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石
しおりを挟む怠惰な午前を部屋に籠もりきって過ごし、昼食を一時間遅らせ、食後にはお茶では無くて珈琲を淹れてもらった。ミルクも砂糖も多めに甘い珈琲を二杯。
それから俺は初めて夕食の献立に口出しをした。
「もし今日の夕ご飯をまだ仕込みしていないなら、俺は今夜マカロニ食べたいんです。自分で茹でて。マカロニと塩と、チーズ、あとは林檎と干し杏…」
料理長は目を白黒させた。
「料理長のご飯はいつも凄く美味しいです。とても感謝しています。でも今日はちょっと故郷が恋しくなったんです。庭に簡易コンロを置いてマカロニ茹でて食べたい気分なんです」
簡易コンロや鍋も準備してくれると云う。ただ干し杏はないので、何か替わりの果物を用意しますと料理長は言ってくれた。
ヘベスは俺の突然の我儘に何も言わなかった。
午後はヘベスが年表を教本代わりにレベリオの歴史を教えてくれた。
大国レベリオの歴史は、そのまま侵略と戦争の歴史と言って過言なかった。大昔のそれこそ神話の時代のような水利をめぐる豊穣の土地の奪いあいからはじまり、侵略と婚姻と裏切りと粛清の嵐がこの豊かな地の上に橋を架け、城を築き、大地を切り分けて治めて行った。
大国レベリオの歴史は俺が思うよりずっと血塗られていた。
話を聞く限り川の流れる水が、赤い時もあったのではないかと思う。実際に白い花の咲く平野が骸で埋まり、翌年から赤い花が咲くようになったという逸話もあるそうだ。
現在の王家がトラスヴォラス、でも遡るとインフェリス家が連合の王家だった時もある。
そういう本に書いてあるような人々の血脈が、末裔が生きているのが不思議に思えた。
さらに聞けば10年前まで普通に戦争していたとヘベスは平然と言った。
「私も強化兵として戦役についておりました」
俺は言葉も無くヘベスを見つめた。
もと軍人だとは聞いていたけど。
10年前だと俺8歳だから、他所の国が戦争してるとかそりゃわかんないよな…。
レベリオの圧倒的勝利の要因は強化兵の登用と飛空艇の使用と本にはあった。どんな過酷な訓練をしていたのだろう。想像もつかない。
「現在のレベリオの武官のほとんどは強化兵でしょう。強化兵の事はご存知ですか?」
いや、今日まで聞いた事もなかった。俺が首を横に振るとヘベスは苦く笑った。
身体に石を埋め込むのです、と彼は言った。
「そんな軍事機密みたいなこと、俺に言って良いの?」
「これを知ったからにはもう、レベリオから出ることは叶いませんね。施設に収容されます」
へベスは背筋を正して仁王立ちになり厳しい顔で唇を引き結んだ。
俺はえっ、と椅子から腰を浮かしかけ、まぁ別にそれでも良いかと座り直した。
「…もっと驚いてくださると嬉しいのですが…」
「俺がなんかその軍事施設か何処かに引き摺られて行くのを、へベスが黙って見ているはずがないから、まぁ大丈夫かなぁって思って……あれ?俺、自惚れ過ぎてる?」
へベスは珍しく子供っぽく鼻に皺を寄せた。
顔の良い男という者はこういう表情をしても嫌味じゃない。なんてこったい。
へベスは何気ない様子で俺の座っている椅子の後ろに周り、椅子の背に手をやり、それから、我慢出来ないというように俺の肩を掴み、後ろから俺の頭に顔を伏せた。
「すみません、急に監禁したくなりました」
俺はへベスの言葉に笑ったけれど、強化兵の事を聞いた時よりどきどきした。
「へベス君、君、今は就業中だぞ。そこに突っ立ってないで横に座り給え」
へベスは俺が座っているのと同じ金色の刺繍が入った白い椅子に腰掛けた。あーあ、やっぱり座らせるんじゃなかった。足の長さの違いに愕然とした。太腿の長さもさることながら、膝下の長さもね。背が高いからわかってはいたけどね。寝てる時はへベスは足が長いなぁとか思ってる暇がないからね。
「へベスの身体にその石ってまだ入ってるの?」
「はい、恐らく死ぬまで入ったままでしょう」
う、取りづらい場所に石を入れるのかな?
「へベス、手を貸して」
俺はへベスが伸ばした手を取った。大きな掌と長い指。二、三度握り返して持ちなおし目を閉じた。
暫くやっていなかったけれど。俺はへベスの中にある石の声が聞こえるかな。俺の石の声を聞くと云う役立たずの能力。
へベスの石は一つは深い悲しみ、一つは燃えるような怒りに震え、どちらも声にならない叫びを上げているように思えた。『泣かないで、泣かないでね』俺の声は石には届かないかもしれない。俺の能力は聞く事であって語りかける力じゃないから…。
ああ、でもどうしてだろう。俺よりもずっと、抱きしめてやらなくちゃいけないのはへベスの石のように思えた。
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