異端の巫子

小目出鯛太郎

文字の大きさ
41 / 70

心象風景

しおりを挟む

 へベスの部屋で過ごした夜を何て表現すれば良いのか。表現なんてしなくても良いのかもしれないけれど、俺はそこで一夜の間にへベスと俺の違いを客観的に見ていたのかもしれなかった。


 自分を箱に例えるのも変だけど、俺は由緒の分からない適当な素地で出来た脆い箱で、中には砂がいっぱい詰まっていた。過去も現在も未来も全部砂だった。
 適当な所を掘ると、そこには誰のものかも分からない別人の記憶がぼろぼろと散らばって埋まっている。
 
 錆びて使えない物も有れば、七色に輝いて見ているだけで幸せになれる物もあり、エヌが生きて行くために必要な物も時々砂を掻けば埋まっていた。

 俺がその砂だらけの景色に寂しさから叫んでも、泣いても、吐いても、声も涙も吐瀉物も全部砂粒の中に飲み込まれて行って、変わらぬ風景の中で走っても転がっても砂しかないような状態に俺は飽きて、諦めて、砂漠から抜け出すのに疲れてしまい、掘って出てくる何かに安らぎを見つけて延々とそこで夢想しているような状態だった。

 埋まっている遺物は俺を慰める糧だった。



 かたやへベスは硬い金属で出来た箱で、凄く硬そうな見た目に反して内側は腐食を受けやすかったのかもしれなかった。あるいは存在しうる金属が周囲の環境によって当たり前に受ける反応なのかもしれなかった。
 へベスの内側はぴっちりと目の細かい方眼紙が敷き詰められて、全てのものが寸分狂わない立方体が収まっているかのようだった。

 薬種問屋というへベスの家の家業も彼を形作るのに大きく影響しているのかもしれなかった。種類だけでなく薬効や処方も細かく分類され、予期せぬ副作用や事故が起きた時も困らぬように手順を定義して、全ての工程が滞らないように流れるように配置されている。

 判断も処理も無駄なく効率的に行われるへベスの中で、出会った巫子は、その処理図フローチャートの中で処理しきれない初めての遺物だったに違いない。

 巫子が亡くなったせいなのかその過去は黒く塗りつぶされ、切り離されて、へベスの箱の一番奥底に置かれている。


 そういう風に見えてしまうのは俺の持つ巫子の力なのか、単なる思い込みなのかは分からなかった。


 へベスの奥底に置かれた箱の中には激しい怒りと悲しみが渦巻いて、逆流しないフローチャートのルールに逆らってそれを塗り替えようとする。
 怒りは最も持続しやすい感情だと云うから。

 へベスはそこに一枚の紙を置く。
 紙に薄く記されているマス目が赤黒く塗りつぶされていく。へベスが流した血のようにも見えた。
 
 細かい方眼のマス目は、赤黒いダリアの花を形作ったように見えた。レベリオの国花。
 国の戦争でへベスは傷ついたから。
 へベスはそれを切り落とす。そしてどこかへ投げ捨てる。

 そうすることで湧き上がった怒りを、思い出す怒りを減らしているようだった。

 そして俺の砂の箱は、更にその上にあって、へベスの頭上からあちこちに砂をばら撒いていた。へベスの髪の間を滑り、彼の眼鏡を曇らせ、彼の肩も手も細かい砂埃で汚していた。

 彼は砂を払う。方眼の紙の上は一度綺麗になる。そこに俺がまた砂をこぼしてしまう。へベスの奥底に置かれた黒い部分が見えなくなるほど砂で汚してしまう。

 きっと俺がやることなすこと全て、へベスにとっては綺麗な事からは程遠い砂を払うような出来事だったのだろう。
 ただ俺に時間を費やすことで自身に目を向ける時間を減らす。


 俺が砂を落とさないようにすると、黒い物はまた露になってしまう。
 へベスは下から俺の箱を揺する。

 ゆする、ゆする、ゆすってへベスは砂まみれになる。現在おれに集中することでへベスは過去を見ないようにしていたよね?違うのかな…。

 
 上から降ってくるのは砂だけではなかったのだろう。俺が落とした涙の滴がへベスの眼鏡に当たったのかもしれないし、砂に塗れた吐瀉物の汚れに気がついたのかもしれなかった。

 へベスは砂の箱を揺らす事に疲れたのかもしれない。

 へベスがどれだけ揺らしても俺の砂は空っぽにはならないし、へベスが準備した綺麗に仕切られた箱の中に収まらないから。血が滲む傷が癒えもしないから。

 俺の手はへベスの傷を押さえもせずに、へベスを踏みつけたまま、俺のはるか頭上にある別の箱に手を伸ばして淡く漂ってくるオレンジの香りに酔って、銀の腕輪をはめた手でへベスの傷を掻きむしったよね。


 ごめんね、へベス。酷いことをして。


 へベスは黒い部分を無くせない。俺は手を伸ばすことをやめれない。俺達はお互いが一番では無い事がわかりすぎていて、互いの両足に鎖を絡めて違う方向へ進もうとしているみたいだった。そして今ついた傷を舐めあっている。


 俺はへベスの身体に口付けてそう感じたけれど、へベスの想いは同じかどうかわからなかった。全部俺の思い込みで俺達の間には何もなくて、明日目覚めた時にもしへベスが辞表を出して去ってしまったらどうしようと云う恐れがあるだけかもしれなかった。

 だから俺はへベスの機能しない石の身体に口付けながら、俺を置いていかないでと願った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...