異端の巫子

小目出鯛太郎

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躊躇いの夜

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 へベスの部屋の扉は半分開けっぱなしだった。部屋は薄暗く、どこからか風が入りそっと吹き抜けていく。
 部屋の灯りは点いていなくて、ここにはいないのかと思ったら暗がりに白い喉と顎と形の良い鼻先が見えた。へベスは長椅子の頭をもたせかけて眠っていた。日中は詰まっている襟元が少し開いていて、手前の机の上に色々な書類や本が広げてあるのを見ると、作業中に一服しようとして、そのまま寝落ちしてしまったようだった。


 いつも結んであるダークブラウンの髪が広がって肩からこぼれて落ちて、肌の白さが際立って見えた。
 
 俺が裸同然で庭に倒れてたり、お医者さん呼んだり、今日も温室の横で倒れているやら訳の分からない事を口走って銀の腕輪を探したり、ゼルドさんへ使いを出したり…そりゃぁ疲れさせちゃたよね。ごめんねへベス。俺が面倒で手のかかる巫子でごめんね。

 どうしよう。ゆっくり寝かせてあげたいけど、へベスは食事も摂っていないだろうし、寝るならベッドが良いよね?
へベスの肩に触れようとした矢先に手首を掴まれた。

「へベス、起こそうとしただけなんだ。俺食事を済ませちゃったよ。へベスもご飯たべてよ」

 へベスは巫子…と呟いてから俺の手をゆっくりと離した。
 へベスの視線が俺が左手に嵌めた腕輪に注がれていた。

「腕輪の事はどちらでお知りになったのですか?」
 
 暗がりの中で呟く声は重く沈んでいた。

「前に、そういう物があるから渡すって言われたんだけど断っていたんだ」

 へベスが花を切りに行っている間にそういうやり取りがしたという事を言いづらくて濁したように俺が告げると、へベスはため息をついた。
「そういう物があるのなら、私から贈って差し上げたかった」


 へベスがイスの横を叩いて座るように促すので、俺はそこに腰掛ける。へベスは俺の左腕を取り、腕輪の存在を確かめるように上から撫でた。
 腕輪を取りあげられてしまうのではないかと一瞬思ったが、そんなことはなくへベスは俺の体を抱きしめて囁いた。



「あなたに触れもせずに満たしてしまう、あの男が妬ましいのです」

 へベスは俺の肩口に顔を埋めた。
 瞼、鼻筋、唇が立体のパズルが合わさったように吸い付く。そうしてへベスは暫く無言で俺を抱きしめていた。俺にはへベスの中で荒れ狂っているものの姿も形も見えない。

 俺はすごく欲張りで、ゼルド、さんが好きだしへベスの事も好きだ。
 この状況を喜べないのは、色々迷惑をかけているからもあるけれど、へベスのことが分からないからだ。

 へベスは最初から好意的だった。優しかった。
 そういう事もしたけれど、俺の外見的な要素がへベスの性的嗜好にあっているんだろうか?
 もし俺が巫子じゃなかったら、へベスはどうしただろうか。
 好いてもらえているのだから喜べばいいのに。へベスが亡くなった巫子の幻影を俺の上にずっと重ねている感じが拭えなくて。俺の身体を人形のように扱うことがあるくせに、今みたいに嫉妬や何か罪悪感に似たような感情を浮かべて俺に縋ってくる。へベスの二面性に俺は戸惑っていた。
 
 好きです、あなたが大好きですと戸惑いなく告げられる関係なら良かったのに。



 セルカで。
 あの静寂の夜を裂いてホバークラフトに乗っていたのがへベスだったら。あの荒野の暗闇の中を俺が灯した固形燃料の小さな焚き火を目指して迷いなく進み、俺を見つけてくれたのがへベスだったら、俺の気持ちってどうなっていただろうか。
 過ぎた過去を変えられないのは良くわかっているんだけど。

 人を好きになる理由が、躊躇う理由がもっとはっきりわかっていれば、もうちょっと上手く説明することができればこんなもどかしい思いをしなくて済むのに。


「俺はあなたを支配する事も満たす事も出来ないので…」
 へベスは暗がりの中で俺の手を引いた。へベスが絶対に触れさせてくれない場所に、俺の手を導いた。長衣の上からでは分からないように。実際に触れなければ分からないように、それは機械のように固い組織で組み上げられた身体だった。
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