受付の奥の階段を見た。この階段を登った三階にギルドマスター室がある。ライムギルドのギルドマスターは『紅竜』のレオンハルト。SSS級冒険者で、希少な竜人だ。
数年前に起きた大迷宮エレクタールのスタンピードで子供を庇って左眼に深い傷を負い、手当てが遅れてポーションでも完全には治らず、冒険者としての仕事を控えてギルドマスターになった。スタンピードとは、迷宮から魔物が溢れて出て暴走し、街や村に押し寄せる事である。
レオンハルトは長命な竜種であり、およそ六十年前に起きた魔王との戦いにも、勇者や聖女などと共にパーティーを組んで参戦し、見事魔王討伐を果たした立役者の一人でもあるすごい人だ。
しかしそんなすごい人でも欠点がある。
とにかく名付けがダサいのだ。
冒険者はB級からA級に上がる際、ランクアップの手続きをするギルドのギルドマスターからその冒険者に相応しい二つ名を授けてもらう決まりがある。
その二つ名の名付けがそれはもうダサダサで、恥ずかしくて人前で名乗れたものじゃないのだ。
ニホンという場所から落ちて来た落ち人で、今は薬師をしているヒナタに言わせると、それはチュウニビョウとかドキュンネームとか言うものらしい。
ここに例を挙げておこう。
闇属性のAさん。自らの魔力を練り上げ蔦や紐のような形にして伸び縮みさせ、攻撃したり拘束したりする→命名『黒闇のエロ緊縛師』(登録前にAさんが命名書を触手で奪って破った)
火属性の剣士Bさん。高温の炎を剣に付与し斬った相手を骨まで燃やし尽くしたり、炎の球を大量に作って攻撃→命名『煉獄の金玉炎』(命名書が登録前に燃やされた。ついでにギルドも火事になり建て直すまで一週間休みになった。もちろん建て替え費用はギルマス払い)
子供の頃、バジリスクに襲撃されて孤児となり、冒険者になってから優先的にバジリスク討伐を行う黒狼の女盗賊Cさん。短剣を持ってはいるが基本は徒手空拳。面積が少ない服で闘い、その漆黒の筋肉はまるで芸術品のように美しい→命名『暗黒深淵美尻クス』(Cさんのパーティーメンバーがギルマスを呼び出している間に、ギルドの金庫に入れられた承認前の命名書を鍵を開けて取り出し破って廃棄。職員は見て見ぬ振りをしたそうな)
などなど、枚挙にいとまがない。
変な二つ名を付けられたくないB級冒険者は、わざわざ他所のギルドまで足を運び、そこでランクアップするようになってしまった。冒険者がB級からA級へランクアップすると、ランクアップの手続きをしたギルドの格が上がり、その分ギルド本部から送られてくる運営費が増える。
変な二つ名を付けようとするギルドマスターのおかげでライムギルドはちっとも運営費が増えない。まあ冒険者登録数だけはライムライトに大迷宮エレクタールがあるおかげで国内ナンバーワンだから、ある程度の運営費は出るけれど、ライムギルドでA級にランクアップ手続きをしてくれる人が少しでもいてくれると助かる。そしてその金であともう少し僕の給料アップを!
本当頼みますよレオンハルトさん……。
その時、静電気に触れたようなピリッとした気配をギルドの正面入り口の向こうから感じ、肌にブワッと鳥肌が立った。僕では勝てない絶対的強者の気配。レオンハルトも強者だが、『威圧』を完璧に消すことができるため、ここまで怖くはない。
そういえば朝会でレオンハルトがクランマスターが訪ねて来ると言っていた。扉の向こうにいるのは十中八九彼だろう。
僕は腕の鳥肌をさすって温め、ギルドの入り口の扉を見た。
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【補遺】
次話から文章の一番下に、登場人物たちが出演して作中の補遺をしてくれます。
(……の線の下からです。つまりここです)
読まなくても大丈夫ですが、読めばますますお話が分かりやすくなります。
BLはファンタジーです。異世界なのにチキュウとアルファベットが同じだったり、名称が似ていたりしますが偶然の一致です。深く考えないようお願いします。
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