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手紙
しおりを挟む誰かから手紙をもらうのは初めてなんじゃないかと思う。
クレオさんが帰る前に渡してくれた王子宮からの手紙の目録と、インフェリス公爵家からの手紙があったけど、どちらも俺を知っていて出した手紙じゃないもんね。
あの手紙は俺宛っていうよりは巫子あてのものだったから。
ファルカ様から届いたセルカの色の深い緑色の封筒には金色のアデニウムの花が描かれていた。
封が切られているのは残念だけれど、俺はいそいそと手紙を取り出した。
便箋も繊細な縁取りが金色だ。
セルカ語で書かれた手紙。俺宛の手紙。
礼儀正しい時候の挨拶から始まって、ご機嫌伺い、レベリオの協力のおかげで古井戸の保全が滞りなく進んでいること、必要な物があれば送るから遠慮なく言うようにと書かれて、最後はまた折目正しい挨拶で締め括られていた。
俺は目を細めて読み返して、それから便箋を陽に透かし見たりしてみた。
緑の封筒の中には何も残ってはいない。
ファルカ様の名前が記された手紙だけれど、ファルカ様を思い出させるようなものは何もなくてそれはただの手紙だった。
手紙をもらった喜びがしんなりと溶けた。
こういうのって、もっともらうと嬉しいものだと思っていた。
ただ、よく考えるまでもなくファルカ様と俺って、友達でもなんでもないんだよな…。
忘れる所だった。
一国の王子と孤児だよ。
気にかけてもらえることを感謝しなくちゃいけない。
レベリオに来てから大事にされすぎて、感覚がおかしくなっちゃったんだよな。
怠惰に過ごしすぎてる。今更ながらファルカ様の言葉を思い出した。彼は何と言ったか。自由に過ごせとは言わなかった。『お前が、セルカの巫子として立っていてくれれば、誰もオレ達の国を踏みにじれない。頼むセルカの巫子として、レベリオでアルテア殿下にお仕えしてくれ』
俺は自堕落に過ごして、巫子として尊ばれるようなことは何一つしていないし、アルテア殿下のお役に立つようなことも何一つしてはいなかった。
アルテア殿下のもとで色んなことを学んで、いつか教えてくれと言われたのに。
約束をしたのに、なんて簡単に忘れてしまうんだろう!
俺はファルカ様にお伝えできるような何かを学んだだろうか?
文学館で本だって借りれるようにしてもらったのに読書はさっぱり進んでいないし、絵だって全然描けていなかった。それに聴講で聞いたことも身になっているかといえば、質問のやり取りはしたもののそれがいつかセルカの為に役に立つ事項かと聞かれれば、何の役にもたたなさそうなものばかりだ。
俺、だめなんじゃない?
相当だめなんじゃない?ゼルドさんやへベスのことに恥ずかしいぐらいに想いを募らせすぎて。
堕落してやるって、一度は思いはしたけれど別にあれは本気で堕落しようと思ったわけじゃない。
あの時は、俺をレベリオに連れてきながら、俺を放り出して二年間も他所へ行ってしまうアルテア殿下のことが理解できなくて、そのくせ当たり前のように好意を要求されることに…腹を立てていた。
首にかけられたペンダントは、見ると苦い気分が湧き上がるのであまり見ないようにしていた。頂き物なのにいつまでたっても犬の首輪のようにしか思えなくて。
気がつけば触れているのは銀の腕輪だった。
聴講の時も、ぼーとしている時も、俺の手はそこに触れていた。
ゼルドさんがレベリオの王だったら良かったのにと、俺はたわいも無いことを思った。
そうしたら俺は全身全霊を尽くしただろうに。何ができるわけでも無いのに、そんなことを考えた。
俺は部屋の隅の小さな文机に向かい、セルカの言葉で返事書き始めた。
挨拶と、レベリオで良くしてもらい何不自由なく暮らしていることを。差し当たって必要なものはないと。
それから時期的に収穫祭間近だったから別の紙に交差するナツメヤシと麦の束、その真ん中に太鼓を描いた。
先代が元気な頃はこういう絵のカードをいっぱい描いていた。下手な絵でも褒めてくれた。縁起物として贈るんだよ。俺が人に贈れるものなんてこんなものしかない。
俺は部屋の隅から、今使ってるこの部屋を見回した。星養宮のこの美しい部屋に、俺のものなんて何一つないんだ。
ファルカ様から届いた手紙は緩みきった俺にそれを思い起こさせた。
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