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一月四日。三が日の明けた今日が私の仕事始めだった。文学部の修士課程を卒業した後、随分と探しまわって、卒業間際に見つけた職場で二度目の正月。
――ようやく勝手がわかり始めた今年も、心機一転して頑張ろう、などと考えている筈であるのに、なぜか新年早々、私は仕事が手につかないほど動揺していた。
……いや、理由なら分かっている。「あいつ」だ。
去年のクリスマス、どうせ独り身だろうと先輩から押し付けられた仕事をすませ、自宅へ戻る道すがら、ひょんなことから再会した奴のせいだ。
いつの間にかキーボードを打つ手が止まっていた事に気がついて頭を抱えながら、私はその時のことを思い出した。
クリスマスイルミネーション一色の駅前で楽しげに談笑する男女の隣をすり抜け、私は足早に家路を急いでいた。親しげに腕を組んで笑い合う幸せそうな様子を見ていると、随分と心がささくれだって来るのが分かる。
……そうか、これが「リア充爆発しろ」という奴か。
ささくれ立った心の正体を今更ながら理解して、私はかじかむ手をコートのポケットへ突っ込んだ。どうせ帰宅した私は今日もコンビニ弁当で夕食を済ませ、明日も仕事にいそしむ運命なのだ。怨むべきは駅前で幸福なオーラをまき散らす、縁もゆかりもない男女より、今夜にデートの予定を入れたいがため、幸せそうに笑いながら私に仕事を押し付けてきた一つ年下の先輩だろう。
この不況のご時世、仕事につけるだけありがたいものだ。就職したてのぺーぺーに文句を垂れる資格などない。分かってはいるが、まさかこんな日に限って残業させられる――しかも、自分のミスではなく先輩の仕事を押し付けられるという形で、だ――なんて、夢にも思いはしなかった。
疲れた体を引きずる現状で、しかもたった一人で、駅前のイルミネーションを楽しむ余裕がある筈もなく、敢えてそこから目をそむけながら、私はひたすら家路を急いだ。
「……あれ、もしかして坂城か?」
ふと、肩を叩かれて顔を挙げる。スーツにネクタイを締めた同年代くらいの男が私を覗き込んでいた。面喰らって目を瞠った一瞬後、大学時代、同じサークルに所属して、よくつるんで馬鹿をやった男と面影が重なる。あ、と声をあげて、私はようやく記憶の中にある彼の名前を探りだした。
「……えーっと、早河?」
何自信なさそうにしてんだよ、と心外そうに言いながら、早河はがっしりと私の肩に腕をのせ、軽く体重をかけてくる。サークル時代にもよくそうやって寄りかかられたものだと思い出し、私も思わずかつてのように声をあげてその腕を振り払った。
「痛い痛い痛い! なんでそういう所だけは変わってないんだよ!」
「あはははははは!」
何が楽しいのか、早河はからからと声をあげて笑った。その姿は私の記憶に残っている彼の笑い方と、寸分変わらない仕草だった。
「え、お前さ、院行ったんじゃなかったの!?」
これから電車に乗って帰宅だという早河を改札まで送ることにし、二人で並んで歩く。道すがら私が就職したと聞いた早河は実に意外そうに叫び、私は呆れて項垂れた。
「あのなぁ……俺たちが大学を卒業したのは4年も前だろ。院だって一昨年修了したよ。修士で」
「なんだよ~……ドクターまで行かなかったのかよ。末は学者様とオトモダチ、とか思ってたのに……」
そう言ってくれるのは嬉しいが、残念ながら学問で食っていくだけの才覚は私にはない。
「なんだよその、『末は作家先生とオトモダチ』みたいなノリは」
「サインねだらなかっただけよかったと思えよ」
……私は彼が大学院生をどんな目で見ていたのか、ようやく分かった気がした。
話を変えようと私が彼の近況を尋ねると、彼は肩をまわしながら毎日大変だよ、とぼやき、がっくりと項垂れた。
「今うちの業界まさにシーズン真っ盛りだからさ。如何に不況と言っても、やっぱ忙しいもんは忙しいんだよ」
そういえばサークル時代、彼は旅行が好きでよくサークルの合宿計画を立案していた。念願かなって旅行会社に就職したと言う話は本当だったようだ。私はぼやきながらも不満そうにはしていない彼を見て、純粋にうらやましいと感じた。
将来の夢だとかそういう物と関係なく、何となく大学院を選び、とにかくちゃんと自立したいというので何も考えず就職した私としては、これまでの私の人生の、はたしてどこに「私の意思」と言うものが存在したのかと疑問に感じるほどなのだ。別に自分の人生を他人のせいにするつもりはないし、そこまで不満も感じていないが、これまでのようにこれからも何となく仕事をし、何となく結婚して、そして何となく生きていくのだろうかと考えたら、どこか首をかしげたくなるような空虚さが漂うのを感じてしまうのだった。
