異端の巫子

小目出鯛太郎

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再会

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 こんな形でロベリオに会うことになるなんて、思いもしなかった。

 
 渋るルゥカーフには、これは巫子として早急に片付けなければいけない問題だし、巫子の誇りプライドの問題だよとごねた。殿下や巫子が狭量だと思われるのは許せないし、一人では何もできない巫子だと思われるのも心外で度量の広さを見せつけてやらなくちゃと、心にも無いことを言った。
 ルゥカーフ殿下の不興をかいそうなことは嫌なようだったけれど、俺が珍しく熱心に訴えると折れてくれた。
 上目遣いで訴えるのはもしかして効果あるのかな…。



 シェスは「こんな面倒ごとに好き好んで顔を突っ込まなくても良いのに」と小声で俺に囁いたけれど、なんだか面白がっているように見えた。


 

 

 案内された学舎の中の懲罰房は、驚いたことに本当に牢屋だった。牢屋を見たことがない人でも思い浮かべるような石壁に石床の簡素な作りで、通路に面している部分には鉄格子があった。
 学舎の縦に長い半地下通路の一番奥にロベリオの牢はあるらしく、他に収監されている者は誰もおらず先に確認に行ったルゥカーフは、何とも言えない顔で戻って来た。



「巫子…あのような者は一生放置しておいても構わない気が致します。むしろ目が汚れます…」

 ルゥカーフなら激昂するかすっぱり断罪の言葉を述べそうなのに、呆れているように見えた。


「そんなわけにはいかないでしょう?ロベリオはどうしているの?」
 
 次はシェスが覗きに行った。もう、そんなてんでんばらばらに行かなくったって、皆で行けば良いのに。
 シェスは、その場で肩をすくめて俺の方を振り返った。


「今回はルゥカーフに同意かな。こういう奴は一生この場所でも困らなそうですね。エヌ様がお許しになる事も会う必要も感じないんですが…」

 シェスが手招くので、俺は足音を潜めて近づいた。



 廊下を挟んで両脇にある牢の作りはどれも一緒だったけれど、ロベリオのいる牢の石壁にはたくさん紙が貼ってあった。
 数式や方陣や何か思いついた物を書き殴ったよくわからない図や、人物の素描。

 その素描の何枚かは…その、俺に似ていて、その…俺より綺麗なくらいに描かれていてシャツの前がはだけていたり、際どい場所が花とか葉っぱで隠されていたり、半裸でなまめかしかった。
 
 なんてものを描いて飾ってるんだ。破廉恥なってちょっと回れ右して逃げたくなった。


 床や机には天井につきそうな程本や何が入っているかわからない箱が積み上がり、木の机の上には誰が差し入れたのか美味しそうなパンや果物の入った籠まである。



 そして肝心のロベリオは。

 ベッドに大の字で寝ていた。

 多分耳栓をして、顔の上には開いた本が乗っている。『乱れた薔薇は我が手に』なんて題名の本が、学術とか研究とかの本であるはずがない…。
 もしあれが薔薇栽培の園芸の本だったら、裸踊りをしてもいい…。かけてもいいや。





 懲罰房っていうから、もっと暗いじめっとしたものを想像していたのに。全然違っていた。

 むしろこれだったら、セルカにいた頃の俺より断然良いよ。快適だよ。天国だよ。俺だってここで暮らせちゃうよ。
 罰になっていない。全然罰になっていない!!

 俺は鉄格子を掴んだ。扉の部分には鎖がかけてあって、牢の内側に大きな錠前が取り付けてあった。…外から開けられないように。

 こんな場所に立て篭もって何を考えているんだか。



「こら、ロベリオ起きろ!」


 思わず言ってしまった。

 ううん、巫子様ぁむにゃむにゃぁってロベリオは俺の声に応えるようにしてころんと寝返りをうった。本がばっさりと落ちる。


「起きないか、不敬であるぞ」
 ルゥカーフが棒読みで言った。うん。怒る気もなくなっちゃうよね。


「うぅん…」
 ロベリオはベッドの上で枕と布団に頬擦りしている。
 なんだろう。これ。俺はおちょくられに来たんだろうか?いや、あの真面目そうなクロックス君がそんなことに加担するわけないし、これはやっぱりロベリオが変なんだ。なんだか本当にこのままで良い気がしてきた。


「これでは埒があきませんから、起こしますよ。エヌ様、鉄格子から離れてください」
 俺が後ずさって鉄格子から離れると、シェスがため息をついて指を軽く捻ったように見えた。


 何か小さな物が勢いよく飛んだ。



 ロベリオが耳を押さえて飛び上がる。落ちた物がカラカラと床の上を滑る音が遅れて聞こえた。

「いってぇぇ!くそ!!なんだよち…」


 多分ロベリオは『畜生』とかなんとか言おうとしたんだと思う。その口の形のまま固まった。


 半開きの口のロベリオの顔を俺は眺めた。ロベリオってこんな顔だったのかと思って。アルテア殿下の付けた黒い十字のあざはその顔にはなかった。
 もっと傲岸不遜で嫌味な高慢な顔だと思っていた。


 それなのに感じたのは不思議な慕わしいような懐かしさだった。なんの楽しい思い出も共有してなくて懐かしさなど感じる相手でもないのに。



「罪人の証」を消して癒せるのは巫子だけだ。あの時俺が治したのかぁとまじまじと見つめる。
 動転して混乱して怯えて気を失ったから実感が薄かったんだよね。

 ある意味、痣の消えたロベリオの顔が俺が巫子である証明とも言える。

「み、巫子様、巫子様!?」
 
 ロベリオは慌てて身を起こし、ベッドから転がるように降りて石床の上に両膝をついた。
 変な座り方だった。両方の手のひらを上にして、甲を床につけている。

「一応恭順の意を示す座位です。何を考えているか全く分かりませんが」
 ルゥカーフがロベリオの格好を見て俺に教えてくれた。逆らったら両方の手を地面に釘打ちしても良いと示す服従姿らしい。

 何か一言がつんと言ってやろうと思っていたのに、いざロベリオと向かい合うと何にも思いつかなかった。
 言葉が出ない。


「巫子様お願いです。罰をお与えください。この背に巫子様の奴隷となる焼印を押してください」

「はぁ!?」

 ロベリオの突拍子もない言葉は俺の思考をさらに停止させた。
 真意も分からず、俺は言葉もなくロベリオを見つめるしか出来なかった。
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