異端の巫子

小目出鯛太郎

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オレンジと銀の鈴

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 浴室まで、漏らしたこの格好で行くのかと思うと顔から火が出そうだった。

 股間を見る。ズボンの上からは濡れてるようには見えない。観念して行くしかない。

 動くと中でぬちゃって擦れる感じが気持ち悪い。早く流したい。


 
 浴室の手前の脱衣場で脱衣籠に来てた服を急いで脱ぎ入れて、下着だけ手に取る。
 灰色の下着の濡れた部分が黒く染みて、中に白いのがいっぱい出てた。何でこんなの出ちゃうんだろう。
 シャワーで身体を流し、下着もひっくり返して洗った。
 絞って脱衣籠に投げ込む。

 
 置いてある石鹸がオレンジの香りの物になっていた。
 持っただけですごく良い香りで、少しだけ甘くって、濡れた手で持ってしまったのは、失敗だった。

 
 滑らかで硬い肌の上を滑るような感触と、ぬるつきと匂いで、おさまりかけていた熱がまた足の間に集まってしまった。

 オレンジの香りのするぬるぬるした手で、自分に触れた。
 明るい場所でそのまま自慰した。

 目を瞑って、声が出ないように唇を噛んであの人の事を考えた。

 次に会うことがあったら、申し訳なくて顔を見れないかもしれない。いや、見るけど。
 見なくちゃいけない。だって、殿下が二年間外国に行かれるということは彼もまた随行して、彼を見れなくなるだろうから。 


 これからずっと、この香りを嗅ぐたびに俺の身体はこうなるのかな…。

 好きすぎて失敗したかもしれない。記憶とオレンジの香りが直結してやばい。




 青いタイルの床に飛び散った物をシャワーの水流を強くして流す。
 髪も顔も体も全部オレンジの香りの泡で洗って、偽物の幸せに包まれる。叶うはずがないからいずれどこかで折り合いをつけて、他の香りを選ぶようになるのかもしれない。

 キシキシした前の石鹸と違ってなんかしっとりしている。
 浴室を出ると、脱衣籠がなくて、あの夜のようにへベスがバスローブを俺に着せかけ、頭にもふわっとタオルをかけた。

「へ、へベス!ちょっと!俺裸だから!!」
 見たよね?見られちゃったよね…。っていうか、駄目じゃん入ってきたら。


「星養宮は私一人ですが他の巫子の宮では入浴の係、着替えの係など細分がございます。エヌ様はお身体の具合が悪い期間が長くてご利用がなく、お好きではないかもしれないとお体の手入れなどもこれまでしておりませんでした。これからはお嫌でも行って参ります」

 へ、ヘベス、そんな王様の決意表明みたいな真面目な顔で言わないでよ。俺がもたもたとバスローブの紐を結ぶ間にヘベスは手早く髪を拭い、別の新しいタオルで俺のバスローブから出ている手足の濡れた肌を押さえる。


「手入れしなきゃいけない所なんてないよ、それに俺男だし。散髪とかはお願いすると思うけど」

 お手入れと聞いて俺の頭に思い浮かんだのはハーレムの王様みたいなのが持ち手の長い大きな扇であおがれながら、両脇に美女を抱えて身体を揉ませているとか、大の字になって泡風呂敷バブルバスに浸かってお酒を飲んでいる大富豪のおっさん、そんな想像だった。

 自分のお金で稼いでいるならともかく、預かりの身分でそれはダメでしょ?
 


「いいえ、髪は伸ばして頂きます。せめて肩に届くほどには。それにお身体の手入れは必要です。肌の手当てと脱毛と爪の手入れは巫子として必ず行って頂きます」


 何か今、ヘベスはさらりと変な事を言った。髪をのばせといったのに脱毛?
「脱毛ってどこを抜くの?」
「鼻からした全てですよ。眉も整えますが」

 俺はヘベスの言葉に硬直した。俺ひげは産毛みたいで目立たないけど、へ、ヘベスは見たはずだ。生まれてこのかた下の毛なんてぼーぼーだよ。信じられない。脱毛なんて信じられない。



