異端の巫子

小目出鯛太郎

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マカロニ

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 俺は顔を覆った。


 失敗した。ここで巫子がどんなに大事に扱われるかと云うことをすっかり忘れていた。


 一階のテラスには、白い布のロール屋根が取り付けられ、移動式の水の出るシンクと、扉のついたキッチンワゴンと小綺麗な作業台が置かれて、簡易コンロとは呼べないような立派なコンロとピカピカの鍋がいくつも置かれていた。

 並べられたガラス瓶の中には俺が良く食べていた形のマカロニのほかに、もう見たことのないような形や色のマカロニが見本市のように綺麗に並べられ、しかも茹で時間を書いたメモまで貼られている。

 塩も何種類か置いてある。粉チーズと、そうじゃない塊のチーズが銀の皿に載っている。黄金色のボトルはオリーブオイルかな?パセリや、なんか他の香草っぽいのもある。
 蓋のついた銀色の容器がたくさんあるので、蓋を取ってみるとインゲンや豆を茹でた物、トマトを切った物、揚げたナスが入った物…。芋にベーコンにソーセージまである。ドレッシングを合えれば直ぐに食べれるサラダ、玉ねぎのマリネなんかもある。量は多くないけれど、たくさんの種類のものが。


 氷がいっぱい入った大きな銀の器の中には一口大に切られたフルーツの入ったガラスの器が冷やしてある。これはフルーツポンチ?もしかして干し杏の代わりがこれ?それから二口で食べれそうなジャムを塗ったチーズケーキがある。デザートまで既に準備してあるとは…。料理長…りょうりちょぉぉ…。

 りんごが芯をくり抜かれて、中に蝋燭を立ててランプシェードになりそれは、芸術品並に彫刻されていた。
 りんごって彫って鑑賞する食べ物だったかと二度見した。

 何かせずにはいられなかった料理長の叫びが聞こえてきそうだ。
 俺、確かに朝にマカロニ自分で茹でて食べたいって言ったけど、こんな準備のされ方をしようとは…。調理場に行ってちゃっちゃって自分で茹でて塩とチーズをかけて食べるか、空き缶で簡易コンロ作ろうかと思ってたんだけど…。

 ごめんね、料理長。道具や何かの手配も含めてなんだか余計に手間をかけちゃって。少しでも巫子様の気晴らしになれば、だって。他の宮ではガーデンパーティも頻繁にあるそうでこういう設備も普通に置いてあるんだって。



 こんなに豪華にしなくて良いのに。

「ありがとう、うれしいよ」
 ごめんねと謝るより、感謝するほうが良いと思って謝らなかった。砂糖を使って綿菓子も、ポップコーンもできるって、そんななんだかお祭りみたいな事もできますって言われちゃった。
 うん、いつかやろう。


 こんなぴかぴかな鍋でマカロニ茹でて良いのかと思いながら、いつも食べていたマカロニに近い形のものを選んだ。俺の茹で方はセルカではおばあちゃん好みと言われる芯のないやわらかい茹で方だ。固茹でにすると夜に食べる時かぱかぱに乾いて口が、痛くなるからだ。固形燃料の無い時は朝茹でたのをアルマイトのケースに入れて昼も夜も食べたから。


 固形燃料も支給品が無い時は作っていた。朝早く神殿に行って蠟燭立てのちびた蠟燭を交換していく。ある程度の量がたまったら集めた蠟燭を湯煎で溶かす。溶かしている間に空き缶に箱材カーボード紙を波形に折って丸めたものを入れて上から溶けた蠟を注ぐんだ。
 勿論熱いから蠟が冷めるて固まるまで持ち歩きなんて出来ない。でもこの固形燃料は燃焼時間が長いから重宝した。


 固形燃料といえばヤギの糞なんかも、乾かして使う。以外な事にそんなに匂わないから煮炊きに使える。

 セルカは水資源も緑も少ないから家畜は過酷な環境でも生きていけるヤギが多かった。乳の量は牛の方が多く取れるらしいんだけどどうしても飼料代金がかさむから牛はあんまり飼われてなかった。
 
