65 / 70
再会
しおりを挟むこんな形でロベリオに会うことになるなんて、思いもしなかった。
渋るルゥカーフには、これは巫子として早急に片付けなければいけない問題だし、巫子の誇りの問題だよとごねた。殿下や巫子が狭量だと思われるのは許せないし、一人では何もできない巫子だと思われるのも心外で度量の広さを見せつけてやらなくちゃと、心にも無いことを言った。
ルゥカーフ殿下の不興をかいそうなことは嫌なようだったけれど、俺が珍しく熱心に訴えると折れてくれた。
上目遣いで訴えるのはもしかして効果あるのかな…。
シェスは「こんな面倒ごとに好き好んで顔を突っ込まなくても良いのに」と小声で俺に囁いたけれど、なんだか面白がっているように見えた。
案内された学舎の中の懲罰房は、驚いたことに本当に牢屋だった。牢屋を見たことがない人でも思い浮かべるような石壁に石床の簡素な作りで、通路に面している部分には鉄格子があった。
学舎の縦に長い半地下通路の一番奥にロベリオの牢はあるらしく、他に収監されている者は誰もおらず先に確認に行ったルゥカーフは、何とも言えない顔で戻って来た。
「巫子…あのような者は一生放置しておいても構わない気が致します。むしろ目が汚れます…」
ルゥカーフなら激昂するかすっぱり断罪の言葉を述べそうなのに、呆れているように見えた。
「そんなわけにはいかないでしょう?ロベリオはどうしているの?」
次はシェスが覗きに行った。もう、そんなてんでんばらばらに行かなくったって、皆で行けば良いのに。
シェスは、その場で肩をすくめて俺の方を振り返った。
「今回はルゥカーフに同意かな。こういう奴は一生この場所でも困らなそうですね。エヌ様がお許しになる事も会う必要も感じないんですが…」
シェスが手招くので、俺は足音を潜めて近づいた。
廊下を挟んで両脇にある牢の作りはどれも一緒だったけれど、ロベリオのいる牢の石壁にはたくさん紙が貼ってあった。
数式や方陣や何か思いついた物を書き殴ったよくわからない図や、人物の素描。
その素描の何枚かは…その、俺に似ていて、その…俺より綺麗なくらいに描かれていてシャツの前がはだけていたり、際どい場所が花とか葉っぱで隠されていたり、半裸で艶かしかった。
なんてものを描いて飾ってるんだ。破廉恥なってちょっと回れ右して逃げたくなった。
床や机には天井につきそうな程本や何が入っているかわからない箱が積み上がり、木の机の上には誰が差し入れたのか美味しそうなパンや果物の入った籠まである。
そして肝心のロベリオは。
ベッドに大の字で寝ていた。
多分耳栓をして、顔の上には開いた本が乗っている。『乱れた薔薇は我が手に』なんて題名の本が、学術とか研究とかの本であるはずがない…。
もしあれが薔薇栽培の園芸の本だったら、裸踊りをしてもいい…。かけてもいいや。
懲罰房っていうから、もっと暗いじめっとしたものを想像していたのに。全然違っていた。
むしろこれだったら、セルカにいた頃の俺より断然良いよ。快適だよ。天国だよ。俺だってここで暮らせちゃうよ。
罰になっていない。全然罰になっていない!!
俺は鉄格子を掴んだ。扉の部分には鎖がかけてあって、牢の内側に大きな錠前が取り付けてあった。…外から開けられないように。
こんな場所に立て篭もって何を考えているんだか。
「こら、ロベリオ起きろ!」
思わず言ってしまった。
ううん、巫子様ぁむにゃむにゃぁってロベリオは俺の声に応えるようにしてころんと寝返りをうった。本がばっさりと落ちる。
「起きないか、不敬であるぞ」
ルゥカーフが棒読みで言った。うん。怒る気もなくなっちゃうよね。
「うぅん…」
ロベリオはベッドの上で枕と布団に頬擦りしている。
なんだろう。これ。俺はおちょくられに来たんだろうか?いや、あの真面目そうなクロックス君がそんなことに加担するわけないし、これはやっぱりロベリオが変なんだ。なんだか本当にこのままで良い気がしてきた。
「これでは埒があきませんから、起こしますよ。エヌ様、鉄格子から離れてください」
俺が後ずさって鉄格子から離れると、シェスがため息をついて指を軽く捻ったように見えた。
何か小さな物が勢いよく飛んだ。
ロベリオが耳を押さえて飛び上がる。落ちた物がカラカラと床の上を滑る音が遅れて聞こえた。
「いってぇぇ!くそ!!なんだよち…」
多分ロベリオは『畜生』とかなんとか言おうとしたんだと思う。その口の形のまま固まった。
半開きの口のロベリオの顔を俺は眺めた。ロベリオってこんな顔だったのかと思って。アルテア殿下の付けた黒い十字の痣はその顔にはなかった。
もっと傲岸不遜で嫌味な高慢な顔だと思っていた。
それなのに感じたのは不思議な慕わしいような懐かしさだった。なんの楽しい思い出も共有してなくて懐かしさなど感じる相手でもないのに。
「罪人の証」を消して癒せるのは巫子だけだ。あの時俺が治したのかぁとまじまじと見つめる。
動転して混乱して怯えて気を失ったから実感が薄かったんだよね。
ある意味、痣の消えたロベリオの顔が俺が巫子である証明とも言える。
「み、巫子様、巫子様!?」
ロベリオは慌てて身を起こし、ベッドから転がるように降りて石床の上に両膝をついた。
変な座り方だった。両方の手のひらを上にして、甲を床につけている。
「一応恭順の意を示す座位です。何を考えているか全く分かりませんが」
ルゥカーフがロベリオの格好を見て俺に教えてくれた。逆らったら両方の手を地面に釘打ちしても良いと示す服従姿らしい。
何か一言がつんと言ってやろうと思っていたのに、いざロベリオと向かい合うと何にも思いつかなかった。
言葉が出ない。
「巫子様お願いです。罰をお与えください。この背に巫子様の奴隷となる焼印を押してください」
「はぁ!?」
ロベリオの突拍子もない言葉は俺の思考をさらに停止させた。
真意も分からず、俺は言葉もなくロベリオを見つめるしか出来なかった。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる