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ネフェシュの巫子
しおりを挟む何か事が起きる時、取り残されたように感じる時がある。周りがあまりにも早く動いて行くので、戸惑っている間に全て段取りがなされてお膳立てが終わっているのを後ろから眺めている感じだ。
「今夜はお一人でも大丈夫ですね?」
へベスは俺の背を軽くぽんぽんと叩いた。へベスはこれからネフェシュの巫子が収容された黎明宮に向かう。
アルテア殿下が外遊の前に、ネフェシュで不幸な境遇だった巫子を保護されてレベリオにお連れされたのはつい先日の事らしい。
その方はまだ幼い事もあって側付きには甘えられる方が良かろうと、俺が面接で会ったイレーヌさんが就かれることになったそうだ。
ところが彼女が着任早々に巫子が癇癪で大暴れをして花瓶だか器だかを投げつけて、イレーヌさんに怪我をさせてしまったらしい。
環境が変わり、周りにも知らぬ者ばかりと云う事があって巫子は気が触れた山猫のように暴れちぎって、呼ばれた軍医が鎮静剤の注射を打って大人しくさせた…なんて話を聞かされた。
俺なんかがそんな話を聞いて良いのかと思ったのだけれど、言うのがへベスだからまぁ、良いんだろう。
痛みで暴れたり錯乱した者に対処する事に慣れている軍医が対処したけれど、何分高齢である。俺を診てくれたあの老医師らしいんだけど。始終癇癪を起こすネフェシュの巫子にずっとつきっきりでいるのは大変であろうと、そこで白羽の矢が立ったのがへベスらしかった。
レベリオは大きい国のなのに医者の数は少ないのかな?
へベスが最初にお世話した巫子がなかなか破天荒だった事を殿下はご存知だったし、そしてへベスが病気の巫子のお世話の経験もある事から週のうち何日かは黎明宮へ行く事になったのだ。
この急な話は、俺とへベスにとっては良いように思えた。俺とへベスはお互いの距離を少し測りかねていた。
へベスはあまりに俺の近くにいると、俺を全て自分のものにしなくてはならないような凶暴な衝動に駆られる時があり物欲なのか所有欲なのか性欲なのか分からぬ強い欲望で俺を踏み躙りそうになるのが怖いと言った。実際俺に手枷をつけて俺を組み敷いてあられもない姿を晒させ、恥ずかしい言葉で哀願させたりしたけれど。俺に優しくしたいのに酷いことをしてしまうと後悔していた。
そして俺が嵌めたゼルドさんの腕輪を見ると激しい自己嫌悪に陥るとへベスは言った。
俺が星養宮に収められた宝石のように、自分の物ではないと思えた方がきっと貴方を大切に出来ますと言われると、俺が何か意見を言えるはずがなかった。
俺は卑怯なので、優しくされたいし、へベスに傷ついて欲しくないと思っているからだ。
へベスの一番になりたいわけでもないのに、彼に何もかも投げ出して俺の足元にひれ伏せなんて言えない。
へベスがネフェシュの巫子の元で過ごす時間が増えるほど、俺の空白の時間も増えるはずだったのだが、そこはどういう取り決めがなされたのか、俺は護衛をつけた形での学校での授業の『聴講』を殿下から許されたようだった。
生徒ではないので、受講という形ではない。生徒が取り組む課題や会話に参加するわけでなくレポートを提出するわけでもなく、ただ話を聞くだけなのだ。
講義室を見下ろせる聴講室という場所からそーっと見聞きするのは、小鳥か栗鼠が木々の間から下を覗くような気分だった。
聴講していて分からない事があると、紙に質問を書いて置いて行く。後日、早い時はその日の夜までに返答が書かれた紙が星養宮に届けられる。
護衛の方がシェスさんと、その知り合いの方の場合は少し会話もあるんだけど、そうじゃない時は挨拶と定型句だけで会話は終わってしまう。
「そのような指示は何も伺っておりません」「それは存じませんでした」「結構でございます」「お時間です」「参りましょうか」…あれ?俺今日講義以外でこれ以外の言葉を何か聞いただろうか?と思う日もある。
セルカの荒野を歩いていた時は、誰に会う事もなく誰とも一言も交わさずに一日が終わってしまう事もあった。でもこんなにたくさんの人が目前にいるのになんで会話がないんだろうと思わないでもなかった。
そう少し寂しいような気になりながら、気が楽なのも本当だった。
護衛の方と何を話して良いか全然分からなかったからだ。
シェスさんだと「あのくそつまらん講義をよく90分も聞いていられますね。自分の重みで尻が割れそうです」と真面目な顔で耳打ちして俺を吹かせたり、「あの講義の復習にはあの本が良いですよ」とためになる事も教えてくれた。聞けば学校の卒業生らしい。
シェスさんが組む相手によっては、全く会話のない日もあるんだけど、彼の目はいつも好意的だった。
逆に俺に慇懃と慇懃無礼の違いを分からせるような目つきだったのがアレックスさんとルゥカーフだった。ルゥカーフなんか、さんなんて敬称付けなくていいや、あんな奴。
慇懃っていうのはとっても丁寧な事で、でもルゥカーフの場合は動作や言葉の端々に『巫子と言いながらこの程度か』っていう彼の思惑が滲み出ていてなんだか嫌だったんだ!!
俺が護衛を選べる訳じゃないし、護衛してもらっている手前文句なんて言えないんだけどね。
ヘベスがいない日々はそんな感じだった。
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