異端の巫子

小目出鯛太郎

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罪を刻む

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「巫子じゃない!そいつは巫子なんかじゃない!俺にはわかる」
 胸を押さえてロベリオが叫んだ。


 こんな時だけれど、こいつちょっと凄いんじゃないかと俺は思ってしまった。


 アルテア殿下に魔導の力で…多分殴られるかして立つのもやっとという姿なのに反抗できると言う事が。

 ちくしょう黒い太陽ロベリオめ、嫌いだけどやるじゃないか。
 同じ状況だったとしたら俺はきっと殴られる前に諾々と従ってしまうだろう。
 殿下の眼差し一つで頷いてしまう。
 殴り合ってまで自分の意見を真っ向から通す事なんて出来ないだろう。

 そういう気概は尊敬する。ただし別の方向にその気概を向けてくれるとありがたかったんだけどな。

 ロベリオの眼が俺を睨んでいた。


 既視感。

 そう、こういう眼で見られていた。セルカで、荒地でダウンジングをして水脈を探して、石の声を聞いて、此処だと聴こえて掘り進めた時。石がここだよと囁くから間違いないと思った。掘って掘って、何も出なくて何人もいた手伝いの人々は、去って行った。水が出なければ生活出来ない。皆仕事の手を休んで協力してくれたのに、水が出ない。


 先代様は本物の巫子だったけどね。この子は…巫子が言って出ないんなら仕方ないよね…

 お前本当に巫子なのか?

 なぁ、本当にここなのか?適当に言ってるんじゃないよな?お前は巫子だよな?なのにどうして…


 諦めの瞳、疑いの瞳、責める瞳、どれも見慣れていた。8年もの間それに晒されていたのだから。

 もし8年前にロベリオに会えていたら、俺は彼が大好きになったんじゃないかと思う。
 
 セルカで誰も彼もこそこそとするだけで俺を声高に名指しで否定し、糾弾する者はいなかった。役立たずの巫子、穀潰しの巫子そんな不名誉なあだ名で8年生きた。
 国中から慕われ尊敬された先代が俺を巫子だと言ったから。だから何の成果がなくとも巫子の座から降ろされずに今まで生きてきた。


 巫子ではないとその座から引き摺り降ろして、何処かの孤児院に放り込んでくれたらとそう望むようになったのは先代を亡くしてすぐだった。
 巫子として見出されたからこそ、優しく素晴らしい先代と過ごす事ができたけれど、その夢のような日々よりも、残り長くを独りで過ごす時間のほうが遥かに長いのだから!

 独りで荒野を彷徨いながら。
 
 語りかける友もなく、人に話してはいけないと言われた異端の記憶を抱いて。

 もし、あの星降る荒野でアルテア殿下に会えていなければ俺は数年のうちに気狂いの巫子とでも呼ばれていただろう。何と呼ばれても蔑まれてもわからぬ身になっていただろう。


 様々な思いが胸を突いた。多分それは独りでは癒せぬ寂寥感せきりょうかんだった。

 泣くつもりはなかったけれど、勝手に涙が溢れていた。





「誰かの手に委ねるまでもない、私がお前に罪を刻んでやる!!」

 アルテア殿下の腕がロベリオに伸びた。 
「殿下やめて!」


 触れてもいないのにロベリオの額から顎に黒いものが走った。ついで頬から鼻筋を通り反対側の頬へ。
 顔に十字のあざが生じていた。


 痣をつけられたロベリオより先にリタが甲高い悲鳴を上げた。

「罪人の証」

 ロベリオは顔を押さえてぐぎゃぁと苦痛の叫び声をあげて、その叫びの中で誰かが呟いた。
 物語の中でしか見たことのないしるし



「アルテア殿下、お願いですもうやめてください」
 後ろから殿下の背に取り縋った。


「泥とこれでは釣り合いが取れません、ひどすぎる」


「ひどい?この程度で?腕も落ちていないのに優しすぎる程だ。あれは君を傷つけて涙を流させた。君の大事なファルカのことも傷つけたんだぞ。それでもひどいと言うのか?」

 アルテア殿下の無表情さが、かえって何か底知れない憎悪に似たものを語っている。
 俺やファルカ様がいてもいなくても。
 アルテア殿下はロベリオを憎んでいるのではないかと思ってしまった。



 ファルカ様!あなたを傷つけた人を俺はセルカの民として、殴らなくてはいけないのかもしれないけど。
 ファルカ様ごめんなさい!俺には出来そうもありません。

 言葉で刺されたのなら言葉で返し、泥を投げられたら泥を返すべきです。先代ならきっと皮肉を利かせながら優雅な言葉で返し、泥を焼き物にでもして返しただろう。でも俺にはそういうのは無理だよ。


