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2章 暗殺者ギルド『深海』の壊滅
【間話】依頼人は第五王子(side.暗殺者ギルド『深海』首領)
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※時系列で言うと『暗殺者から冒険者へジョブチェンジ!』の「1、少年は暗殺者ナンバー『K』」の前です。
…………………………………………………………………………
これはレオンハルトが『深海』を壊滅させるほんの少しだけ前の話ーー。
男は顔と髪色を見せないように黒いローブを頭からすっぽりと被って暗殺者ギルドの拠点までやってきた。後ろにいかにも護衛騎士だと分かる、腰に剣を佩いだ二人と、お仕着せを着た執事が大きな鞄を提げて付き従っている。明らかに高位貴族のお忍びだ。
ーー面倒ごとの予感しかしねえ。
俺はソファに座るようにローブの男に促した。部屋に残った執事はピシリと背筋を伸ばしてソファの横に立ち、ローブの男はさも当然かのようにソファの上座へどっかりと腰を下ろした。
「お前たちは外で待て」
二人の護衛はローブの男に命令されると黙って部屋から廊下へと出て行った。部屋の前に立って誰も入ってこないようにするつもりだろう。パタンと扉が閉まると、ソファにふんぞり返って座っていた男はローブのフードを取って優雅に足を組んだ。
ーーーー本当に面倒ごとの予感しかしねえ。
金髪に琥珀色の瞳はエクラン王国の王族の色だ。フードを取った目の前の男も同じ色味を持っている。
俺は仕事柄、王族から貴族まで有名どころの顔を覚えている。だから目の前の男が第五王子のイグネイシャスだとすぐに分かった。
依頼人が貴族だとは聞いていたが、王族だとは聞いてねえ!
「ふんっ! ここはずいぶんと狭くて汚いところだな。おい貴様! 高貴な血を受け継ぐ王族の私が仕事を依頼する。ありがたく思え」
ものすごい上から目線だ。こんなのでも一応王族、無碍に出来ない相手だ。俺はムカっ腹を抑えて表面上は穏やかに依頼の話を聞く姿勢を取った。
「本日はどのようなご依頼で?」
「このギルドに最近名を揚げている子供の暗殺者がいるであろう! そいつに指名依頼だ!! 『紅竜』を殺してくれ」
「は!?」
『紅竜』は魔王討伐の旅に同行し、【息吹】で魔王の手下たちを蹂躙した紅竜の竜人レオンハルト・ドレイクのことだ。あんな化け物、うちじゃあAくらいしか相手できる奴はいないだろう。それ以外の有象無象を差し向けても返り討ちにされるのがオチだ。
誰が失敗するとわかっている依頼に金をかけて育てた大事な暗殺者を差し向けるというのだ。それも子供の暗殺者だと!? 名を揚げている子供の暗殺者と言ったらK以外には考えられない。
イグネイシャス殿下はずいぶんとご立腹のようで、烈火のように怒りレオンハルトを罵った。
「奴は悉く私の邪魔をする! 私が作ったコダック商会も、裏のオーナーとして密かに経営していた娼館も、奴隷売買もみんなみんなアイツのせいで潰された! それだけならまだしも、私の最大の資金源である裏カジノをヤツは壊滅させたのだ。許せるわけないであろう!!」
俺はその言葉に眉根を寄せた。コダック商会の件は裏社会にも概要が聞こえてきたので知っていた。
コダック商会が、長年ライバル関係であった商会の商会長の家族を拉致監禁し、脅迫して商売から手を引かせようとした。しかし、商会長がレオンハルトの古くからの知り合いだったため、家族が拉致されたことを知ったレオンハルトと商会の従業員有志たちが一斉にライバル商会に乗り込んで暴れ、その際にたまたま二重帳簿が発見され関係者が逮捕、コダック商会が潰れたというもの。
それに、レオンハルトに壊滅された娼館って言ったらまさか……『天国への扉』の事か?
こちとらあの事件のせいで隣国での奴隷購入ができなくなったんだ。まさか娼館の裏オーナーが第五王子だったとは……!
