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ミドルネーム
しおりを挟むしばらくの間ヘベスの替わりにリチャード・ハイグを付けるという案内が、アルテア殿下から俺にも届いた。
警備についた事のある者から選任したと書かれていたんだけど、リチャード、ハイグどちらも聞き覚えがなかった。
食事はマウロさんがいるし、洗濯と掃除は通いの人がいるし、俺は風呂の世話人とかいらないし、星養宮に来客とかないんだからお付きの人はいらないと思うんだけど。
でもいらないって言って、ヘベスがずっとハティ付きになってしまうのも嫌だ。
あぁ悶々とする。
確かアルテア殿下に仕える強化兵の方はシスエス姓を名乗るはずだったような。と言う事は殿下の直属ではない方なのか。強化兵ではない方なのかな。
どちらにしろ優しそうな方だといいなぁという俺の淡い希望は、手紙をもらった翌日の午後に打ち砕かれた。
昼食後、護衛官の黒い制服ではなくセルカのエバーグリーンより暗い深緑の丈の長い上着が見えた。それを着た男が振り返り、前髪を上げたルゥカーフの顔を見た時、思わずあれっ?と言ってしまった。
「そこはあれ、などと言わずにいて欲しいですが、歓迎されようがされまいがすることは同じですからね」
面白くなさそうな顔つきのルゥカーフを前に俺は混乱していた。
「あの、今日は別に外出する予定はないけど…?」
「本日は護衛官としてではなく、巫子の側付きの代理として参りました。王子宮で負担していた業務のうち手紙などの処理を行う予定ですので私信室をお借りします。15時に食堂にお茶を準備させておきます。今までと同じように19時に夕食、22時に入浴でよろしいですね?
入浴は本日はお一人で、介添えが必要な場合は王子宮に依頼して明日以降に人を送ってもらうようにします。本日お伝えすることは以上です。質問はおありですか」
まさか一人で入れないとは言わないよな、とルゥカーフの目は物語っていた。仕事の邪魔をするなよと書いてあるような顔だ。
「あの、側仕えにはリチャード・ハイグという方が来られるときいていたんだけど…」
「私です。ルゥカーフはミドルネームです」
リチャードが五人も六人もいて紛らわしい事から書類上はリチャードだけれど、呼称は便宜上ミドルネーム呼びされているらしい。
確かに間違えようのない変わった名前だもんね。
ルゥカーフの足元には大きな箱があり、中身が全て巫子宛の手紙だと聞いて驚くしかなかった。
ヘベスが返事を書いていたのは知っていたけど。こんなにあるなんて。
「重要度の高い手紙は王子宮で処理されています。こちらは私が中身を検分しますが、いくつかは目を通していただく必要があるかもしれません。他に、何か質問は?」
圧倒されちゃって首を横に振ると、彼は目を細めた。
「ある、なし、をはっきり仰るようにして下さい。無言や曖昧な態度はおやめいただけませんか?」
俺は無言で頷きそうになって慌てて「う、うん。ないよ」と返事を絞り出した。
彼は極めて事務的にお茶と食事の時間に呼びに行く必要があるかと尋ね、夜まで殿下の指示通りに勉学を進め、館外に一人では出ないように言い含め、購入の必要なものがあれば今日は準備できないから口頭ではなく紙に書くようにと言って、荷物を持ってさっさと行ってしまった。
ルゥカーフの暗記したような無味乾燥な話し方に俺はあっけにとられた。
二階へ向かう階段を駆け上がりたくなるような、猛烈な恥ずかしさが襲ってきた。
新しく配置される側仕えに何を期待していたのか遅まきながら自覚したからだ。
仕事のためにこの宮に来る人に、優しさを求めていた。
巫子と呼ばれる存在が無条件に献身的に尽くされ大事にされるわけじゃない。
ルゥカーフの態度はほんの短い間に俺にそれを理解させた。
みんなに優しくされて勘違いしていた。
俺は自分のことを厄介者の居候ぐらいの気持ちでいないとだめかも。
巫子らしいことなど何一つしていないんだから…。
部屋に戻って本を開くけれど、もう少し話しやすそうな方が来てくれたら良かったのにと思わずにいられなかった。
ミドルネームって、親しい人が呼ぶもんじゃなかったっけ?
俺には無いからわかんないけど…。
なんて呼べば良いんだろう?
ルゥカーフさん?
リチャードさん?
ハイグさん?
護衛官としてついてもらっている時は名前を呼ぶことなんてなかったからなぁ…。
便宜上ミドルネーム呼びされているのなら、それにしておけばいいか…。
未だに自室だと思えない豪華な部屋で、俺は深々とため息をついた。
ふわふわクッションを抱えてアルコーブベッドに逃げ込みたい。
手が届く範囲に必要なものがあるような小さな部屋で落ち着きたい。そんな気持ちでいっぱいだった。
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