異端の巫子

小目出鯛太郎

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枯れず萎れず

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 後日シェスに辞令が下って、彼は正式に俺の護衛になった。
 誰かが側にいる時はこれまで以上に堅苦しい感じで接してくるし、逆に二人しかいない時は、砕けて友達みたいな口調や態度になったりした。

 性格の違うシェスが二人いるみたいななんだか変な感じだ。

「こういうのは対面が大事なんですよ」
 と新たに与えられた護衛官の白い制服を着崩すことも無い。

 きりりとした眼差しで窓の外を睥睨する姿は絵画的で格好が良かったのにその時考えていた事は「今日の晩飯なにかなぁ」だったらしい。

 考えていることなんて判らないから、真面目な姿だと近寄りがたいなぁ…なんて思っていたのに。

 ある意味分かりやすくもあった。シェスが俺の大好きなアルコーブベットを占領していたり、俺のベッドに突っ伏している時は、俺は遠慮せずにふざけたり甘えたりできた。


 シェスの中では明確な線引きが出来ているみたいで、ヘベスが星養宮に来る前日と当日はふざけることはあっても俺と寝たりはしなかった。

 ヘベスはと言えば何事もなかったかのように振る舞い、取り仕切り、必要な教養を俺に教え、人形に服をあつらえるように俺の服を用意し、俺に着せかけた。

 シェスが気をつけているから、俺の首や身体の見えない所にキスマークが残っていて気まずいなんて事はない。
 俺の身体に残るシェスの残り香で、ヘベスが眉を寄せるなんて事はない。

 ヘベスと関係があったことが幻のように思えた。
 部屋から出ようとする背中や、揺れる三編みを見ると猫のように飛びつきたくなるのに、シェスにするようにヘベスにじゃれかかることは、あの日から難しくなった。


「エヌは難しく考え過ぎじゃないか?欲しいものがあれば物であれ人であれ権利として要求すれば良いのに」

 
 俺が文机に向かって書き取りの練習をしているとシェスは背後に立って俺の手元を覗き込んだ。


 今書いているのは、手紙に使うような巫子の装飾文字だ。書く字体によって使うペンも違う。ペン先の形が違う事で傾けたり紙に水平に寝かせてりすると字幅がリボンのように幅広になったり糸のように細くなる。
 これは手本が秀逸で美しく絵を描いてるみたいで楽しい練習だった。


 俺の伸びた後ろ髪を逆立てるように撫でながらシェスは言った。


「真面目に練習しちゃって。巫子としてこんな場所に軟禁されてるぶん、もっとわがままになれば良いのにさ、損な性格だよな」


「え…これ楽しいよ。俺、なんの役にもたってないのに衣食住の面倒も見てもらえているし。勉強もさせてもらえてるし…破格の待遇だと思うんだけど。それに欲しい物を要求って言ったってさ…」

 欲しいものが何も思い当たらなかった。


 例えば、例えばだけど。もしゼルドさんを欲しいと言ってそれが叶ったとしても俺は、護衛官として欲しいわけじゃないもんな。
 それに、彼が頷くはずもないだろうし。

 もしも叶うならこ、恋人とか…ずっと一緒にいられるなら家族みたいな。え?そうするとお嫁さん…?お、お婿さん…?こんな事を、考える自分が、恥ずかしい。
 俺はにやける顔を晒すのが恥ずかしくてふいと視線をそらした。


「あーあ。エヌが考えていること丸わかりだ」
 犬か猫を可愛がるようにシェスは俺の頭をぐしゃぐしゃとかき乱した。


「あー!字がぐちゃぐちゃになっちゃうよ。やめてよ~」


 シェスはインクの蓋を素早く閉めて俺の手からペンを取り上げてしまった。


「欲しいもので、あいつのことを思い浮かべただろ?最初は側にいられるだけで幸せとか思うんだけどなぁ」

 これはされると凄く驚くんだけど、シェスは座っている俺の身体をするっと抱き上げた。
 座って揃えた膝を引き寄せられ、首か背中を支えるようにするっと腕が絡むんだけど、それを息をするより自然にやるんだから。

「笑ったり喜んでくれる顔を見れるだけで幸せだと思うのに。誰より信頼されてるとか思って幸せだったのに違うんだよなぁ。好きの方向性が違ってくると。あ、エヌの事は好きだぞ、こういう意味で…」

 横抱きに運ばれてベッドの上でキスをされる。まだ明るいのに。
 
 比べるのもおかしいけどヘベスの時は時間割通りに勉強してたのに。シェスは明るい時に不意打ちみたいにこうして俺をベッドに誘う。
 

 ルゥカーフは星養宮に来るときは私信室に籠もりきりで、俺の部屋に上がってくることはない。ルゥカーフが来ている時は、ヘベスに鉢合わせることもない。
 それを見計らってシェスは、俺の部屋に来るみたいだった。

 といっても邪魔ばかりするわけではなく、現役の王宮警護官だったこともあり政治経済や国際関係の事、人事については、詳しくて良い先生でもあった。


「…シェスは王宮にいたほうがあの人と一緒にいられたんじゃないの?」

 事が終わったあとにベッドに転がりながら聞くとシェスは汗ばんだ肌のままのしかかってきた。

「自分の手に入らないものをずっと眺め続けるのに疲れたのかもしれないな。側にいるのにキスもできない。抱きしめることも、愛を囁くことも出来ない。もしかしたら気持ちが通じるかもしれないっていう期待と不安と恐れの間で悩み続けるのは辛いんだよ。それに一番好きだったのは…」

 シェスは、俺の首の後ろに唇を押し付けていく。背筋を辿って脇腹までさがり、そこで身体ごところりとひっくり返された。

 俺って日焼けしてたから顔や手足は割と黒かったんだけど腹と下腹部は自分でも驚くくらいに白い。
 
 白い肌の腹筋があるかどうか微妙な薄い境目にシェスはゆっくり舌を這わせた。

 シェスが好きなのは少年の頃の彼だから。たくましい筋肉の盛り上がりや、縄筋のような割れ目よりも今の俺みたいな身体が、好きみたいだった。
 
 俺自身はもう大人だと思ってるんだけど、レベリオの成人と比べると確かに背も横幅も負けちゃうし。ほっそりして見える。

 日焼けの境目もときめく…なんて言われるとどう反応して良いか分からないけれど。シェスの求める少年らしさというものが俺にあるうちはたぶん必要とされるのかな、と思う。

 俺自身はと云えば、シェスの固い胸板に顔を埋めたり熱い体温に包まれていると幸せな気分に浸れた。それに、その……後ろからしてもらってあの声で囁かれると切なさと劣情で簡単に燃え上がった。

 誰かを傷つけても、他の人と寝ても思いは枯れず、萎れず、暦の上の日は淡々と過ぎていった。
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