娼館『天国への扉』は、隣国トライオン王国で戦争孤児になった見目麗しい女児を購入し、奴隷契約をした上で偽造通行証を使ってエクラン王国へと運び、娼館で働かせて収入の大半をせしめていた。ちなみにこの奴隷制は現在のエクラン王国では禁止されている。
ある日、金に窮状して自殺未遂をした娼婦をたまたま助けて話を聞いたレオンハルトは娼館の不正を暴くために店に乗り込み、その結果、官吏の手が入り、金の着服や奴隷契約、偽造通行証のことが全て明るみになり、表のオーナーが逮捕、娼館も潰れたという事件だ。
この隣国での奴隷売買と通行証の偽造に関しては俺たち暗殺者ギルドも関係者だ。
トライオン王国は表向きはエクラン王国と不戦同盟を結んでいるが、王国内部で血を血で洗う血族同士の王位継承権争いが繰り返されており、王位につく者によっては不戦同盟が破棄される可能性がある情勢不安な国だ。そんな戦いの最中の国なので、親が戦争で死んで孤児になった者が多く、人材には事欠かない。
暗殺者ギルド『深海』は隣国で親を亡くしたり捨てられたりした孤児どもを奴隷として買い、『天国への扉』が使用したものと同じ偽造通行証を使って入国させ、暗殺者として育てていた。
しかし娼館の手入れの影響により偽造通行証が明るみとなり使用出来なくなり、隣国で奴隷を買って連れて帰れなくなった。今は細々とこの国の子供を集めているが、それもだんだんと目減りしていくだろう。
Kも元は隣国の孤児院にいた。臍の緒がついたままの状態で門の前に捨てられていたらしい。平民は魔力が少なく生活魔法しか使えない。そんな中、見目も良く、黄金にも見える黄色い瞳と、貴族並の魔力量の多さでKは孤児たちの中で特異な存在だった。
Kではレオンハルトには勝てない。
この依頼を受けたら最後、Kはレオンハルトに負けて死ぬことになるだろう。依頼を失敗した時は毒を含んで死ぬように育てられたし、奴隷印にもそう強制してあるからだ。
現在残っている子供の暗殺者はK以外は訓練中のガキが少数だけ。それに隣国から連れて来ることができなくなった今、Kのような優秀な子供の暗殺者の存在は貴重だった。
こんな時に限ってAは仕事中で誰の姿になっているのか分からねぇ。Kに執着に似たものを感じているらしいAがKのことを知ったら、アイツは激昂して何をしでかすか分かったもんじゃない。王族ですら平気で関わった全員を血祭りに上げるだろう。
何とかこの依頼を取り下げることはできないだろうか……。俺はせめて別の暗殺者に変更してもらえないか打診してみることにした。
「あ、あのぉ……。『紅竜』のレオンハルト相手に子供の暗殺者などでは力不足です。うちには他にも腕の良いベテランの暗殺者が幾らでもおります。そいつらではいけないのでしょうか?」
「指名依頼と言ったであろう? 子供だからいいのだ。先に暗殺者ギルド『大地』にも依頼したが、ベテランであるはずの女暗殺者がハニートラップをレオンハルトに仕掛けて失敗しているのだ! 女を使った暗殺も無理ということならば次は子供を差し向けるしかあるまい!」
つい先日、商売敵の『大地』がレオンハルトによって痛い目に遭わされたという話を聞いたが、こいつの依頼のせいだったのか。ちっ、面倒な依頼を持って来やがって。
「『紅竜』は魔王討伐も果たした竜人、普通の人間に勝てる相手ではありません! 隙をついても傷をつけることすら叶わないでしょう」
ドンっと王子が机を強く拳で叩いた。
「それを何とかするのが貴様らの仕事だろう! 幸い『紅竜』は孤児院に定期的に訪問するほど子供好きだと聞く。子供の暗殺者ならヤツも少しは油断するであろう。そこを突けば良かろう!」
激昂したのはレオンハルトのせいで資金源を潰され王位継承順位が後退したからだろう。イグネイシャス殿下は裏で稼いだ金をあちこちの高位貴族にばら撒き支援者を集めその上、自分の反対派閥の貴族に対しては裏カジノで握った弱みを盾に脅迫することで、第五王子ではあるものの王位継承順位は高い位置にいたはずだった。
「ですが無理と分かっている暗殺を請け負うなど……」
「ええいっ! やってみなければ分からないであろうが! グダグダとうるさいやつだな!!」