「これ以上されると、殿下の行為で俺は傷つきます。だからやめてください」



 ロベリオは顔を押さえて苦痛に喚きながら地に打ち伏していた。
 
 殿下の背から手を離し、俺はそのまま膝から滑り込むように腰を落とした。手を伸ばせばそこにロベリオの黒髪の頭があった。

 俺は愚かな事をしようとしている。

 殿下は俺のために断罪してくれたのに。

 俺は殿下のその手を振り払って、自分からわざわざ苦痛を受けようとしている。しかも俺に臭い泥玉を投げつけた奴のために。馬鹿げている。


 でも俺が本当の巫子ならば、この傷を癒せるはずだ。「罪人の証」巫子だけが癒せる特別な傷。

 この傷を癒せれば、俺は巫子だから、怯えながら殿下に従って生きて行くのだろう。



 俺を巫子ではないと断言した男の傷に手を触れた。
 世界は黒く歪んだ。
 この男が黒い太陽のように見えたせいなのか。

 
 巫子の地位に据えられていた俺は、小さい頃からずっと怯えていたのだ。
 俺は本当は巫子などではなく、石の声も、記憶も全て出鱈目でただの頭のおかしい男だったらどうしようと。


 俺が巫子じゃなかったら、殿下は俺の顔にも黒い十字を刻むだろうか。殿下を騙した罰として黒いしるしを。


 どうしよう世界が暗い。

「巫子様!」

 俺が巫子じゃなかったら、ただのエヌだったら。誰がこの世界に俺を必要と言ってくれるだろうか。

 
 ずっと泣き声が聞こえていて、泣かないでと手を伸ばして、でも俺だって誰かに手を差し伸べて欲しかった。
おかしいな、俺は殿下の手を振り払ったのに。

 巫子じゃないただのエヌが手を伸ばす。
 永遠に届かない星に向かって。







 目が覚めると、見慣れた煤けた木目の天井ではなく、上から床までふんわりと広がる天蓋の中で、銀糸と小さいビーズで縫われた小さな星がいっぱい広がっていた。
 星養宮の俺に与えられた部屋だった。

 縫取りの星が見えるから、まだ外は明るいのだなと閉じた天蓋に手をかけて開けた。
 窓も空いていて、爽やかな風が入る。
 窓から見える空も庭園の緑の木々も輝いていた。

 眩しい。

 そして静かだった。
 
 起き上がりベッドから足を下ろす。室内履きがなくてもふわふわの毛足の長い青い絨毯が敷かれている。
 一人で使うのになんて広い部屋なんだろう。


「鏡」
 そうだ、鏡を見なくっちゃ。顔は痛くないけど。俺の顔に十字のしるしは…。
 立つとくらくらして、床に手をついて四つん這いで壁につけられた大きな姿見の前まで這った。 
 情けない顔をした男の顔が映っていた。

 顔に。

 十字のあざはない。
 
 巫子として誰かに必要とされること。
 罪人になってでも巫子の座から開放されること、その二つの思いが目覚めてさえ俺の中で渦巻いていて、ほっとしたのか落胆したのか自分でも分からなかった。

「エヌ様!」

 クレオさんが銀色の台車を前に扉の所に立っていた。
「良かった!お目覚めになられて。大丈夫ですか、立てますか?あ、いやそのまま、そのまま」

 
  クレオさんは台車をそのまま置いて、ふんわりと軽い肩掛けで俺を包んだ。
 お妃様の肩を飾るような繊細で豪華な青と白の模様に俺は一瞬見惚れて、それから縮み上がりそうになった。
「こ、こんなの俺にかけちゃダメでしょ」

 慌てて取ろうとすると、クレオさんは俺の肩に手をやって押えた。
「もしそれがお気に召さない場合はそれを捨てて、新しい物を買ってまいります」

 ひぇっ。

「エヌ様のお好きな色もわからず、勝手に…」
「捨てちゃだめだよ、綺麗だよ。こんな綺麗なの見たことないよ」

 俺の言葉を聞いてクレオさんの顔が一瞬泣きそうに歪んだ。


「お手持ちの着替えが足りず、いくつか揃えてございます」
 クレオさんは深く頭を下げた。
 あーあ寝ている間に見られちゃったかな。俺がセルカからずだ袋に入れて持ってきたもの。

 星養宮にあると全部ゴミのようにみえてしまう、俺の汚れた服。でも俺が持っている俺だけのもの。
「…あれ、捨てないでね。セルカに帰った時に俺着る物なくなっちゃうから」