結婚と言えば、と、私の思考は嫌な方面へ飛び火する。最近実家から電話がかかってくると、二言目には母の口から「お前いい人はいないの」と訊かれるようになった。盆にはさりげなくどこぞのお嬢さんの写真を見せられて、ああこれがお見合いという奴かと感じたことを覚えている。もうそういう年なのかと考えると、「婚活」という言葉がテレビに流れるたび、ちらりとこちらを流し見てくる父の目が、急に「初孫がみたい」と訴えているように見えて仕方なくなるのである。
私は最近増えた頭痛の種を思い出してしまい、ふと思いいたって早河を見た。そういえば、彼はそういった悩みはないのだろうか。携帯をいじりながら、「げ、電車が出るの30分も後かよ、ありえねぇ…」等とぼやいている彼に問いかけた。
「……そういえばお前、もう結婚とかしてたりすんの?」
「……お前さ、俺の薬指に幸せのリングがはまってるように見える?」
さりげなく問いかけたつもりだったが、返ってきたのはじっとりとした冷たい視線である。今更ながら、この問いかけがいかに愚問であったかに思いいたるが、口に出してしまった物はなかったことにできないから仕方ない。私は先に現状をカミングアウトする事で、彼の機嫌を直そうと試みた。
「俺今日は残業でさ。最低だよ、先輩がイヴにデートしたいからって自分の残してた仕事全部俺に押し付けてきてさ」
「何だよそれ、恨みごとの一つや二つ言っといた方がいいんじゃね?」
言いながらこちらの意図をくみ取ったのか、彼は頭を掻いて仏頂面で宙を睨む。視線の先でキラキラと瞬くイルミネーションを恨めしそうに見ながら、早河はため息交じりに呟いて返した。
「……まあ、聖夜に自分から残業入れた俺よかましだけどさぁ……」
そういいながらがっくりとうなだれる顔は、先ほど近況を語った表情とは打って変わった、憂いの溢れるものだった。今更ながら地雷を踏んでしまった事実に気が付き、気まずさに視線がさまよう。
そもそも早河は、サークルで一緒だったころからそれなりによくもてた。自分なりのこだわりが漂うファッションだとか、声が大きく明るい所だとか、どこか甘え上手な所だとか、そういった部分が女子たちの目に留っていたらしい。私自身時折そんな女子たちに相談を持ちかけられたりしたこともあって、気を使って席をはずしたりした物である。
ただ奇妙なことに、彼の返事はことごとく「NO」であったらしい。「他に好きな人がいる」というのが理由だったとか。
昔の事を思い出しながら、やはり不思議でならない早河の行動に、私は首をかしげてしまう。そう、早河はもてるのである。しかし、彼自身は私にそういったそぶりを全く見せたりしないのだ。
本当に不思議な話だ。私とつるむときにはいつも二つ返事で了解していたあの早河が。あの四年間、一度たりともそんなそぶりを見せなかったあの早河が、「他に好きな人がいる」と断ったというのだから。
おかげで、始めのうち「早河君は誰かと付き合ってるの?」という問いかけに自信を持って「付き合ってない」と断言していた私も、二度三度とそんな断り方をしている早河に自信がなくなり、「いや…わからん」などという箸にも棒にもならない回答でお茶を濁すようになってしまった。
相談した意味がないと怨みがましい目で睨まれるたび、俺のせいじゃないのにと叫びたくなったものだ。恋愛の相談を異性から受けるという情けなさも含め、いやな思い出の一つである。
……いや、それはともかくとして。
「……サークルの時は割ともてたお前がねぇ……」
いうと、彼は信じられない物を見るような眼で私を見、その後すぐにため息をついて肩を落とした。馬鹿にされているような動作にカチンとくる。しかし気がきかないだの空気が読めないだのという罵声はさんざん聞かされてきたので、私は怒りを抑えて相手の台詞を待った。
早河は何も言わなかった。ただ肩を落としたまま、どこか恨めしそうに私を流し見る。やがて俯いていた顔をあげて肩を戻すと、「……そうだよな」と静かに呟き、大きく息をついた。彼の失望が白い湯気になって冷たい空気に霧散していく。その様を見ながら、私は酷く居心地の悪い気分を味わっていた。
「……なんだよその変な間と変な返事は」
「いや……もてたってのは否定しないけど」
どこまでも歯に物が挟まったような言い方をする早河に、私の方が逆に苛立ちを隠せなくなってくる。鋭くため息をついてから、私は早河を睨みつけた。
「言いたい事があるならはっきり言えよ。気持ちが悪いな」