何とか思い止まらせようとする俺の態度に焦れたのか、イグネイシャス殿下はサッと手を挙げ後ろに立つ執事に合図を送った。執事は手に持った鞄の中からうやうやしく大きな革袋を取り出し、革袋の口を縛っていた紐を緩めて中を見せた。中に詰まっていたのは十万ガル金貨だ。パッと見る限り五十枚はあるだろう。
「これは手付金だ。受け取れ」
俺たちみたいな下賤な奴らは金さえ出せばなんでもやってくれると勘違いしているような高飛車な態度が鼻についた。思わず鼻を鳴らすと、イグネイシャス殿下は上から目線で口の端を歪ませ高圧的に言い放った。
「おい貴様っ! 貴様はまさか王族からの依頼を断ったりしないよな? 断ったら最後、このままここで貴様を斬って首を騎士団に渡してもいいんだぞ?」
執事が俺の手の上に重たい皮袋を置いた。ずっしりとした重みが腕にのしかかる。第五王子が一転して底意地が悪そうににたりと笑い、「ああ、そういえば」とからかい口調で続けた。
「貴様ら『深海』の本拠地も分かっているのだがなあ。貴様の前の首領が、私の裏カジノで大負けして作った借金を帳消しにしてやると言ったら、聞いていないことまでペラペラと喋ってくれたよ。隣国の孤児院から子供を買って偽造通行証を使って我が国に運んでいたことも、奴隷契約をした上で暗殺者として働かせていることもな。まさか貴様らもあの偽造通行証を使っていたとは。世間は狭いなぁ」
「なっ!!」
あンのクソジジイ!!
俺のナンバーが『A』になる前の、ずっとずっと昔の話だ。『深海』は今の『地下』のように暗殺技術も何もないただのならず者の集団だった。依頼人が金を積めば、相手のことを調査もしないで善悪関係なく殺し、暗殺対象者を誤認することさえあった。暗殺依頼をしたことをバラされたくなければもっと金を出せと恐喝したり、依頼人や暗殺対象者が女性の場合は身体の関係を迫ったり無理やり暴行したりとやりたい放題だった。
首領は嗜めるどころか自分も一緒になって相手を嬉々として痛めつけていた。俺はずっとそんなギルドを変えたかった。国営暗殺者ギルドとはいかないまでも、暗殺者としての矜持を持って仕事をまともに出来るギルドへと。
俺は幹部ーーつまり『A』となって奴隷から解放されると、破落戸同然の暗殺者たちを奸計に嵌めて少しずつ粛清していき、最終的には首領を半殺しにしてギルドから追い出し、自らが首領の座に着いた。
王子が言った前の首領とは俺が追い出したジジイのことだ。そんな経緯もありヤツは俺を憎んでいる。追い出す時、情けをかけて殺さなかったことが仇となった。ギルドの本拠地が騎士団にでも知られれば、全員捕縛されるか捕まる前に毒を飲むかだ。
Aのお気に入りだが替えが利く一介の暗殺者一人の死と、暗殺者ギルドに所属する暗殺者全員の命と、天秤にかけるまでもない。俺は前の首領を追い出した時、自分の全てを賭けて『深海』を守ると決めた。Aを宥めるのは大変だろうが、矛先さえこちらに向けさせなければ何とかなる。Kには悪いが依頼を受けるしかないだろう。
「分かりました。その依頼、お受けしましょう。ただし、相手が相手ですから失敗してもペナルティーはなしということで」
ーーけど、どのみちこの依頼を受けても断っても『深海』は壊滅だった訳だな。まあKが死ななかっただけ依頼を受けたのは良しとしよう。
いやあ、でもまさか『紅竜』がKを殺さなかったばかりか、Kのために命も顧みず暗殺者たちが大勢いるギルドへ乗り込んでくるなんて想像もつかんし、その目的がKの奴隷印の解除とは思いもよらなかったな。つがいについてはよく分からんが、相手のために命を賭けるなんてそこまでできるもんなのかねぇ。
しかし噂には聞いていたが、やっぱすげえ強いな『紅竜』は。あんだけいた暗殺者たちに対して一歩も引かないでほとんどを無効化しちまいやがった。それも死なない程度に痛めつけた挙句、毒を飲んで自殺しねぇように全員の意識を刈り取るなんて高等技術はなかなか出来るもんじゃねえ。さすがと言わざるを得ないな。
で? 幹部以外の奴隷契約で働かせてた奴らは助けてくれるんだよな? あの『天空』が引き取ってくれるって? そりゃありがてえ。
あん? Aが? え? イグネイシャス王子殿下を殺して逃げたぁ!?
