異端の巫子

小目出鯛太郎

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自由と束縛

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 頭の中は真っ白だ。

 俺にわかるのは、俺では到底狼を飼い慣らす事は出来ないという事だった。自分の身さえままならないのだから、狼どころか犬だって無理だろう。

 逆にへベスはいとも簡単に俺を従順な犬に変えてしまった。

 彼に腹を見せ、尻尾を振る。

 俺は世界に自分ほど自由に憧れている人間はいないと思っていた。セルカから、巫子の重責から、あるか無いかわからない水鉱脈の探索と採掘から、重い雑嚢を背負って荒野を這い回る日々から逃れて自由になりたかった。

 それなのにいざ自由を提示されると、何をしていいか、何を選んだらいいか、分からなくなり、怖くなるんだ。


 命じられ、指示され、与えられた物を諾々と受け取る日々に慣らされ過ぎた俺は、自分で選ぶ事への恐れがあった。失敗したらどうしようという、失望させたらどうしようというその感情は常に俺につきまとった。


 そんな震える俺の手にヘベスはその時々に必要なものを載せ、耳に囁やき、震える身体を心地良い服で包み、抱きしめ、寝かしつけ、磨き上げた。


 その中にはすぐにはできないことや、枷のように望まぬ物もあるのに、腹が立つことに、へベスの愛部は巧みで一瞬で俺の怒りや反抗心を崩してしまった。

 そんな時に限ってへベスは「巫子」とは言わず『私のエヌ』と言って俺を抱きしめた。私のエヌ、私の可愛いエヌ、私の大事なエヌ、私のエヌは甘えん坊ですね、私のエヌは欲しがりですね、へベスは俺にキスをして囁き抱きしめて、気持ち良くした。俺が独りぼっちになるのを何より恐れているのを彼は本能的に見抜いていた。
 抱きしめられるだけでも十分なのに、優しい言葉で俺を捕らえ、到底振り解けない甘い性的な鎖で俺を絡め取った。

 俺はへベスのキスが好きだけど、へベスの口淫フェラチオにどっぷりと溺れた。もう、これをされると逆らえない。 
 
 最初の一回は恥ずかしいぐらいに直ぐにいかされて、ヘベスが指で押さえていなければ唇が触れるか触れないかで漏らすように出てしまうこともあった。
 二回目は焦らされて、焦らされて、この時に摘んで横に振られると、どういう仕組みなのか昂りがおさまるというか萎えてしまう時があって、項垂れて元気の無くなった俺の分身をヘベスが口の中でじっくりとねぶりながら育て、最後に後ろに指をれられたりすると、もう、本当に、駄目だった。

 意地悪なヘベスは、哀願する俺に、わざと『ゼルド』の名前を出して甚振いたぶった。
『ほら、ゼルドの指がこんなふうに後ろに挿いってきたらどうするのですか?』

 何かとろりとした物で後ろを慣らして、指が二本になった時は『エヌの大好きなゼルドの太い物がエヌの気持ち良い所をこうしていっぱい突いたら、どうなるんでしょうね』
 と、俺の頭が真っ白になってしまう部分を何度も弄った。
『ゼルド』の名前を出されると、身体が勝手に竦んでしまう。ヘベスの指をきゅっと締め付けてしまう。


 心の中で大切にしている物を辱められることに怒りが湧くのに、咥えられると何かを言い返す事も、文句を言うこともできず、喘いて、腰を震わせて最後はどうしたって、ヘベスにいかせてと泣きながら縋って、ヘベスにお願い許してと言うのは俺だった。

「私よりゼルドの方が好きなのに、私に咥えられて私の指でいくんですね、エヌは悪い子ですね。こんなにいやらしい事をしているのに喜んで。…アルテア殿下にお願いしましょうか?あなたの巫子のエヌは、とても寂しがりで私よりもゼルドが好きで、毎晩ゼルドを恋しがっておちんちんを硬くして、恥ずかしいお汁をいっぱい垂らして、足りないとお尻を振るんです。どうか一晩でもゼルドを貸してエヌが満足するまで抱いてやってくれませんか?」
 
 初めてそんなふうに言われた時はショックで、次いで怒りで、遅れて悲しみに襲われて、俺はヘベスの下で猛烈に暴れたけれど、俺の身体は情けなく愛撫に陥落する。
 
 ヘベスは、眼差しで、言葉で、身体で俺の精神と肉体を束縛して、それなのに繋がってはくれなかった。俺は口でいかされて、自分の味のするキスをほとんど毎晩喰らった。

 
 疲れ果てて手足を投げ出して身体を清められて、抱きしめられると、俺はやっと安心する。抱きしめてくれるだけでいいのにと、心の中で思っている。飽きずに捨てられなくて良かったと思っている。どうしてヘベスを嫌いになれないのかと悩み、どうしてゼルドさ…んを全部諦めてヘベスだけを好きになれないのかと考える。
 乱れた心の内は、考えるだけ無駄で、日中は俺たちは真面目な教師と勤勉な生徒、あるいは寛容な側仕えと怠惰な主になる。

 そして夜はヘベスこそがあるじのように振る舞い、俺の身体を人形遊びのように好きに扱った。


 一週間後にアルテア殿下とゼルドさ…んが発たれると聞かされても、俺の夜は変わらなかった。
 ただそれを聞かされた日だけは、俺はヘベスに何かされるより早く銀の鈴を振って鳴らして鳴らして、ヘベスに俺が眠るまでずっとぎゅっと抱きしめて俺が大事だと、俺がかわいいと、俺を置いて何処にも行かないと言い続けろと命じた。

 ヘベスは優しかった。命じた通りに俺を抱きしめて望むだけ囁やき続けた。

 俺が命じさえすれば、ヘベスは俺の望むように何でもしてくれるのだ。命じさえすれば…。

 
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