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お詫び
しおりを挟む玄関ホールに飾ってあった花を紙に包み、飾ってある花の見栄えが足りないからもう少し丈の高い花を切って来ますとへベスがその場を離れてすぐの事だった。
コツンと響く音が耳に届いた。
星養宮はいつも静かで、へベスは足音を立てないし、俺は布の靴を履いているので、その音はへベスが花を切る時に使う剪定鋏の音より大きく聞こえた。
「連絡も無く突然お伺いして大変申し訳ございません」
最初、誰の声か分からなかった。だって仕方ない。そんなに話した事がないから。
ああ。
初めて会った時も。背が高いなぁ、がっちりしているなぁと思って、黒いコートに着いたたくさんの徽章に見惚れて、挨拶をどうすれば良いのか分からなかった。
「…ゼルドさ、あの、こんにちは?あの今日はなにか?」
ちゃんと話したいのにしどろもどろになり、掌が汗ばむ。
「巫子様がお元気にお過ごしのようで安心しました。ホールの花はいつも巫子様が生けていらっしゃるのですか?」
「え!?いえ、あの今日だけです。今日はその、天気が良かったし、あの…歩くのも良いかなって花も…その、きれいだし…それで今日だけ」
ああどうして。一番肝心な時にヘベスに習ったようにちゃんと挨拶が出来ないんだろう。しっかり話せないんだろう?落ち着いて話せないんだろう、どもってしまうんだろう。
「美しいダリアですね。赤のダリアはレベリオの国花です。殿下もご覧になればお喜びになったでしょう」
彼は花よりも華麗に微笑んだ。
もう、なんだかその微笑みだけで俺は残りの一生を幸福に生きられそうな気がした。目の裏に焼き付いた。初めて神様ありがとうと心から思えた。
「…本来なら正式に謝罪しなければならないのを引き伸ばし、このような場でお詫びするのをお許し頂けますか?」
幸福の余韻に浸って動けない俺にゼルドさ…ん…ゼルド、は何だか変な事を言った。お詫び?謝罪?ゲロ吐いたり大事な飛空艇を汚したり、ゼルド、のコートを汚したり俺の方が土下座してお詫びするべきじゃないの?俺の方が這いつくばって踏まれたり蹴られたりした方が良いんじゃないの?靴を舐めろと言われたら俺は何の躊躇いも無くできちゃうよ…あの、実際に蹴られたら凄い悲しいけど…。
なんだか声が遠くから響く様な気がする。
「どんなにお詫びをしても許される事で無いのですが」
彼は何を言っているんだろう。
「辺境の野蛮人に薬など不要だと言ったのは私です」
彼は何も間違った事は言っていない。セルカでは薬は貴重品で風邪や頭痛ぐらいでは誰も薬を使わない。柳の樹皮のお茶を飲んだり蜂蜜を舐めたりするんだもん。何の間違いでもない。吐いたり下痢したりする赤ん坊の下半身を泥に埋めたりする。そうすればオムツを洗わなくて良いからと。そうだよ、野蛮な国なんだ。
「今まで目にした方が失礼ながら色情狂や浪費癖や、虚言癖など異常な方が余りにも多かったので…嫌悪感が余りにも強すぎて、殿下が巫子を求めて手元に置こうとされる事に士官としてはあるまじき私情を挟んでしまい…」
本当は飛空挺が離陸する前に飲んだ方が良い薬を、不要だと言って飲ませなかった。ファルカ様もクレオさんも酷く乗り物酔いをしたけれど。歓迎の宴にも出られないほど酔って大変だったけれど、俺はもう十分すぎるくらい良くしてもらっている。
「私に巫子に対する余計な偏見があったばかりに長く貴方様のお身体を苦しめることになってしまいました」
そんなのはあなたのせいじゃないよ。俺に薬をくれて、支えてくれた。その後の事は全然あなたのせいじゃない。俺が弱かったからで、俺が環境に適応できなかっただけだ。ずっと謝罪したかったという彼の言葉を遮った。