あいつの【変身】はすげえからなぁ。今誰になってるかなんて知らねえよ。育てた俺ですらホンモノと区別はつかねえ。
捕まえたいならKの身辺を警戒するといいぜ。きっとあいつはKの元に現れる。あいつ、あれで案外Kに執着してるからな。
……ああ、後は全部俺が落とし前をつける。
そのための首領だからな。
…………………………………………………………………………
【補遺】
ー調書抜粋ー
暗殺者ギルド『深海』について
メンバーは首領以下約二十名が在籍
うち十代が一人、十代以下教育中の子供三人
幹部A、B、C以外は全員奴隷印有り、B、Cは拘留済み
※幹部になると奴隷から解放される
今回捕まった他メンバーは今までの仕事を精査のち暗殺者ギルド『天空』へ移籍(仕事内容如何によっては重罪人牢へ)
子供三人に関しては奴隷印解除ののちライムライトにあるセントレーン孤児院へと移送
首領、幹部は全ての情報を吐き出させたあと順次処刑
筆頭暗殺者A、イグネイシャス第五王子殿下殺害ののち行方不明
Kの元へ向かったと思われる(※レオンハルト・ドレイクへ緊急連絡)
無属性魔法の一種【変身】魔法の能力持ち、速さ特化の身体強化有り
神具『疾風迅雷』所持
…………………………………………………………………………
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これはレオンハルトが『深海』を壊滅させるほんの少しだけ前の話ーー。
男は顔と髪色を見せないように黒いローブを頭からすっぽりと被って暗殺者ギルドの拠点までやってきた。後ろにいかにも護衛騎士だと分かる、腰に剣を佩いだ二人と、お仕着せを着た執事が大きな鞄を提げて付き従っている。明らかに高位貴族のお忍びだ。
ーー面倒ごとの予感しかしねえ。
俺はソファに座るようにローブの男に促した。部屋に残った執事はピシリと背筋を伸ばしてソファの横に立ち、ローブの男はさも当然かのようにソファの上座へどっかりと腰を下ろした。
「お前たちは外で待て」
二人の護衛はローブの男に命令されると黙って部屋から廊下へと出て行った。部屋の前に立って誰も入ってこないようにするつもりだろう。パタンと扉が閉まると、ソファにふんぞり返って座っていた男はローブのフードを取って優雅に足を組んだ。
ーーーー本当に面倒ごとの予感しかしねえ。
金髪に琥珀色の瞳はエクラン王国の王族の色だ。フードを取った目の前の男も同じ色味を持っている。
俺は仕事柄、王族から貴族まで有名どころの顔を覚えている。だから目の前の男が第五王子のイグネイシャスだとすぐに分かった。
依頼人が貴族だとは聞いていたが、王族だとは聞いてねえ!