 そのヤギの糞を神殿の清掃奉仕なんて名目で貧しい家の子と貰いに行くんだけど、これが凄く嫌だった。ヤギは可愛いんだよ。子供たちだって真面目だしちゃんと掃除もしてくれる。
 嫌だったのは大人の目だ。

 巫子が糞尿に汚れて下々の者に奉仕をするって言うのがある種の人々を暗い感じに喜ばせてその目つきがもう本当に嫌だった。
 手がすぐに洗えない時は砂や乾いた泥でこすりおとすんだよ。ヤギの糞はころころしてたしそんなに臭くないとはいえ汚物だから辛かった。


 …あれ。

 …なんか、本当にセルカって良い思い出ないんじゃ無い?
 そんな場所に俺、本当に帰りたい?

 
 市場で野菜くずをもらって、野菜のくずは豚の餌なんかにもなって、巫子は豚と同じご飯なのねって。あれ誰に言われたんだっけ?
 生きているものはみんな大地からのお恵みを食べて生きているんだよと先代が言ってくれなければ…言ってくれなければどうなっただろう?…やっぱりお腹が空いて市場に物乞いに行っただろうな。

 
 もらったクズ野菜は刻んでスープの具になった。

 マカロニ茹でた後の茹で汁をそのままスープに利用して。
 ここではもったいないけど茹で汁は捨てることになりそうだ。

 だってもう料理長が作ったスープがあるんだもん。




 マカロニを茹でている間、つらつらとセルカでの事を色々思い出していた。

 
 先代が亡くなってからは食事は毎日蒸した芋か茹でたマカロニで飽きるほど食べて、大人になったら絶対毎日好きな物を食べてマカロニなど二度と食べないと思っていたのに。


 いざセルカを離れると、恋しいのである…。

 レベリオの主食はパンで、星養宮では毎日焼き立てのパンが食べられる。セルカでは到底食べられなかったような美味しいパン。サクサクのクロワッサン、ローストした胡桃の入ったパン。干し葡萄やベリーの入った甘い菓子パン、何を食べてもはずれがない。料理長が俺のために作ってくれる辛くない料理。すごく美味しくて毎日幸せなはずなのに、なんでマカロニなんて食べたくなるかなぁ…。

 これが故郷の味というやつなんだろうか…。これが郷愁ホームシック

 先代が亡くなった後はつらい思い出の方が多いような気がしてくるよ。
 …というか良い思い出が見当たらない。
 それなのにホームシック?

 環境が変わりすぎて馴染めないからかな。


 食べ物の他に恋しくなるものがないのは虚しかった。


 レベリオで巫子として務めてを終えて帰れれば、ファルカ様が俺が住む家、それに犬か猫を買ってくれる。俺はまだ手にもしていない物を頼りにして、恋しがっている。何も持っていない。



 茹ですぎて外側が柔らかくなって中身は空っぽのマカロニと俺って似てる。
 ぐにゃぐにゃで頼りなくて、空っぽで塩を振らなければ味気もない。
 

 なんてつまらない巫子にんげんだろう。

 固さをみるために摘んだ一本はまだ芯が残っていた。



 料理長の心遣いでその日食べたマカロニは添え物のお陰でとても贅沢で、俺がセルカで食べていたつましい食事とは全く別のものになってしまった。

 結局のところ何を食べても、何をしていても俺は寂しいのかもしれなかった。
 広い寝台でふわふわのクッションに顔を埋めて、もうすぐゼルドさ…んが遠くへ行ってしまう事が余計に寂しさを増す原因になっているのは分かっていた。

 分かっていてもどうしようもなかった。
 俺に良くしてくださるアルテア殿下ではなく、ゼルドさ…んなのが本当にどうしようもなかった。
 
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