異端の巫子

小目出鯛太郎

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新しい側仕え

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 朝からどうしよう。

 みんなむくれている…。
 アルテア殿下は、起きた時に俺が同じベッドではなく寝椅子で寝こけていた事でむくれている。

 クレオさんは、俺が勝手に夜中にアルテア殿下をお迎えして、しかも何にも誰にも連絡せず、普通に朝ごはんを食べていた事で驚き、表情には出さないようにしているもののむくれている。
 いや、でも本当に突然の真夜中の来訪だったしねぇ…。


 ゼルドさ…んは、アルテア殿下が夜中に勝手に王子宮を抜け出し、しかも近衛の一人も連れずに出かけて更に連絡も無く無断外泊したことにむくれている。こちらも極めて無表情に近いけれど、眉間の皺が全てを物語っていた。
 
 シェスさんは星養宮の警備が緩すぎると、むくれている…というよりは心配しながら、夜半の侵入に誰も気が付かないのは問題であるし、俺の寝室が一階であるのはよろしくないと言った。

 うん、主寝室は二階なんだけれど、此処に来たばかりの時は俺は独りでは動けず、多少体調が良くなってからも階段から転げ落ちては危険だからと二階はファルカ様がお使いになっていたんだよね。そして、俺はそのまま一階を使っていた。広いし。日当たりも良いし。テラスもあるし。眺めも良いし。俺としては何の問題もないんだけどね。
  
 
 そして最後の一人は星養宮の厨房の料理長だった。
 身をよじっていた。
 料理帽を両手で揉み潰して土下座せんばかりになっていた…。ご、ごめんなさい料理長さん…。
 俺がいつもあんまり食べないせいで。
 しかも作ったものを廃棄するのは忍びないからと、朝はパンと果物かヨーグルトで良いよとお願いしていた。

 俺がレベリオの王族の普通の朝食というものを知るはずもなかった…。
 色々なお茶、目の前で絞られる果実のジュース、冷たい牛乳。
 パンは焼き立てのものが何種類も、その他に肉を詰めた蒸しパンやサクサクの揚げパン。
 九つに仕切られた皿に彩りと栄養を考えたさいが盛られ、海の幸も山の幸も喰い尽くすかのような肉、魚の大皿料理が机にどんと置かれる。麺もある、米飯も粥もある、汁物も澄んだものからとろみのついたものまで何種かある。ガラスの器に花のようにサラダが盛られ、果物は七色の虹のように食べやすく並べて…そう、とにかく多いのだ。

 あれが食べたいと気まぐれに言っても必ず食べたいお菜があるような食卓なのだ。
  
 そんな机の表面が見えなくなるほど料理を並べるのが当たり前の王族の前で、俺ってばさぁ…。


 朝食は品数が少ないから部屋の前にワゴンを置いてもらって、自分の部屋の中で食べていた。

「あ、このパン美味いんだよ。バターがじゅわって沁み出る感じがして。食べる?」
 と、サクサクのパンを手で割って机の上をパン屑で散らかし、綺麗に切られた果物をヨーグルトの入った器に押し入れて匙でかき混ぜて、これも美味いよ?と半分こにして殿下に差し出してしまった。

 アルテア殿下は一瞬目を丸くしたけど、ああ本当だおいしいねって普通に食べて…召し上がって?
 それから、これだけしかないのか?と渋面になったのだ。

 殿下はお腹が空いていたわけではなくて、俺が星養宮で不当に扱われ、厨房が手抜きをしているのではないかと料理長を疑われたのだった。
 そこは、一生懸命説明した。食べれないから少量にしてもらって、料理長さんがいつも体調を気遣ってくれて俺が食べれる皿を考えてくれていると熱弁した。
 料理長は、疑われたこともそうだけれど、せっかくの殿下がいらっしゃる機会に腕が振るえなかった事をむくれて…ではなくて非常にがっかりしていた。
 ごめんね、料理長さん…。




 午後に良ければ新しい側仕えの候補の方に会ってみる気はないか?と殿下は言った。
 一名は女性で姫巫女の乳母をされていた方で、もう一人は男性で巫子に仕えた経験があるとの事だった。

 もともとファルカ様に仕えているクレオさんに迷惑をかけているし、尻込みしても仕方がないので会って見る事にした。逆にこんな急に呼び出して迷惑じゃないのかと心配になったけれど、あらかじめ何日か候補の日を伝えてあるし、急に対応できるものでないと、この仕事は務まらないのだ、と殿下は仰った。


 殿下は王子宮に戻られず、星養宮に候補を呼ぶと言い、そのまま星養宮で夕方まで過ごされた。


 昼、料理長には挽回の機会だったのに、殿下から今日は軽食にするようにとの要望があり、また非常に残念そうに身を捩っていた。




 軽食の後、午後一番に会ったのはイレーヌさんという女性の方だった。所作の美しい肌がつるりとしていかにも年齢を感じさせない貴族の奥様という感じの装いだった。栗色の髪の一筋も乱れがないように結いつけて、座っていても背筋がぴんとしている。

 よその宗教画の聖母のように微笑んだ顔は優しく、美しく、もし俺が貴族に生まれていたならば、彼女の上に会ったことのない母親の影を重ねたかもしれなかった。


 彼女の視線は始終アルテア殿下に注がれ、微笑み、話し方は音楽のように優雅だった。彼女の姫巫女は今はもう貴族に降嫁し、子供もいて幸せに暮らしているらしい。巫子は死ぬまで巫子だと言われていたのに、レベリオでは違うのかな…。俺ももしかして結婚したら、巫子を辞せるのだろうか?それとも女性だけなのだろうか…。ちょっと今聞ける雰囲気ではなかった。