「いやぁ……なんていうか、言わない方が幸せなこともあると思って?」
早河の煮え切らない態度は私を苛立たせる手段なのか、それとも本当に言いたくなくてやっているのか。よくは分からないが、前者ならば全面的に成功だし、後者なら全面的に裏目に出たと言うべきだろう。もともと早河より私の方がはるかに沸点が低いのである。
とうとう私の苛立ちは頂点に達した。言いたくないならそれでいい。しかし早河の態度はどこか悟って欲しいという態度が見え隠れする。それが私の機嫌をどんどん急降下させているという事に、何故気がつかないのか。早河にとって私の沸点の低さは了解済みだと思うのに。
「はっきりしろって言ってるだろう。言わない方がいいとか言っておいて、聞いてほしい感が溢れまくってるんだよ」
言ってしまった瞬間、早河の顔からへらへらとした表情が完全に消えた。その静かな、しかし急激な変化を目の当たりにして、怒っていたはずの私の頭はさっと冷えていく。咄嗟に口をつぐんだ私を正面から見る早河の瞳は、既に冗談を言うような瞳ではなくなっていた。
「……言いたくないってのは本音だったんだけどさ。……言ったら、お前に絶交されかねないし」
「ちょっと待て。俺が絶交? お前と?」
さっきから話していたのは、「早河に好きな人がいたか否か」という事だ。それが一体なぜ私が早河と絶交するだのしないだのという話題へ発展するのか分からず、私は首を傾げた後頭を振り直した。
「いや、どう考えてもお前と俺が絶交する理由が思いつかないんだが」
確かにあったのは久しぶりだが、年賀状のやり取りはしていたし、時折メールも届いていた。どう考えても突然私が早河を嫌う理由にはならない気がする。
混乱する私に対して一歩、早河は私との距離を詰めた。
「じゃあ、言うけど。……ホントに絶交しないな?」
「何度も言うけど、突然俺がお前を嫌うかもしれないと思った、お前のその論理展開がよくわからん」
遠巻きながら早河の不安を否定してやると、彼はもう一歩、私と距離を詰める。
詰め寄ってくる早河の視線に威圧感に近いものを感じ、ふと視線をそらしてみれば、いつの間にか既に、私たちは改札の前にまでついてしまっていた。
今にして思えば、ここでもし私が彼の言葉を聞き流していたら、彼はそのままこの時口にした言葉を私に伝えることなく、私と別れて電車に乗り、これまで通りメールをやり取りする関係に戻ろうとしていたのだろう。それをとどめたのは私だ。これは早河の時間稼ぎだったのだ。
しかしその時の私は、ただ詰め寄る早河の、圧迫感にも似た気配に言葉もなくし、ただ彼を見つめ返すほかなくなっていた。そんな私の顔を見つめながら、早河は一つ一つ文節を区切るように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「俺が、四年間想い続けて、今も……そう、今もだ。今も忘れられずにいるのはな……。
…………お前だよ、坂城」
……改札の喧騒が遠のいた気がした。
――ようやく勝手がわかり始めた今年も、心機一転して頑張ろう、などと考えている筈であるのに、なぜか新年早々、私は仕事が手につかないほど動揺していた。
……いや、理由なら分かっている。「あいつ」だ。
去年のクリスマス、どうせ独り身だろうと先輩から押し付けられた仕事をすませ、自宅へ戻る道すがら、ひょんなことから再会した奴のせいだ。
いつの間にかキーボードを打つ手が止まっていた事に気がついて頭を抱えながら、私はその時のことを思い出した。
クリスマスイルミネーション一色の駅前で楽しげに談笑する男女の隣をすり抜け、私は足早に家路を急いでいた。親しげに腕を組んで笑い合う幸せそうな様子を見ていると、随分と心がささくれだって来るのが分かる。
……そうか、これが「リア充爆発しろ」という奴か。
ささくれ立った心の正体を今更ながら理解して、私はかじかむ手をコートのポケットへ突っ込んだ。どうせ帰宅した私は今日もコンビニ弁当で夕食を済ませ、明日も仕事にいそしむ運命なのだ。怨むべきは駅前で幸福なオーラをまき散らす、縁もゆかりもない男女より、今夜にデートの予定を入れたいがため、幸せそうに笑いながら私に仕事を押し付けてきた一つ年下の先輩だろう。
この不況のご時世、仕事につけるだけありがたいものだ。就職したてのぺーぺーに文句を垂れる資格などない。分かってはいるが、まさかこんな日に限って残業させられる――しかも、自分のミスではなく先輩の仕事を押し付けられるという形で、だ――なんて、夢にも思いはしなかった。