「もう、すっかり治ったよ。気にしないでよ。あれは忘れられない思い出になったよ。でももし次に飛空挺に乗る事があったら意地悪をせずに酔い止めの薬を頂戴ね。次はちゃんと自分で飲むから。それからもうすぐアルテア殿下の護衛で旅たれるでしょう?外の国に何か変わった物があったら是非戻られた時に教えてください。もう本当に気にしないでください、大丈夫です。本当に皆様が良くしてくださるので、大丈夫です。旅の御無事をお祈りしています。これは受け取れません。では、本だけ。ありがとう、さようなら。お元気で」
体調を整える手助けになると云う銀の腕輪は受け取るのを断った。
彼も読んだと云うホバークラフトと飛空挺の技術書は受け取った。
俺は、俺としてはこれ以上はできないくらいに自分が思う理想の巫子を演じた。ああ、いつもこうすれば良いのかと、上辺だけ流れるように噛み合っていなかった歯車が油を注されて動いた。
彼の去って行く背中を見送る。
もらった本をそこに置いて、まだ残っていた花を花瓶に挿した。
形が崩れていても、配色が乱れても後でへべスか、誰か花を触る人が見栄え良く整えてくれるだろう。
「…エヌ様?」
丈の高い緑の枝と俺が名前を知らない花を切ってへベスが戻ってきた。
「アルテア殿下のお使いの方が、読むようにって本を持って来て下さったんだ。忙しいみたいだからここで帰ってもらった」
「…そう、ですか」
へベスは特にそれ以上何も言わず、切ってきた残りの枝と花を挿して玄関ホールを飾るに相応しい形に整えた。
「ダリアって、レベリオの国花だったんだね。俺知らなかったよ。へベスはセルカの国花って知ってる?」
「いえ、存じておりません」
そうだよなぁ。辺境の小国のどうでも良い国花なんて外の国の人が知っている訳ないよなぁ。俺は変な質問をしなければ良かったと思った。俺が聞きたかったのは、へベスが庭で一番大きな立派な赤いダリアの花首を切り落とす理由だ。でもそれも今は本当はどうでも良かった。俺の中で周り始めた歯車が何か話せ話せ話せ話せと回転しているんだ。その歯車の後ろで小さなエヌが腕が千切れそうな勢いで歯車を回すハンドルを動かしている。
「…芋、じゃが芋なんだ。セルカの国花。なんかさぁ、もっと格好良い花を選べば良かったのにねぇ」
荒地でも強く芽吹くから国の花になった事を知っているけれど、ダリアに負けない薔薇とか百合とか豪華な花が良かった。花のこともどうでも良い事だった。歯車の影で小さなエヌは泣きそうだ。
「……今昼だけど、カーテンを全部閉めて鈴を鳴らしたら…へベスは直ぐ来てくれる?」
「…すぐにでも」
へベスは小さく囁いて、俺のこめかみにキスをした。
へベスが正面の扉を閉ざす為に歩き出す。俺は二階に続く階段を登り始める。
可哀想に、せっかく綺麗に生けたのにもう誰にも見られない花瓶の豪華な花。可哀想に、歯車の影で銀の腕輪が欲しかったと泣く小さなエヌ。
可哀想に、去ってゆく人の背中を胸を、唇を瞼を舐め回したいと思っている俺。
二階の居室のカーテンを閉めて、鈴を鳴らすより前にへベスは部屋に来て部屋の扉の鍵をかちりと閉めた。
へベスは優しく抱きしめてくれた。
すみません。俺は辺境の野蛮な学のない節操もないだめな巫子です。昼間からあそこを舐めて気持ち良くしてと忠実な側仕えに命じるいけない奴です。しかも俺を咥える口が貴方だったらと、俺の乳首を摘んだり、俺のうしろにそっと挿れられる指が貴方だったら良いなと思っている不実な奴です。貴方の肉体を舐め回して硬く勃起した陰茎から溢れるミルクを飲み干したいと思う俺は、あの人が厭う性癖だ。でもあの暗い荒野で俺を見つけたのはあの人だから、悪いのはあの人だと思う。
そっとしておいてくれれば良かったのに。
あの人が俺を見つけなければ、いつかあそこで野垂れ死んで、乾いた砂に埋もれたのに。
こんなにどろどろとしたものを知ることもなかったのに。
暗く沈む俺をへベスは抱きしめて、俺が言うままに気持ち良くしてくれた。午後はちゃんとするから、だからそう言って俺は自分の味のする別の唇を求めた。
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