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3章 辺境の地ライムライトへ

10、冒険者ギルドの受付は有名三兄弟

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 次の日の朝。

 僕とレオンハルトはメレキオール冒険者ギルド前に立っていた。なぜかと言うと、朝食を食べている時に僕とレオンハルトの間にこんな会話があったからだ。

「せっかく冒険者ギルドに登録したんだし、暗殺者をやめてやることもねえんだから冒険者になったらどうだ? せっかくの腕が錆びつくのはもったいない。戦闘能力の高いお前ならすぐにランクアップできるだろ。最初の依頼はスライム退治がいいかな」

 恒常依頼であるスライムの間引きをレオンハルトが提案した。初心者のF級冒険者でも受けることができ、採取したものや討伐証明部位提出の必要がないため、報告は次に立ち寄った冒険者ギルドでも出来る。この依頼を受ける場合の期限はだいたい一週間くらいだそうだから、ライムライトで達成報告も可能。

 それにこれから進むセイレーン川沿いには水辺スライムというスライムが岸に多く生息しているから、見つけることができなくて依頼が達成できなかった、なんてことはまずない。

 この水辺スライムは水生生物を溶かして吸収する。数が増えると漁業に影響が出るため間引きが必要だ。中の核を壊せばどろりと溶けて水になる。僕の場合、スライム自体を凍らせて粉々に割ってしまえば簡単に倒せる。もちろん核だけを凍らせることも可能だが、面倒だから大雑把に全体を凍らせたほうが早い。

 もし依頼を受けていない魔物が出た時は、倒して素材を剥ぎ取れば、鍛冶屋や料理店などが買い取ってくれるため金が貯まる。

「あくまでも可能性だが、冒険者の上の方のクラス、まあB級くらいになりゃ成人前だとしても独り立ちできたと認められて、保護観察処分が外れるかもしれねえぜ」
「何をモタモタしてるんですかレオンハルトさん! さっさと依頼を受けに行きますよ!!」

 食いつくような勢いで言えば、レオンハルトに複雑な顔をされた。

 そんな訳で水生スライム間引きの依頼を受けるために冒険者ギルドへと来たのだった。エリオットさんたちの護衛依頼はギルドで正式に受けたものではないので、実質これが僕の冒険者デビューだ。

 最初はレオンハルトと一緒に冒険者ギルドに行くとどうしても周りからいらぬ注目を浴びてしまうことになるのが嫌で、一人で行くつもりだったのに、レオンハルトからストップがかかった。

 レオンハルトが止めたのは、まだ捕まっていない暗殺者ギルドの人間が僕に接触し、逆恨みで僕が狙われたり共に逃亡するかもしれない危険性があって、僕を一人にすることは監視者としての立場から容認できないのだろう。

 ーーと、思ったんだけどレオンハルトが考えていたのは全く別のことだった。

「だってな、こんな可愛い子が一人で冒険者ギルドなんかに行ったら、誰かに言い寄られたり口説かれたりするかもしれねえじゃねえか。狼の群れの中に羊を放り込むようなもんだぜ?」

 レオンハルトは冒険者を飢えた野獣の群れとでも思っているのかな? それに僕が可愛いだなんて言うのはレオンハルトくらいのものだ。僕なんかに好き好んで声をかけてくる奴はいないだろう。

「心配だから俺もぜったいついて行く!」

 強硬に言い募るレオンハルトに根負けして、出立の準備を手伝えないことをエリオットさんに詫び、結局一緒にメレキオール冒険者ギルドへ来た。

 エリオットさんたちは出立の準備をした後に商業ギルドヘ手続きのために立ち寄るということで、今は別行動をしている。用が済んだら商業ギルドの馬車留めで落ち合うことになっている。

 ギルドまでの道中は大変で、むやみやたらに時間がかかった。レオンハルトが何度も僕の手を繋ごうとしたり、腕や肩を組もうとしてきたり、腰を引き寄せようとしたりなどの皮膚接触を図ってこようとするのを止めながら歩いたからである。

 そしてやっぱり冒険者ギルドの入り口をレオンハルトが潜れば、魔王討伐の英雄を一目見ようと人が集まる。もちろん隣にいる僕にもその視線が注がれることになるが、今まで闇に隠れて生きてきてた僕は注目されることに慣れていないので疲れてしまう。

 メレキオール冒険者ギルドは、デュラハンの冒険者ギルドが軽く二つは入りそうなくらい大きかった。入ってすぐに視界に入ったのは正面奥にある横に広い受付カウンター。受付職員の人数も比べ物にならないほど多い。