「いやだ」


「嫌だではなく、大人としての身だしなみです」

 俺の顔はたちまち汗ばんできたけれど、ヘベスは平然としている。
「水浴の儀など毛があると逆に恥ずかしい思いをしますよ。濡れた衣装が張り付いて目立ちますから」


 なんなんだその儀式。
「そんな儀式絶対に出ないからね!」

「水の祭事は出来れば参加していただきたいですが、いやなら仕方ありません。それから脱毛を何か特別なように感じられるかもしれませんが、軍では衛生のために毛を剃るのは当たり前ですよ?毛虱けじらみなど防げますから」

 
 ひいいい。俺の考え方がおかしいのか…。いや、おかしくないはずだ。俺は軍人じゃなくて一般人だし。セルカでの蒸し風呂を思い出そうとした。ダメだ。髭やすね毛は生えている人はいたけど、大事な部分はみんな腰巻をしていて分からない。脇や足の間は香草の粉をかけるのが当たり前だったのに…。


「…分かった、じゃぁ剃ってくる」
「本日は道具のご用意がございませんので、お食事を先に致しましょう」


 ううう。良かった…。とりあえず今日は免れた。…このぼうぼうもあと数日で見納めかと思うと、なんか切ない。
 こんな見えない所どうでも良いのに。



「お着替えはこちらにご用意しております」
 白い下着とペールブルーのワンピースみたいに裾の長い服を渡される。
 バスローブは風呂上りに汗がおさまるまで着てる物で部屋着とは異なるんだとか。間違ってもバスローブで他の人に会ってはいけませんよと言われちゃった。ヘベスはいいの?って聞いたら「わたくしのことはいない者だと思ってください」だって。


 今日も部屋に食事を用意しますね、お食事の後はゆっくりとして頂いて、お休みになられる前に大事なお話がありますってヘベスは静々と去って行った。その背中が心なしか元気がないように見える。


 夕食をヘベスと一緒に食べるのかと思っていたら今日は独りで、食べ終わる頃にどこで見てたの?って思う具合にすっと現れて後片付けをしてお茶をいれてくれてまたひっそりと消える。


 大事なお話って何だろう。…やっぱり俺ん所で働くの嫌とか俺みたいな巫子は嫌だとか言われたらやだなぁ…。


 まだ言われてもいないことを悩んでも仕方ないので、俺は性懲りもなくアルコーブベッドに向かい『魔導大全(上)』を手に取った。

 あ、あれこんな置き方してたっけ?身体を押された時にヘベスが本を重ねたんだったか。
 頁を開くとザラムがカマルに口淫フェラチオして吐精させ、カマルに同じことをさせている場面だった。カマルに咥えさせて、頬張れないほどおおきくして、それをカマルの中にれる。



 その後もザラムが延々と何も知らないカマルを抱いたり調教するような文章が続いて、男同士で色んなことができるんだなって思う反面、恥ずかしくて斜め読みをして頁を飛ばす。

 ザラム……あれだけカマルに好き放題しながら、全然別の奴を好きになってるし。
 ひでぇ。

 飛ばした頁の先でザラムは光輝く太陽の化身ソールに恋をして、あっさりとカマルを捨ててしまった。
 ひでぇ。捨てられたカマルは健気にザラムの帰りを待ちながら弄られた身体が寂しく疼くようになってしまう。

 その切ないカマルの横顔にソールが惹かれてしまい、見事な三角関係に…。


 ザラムはソールに触れようとして燃え上がってしまい、燃え落ち漂うザラムになってしまう。そのザラムはもう手を伸ばしてもカマルにもソールにも触れられない身体になってしまう。


 これ、天体の事象を擬人化しているのかな?