「ふんっ! ここはずいぶんと狭くて汚いところだな。おい貴様! 高貴な血を受け継ぐ王族の私が仕事を依頼する。ありがたく思え」
ものすごい上から目線だ。こんなのでも一応王族、無碍に出来ない相手だ。俺はムカっ腹を抑えて表面上は穏やかに依頼の話を聞く姿勢を取った。
「本日はどのようなご依頼で?」
「このギルドに最近名を揚げている子供の暗殺者がいるであろう! そいつに指名依頼だ!! 『紅竜』を殺してくれ」
「は!?」
『紅竜』は魔王討伐の旅に同行し、【息吹】で魔王の手下たちを蹂躙した紅竜の竜人レオンハルト・ドレイクのことだ。あんな化け物、うちじゃあAくらいしか相手できる奴はいないだろう。それ以外の有象無象を差し向けても返り討ちにされるのがオチだ。
誰が失敗するとわかっている依頼に金をかけて育てた大事な暗殺者を差し向けるというのだ。それも子供の暗殺者だと!? 名を揚げている子供の暗殺者と言ったらK以外には考えられない。
イグネイシャス殿下はずいぶんとご立腹のようで、烈火のように怒りレオンハルトを罵った。
「奴は悉く私の邪魔をする! 私が作ったコダック商会も、裏のオーナーとして密かに経営していた娼館も、奴隷売買もみんなみんなアイツのせいで潰された! それだけならまだしも、私の最大の資金源である裏カジノをヤツは壊滅させたのだ。許せるわけないであろう!!」
俺はその言葉に眉根を寄せた。コダック商会の件は裏社会にも概要が聞こえてきたので知っていた。
コダック商会が、長年ライバル関係であった商会の商会長の家族を拉致監禁し、脅迫して商売から手を引かせようとした。しかし、商会長がレオンハルトの古くからの知り合いだったため、家族が拉致されたことを知ったレオンハルトと商会の従業員有志たちが一斉にライバル商会に乗り込んで暴れ、その際にたまたま二重帳簿が発見され関係者が逮捕、コダック商会が潰れたというもの。
それに、レオンハルトに壊滅された娼館って言ったらまさか……『天国への扉』の事か?
こちとらあの事件のせいで隣国での奴隷購入ができなくなったんだ。まさか娼館の裏オーナーが第五王子だったとは……!
娼館『天国への扉』は、隣国トライオン王国で戦争孤児になった見目麗しい女児を購入し、奴隷契約をした上で偽造通行証を使ってエクラン王国へと運び、娼館で働かせて収入の大半をせしめていた。ちなみにこの奴隷制は現在のエクラン王国では禁止されている。
ある日、金に窮状して自殺未遂をした娼婦をたまたま助けて話を聞いたレオンハルトは娼館の不正を暴くために店に乗り込み、その結果、官吏の手が入り、金の着服や奴隷契約、偽造通行証のことが全て明るみになり、表のオーナーが逮捕、娼館も潰れたという事件だ。
この隣国での奴隷売買と通行証の偽造に関しては俺たち暗殺者ギルドも関係者だ。
トライオン王国は表向きはエクラン王国と不戦同盟を結んでいるが、王国内部で血を血で洗う血族同士の王位継承権争いが繰り返されており、王位につく者によっては不戦同盟が破棄される可能性がある情勢不安な国だ。そんな戦いの最中の国なので、親が戦争で死んで孤児になった者が多く、人材には事欠かない。
暗殺者ギルド『深海』は隣国で親を亡くしたり捨てられたりした孤児どもを奴隷として買い、『天国への扉』が使用したものと同じ偽造通行証を使って入国させ、暗殺者として育てていた。
しかし娼館の手入れの影響により偽造通行証が明るみとなり使用出来なくなり、隣国で奴隷を買って連れて帰れなくなった。今は細々とこの国の子供を集めているが、それもだんだんと目減りしていくだろう。
Kも元は隣国の孤児院にいた。臍の緒がついたままの状態で門の前に捨てられていたらしい。平民は魔力が少なく生活魔法しか使えない。そんな中、見目も良く、黄金にも見える黄色い瞳と、貴族並の魔力量の多さでKは孤児たちの中で特異な存在だった。
Kではレオンハルトには勝てない。