「…全て行李の中に。もしエヌ様がお帰りになられても、その時は背も伸びておりましょうから新しい服をご用意いたしますとも。さぁ、もう一度ベッドに戻って少し水分をおとりになってください」

 壊れ物を扱うかのように手を引かれた。
 
 

 俺は丸一日寝ていたそうだ。飛空艇から降りた直後と比べれば、身体はずっと楽だった。


 お辛い所を申し訳ありませんが、大事なことを二つ申し上げねばなりません、とクレオさんは恐縮しきって言った。俺達は互いに恐縮しあって、まるで膨れ上がった風船が四方を針に囲まれたように行き場がなくなり俺も息が詰りそうだった。

「クレオさん、お願い!俺のために楽に話して。俺が緊張で倒れたり呼吸困難になったり舌を噛んだりしないように、お願い」


 クレオさんは、恐ろしくなったと言った。
 
 セルカとレベリオでの巫子の扱い方のあまりの違いに眩暈がしそうだと言った。
 セルカでは雑草か路傍ろぼうの石のように扱われていたものが、レベリオでは金剛石ダイヤ紅玉ルビーのように扱われているのだから。

 書状や招待状やその他色々な物が殺到し、もう一人では手を付けられない状態で、王子宮の官吏の手を借りているとクレオさんはまた頭を下げた。

 クレオさんはもっと簡単に考えていたそうだ。大国の王子が物珍しさから辺境の巫子と話したいと考え、招いて、二度三度茶会か会食をして帰れるのではないかと思っていたそうだ。
 もう俺の理解や想像を超えています、俺も侍従とは名ばかりの、ただの田舎の官吏ですから、とクレオさんは額の汗を拭きまくった。
 


 俺がそうして無駄に寝ている間に、クレオさんの後任になる方を王子宮で選定して、後は俺が会うだけになっているらしい。それがクレオさんが俺に伝えたかった大事な事の一つ。
 あと一つはインフェリス公爵家からの至急の書状が一つ。


「インフェリスこうしゃくけ…?」


 その聞き慣れない名を唱え返す以外に何か俺にできることがあるだろうか?

「何か聞き覚えは?」
 全くなかった。リタ・フェデル、フェデルだから違うよね?
 クラン、クランの家は商家だと殿下が言ったからこれも違う。
 ベスティア…公爵家…は多分お金持ちだと思うんだけどそんな家の子が奨学金欲しがるかな?
 助けを呼ぶために走ってくれたクロックス君。
 ハンカチを出してくれた赤い目の女の子。
 名前の分からない二人の子。
 ロベリオ。
 
 ロベリオが一番それっぽい…。俺の憶測でしかないんだけど。

「全然聞き覚えないんだ。手紙はもう開けちゃった?」

「いいえ、必ず巫子本人に開封して欲しいと添え状がついておりまして。今お持ちしましょうか?」


 至急と言われてるのに寝ちゃってたんだもんね、俺。
 偉い人の手紙だったら開けた方がいいよなぁ…。

 なんか面倒なことじゃなければ良いんだけど…。

 
 俺の手に薄い果実水の入った器を持たせて、クレオさんは一旦手紙を取りに部屋を出た。
 
 届けられたワインレッド色の封筒には薔薇のような封蝋が押されている。
 あー。うん。紙まで高級そうだよ…。


 開いて、後悔した。
 中には回りくどい挨拶や、俺の健康を祈る文章がつらつら書かれているが、書かれている本題は、インフェリス公爵家にはロベリオと名乗る庶子はいない。側室でもない娼婦がそのような事を吹聴し当家も迷惑しているというような言い訳の文章がまた長々と綴られていた。なんだこれ。

 これを、俺はどうすれば良いんだろう?

 都合よく忘れてた…。ロベリオはあの後どうなったんだろう。
「あの、クレオさん。文学館でのことはどこまで聞いてる…?」

「エヌ様が受講中に体調を崩されたと…やはり何かあったのですか?」


 うぅん…。聞こうとするクレオさんを押しとどめて、こういう内容の手紙を受け取った事をアルテア殿下に伝えて欲しいとお願いした。

 結局、こうするしかない。
 もし俺が勝手に公爵家に返事を書いて…いや書き方もわかんないけど…何かあっても困るし。

 誰かに手を引いてもらわなければ、貴族社会の中でどう動いて良いかもわからない。
 
 俺が思っている以上に巫子というのは影響力があるのかもしれない。でも俺ではアルテア殿下を止められない。


 
 どうしよう、俺はアルテア殿下が怖い。
 彼の優しい笑顔の下が怖い。

 それなのに頼らざるを得ない。


 ただ存在して風に流される雲のようだ。窓から見える晴れ渡った空を見ながら俺は悲しく思った。









 
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