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擬態
しおりを挟む星養宮に据え置かれた高価な花瓶のように扱われる一日が終わった。あとは目を瞑って眠るだけ。
綺麗な花が飾られ水を注がれ、汚れた水を替えてもらい花瓶に付いた汚れを落とされる。
綺麗な服を着せられて、用意された美味しい食事を食べ、夜に汚れた水を身体から出して身体に付いた汚れをヘベスに丁寧に落とされる。
自分が、巫子という高価な花瓶になったと思えばどうと言う事もなかった。そう、思うようにする。
もし、俺がヘベスの亡くなった巫子の事をもっと知っていればもう少し何某かを似せられたのではないかと思いもしたけれど、仮に知っていても取り立てて秀でた所の無い俺にはこれが限界だっただろう。
思い出してみれば、ヘベスが側仕えに応募した理由が、亡くなった巫子と過ごした日々が懐かしく慕わしく思えた…そんな理由だった。アルテア殿下がそう言っていた。
へベスがその亡くなった巫子と過ごしていた日々を星養宮で再現しているのか、したかった事をやっているのかは分からないけれど。
へベスがこの仕事に就かなかったら世界旅行に行こうと思っていた、という話も思い出した。彼はずっと閉じ込められていた巫子と世界中を旅行して周りたかったんだろうか?
世界は広いはずだから、誰かの代わりではなく一人ぐらいは俺のことを必要としてしてくれる人がいないかなと思いながら眠りについた。
朝、起こされる前に目が覚めても背を向けて眠ったふりをする。
まだ静かだから、6時まで時間があるんだろう。
…例えば俺がアルテア殿下に、側仕えを替えてくれとお願いしたとする。外遊の為に忙しくされているとはいえ、セルカに帰っても良いとは仰らないだろう。それでもしへベスの替わりにあの貴族の奥様の様な方が寄越されたら俺は息が詰まってしまうだろう。
それから仮に別の誰かが新しく寄越されたとして、その人が性的な部分を含めて俺を理解してくれるかどうかわからないし、その可能性は低い様に思えた。
俺は、へベスのことが嫌いじゃない。
むしろ、キスしたり、抱きしめてもらったり、気持ちの良いことも嫌じゃなかった。
俺が耐えられなくなるのは、へベスが俺をゆっくりと俺ではない物に作り替えようとする様な冷たいのか熱いかも分からない威圧感だった。へベスの理想とする巫子の型に俺を容れて上からゆるゆると押し潰されるような息苦しさだ。
これを籠絡されたと言うんだろうか。それとも調教?
叫びたくなるような、髪を掻きむしりたくなるような衝動は夜の短い時間の間に、へベスに弄られている間に発散する。その時なら、おかしくなると口走っても、何もおかしくはなく咎められることもない。俺はそうやって自分の中で折り合いをつけて、ゆっくりと型に嵌められてへベスの好みの巫子に近づいていくんだろう。どこまで近づけようとしても所詮は偽物だけれど。
髪を整えて、爪を磨かれて、肌には何かわからないものを塗られ、恥ずかしい思いをしながら股の毛を剥ぎ取られ、綺麗な服を着せられ、革靴ではなく柔らかい布のを靴を履く。へベスが渡す本を読み、へベスが教える聖句を復唱する。
荒地にいたぼろぼろの人形がどこまで変わっていくんだろうと、他人事のように考えた。
俺は、へベスはへベスでいてくれないとダメと言ったけれど。
俺は、今の俺のままじゃダメなのかな…。
変わらないとダメなのかな?
俺が気をつけるのは、没頭しないことだ。
特に絵を描く時や、化学の本を読む時に。
没頭しすぎて俺だけの世界に陥ってしまうと、へベスの眼鏡の奥の瞳は糸の様に細くなる。
もしこの時点でそれに気がついて、彼を引き寄せて眉間を撫でたり、もっと近づけて唇を当てれさえすれば、夜が激しくなりすぎるのを回避できる。
だけど頭の中にある物を正確に描き出そうとしている時、どうしても周りの事など何もかも忘れてしまうんだ。
俺が俺だけの世界に入ってしまうと、へベスはまるで何かを取り戻そうとするかの様に夜に激しくなる。別に殴られるわけでも叩かれるわけでもない。
でも何も考えられなくなるくらい激しく責め立てられ焦らされる。
へベスに懇願し、世界にへベスと俺しかいないような気にさせられる。
ここで、へベスに起こされる。
「おはよう、へベス」
「おはようございます」
朝こうして起こされるたびに、何か気の利いた事が言えないかと思うのだけれど、何も言葉が出てこない。
もともと独りでいるのが長かったから仕方のないことかもしれなかった。それでも荒野にいた頃は、さ、エヌ今日は暑くなりそうだぞとかなんとか、独り言を言っていたのに、気づけば口に出すことも無くなっていた。
大きな姿見の前で着替える時に青白い顔の俺が見えた。
少し陽に当たった方が良いのかもしれない。
「今日、朝食の後に外で少し花を切ってもいい?」
誰が来る予定もないけれど、玄関ホールに据えられた大きい花瓶いっぱいになるぐらいの花を切れば鬱々とした気分も少しは晴れるかもと思ったのだ。
へベスが頷く。
しかし朝食後、庭には出たもののへベスは剪定鋏を持たせてくれなかった。
へベスはまた、一番立派に咲いている赤いダリアの花首を試し切りのようにばつりと落とした。
可哀想に。
俺はそれをへベスに踏まれる前に遠くに放り投げた。
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