「あ、あそこって酒場?」

 あと、デュラハンの冒険者ギルドと違うのは、内部に酒場が併設されていることか。ただ、さすがに朝からは営業はしておらず、その代わり椅子が休憩室のように使われていて、自分たちのパーティーメンバーを待っているのか、幾人かの冒険者が腰を下ろしていた。

「エクラン王国第二の都市と言われるメレキオールにある冒険者ギルドだからな。広いし、職員や冒険者の数も王都エクスファイランの冒険者ギルドに勝るとも劣らず多い」

 これだけの規模になると、ギルドマスターが二人いるというのも頷ける。一人だと仕事量がすごいことになりそうだ。

「だから二人でギルマスをやってるんですね。仕事をきっちりしそうな印象でしたが、あの片眼鏡は伊達じゃなかったんですねえ」
「お前……。もしかして眼鏡をかけてりゃみんな仕事ができると思ってねえよな……?」
「………………」

 図星を指された。でもゴルドさんとシルバさんはそれだけではなく、柔和な顔立ちに清潔感のある服装、物腰の穏やかさ、どこを取っても仕事が出来そうな印象を受ける。誰かさんとは大違いだ。

「ゴルドとシルバは水属性でな。水の都にピッタリの属性だし、サブギルマスのメリュジーナに殆どの書類仕事を押し付けてる俺とは違って二人とも仕事熱心で事務能力が高い。ここのギルマスに相応しい人材だよ」
「へえ。さすがゴルドさんとシルバさん」

 レオンハルトは勝手知ったるギルドのど真ん中を堂々と受付カウンターに向けて軽やかに進み、ある男性受付職員の前で足を止めた。

「恒常依頼を受けたい」
「はい、おはようございます。冒険者ギルドへようこそ」
「え、ワイアットさん?」

 メレキオール冒険者ギルドの受付に座り、にこやかに挨拶したのは、デュラハンの街で僕の冒険者登録をしてくれた新規冒険者登録担当のワイアットさんだった。え、どうしてこんな所に?

「ケイ、コイツはワイアットじゃねえ」
「え?」

 レオンハルトに言われてよくよく見ると、顔立ちはものすごく似通っているけれど、眼鏡のフレームの色が違う。確かワイアットさんは銀縁眼鏡だったけれど、この人の眼鏡は黒色だ。

「おや、冒険者様方はデュラハンの冒険者ギルドへ行かれたのですね」
「はい。僕はそちらで新規登録をしました」
「それはそれは。弟はちゃんと仕事をしていましたか?」
「え、ワイアットさんのお兄さん?」

 このよく似た人はワイアットさんのお兄さんだった。ワイアットさんは最初から最後まで僕に丁寧に対応してくれた。ただちょっと仕事が大変なのか睡眠不足気味のようだったけれど……。

 ちゃんと仕事をしていることを伝えたらお兄さんはほっと息を吐いた。

「そうですか。教えていただきありがとうございます。私はワイアットの上の兄のセイアットと申します。長兄は王都エクスファイランの冒険者ギルド職員をしています」

 一番上のお兄さんであるガイアットさんは『鑑定』のスキル持ちなので、素材担当受付で働いているそう。長兄ガイアットが王都エクスファイラン、次兄セイアットがメレキオール、そして三男ワイアットがデュラハン、勤め先の場所は別だが職種は同じ冒険者ギルド職員。『アット三兄弟』の名は冒険者の間でけっこう有名らしい。

 三人とも顔が似通っているため、冒険者ギルドで三兄弟を見た人たちは一様に驚くという。中には、『分身』のスキルを使って一人の人間が三つの冒険者ギルドで働いているという眉唾な話を信じてしまう人もいるらしい。似通っているといっても三つ子ではなく年子の兄弟。ちなみにガイアットさんはフレームなし眼鏡ということだ。

「では、まずギルドカードを、はい。F級の恒常依頼はこちらです」

 セイアットさんがF級初心者恒常依頼と書かれた紙の束を引き出しから取り出してレオンハルトに渡した。それをペラペラめくったレオンハルトは、中から三枚の紙を抜き出して僕に渡した。

「水辺スライムの間引き、ライムライトへの郵便配達。あと、キシベヌートリア三匹駆除、討伐部位の提出は無しっと。うん、大丈夫」

 郵便はライムギルドへ持っていけばそこで配ってくれる。キシベヌートリアとは岸辺に住むネズミのような外見の魔獣で、一回の出産で五~六匹、半年に一度子を産むほど繁殖力が高く、岸辺の植物や農作物を根こそぎ食べてしまう害獣だ。