疲れた体を引きずる現状で、しかもたった一人で、駅前のイルミネーションを楽しむ余裕がある筈もなく、敢えてそこから目をそむけながら、私はひたすら家路を急いだ。
「……あれ、もしかして坂城か?」
ふと、肩を叩かれて顔を挙げる。スーツにネクタイを締めた同年代くらいの男が私を覗き込んでいた。面喰らって目を瞠った一瞬後、大学時代、同じサークルに所属して、よくつるんで馬鹿をやった男と面影が重なる。あ、と声をあげて、私はようやく記憶の中にある彼の名前を探りだした。
「……えーっと、早河?」
何自信なさそうにしてんだよ、と心外そうに言いながら、早河はがっしりと私の肩に腕をのせ、軽く体重をかけてくる。サークル時代にもよくそうやって寄りかかられたものだと思い出し、私も思わずかつてのように声をあげてその腕を振り払った。
「痛い痛い痛い! なんでそういう所だけは変わってないんだよ!」
「あはははははは!」
何が楽しいのか、早河はからからと声をあげて笑った。その姿は私の記憶に残っている彼の笑い方と、寸分変わらない仕草だった。
「え、お前さ、院行ったんじゃなかったの!?」
これから電車に乗って帰宅だという早河を改札まで送ることにし、二人で並んで歩く。道すがら私が就職したと聞いた早河は実に意外そうに叫び、私は呆れて項垂れた。
「あのなぁ……俺たちが大学を卒業したのは4年も前だろ。院だって一昨年修了したよ。修士で」
「なんだよ~……ドクターまで行かなかったのかよ。末は学者様とオトモダチ、とか思ってたのに……」
そう言ってくれるのは嬉しいが、残念ながら学問で食っていくだけの才覚は私にはない。
「なんだよその、『末は作家先生とオトモダチ』みたいなノリは」
「サインねだらなかっただけよかったと思えよ」
……私は彼が大学院生をどんな目で見ていたのか、ようやく分かった気がした。
話を変えようと私が彼の近況を尋ねると、彼は肩をまわしながら毎日大変だよ、とぼやき、がっくりと項垂れた。
「今うちの業界まさにシーズン真っ盛りだからさ。如何に不況と言っても、やっぱ忙しいもんは忙しいんだよ」
そういえばサークル時代、彼は旅行が好きでよくサークルの合宿計画を立案していた。念願かなって旅行会社に就職したと言う話は本当だったようだ。私はぼやきながらも不満そうにはしていない彼を見て、純粋にうらやましいと感じた。
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私は最近増えた頭痛の種を思い出してしまい、ふと思いいたって早河を見た。そういえば、彼はそういった悩みはないのだろうか。携帯をいじりながら、「げ、電車が出るの30分も後かよ、ありえねぇ…」等とぼやいている彼に問いかけた。
「……そういえばお前、もう結婚とかしてたりすんの?」
「……お前さ、俺の薬指に幸せのリングがはまってるように見える?」
さりげなく問いかけたつもりだったが、返ってきたのはじっとりとした冷たい視線である。今更ながら、この問いかけがいかに愚問であったかに思いいたるが、口に出してしまった物はなかったことにできないから仕方ない。私は先に現状をカミングアウトする事で、彼の機嫌を直そうと試みた。
「俺今日は残業でさ。最低だよ、先輩がイヴにデートしたいからって自分の残してた仕事全部俺に押し付けてきてさ」
「何だよそれ、恨みごとの一つや二つ言っといた方がいいんじゃね?」
言いながらこちらの意図をくみ取ったのか、彼は頭を掻いて仏頂面で宙を睨む。視線の先でキラキラと瞬くイルミネーションを恨めしそうに見ながら、早河はため息交じりに呟いて返した。
「……まあ、聖夜に自分から残業入れた俺よかましだけどさぁ……」
そういいながらがっくりとうなだれる顔は、先ほど近況を語った表情とは打って変わった、憂いの溢れるものだった。今更ながら地雷を踏んでしまった事実に気が付き、気まずさに視線がさまよう。
そもそも早河は、サークルで一緒だったころからそれなりによくもてた。自分なりのこだわりが漂うファッションだとか、声が大きく明るい所だとか、どこか甘え上手な所だとか、そういった部分が女子たちの目に留っていたらしい。私自身時折そんな女子たちに相談を持ちかけられたりしたこともあって、気を使って席をはずしたりした物である。
ただ奇妙なことに、彼の返事はことごとく「NO」であったらしい。「他に好きな人がいる」というのが理由だったとか。
昔の事を思い出しながら、やはり不思議でならない早河の行動に、私は首をかしげてしまう。そう、早河はもてるのである。しかし、彼自身は私にそういったそぶりを全く見せたりしないのだ。
