恋というには幼すぎ

shuben_liehu

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胸中

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 あのあと、早河は「返事は年明けにでも」と言い置いて、さっさと私の脇をすり抜け、改札を抜けていってしまった。自失から覚めて慌てて振り返った時には、既に彼の背中は見えなくなってしまった後だった。

 それ以来私は、早河の名前を見るたびに動揺している。年賀状のあて名を印字するとき、年始早々メールが送られてきたとき。何もかもあいつのせいだ。



 仕事納めの後、さっさと帰省した私は、実家に用意された自室で彼からのメールを見、元旦早々「今年はあんたも婚活の年ね」などとのたまう母に対して、手にした猪口に注がれた日本酒を盛大に吹きだしてしまった。私のあまりの動揺に、むせ込んでいる息子の背中を叩きながら、両親が見当違いな解釈で喜び勇んだのは言うまでもない(無論、必死に弁解して何とか誤解を解いたものの、その後はお見合い写真だの婚活の話だの、私にとって実に面白くない展開が待ち受けていた)。

 両親が「早く孫を抱きたい」というのは、本来ならもう社会人となって五年ほどたっていてもおかしくない息子に対し、当然の要求と言えるだろう。これをかなえるのは子供としての孝行というもので、できる事なら私だってかなえてやりたいと思っている……それが叶うか否かというのはまた、別の話ではあるにせよ。

 両親のお見合い写真攻勢をどうにか捌き切って自室に逃げ込んだ私は、頭を抱えながら呻いていた。
 まさか当の本人より息子の結婚に必死な二人に、「年末に男友達に告白されました」とは言えない。

 ……言えない?

 頭に浮かんだ考えを反芻して、私は首をかしげた。
 何故言えないのかと言えば答えは簡単だ。男友達に好きだと告白されてそれを諾とし、両親にもその旨を伝えた場合、彼らは間違いなく、私に同性愛の性癖があるのではという疑念を抱くだろう。日本の法律で同性同士での結婚は認められない。同性愛が差別的に扱われるか否かという社会的な問題も含め、両親は私がこの性癖の持ち主であるという事を喜ぶとは思えなかった。

 つまり、と私は面白くない結論に行きつき、深く息を吐いた。早河の申し出を仮に諾としても、両親は安心しない。私が彼との関係を両親に伝えるか否かという選択肢以前の問題として。



 ただ、両親を安心させるためだけに恋愛をするのか、結婚をするのかと言えば、それは間違いだという事も理解できる。結局は相性の問題であって、そして己が相手との相性を見極める以外に、恋愛が始まるか否かという一歩のきっかけにはなりえないのだ。

 では、相性とは何だろう。

 一緒にいて楽しいというのも一つの基準だろう。性格の不一致というのは離婚の正式な理由にもなる。それに並んで立って釣り合う相手かというのも、相性を示す指標の一つにはなるだろう。
 それに、言いたくないが、身体の相性というのも無視はできない。
 この年になれば一応人並みに性欲もある。下世話な話、両親が孫を抱きたいというのは、つまり結婚のあとにやってくる夫婦の営みを前提としているわけで、肉体の相性がいい相手を探しなさいよという暗黙の主張に他ならない。

 ここまで考えて、私はどうにも早河がイヴに私に向かって口にしたあの言葉が、どうして私に向かってかけられたのかが理解できなくなってきた。
 一緒にいて楽しいかどうかというのはすでに四年間の付き合いで答えが出ている。隣に立って容姿がつり合うかというのも、まあ百歩譲ってつり合うとしてもいいかもしれない。

 しかし、最後は? これまた下世話な話になるが、男同士で子供を作るのは不可能である。そういった事実を前提としない行為だとして、これは個人的な性癖の問題になるため私はとやかく言う事ではないが、四年間一緒にいて、少なくとも早河が同性に性的な興味を抱いていた印象はない。むしろ私以上に猥談が大好きだった覚えがある。

 非常に言いたくない話ではある、言いたくない話ではある……が、早河はおそらく、私に性的興味を抱いて四年間もんもんとし続けたというわけではないだろう。別れ際のあの顔は、少なくともそういう顔ではなかった……気がする。多分。

 だとすれば、早河が私をそういう対象として見ていた理由は一体何なのだろう。



 ……わからない。考えても考えても分からない。

 頭を振って、私は苦笑した。理屈っぽいからという理由で振られたのも一度や二度ではない。振られるたびに早河と飲んで騒いだ。四年間私を想い続けたという彼にしてみれば、これほど酷いしうちもなかっただろう。それでも早河は、嫌な顔一つせず付き合ってくれた。
 早河は私の大学四年間を語るのに、なくてはならない存在だ。そして、そのことを喜ばしいと感じる自分も確かに存在している。
 個人的には、私は彼を友人として信頼しているし、好意を覚えてもいる。これは疑いようもない。
 ……ただそれが恋愛感情と同じであるのかどうかという事には、私はどうしても答えを出す事が出来なかった。あるいは、無意識に答えを出すことを拒絶したいのかもしれない。

 考えてみれば、それは本当に子供じみた理屈っぽさで、また面白みのない頑固さからくる、一種の我がままに近いものなのかもしれなかった。学生時代の私がもてなかったのも、今なら納得できる気がする。
 しかし、そんな私を、早河は四年間想い続け、卒業してそれぞれの道へ分かれた後も忘れずにいたのだという。それほどまでに強く私を想い続けた彼の中にあるものは、一体なんだというのだろう。



 二日に自宅へ戻り、一日独りで考えても、結局早河の想いに触れられた自信はなかった。仕事始めの今日になっても、疑問が頭をぐるぐる回って仕事が手につかない。

 ……たったひとつ、分かった事があるとすれば、早河に衝撃的な告白をされてなお、私は彼にに対して嫌悪に近い感情をいだけない、ということである。
 正直な話、同性から告白を受けた経験もなければ、同性に愛情を抱く人物と知り合いになった事もない私にとって、それは完全に他人事であったのだ。そしてこれもまた失礼な話ではあるが、本当にそういった相手と知り合いになり、そういう対象として私を見る同性が現れたとき、私はその人物の感情を否定する事になるのだろうと。

 しかし現実を見てみれば、私の早河に対する評価は、彼と再会する前と殆ど変っていないのである。私にはそれが、とても不思議な状況に思えるのだった。
 早河が私にどのような感情を抱いていたのかは、彼自身にしか分からない。そして私にとって、彼はまぎれもなく親友である。

 よくつるんでいる分、サークルの運営やイベントの企画でぶつかることも多かった。価値観が違う事、性格が違う事、何から何まで気に入らなくなる時さえあった。そして、だからこそ、そんな早河に救われる事も多かった。

 彼がいなければ今の私はない、などと大げさなことを言う気はない。しかし間違いなく、今の私を語る上で「早河」という男がいかに重要であるかは、私自身がよくわかっている。

 ……そうか。

 私はようやく早河の言動を解釈する糸口をつかんだような気がした。
 それが本当であるのかどうかは、もう早河自身に問うしかない。

 私は昼食で席をはずしたとき、久しぶりに懐かしいアドレスを呼び出す事に決めた。
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