異端の巫子

小目出鯛太郎

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ナイフとエビフライ

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 へベスが決めた時間割を俺はめちゃくちゃにしてた。俺が本を読んだり昼寝したり、自由にできる時間に、へベスは同じように遊んでいるわけじゃない。
 その時間のうちに俺に届いた案内の処理をしたり、屋敷に勤めている人に指示出しもしなくちゃいけない。今日みたいに具合が悪くなると医者の手配をして、朝食や昼食の時間がずれ込む事を料理長に伝えて、俺が温室の脇で倒れたりしてしかも訳のわからない事を口走っているのに付き合って、余計な手間を取らせちゃって、へベスにもゼルドさんにもお使いの人にも迷惑をかけてしまった。

 これは本当に反省しないといけない。

 ごめんねへベス。いっぱい迷惑かけちゃって。これを心の中で思っていても伝わらないから言わなくちゃいけないんだけど、肝心のへベスの姿がない。

 俺は起きれるからと部屋ではなく食堂で夕食を取っていた。

 エビと枝豆とマカロニのゼリー寄せをちゅるんと食べる。本当は昼のメニューだったらしい。食欲がおありでしたらお肉もありますよと料理長は言ってくれたけれど、料理長特製のローストビーフは明日オープンサンドになることに決定した。今日も料理長の予定を狂わせちゃってごめんなさいと謝ると料理長は手を振ってとんでもないと言った。


「こんなことは言っちゃいけないんですけど、巫子様は他所よそからおいでになって他の巫子さんをご存知ないでしょう?俺にとっては星養宮は天国で巫子様は神様みたいですよ。お優しくて。こんなものが喰えるかと熱いスープを顔にぶっかけたりナイフを投げたり、巫子様は一度もそんなことなさらないじゃありませんか。いつも美味しいと言ってくださるし、ありがたい事でございます」


 料理長のマウロさんの言葉を聞いて俺はびっくりした。なんだそれ!?他の巫子ってそんな怖いの?
 俺が知るのは亡くなられた先代だけだからな。先代は物を投げたり癇癪を起こすような方ではなかったもんな。レベリオに巫子の力の事を話してくださるような温厚な方はいらっしゃるんだろうか?ちょっと心配になった。


「私が最初に働いた白羊宮のお偉い方はそりゃ癇癪・かんしゃくがひどくて、砲丸投げの大会に出場されれば優勝出来たんじゃないかと思うほど良く何でも投げつける方でした。まずい、冷えている、熱すぎる、これが食べたいんじゃない!ってね。もうお歳でお亡くなりになられましたけどね。あ、これは聞かなかった事にしてくださいよ」

 
 俺はえっへへーと子供みたいに苦笑する人の良さそうなマウロのさんの頬のひきつれの傷に気がついた。それはもしかしてナイフが刺さった痕?と聞くと彼は頷いた。
 マウロさんは薄い水色の目が二重でぱっちりとして、大きな口の口角が上向きで柔和な温厚そうな物腰の40代位の男性だ。その優しそうな顔に目立つ傷跡があるのだ。


「これは恐ろしかったですね。肉の焼き加減がレアじゃ無いと怒られてステーキナイフが飛んで来たんですよ。目に刺さらなくて本当に良かったです」

 なんでもない事のように言われて俺は震えてしまった。普通じゃない。人に怪我をさせるとかそんなの犯罪じゃないか。しかもくだらない理由でナイフを投げるなんて度が過ぎてるよ。他の巫子ってそんなに暴力的なの!?って聞くのもなんか躊躇する。


「しかしですね、それはさておき私達こそ巫子にお詫びをしなくてはいけなかったんです。巫子のお身体が辛い時にお口にあうものをお出しできず、申し訳ありませんでした。へベスには叱られました。宮の料理は料理の腕を競う場所ではなくて巫子様におあがりになってもらうのが第一だと。一口も手をつけられていない皿は料理ではない。食べる食べないではなく、食べられないのだ、巫子が食べられない料理しかお前達は作れないのか!そんな者は宮の料理人ではない、市井に行けってですね」


 え!?
 …初耳なんだけれど。
 ヘベスそんな事言ってたのか。


「ごめんね料理長、へベスは俺を心配しすぎて言ったんだよ。俺セルカにいた時は何でも食べてたんだよ。一週間ナツメヤシばっかりとかラクダや蛇の肉とかバッタのフライとかもう本当にあるものはなんでも食べれたんだけど、飛空艇で酔った後具合が悪かっただけなんだ。今はずっと調子が良いしまた前みたいになんでも食べられるようになると思うから。作ってくれるものはみんな美味しいし、とっても感謝してる。…あのでも今日は倒れちゃって料理長と厨房の方の予定をめちゃくちゃにしてごめんなさい」

 俺の言葉に料理人の顔とマウロさんの表情が複雑に入り混じった。ラクダ、蛇、バッタ…。と呟き、がちがちの笑顔で「いえいえそんな事はお気になさらず。このマウロ、厨房一丸となってどんな食材でも美味しく召し上がって頂けるように料理致しますとも!遠慮なく食べたいものをお申し付けください」と言った。無理をしているのは一目瞭然だった。

「料理長の作った物が俺が食べた中で一番美味しいよ」

「それは大変光栄です」
 彼はにっこり笑った。

 お世辞でもなんでもなく料理長の作る料理は夢みたいに美味しかった。
 ラクダは脂肪が多いし蛇は臭いしバッタは形が気持ち悪いので(さっくりとした食感は良かったんだけどね)料理長のお料理が一番ですと俺は念を押した。何か他に食べたい物はございませんか?と聞かれるとぱっと思い浮かんだのはあれだった。エビフライ。


「エビのフライでございますか?エビのフリッターではなく」
 料理長はなんだか不思議そうに俺を見たように思えた。

「エビにパン粉をつけて上げたやつ。齧るとシャオって食感の。それにタルタルソースをつけて食べるの」

 ここでの料理では茹でるか蒸すかこってりとしたビスクスープやホワイトソースにからめて出される事が多かった。
「セルカに海はなかったように思いますので故郷の味というより思い出の味でございますかね?」

 あちゃー。夢で見た味ですとは言えないよな。セルカでエビなんて食べたことないもの。俺は曖昧に誤魔化した。

「多分小さい頃に食べて忘れられない味になったんだと思うよ」


 
 料理長と厨房の方に謝るはずがなんだか道行がそれて料理の話になってしまった。

 俺はハンバーグとミートローフの違いもわからないし、ソースの違いもどれが好きかも分からない。レベリオの料理もどんなのがあるかさっぱりだ。料理長は俺の好みと苦手なモノを聞き出して、きっとご満足頂けるものをお作り致しますねと胸を叩いた。

 俺はレベリオに来てから何にもしていないのにこんなによくして貰って良いのかと不安になった。


 そうして久々にヘベス以外の人とゆっくり話して部屋に戻る。
 顔が見えないと言うことはヘベスは忙しいのかな。
 ヘベスの部屋は二階の一番だ。俺は覗きに行って見ても良いんだろうか。邪魔かな?

 俺はヘベスの部屋に向かった。
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