本当に不思議な話だ。私とつるむときにはいつも二つ返事で了解していたあの早河が。あの四年間、一度たりともそんなそぶりを見せなかったあの早河が、「他に好きな人がいる」と断ったというのだから。
おかげで、始めのうち「早河君は誰かと付き合ってるの?」という問いかけに自信を持って「付き合ってない」と断言していた私も、二度三度とそんな断り方をしている早河に自信がなくなり、「いや…わからん」などという箸にも棒にもならない回答でお茶を濁すようになってしまった。
相談した意味がないと怨みがましい目で睨まれるたび、俺のせいじゃないのにと叫びたくなったものだ。恋愛の相談を異性から受けるという情けなさも含め、いやな思い出の一つである。
……いや、それはともかくとして。
「……サークルの時は割ともてたお前がねぇ……」
いうと、彼は信じられない物を見るような眼で私を見、その後すぐにため息をついて肩を落とした。馬鹿にされているような動作にカチンとくる。しかし気がきかないだの空気が読めないだのという罵声はさんざん聞かされてきたので、私は怒りを抑えて相手の台詞を待った。
早河は何も言わなかった。ただ肩を落としたまま、どこか恨めしそうに私を流し見る。やがて俯いていた顔をあげて肩を戻すと、「……そうだよな」と静かに呟き、大きく息をついた。彼の失望が白い湯気になって冷たい空気に霧散していく。その様を見ながら、私は酷く居心地の悪い気分を味わっていた。
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「言いたい事があるならはっきり言えよ。気持ちが悪いな」
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早河の煮え切らない態度は私を苛立たせる手段なのか、それとも本当に言いたくなくてやっているのか。よくは分からないが、前者ならば全面的に成功だし、後者なら全面的に裏目に出たと言うべきだろう。もともと早河より私の方がはるかに沸点が低いのである。
とうとう私の苛立ちは頂点に達した。言いたくないならそれでいい。しかし早河の態度はどこか悟って欲しいという態度が見え隠れする。それが私の機嫌をどんどん急降下させているという事に、何故気がつかないのか。早河にとって私の沸点の低さは了解済みだと思うのに。
「はっきりしろって言ってるだろう。言わない方がいいとか言っておいて、聞いてほしい感が溢れまくってるんだよ」
言ってしまった瞬間、早河の顔からへらへらとした表情が完全に消えた。その静かな、しかし急激な変化を目の当たりにして、怒っていたはずの私の頭はさっと冷えていく。咄嗟に口をつぐんだ私を正面から見る早河の瞳は、既に冗談を言うような瞳ではなくなっていた。
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「ちょっと待て。俺が絶交? お前と?」
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「いや、どう考えてもお前と俺が絶交する理由が思いつかないんだが」
確かにあったのは久しぶりだが、年賀状のやり取りはしていたし、時折メールも届いていた。どう考えても突然私が早河を嫌う理由にはならない気がする。
混乱する私に対して一歩、早河は私との距離を詰めた。
「じゃあ、言うけど。……ホントに絶交しないな?」
「何度も言うけど、突然俺がお前を嫌うかもしれないと思った、お前のその論理展開がよくわからん」
遠巻きながら早河の不安を否定してやると、彼はもう一歩、私と距離を詰める。
詰め寄ってくる早河の視線に威圧感に近いものを感じ、ふと視線をそらしてみれば、いつの間にか既に、私たちは改札の前にまでついてしまっていた。
今にして思えば、ここでもし私が彼の言葉を聞き流していたら、彼はそのままこの時口にした言葉を私に伝えることなく、私と別れて電車に乗り、これまで通りメールをやり取りする関係に戻ろうとしていたのだろう。それをとどめたのは私だ。これは早河の時間稼ぎだったのだ。
しかしその時の私は、ただ詰め寄る早河の、圧迫感にも似た気配に言葉もなくし、ただ彼を見つめ返すほかなくなっていた。そんな私の顔を見つめながら、早河は一つ一つ文節を区切るように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
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