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心象風景
しおりを挟むへベスの部屋で過ごした夜を何て表現すれば良いのか。表現なんてしなくても良いのかもしれないけれど、俺はそこで一夜の間にへベスと俺の違いを客観的に見ていたのかもしれなかった。
自分を箱に例えるのも変だけど、俺は由緒の分からない適当な素地で出来た脆い箱で、中には砂がいっぱい詰まっていた。過去も現在も未来も全部砂だった。
適当な所を掘ると、そこには誰のものかも分からない別人の記憶がぼろぼろと散らばって埋まっている。
錆びて使えない物も有れば、七色に輝いて見ているだけで幸せになれる物もあり、俺が生きて行くために必要な物も時々砂を掻けば埋まっていた。
俺がその砂だらけの景色に寂しさから叫んでも、泣いても、吐いても、声も涙も吐瀉物も全部砂粒の中に飲み込まれて行って、変わらぬ風景の中で走っても転がっても砂しかないような状態に俺は飽きて、諦めて、砂漠から抜け出すのに疲れてしまい、掘って出てくる何かに安らぎを見つけて延々とそこで夢想しているような状態だった。
埋まっている遺物は俺を慰める糧だった。
かたやへベスは硬い金属で出来た箱で、凄く硬そうな見た目に反して内側は腐食を受けやすかったのかもしれなかった。あるいは存在しうる金属が周囲の環境によって当たり前に受ける反応なのかもしれなかった。
へベスの内側はぴっちりと目の細かい方眼紙が敷き詰められて、全てのものが寸分狂わない立方体が収まっているかのようだった。
薬種問屋というへベスの家の家業も彼を形作るのに大きく影響しているのかもしれなかった。種類だけでなく薬効や処方も細かく分類され、予期せぬ副作用や事故が起きた時も困らぬように手順を定義して、全ての工程が滞らないように流れるように配置されている。
判断も処理も無駄なく効率的に行われるへベスの中で、出会った巫子は、その処理図の中で処理しきれない初めての遺物だったに違いない。
巫子が亡くなったせいなのかその過去は黒く塗りつぶされ、切り離されて、へベスの箱の一番奥底に置かれている。
そういう風に見えてしまうのは俺の持つ巫子の力なのか、単なる思い込みなのかは分からなかった。
へベスの奥底に置かれた箱の中には激しい怒りと悲しみが渦巻いて、逆流しないフローチャートのルールに逆らってそれを塗り替えようとする。
怒りは最も持続しやすい感情だと云うから。
へベスはそこに一枚の紙を置く。
紙に薄く記されているマス目が赤黒く塗りつぶされていく。へベスが流した血のようにも見えた。
細かい方眼のマス目は、赤黒いダリアの花を形作ったように見えた。レベリオの国花。
国の戦争でへベスは傷ついたから。
へベスはそれを切り落とす。そしてどこかへ投げ捨てる。
そうすることで湧き上がった怒りを、思い出す怒りを減らしているようだった。
そして俺の砂の箱は、更にその上にあって、へベスの頭上からあちこちに砂をばら撒いていた。へベスの髪の間を滑り、彼の眼鏡を曇らせ、彼の肩も手も細かい砂埃で汚していた。
彼は砂を払う。方眼の紙の上は一度綺麗になる。そこに俺がまた砂をこぼしてしまう。へベスの奥底に置かれた黒い部分が見えなくなるほど砂で汚してしまう。
きっと俺がやることなすこと全て、へベスにとっては綺麗な事からは程遠い砂を払うような出来事だったのだろう。
ただ俺に時間を費やすことで自身に目を向ける時間を減らす。
俺が砂を落とさないようにすると、黒い物はまた露になってしまう。
へベスは下から俺の箱を揺する。
ゆする、ゆする、ゆすってへベスは砂まみれになる。現在に集中することでへベスは過去を見ないようにしていたよね?違うのかな…。
上から降ってくるのは砂だけではなかったのだろう。俺が落とした涙の滴がへベスの眼鏡に当たったのかもしれないし、砂に塗れた吐瀉物の汚れに気がついたのかもしれなかった。
へベスは砂の箱を揺らす事に疲れたのかもしれない。
へベスがどれだけ揺らしても俺の砂は空っぽにはならないし、へベスが準備した綺麗に仕切られた箱の中に収まらないから。血が滲む傷が癒えもしないから。
俺の手はへベスの傷を押さえもせずに、へベスを踏みつけたまま、俺のはるか頭上にある別の箱に手を伸ばして淡く漂ってくるオレンジの香りに酔って、銀の腕輪をはめた手でへベスの傷を掻きむしったよね。
ごめんね、へベス。酷いことをして。
へベスは黒い部分を無くせない。俺は手を伸ばすことをやめれない。俺達はお互いが一番では無い事がわかりすぎていて、互いの両足に鎖を絡めて違う方向へ進もうとしているみたいだった。そして今ついた傷を舐めあっている。
俺はへベスの身体に口付けてそう感じたけれど、へベスの想いは同じかどうかわからなかった。全部俺の思い込みで俺達の間には何もなくて、明日目覚めた時にもしへベスが辞表を出して去ってしまったらどうしようと云う恐れがあるだけかもしれなかった。
だから俺はへベスの機能しない石の身体に口付けながら、俺を置いていかないでと願った。
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