この依頼を受けたら最後、Kはレオンハルトに負けて死ぬことになるだろう。依頼を失敗した時は毒を含んで死ぬように育てられたし、奴隷印にもそう強制してあるからだ。
現在残っている子供の暗殺者はK以外は訓練中のガキが少数だけ。それに隣国から連れて来ることができなくなった今、Kのような優秀な子供の暗殺者の存在は貴重だった。
こんな時に限ってAは仕事中で誰の姿になっているのか分からねぇ。Kに執着に似たものを感じているらしいAがKのことを知ったら、アイツは激昂して何をしでかすか分かったもんじゃない。王族ですら平気で関わった全員を血祭りに上げるだろう。
何とかこの依頼を取り下げることはできないだろうか……。俺はせめて別の暗殺者に変更してもらえないか打診してみることにした。
「あ、あのぉ……。『紅竜』のレオンハルト相手に子供の暗殺者などでは力不足です。うちには他にも腕の良いベテランの暗殺者が幾らでもおります。そいつらではいけないのでしょうか?」
「指名依頼と言ったであろう? 子供だからいいのだ。先に暗殺者ギルド『大地』にも依頼したが、ベテランであるはずの女暗殺者がハニートラップをレオンハルトに仕掛けて失敗しているのだ! 女を使った暗殺も無理ということならば次は子供を差し向けるしかあるまい!」
つい先日、商売敵の『大地』がレオンハルトによって痛い目に遭わされたという話を聞いたが、こいつの依頼のせいだったのか。ちっ、面倒な依頼を持って来やがって。
「『紅竜』は魔王討伐も果たした竜人、普通の人間に勝てる相手ではありません! 隙をついても傷をつけることすら叶わないでしょう」
ドンっと王子が机を強く拳で叩いた。
「それを何とかするのが貴様らの仕事だろう! 幸い『紅竜』は孤児院に定期的に訪問するほど子供好きだと聞く。子供の暗殺者ならヤツも少しは油断するであろう。そこを突けば良かろう!」
激昂したのはレオンハルトのせいで資金源を潰され王位継承順位が後退したからだろう。イグネイシャス殿下は裏で稼いだ金をあちこちの高位貴族にばら撒き支援者を集めその上、自分の反対派閥の貴族に対しては裏カジノで握った弱みを盾に脅迫することで、第五王子ではあるものの王位継承順位は高い位置にいたはずだった。
「ですが無理と分かっている暗殺を請け負うなど……」
「ええいっ! やってみなければ分からないであろうが! グダグダとうるさいやつだな!!」
何とか思い止まらせようとする俺の態度に焦れたのか、イグネイシャス殿下はサッと手を挙げ後ろに立つ執事に合図を送った。執事は手に持った鞄の中からうやうやしく大きな革袋を取り出し、革袋の口を縛っていた紐を緩めて中を見せた。中に詰まっていたのは十万ガル金貨だ。パッと見る限り五十枚はあるだろう。
「これは手付金だ。受け取れ」
俺たちみたいな下賤な奴らは金さえ出せばなんでもやってくれると勘違いしているような高飛車な態度が鼻についた。思わず鼻を鳴らすと、イグネイシャス殿下は上から目線で口の端を歪ませ高圧的に言い放った。
「おい貴様っ! 貴様はまさか王族からの依頼を断ったりしないよな? 断ったら最後、このままここで貴様を斬って首を騎士団に渡してもいいんだぞ?」
執事が俺の手の上に重たい皮袋を置いた。ずっしりとした重みが腕にのしかかる。第五王子が一転して底意地が悪そうににたりと笑い、「ああ、そういえば」とからかい口調で続けた。
「貴様ら『深海』の本拠地も分かっているのだがなあ。貴様の前の首領が、私の裏カジノで大負けして作った借金を帳消しにしてやると言ったら、聞いていないことまでペラペラと喋ってくれたよ。隣国の孤児院から子供を買って偽造通行証を使って我が国に運んでいたことも、奴隷契約をした上で暗殺者として働かせていることもな。まさか貴様らもあの偽造通行証を使っていたとは。世間は狭いなぁ」
「なっ!!」
あンのクソジジイ!!