 大きさはエアリアル大草原で倒した草原大鼠グラスラットより少し小さいくらいで、全くの新人冒険者だと一人での駆除は難しく、二人ないし三人ほどでパーティーを組んで倒す。ソロの冒険者の場合、パーティーを組む相手をギルドが紹介してくれるので、知り合いを増やしたいソロの新人冒険者に人気の仕事である。

「キシベヌートリアはソロでは難しいと思いますが……。大丈夫ですか?」

 新人冒険者には少し難しい依頼だろうけど、僕にとってはキシベヌートリアも水生スライムも赤子の手を捻るよりも簡単に倒せる。何があるか分からないから、油断はしないけれど。

「いざとなったら俺が手ェ貸すから大丈夫だ。まあでも手を出すまでもねえと思うがな」
「やはりこの子は強いですか」
「ああ」

 レオンハルトにそう言われてセイアットさんは納得したように頷いた。人を見ただけで強さがある程度分かるくらいには、セイアットさんは受付の経験を積んできたのだろう。

「では少々お待ちください」

 手元にある機械のスリットにギルドカードを挟み、僕から返された三枚の紙を見ながらセイアットさんはパチパチとすごい勢いでキーボードを押しはじめた。手元を全く見ずに紙だけを見ているのは流石だ。事務仕事に慣れている。さして時間もかからず依頼の受注手続きは終了した。

「では、あまり無茶をしませんように。レオンハルト様もちゃんと見守ってあげてください」

 ギルドカードを僕に返したセイアットさんは椅子から立ち上がってきっかり四十五度で頭を下げた。

「それではお気を付けて行ってらっしゃいませ」

 弟のワイアットさんと全く同じ角度の挨拶に、思わず笑顔が溢れた。

「ありがとうございます」

 僕はワイアットさんに言われた通り、ギルドカードを無くさないようにカードケースに入れて首から下げ、セイアットさんにお礼を言ってメレキオール冒険者ギルドを出た。

…………………………………………………………………………
【おまけの補遺】
(side.ギルド素材担当受付Aさん 名前はガイアットです)

 え? 私の名前が付いたんですって? 三馬鹿トリオ、シンカーンセンのついでに出させてもらっただけのチョイ役のこの私に? 

 全く……。それもこれも作者がプロットも作らず勝手気ままに書き散らすからですよ。反省しなさい。

 で? ええっと……。
(作者から渡された設定表を読む)
 
 分かりました。私の名前はガイアット、エクスファイラン冒険者ギルドの素材担当受付です。『鑑定』のスキルを持っています。三人兄弟の長男で、セイアット・ワイアットという弟がいます。

 さて、話は変わりますが最近嬉しいことがありました。

 あの三馬鹿トリオ、シンとカーンとセンが依頼を受ける時にちゃんと依頼書を読み、資料室で下調べをするようになったんです!

 何でも王都にいた『紅竜』のレオンハルト様とたまたまエアリアル大草原で会い、ちゃんと相手のことを調べるように説教されたとのこと。あの『紅竜』の説教だなんて何と羨ましい!

 一緒にいた氷属性の男の子にも相性の大切さを教えてもらい、目の前で大きなグラスラットをあっという間に倒したところを見て、もっと強くなりたいと思ったんだそう。良いことだ。このまま真面目に冒険者を続けて、良い素材を取ってきて欲しい。

「あ! ガイアットさん、ただいま~~」
「さ、査定お願いします」
「ヒーリング草十本を五束、確認お願いしまーーっす」

 ああ、噂をすれば。シンカーンセンです。今日はヒーリング草の採取依頼ですか。ふむ……。

「はい、ちゃんと全部ヒーリング草ですね。採取場の近くに似た雑草も生えていますが、よく間違えずに持ってこられました」

 褒めると三人共とても嬉しそうです。ただ、やんわりとダメ出しもしますけど。束の中から三本のヒーリング草を抜き取って、三人の眼の前にかざします。

「こちらのヒーリング草は根っこが半分しかないですね。こちらとこちらは途中で千切れています。力任せに引っ張りませんでしたか? スコップで根までちゃんと掘り起こさないといけませんよ」
「ほら、だから言ったのに」

 三人の中で一番真面目で堅実なセンがため息混じりに愚痴を言った。やはりこの三本を採ったのはシンとカーンのようだ。この二人はちょっとがさつなので、センは苦労しているようだ。

「まあでも採取の腕は上がっていますよ。シンとカーンはもう少し慎重になるよう心がけてくださいね」
「「はーーい」」

 報酬を少しだけ減らして三人に渡すと、嬉しそうに受け取って仲良く受付カウンターを後にした。店の相談をしていたので、これからご飯を食べに行くのだろう。

 新人冒険者の前途に幸あれ。

 ガイアットは三人の後ろ姿にエールを送った。
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