異端の巫子

小目出鯛太郎

文字の大きさ
28 / 70

しおりを挟む

 怠惰な午前を部屋に籠もりきって過ごし、昼食を一時間遅らせ、食後にはお茶では無くて珈琲を淹れてもらった。ミルクも砂糖も多めに甘い珈琲を二杯。


 それから俺は初めて夕食の献立に口出しをした。
「もし今日の夕ご飯をまだ仕込みしていないなら、俺は今夜マカロニ食べたいんです。自分で茹でて。マカロニと塩と、チーズ、あとは林檎と干し杏…」

 料理長は目を白黒させた。
「料理長のご飯はいつも凄く美味しいです。とても感謝しています。でも今日はちょっと故郷が恋しくなったんです。庭に簡易コンロを置いてマカロニ茹でて食べたい気分なんです」
 
 簡易コンロや鍋も準備してくれると云う。ただ干し杏はないので、何か替わりの果物を用意しますと料理長は言ってくれた。

 ヘベスは俺の突然の我儘に何も言わなかった。



 午後はヘベスが年表を教本代わりにレベリオの歴史を教えてくれた。

 大国レベリオの歴史は、そのまま侵略と戦争の歴史と言って過言なかった。大昔のそれこそ神話の時代のような水利をめぐる豊穣の土地の奪いあいからはじまり、侵略と婚姻と裏切りと粛清の嵐がこの豊かな地の上に橋を架け、城を築き、大地を切り分けて治めて行った。

 大国レベリオの歴史は俺が思うよりずっと血塗られていた。
 話を聞く限り川の流れる水が、赤い時もあったのではないかと思う。実際に白い花の咲く平野がむくろで埋まり、翌年から赤い花が咲くようになったという逸話もあるそうだ。

 現在の王家がトラスヴォラス、でも遡るとインフェリス家が連合の王家だった時もある。
 そういう本に書いてあるような人々の血脈が、末裔が生きているのが不思議に思えた。


 さらに聞けば10年前まで普通に戦争していたとヘベスは平然と言った。
わたくしも強化兵として戦役についておりました」


 俺は言葉も無くヘベスを見つめた。

 もと軍人だとは聞いていたけど。


 10年前だと俺8歳だから、他所の国が戦争してるとかそりゃわかんないよな…。


 レベリオの圧倒的勝利の要因は強化兵の登用と飛空艇の使用と本にはあった。どんな過酷な訓練をしていたのだろう。想像もつかない。

「現在のレベリオの武官のほとんどは強化兵でしょう。強化兵の事はご存知ですか?」

 いや、今日まで聞いた事もなかった。俺が首を横に振るとヘベスは苦く笑った。
 身体に石を埋め込むのです、と彼は言った。


「そんな軍事機密みたいなこと、俺に言って良いの?」

「これを知ったからにはもう、レベリオから出ることは叶いませんね。施設に収容されます」


 へベスは背筋を正して仁王立ちになり厳しい顔で唇を引き結んだ。
 俺はえっ、と椅子から腰を浮かしかけ、まぁ別にそれでも良いかと座り直した。



「…もっと驚いてくださると嬉しいのですが…」

「俺がなんかその軍事施設か何処かに引き摺られて行くのを、へベスが黙って見ているはずがないから、まぁ大丈夫かなぁって思って……あれ?俺、自惚れ過ぎてる?」

 
 
 へベスは珍しく子供っぽく鼻に皺を寄せた。
 顔の良い男という者はこういう表情をしても嫌味じゃない。なんてこったい。
 へベスは何気ない様子で俺の座っている椅子の後ろに周り、椅子の背に手をやり、それから、我慢出来ないというように俺の肩を掴み、後ろから俺の頭に顔を伏せた。


「すみません、急に監禁したくなりました」

 俺はへベスの言葉に笑ったけれど、強化兵の事を聞いた時よりどきどきした。

「へベス君、君、今は就業中だぞ。そこに突っ立ってないで横に座り給え」

 へベスは俺が座っているのと同じ金色の刺繍が入った白い椅子に腰掛けた。あーあ、やっぱり座らせるんじゃなかった。足の長さの違いに愕然とした。太腿の長さもさることながら、膝下の長さもね。背が高いからわかってはいたけどね。寝てる時はへベスは足が長いなぁとか思ってる暇がないからね。

「へベスの身体にその石ってまだ入ってるの?」

「はい、恐らく死ぬまで入ったままでしょう」
 
 う、取りづらい場所に石を入れるのかな?

「へベス、手を貸して」

 俺はへベスが伸ばした手を取った。大きな掌と長い指。二、三度握り返して持ちなおし目を閉じた。


 暫くやっていなかったけれど。俺はへベスの中にある石の声が聞こえるかな。俺の石の声を聞くと云う役立たずの能力ちから

 へベスの石は一つは深い悲しみ、一つは燃えるような怒りに震え、どちらも声にならない叫びを上げているように思えた。『泣かないで、泣かないでね』俺の声は石には届かないかもしれない。俺の能力は聞く事であって語りかける力じゃないから…。
 ああ、でもどうしてだろう。俺よりもずっと、抱きしめてやらなくちゃいけないのはへベスの石のように思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...