俺のナンバーが『A』になる前の、ずっとずっと昔の話だ。『深海』は今の『地下』のように暗殺技術も何もないただのならず者の集団だった。依頼人が金を積めば、相手のことを調査もしないで善悪関係なく殺し、暗殺対象者を誤認することさえあった。暗殺依頼をしたことをバラされたくなければもっと金を出せと恐喝したり、依頼人や暗殺対象者が女性の場合は身体の関係を迫ったり無理やり暴行したりとやりたい放題だった。
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俺は幹部ーーつまり『A』となって奴隷から解放されると、破落戸同然の暗殺者たちを奸計に嵌めて少しずつ粛清していき、最終的には首領を半殺しにしてギルドから追い出し、自らが首領の座に着いた。
王子が言った前の首領とは俺が追い出したジジイのことだ。そんな経緯もありヤツは俺を憎んでいる。追い出す時、情けをかけて殺さなかったことが仇となった。ギルドの本拠地が騎士団にでも知られれば、全員捕縛されるか捕まる前に毒を飲むかだ。
Aのお気に入りだが替えが利く一介の暗殺者一人の死と、暗殺者ギルドに所属する暗殺者全員の命と、天秤にかけるまでもない。俺は前の首領を追い出した時、自分の全てを賭けて『深海』を守ると決めた。Aを宥めるのは大変だろうが、矛先さえこちらに向けさせなければ何とかなる。Kには悪いが依頼を受けるしかないだろう。
「分かりました。その依頼、お受けしましょう。ただし、相手が相手ですから失敗してもペナルティーはなしということで」
ーーけど、どのみちこの依頼を受けても断っても『深海』は壊滅だった訳だな。まあKが死ななかっただけ依頼を受けたのは良しとしよう。
いやあ、でもまさか『紅竜』がKを殺さなかったばかりか、Kのために命も顧みず暗殺者たちが大勢いるギルドへ乗り込んでくるなんて想像もつかんし、その目的がKの奴隷印の解除とは思いもよらなかったな。つがいについてはよく分からんが、相手のために命を賭けるなんてそこまでできるもんなのかねぇ。
しかし噂には聞いていたが、やっぱすげえ強いな『紅竜』は。あんだけいた暗殺者たちに対して一歩も引かないでほとんどを無効化しちまいやがった。それも死なない程度に痛めつけた挙句、毒を飲んで自殺しねぇように全員の意識を刈り取るなんて高等技術はなかなか出来るもんじゃねえ。さすがと言わざるを得ないな。
で? 幹部以外の奴隷契約で働かせてた奴らは助けてくれるんだよな? あの『天空』が引き取ってくれるって? そりゃありがてえ。
あん? Aが? え? イグネイシャス王子殿下を殺して逃げたぁ!?
あいつの【変身】はすげえからなぁ。今誰になってるかなんて知らねえよ。育てた俺ですらホンモノと区別はつかねえ。
捕まえたいならKの身辺を警戒するといいぜ。きっとあいつはKの元に現れる。あいつ、あれで案外Kに執着してるからな。
……ああ、後は全部俺が落とし前をつける。
そのための首領だからな。
…………………………………………………………………………
【補遺】
ー調書抜粋ー
暗殺者ギルド『深海』について
メンバーは首領以下約二十名が在籍
うち十代が一人、十代以下教育中の子供三人
幹部A、B、C以外は全員奴隷印有り、B、Cは拘留済み
※幹部になると奴隷から解放される
今回捕まった他メンバーは今までの仕事を精査のち暗殺者ギルド『天空』へ移籍(仕事内容如何によっては重罪人牢へ)
子供三人に関しては奴隷印解除ののちライムライトにあるセントレーン孤児院へと移送
首領、幹部は全ての情報を吐き出させたあと順次処刑
筆頭暗殺者A、イグネイシャス第五王子殿下殺害ののち行方不明
Kの元へ向かったと思われる(※レオンハルト・ドレイクへ緊急連絡)
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結衣可
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雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
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