 カマルはザラムを想ってソールからは逃げ続けるんだけど、とうとう捕まってしまいその場面が『皆既日食』として書かれていた。時間にすればたぶん5,6分ほどの皆既日食が本の残りを占めていた。

 太陽と月が重なる暗い世界でソールはカマルを捕まえてザラムにどのように抱かれていたか問い詰めて、その通りにカマルを抱いていく。その場面を身悶えしながらザラムが見つめ続けるという…。

 え、すごい嫌だ。

 しかもカマルはだめって言いながら、ザラムに抱かれた時よりもソールに愛された方が感じてしまい、あられもない痴態を晒す。そして皆既日食が終わると恥ずかしさのあまり逃げてしまうのだ。うわぁ…。
 そうして逃げる者、追いかける者、それをみて身悶えする者のお話はそこで終わった。

 あらすじは理解したよ…。

 これ熟読しちゃダメな奴だ。恥ずかしくて。また変な気分になったら困るしな。
 うん、お茶でも飲もう。

 俺は本を棚に戻し、その上に『魔導大全(下)』を置いた。
 猫が糞をした後に砂をかけるような気になった。


 ヘベスが置いていってくれたお茶を飲みながら、人の気持ちってそんなに簡単に変わってしまうのだろうかと考えた。大事にしていたものをそんなに簡単に捨ててしまえるものだろうか。


 就寝の時間まではまだあったんだけど、大きいベッドの方に向かった。
 ベッドサイトに置いてある銀の鈴の持ち手が倒れていた。

 あれ?朝倒しちゃったかな。持ち上げるとちりりんと澄んだ綺麗な音がした。
 あ、これ鳴らすとヘベスを呼んじゃうんだった。間違いって言わないと。

 しかし扉を閉めててもこの音が聞こえるって、すごく耳が良いんだなと思いながら俺がベッドサイドから扉に向かうと、扉をノックされる。

 はやっ!!
 はやすぎだよヘベス。
「ごめん、ヘベス間違えてならしちゃって…」

 扉を開けると、そこに立っていたのはヘベスだったんだけどいつもと違って、眼鏡もなく髪は三つ編みじゃなくておろしてたしいつも着てる服ではなくてゆるっとした白いシャツだった。胸の所で一つ結ぶだけの服。

 うわぁ、俺訂正しなくちゃいけない。
 ヘベスは痩せて筋肉が落ちているように見えてたけど、多分服がそう見えてただけで腹筋割れてる。胸板もしっかりしてる。あ、なんか負けた感が…。

「間違い、ですか」
「ごめん、着替えてる最中だった?ごめんヘベス」

 ヘベスは少し沈んだ声で大事な話をしてしまいましょうか、と俺の身体を攫った。

 おかしい。俺の体重はどこへ行った。
「わぁ何だよ、歩けるよ。重いし下ろせよ」

「訓練では100ギラの装備を担いて行軍していましたから」
 …そういう身体が出来上がるわけですね、って具合悪いわけじゃないし恥ずかしいから下ろして欲しい。



「エヌ様、あなたはレベリオで巫子でいる場合は妻を娶る事ができません」

 ヘベスはいやに唐突にそんな事を言った。
「婚約や結婚にまつわることも自分で決めることはできず、おおやけに恋人を持つことすら、許されません。そしてこの王宮の敷地の中は外部から人を呼ぶことが出来ません」


 あれ、れ?なんで部屋が暗くなって俺寝かされてるの?
 それでどうしてヘベスは俺の顔の横に両手をついているんだ。

「宮に娼婦や男娼を入れることは許されません」

「そ、そんなの必要ないから!」
 一体どうして結婚できないからそんな話になるんだ。
 それからヘベス、なんかそんな眼で見るのはやめてくれ。緊張する。心臓がばくばくする。

「…銀の鈴は巫子が心や身体の寂しさを感じた時に使っていただく意味もあるのです。あれが鳴ればこうして部屋に入ってお慰めできる。…エヌ様わたくしは不要ですか?」

 あんな本に頼らずともいくらでも心地よくして差し上げます、とヘベスは俺に囁いた。


 ?
 !?
 えええ!? 

「みたの?」

 見ましたという声と耳殻の中に唇が付いたのは、どちらが早かったのか。
 ふわっとオレンジの香りがした。ほんの少しミントと何か違う香りが混ざっている。

 それだけで自分の顔が赤くなるのがわかった。

 あの本は別にそういう目的で借りたわけじゃなくてちょっと興味があっただけでと俺は言い訳がましくヘベスの下で呟き、ヘベスの舌で塞がれた。

 
 俺の記憶の中に誰かとキスしたっていう思い出がない。

 たぶん初めてキスをした。








 

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