 でも話しを聞いているうちに、彼女は薔薇や百合を花だと愛し大切に扱うけれど、道端のシロツメクサやツユクサは咲いている事も気づかずに踏んでしまう人だろうという気がした。俺が辺境の孤児の生まれと言った瞬間から空気が変わったからだ。

 この人は、自分が育てた姫巫女の事は心から愛し、巫子の仕事に対しての知識や尊敬はあるのだろう。

 でも、ああこの人とは合わないと思ってしまった。俺が小さな赤ん坊であればまた違ったのかもしれない。
ただ俺が赤ん坊だったとしても、生まれが孤児だったならばこの人は俺を自己憐憫の塊に育て上げてしまう気がしてならなかった。




 二人目のへベスさんはもと軍人で、派遣先で巫子の護衛となり請われて退官して付き人になったという経歴だった。その巫子の方がご病気で亡くなり、家業の薬種問屋を手伝っていたという話だ。


 薬種問屋の方が、俺のお世話係になるよりもずっと良い気がするんだけど…。

 殿下が薬種問屋の話や、巫子の祭事について尋ねている間、へベスさんを眺めていた。

 もと軍人さんだけあって肩幅はあるけどシェスさんとかと比べると細いというか筋肉が落ちてる感じだ。目と髪はダークブラウンで肩まではふんわりしているのにそこからまとめて三編みにされていた。ちょっと見ない髪型だった。穏やかな声で淀みなく話す。

 うーん。なんだろう。この感じ。
 この人は軍にいた頃、躾けられた犬の群れの中にいるすさんだ狼のように見えたのでは。もしくは磨かれたナイフやフォークの銀器の中に無理矢理置かれた狩猟ナイフのような。
 銀縁の眼鏡をかけて伏し目がちで、髭もなく聖職者然とした物静かな佇まいに見えるのになんでだろう。
 
 彼は目が合うと少し眩しそうに俺の顔を見た。目付きが悪いからそう思えるかな?

 でも俺が孤児育ちだと知った時のイレーヌさんの同情と憐憫と貴族で無い者に対する隠しきれない蔑みの眼差しとは違っていた。


 でもじゃぁ、何なのか?って言われるとわかんないんだよなぁ…。
 いや、しかし、顔立ちが怖い。額が高く彫りが深い上に鋭い三白眼だから、この目で睨まれたら大抵の人は何も言えなくなっちゃうような気がした。



 一度二人には帰って頂いて後日連絡、という形になった。
 どちらか選べ、と言われれば俺は多分後者だ。

 行儀や作法の先生として日に少しの時間で過ごすのならばイレーヌさんが良いのかもしれないけれど、始終いてもらう事を思うと、へベスさんの方が気が楽に思えた。


「エヌの体調を母親のように気遣ってくれる方が良いかと思って女性の候補も選んでみたんだけれど、思っていた感じと随分違っていたね。へベスの方は、どちらかと言えばエヌの世話よりも軍部で入ったばかりの新人達の礼儀指導か、会計課で書類と戦って欲しい気もする」

 殿下の意見も微妙だった。

「あの、へベスさんはなんで候補になったんですか?」


「本人からの応募だよ。君が巫子としてレベリオに来ると公表された時点でたくさん応募があったけれど、彼もそのうちの一人さ。家業も嫌ではないけれど金と売り上げだけを数える生活が一生続くのかと思ったら、亡くなった巫子と過ごした日々が懐かしく慕わしく思えたって…。軍人としては珍しく感傷的だよね。妻子もいないし、もう老後の蓄えもあるから側仕えとして決まらなければ世界旅行をするのも良いかもしれないって。私の周囲まわりにはいない考えの男だな。エヌは彼で良いかい?それともまだもう少し探して見る?」

 たくさん応募があったと言う事が驚きだけれど、時間がかかっては殿下にもクレオさんにも迷惑だろうから、俺はへベスさんで良いですか?と聞いた。


 アルテア殿下は何故か唇を尖らせて、むくれた。
「あ~あ。エヌが私の側仕えになってくれればなぁ。ずっと一緒に王子宮にいられるのに。せっかく私のために君を遠いセルカから呼んだのに、これからこのへベスという奴の方が私よりも君と長く過ごす事になるのかと思うと、面白くない」

 殿下がまるで遊び友達を取られた小さな子供のような顔をされたので、おれはうっかり笑ってしまった。
 俺に殿下の側仕えなど、できるわけない。


 殿下は星養宮から帰られる際、俺に強く念を押した。
  
 これから少し忙しくなってゆっくり会って話す時間が少し取れなくなってしまうかもしれないけれど、エヌは私の巫子だから、他の誰かの巫子になってはだめだよ、と。
 ロベリオの事があったから殿下は注意されるんだろうな、と俺は思っていた。

 俺はセルカの民だし殿下の巫子って言う自覚はほとんどなくて、でもこの広い世界で俺のことをここまで気にかけてくれるのは、今は殿下しかいないから、はいって簡単に頷いた。


 人は簡単に忘れたり、そのつもりなく約束を破ったりしてしまうのだけれど。

 誰もがきっと一度は過ちを犯すのだと、そんなことを思う事も考えることにも至らない程その頃の俺達は純粋で子供だったのだと思う。
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