古慕麗離子

小目出鯛太郎

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別章 砂の海

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「苦しかったな、一人でああして死ぬのは寂しかったな」
 黒風の声が耳元で囁いた。

 はやての身体は濃く黒いもやに包まれていた。泥や割り竹の硬さは無く、雪の冷たさもない。怪我の痛みもない。ただただ柔らかく温かくふんわりと包まれている。抱擁に似たぬくもりに全身を包まれる。
 頭と頬を撫でられ、髪のひとすじでさえ大切なものを扱うように触れられた。
「ほら、もう寒いことも痛いこともない…」

 視界は黒くもうなにも見えなかった。ただただ優しく包まれ、撫でられている。母親の毛皮の中に包まれる仔猫のように温かく何の不安もなく、颯は眠りの中へ落ちて行った。


 黒い闇の中で息ができなくなると、ふっと呼気が送り込まれる。腕が痺れると優しくさすられる。足も重だるく感じると丁寧に撫でられた。爪先から指の間、今はもうない傷跡まで丹念に舐めるように撫でられた。きゅっと引きあがった土踏まずをくすぐるように、足首から膝まではさらさらと砂が流れるように滑っていく。

 膝裏で颯の不安を見越したかのように動きが止まる。
 
 颯は人であった時もあやかしになった時も、誰かに縋ることができずにいた。不安になった時に縋る誰かの名前を持たずにいた。

「俺の名を呼べば良い」
 熱く、皮膚に吸い付くようなしっとりとし手が膝裏から太腿にかけて優しく撫でる。もう凍えてはいない颯の足を何度も撫でる。凍えていないのに、震えが止まらない。

 息ができない、息ができない、黒風!

 もがく颯の口の中に呼気が送り込まれた。最初の一息でくたり、と身体の力が抜けた。
 ふっ…と送られた二度目の呼気で指先まで熱が届いた。
 三度目の息と濡れた何かで、身体の芯に熱が籠った。

 視界がまた暗くなる。
 大きな熱い手が足の間に触れて、男根を握りこまれて颯は身をよじることができない。

 冷たい割り竹の上の粗末な筵の中で、冷たい指で自分を慰めた時と比較にならない快感に襲われる。
「…っだめだ、黒風、やめろ」

「どうして?ほら、気持ち良いだろう」
 黒風の手の中で雄の形が変わって行く。頭をもたげたような傘の部分を良い子だと撫ぜられて颯は悲鳴を上げた。触れられるには敏感すぎた。

 恥ずかしさや身体がどうなるかわからない恐怖、こんなことはしてはいけないという罪悪感で、颯の身体は感じながらも強張ってしまう。

「颯、何もこわいものもいけないこともない、そんなものは全部なくしてやろう」

 呼気を吹き込まれた時とは逆に、強く唇を吸われた。颯の中から何かが吸い上げられる。頭の中で自慰をしたときの罪悪感に紗がかかる。果てる時の心地よさだけが甘く残る。
 ほら、みな気持ちの良いことをしている。息が送られると、熱波を受け入れて抱かれている束風の上気した顔や、口づけされているこがらしの嬉しそうな微笑が見えた。

 ほら、みな誰も悪いことなどしていない。好いていれば自然なこと。
 気持ちの良い事をしているだけ。

 あやかしになるまえの貧しい姿も、魂結びを教えるからと手ほどきをした気まずそうな束風の顔も、黒風に強く唇を吸われると霞んでゆく。

 熱い手に上下に擦られ、やわやわともまれ、そこが溶けて落ちてしまうのではないかと思った。
 怖いというと、その言葉ごと飲み込まれる。
 やめて、助けてという言葉も黒風の中に吸い込まれ、気持ち良い、と喘ぐ事だけを許されて、無数の赤い痕を身体に残されて颯は激しい愛撫に晒された。

「黒風、黒風、とけてしまう、どうしよう気持ちいいよぉ…」
 両腕を黒風の背に伸ばしてしがみつき、頬を胸板に押し当てる。ともすればあさましく自分から腰を擦り付けようと体が浮き上がってしまう。
 
 良い子だ、かわいいと囁かれ恥ずかしさに震える。
 こんなみっともない様子がかわいいはずがない、からかわれているのだと震える。
 
 もう弾けるという寸前で手を止められた。
 強く握りこまれたまま、颯の身体はぶるぶると快感に耐えて震えていた。

 黒風の身体にぎゅっとしがみついて、のぼせ上った熱に耐えようとしていた。
 
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