異端の巫子

小目出鯛太郎

文字の大きさ
66 / 70

寄る辺なし

しおりを挟む





 すっごく気まずいけれど、俺はロベリオと見つめ合った。どうしても俺を馬鹿にしきった奴らとの最初の出会いの苦々しさを思い出してしまう。


「とりあえず、その鍵を外して出なよ」
人を見おろしながら話すっていうのは相手が誰であれ性に合わなかった。


 ロベリオは顔を上げて真っ直ぐ俺を見た。意思の強さが黒く濃い眉に、勝気さが瞳に現れているような顔だった。
 手の甲を床につけたまま動こうともしない。


「巫子様に逆らいたくはありません。でもここを出ることは出来ない」

ふざけた様子のない硬い声だった。

「なんで?」
「…援助を打ち切られました。後見役も、もういません。ここを出るともう王宮の敷地に入ることができません」

 一瞬ロベリオの言葉に俺の思考は停止してしまった。学校…学舎に入るのって後見役がいるの?記憶の中でワインレッド色の高級な封筒が思い出された。インフェリス公爵家から俺宛に送られた手紙。あの手紙には後見役の事は書いてなかったけれど、ロベリオにまつわることで迷惑していると書かれていた。そういう貴族間のやり取りが何か関係しているのかもしれなかった。




「自分がしたことを思えば当然だと思わないか?」


 そう言ったのはシェスだった。
ロベリオが俺に泥玉をぶつけたのをシェスは直接見てはいないけど、その後に起きた事は知っているもんね。



「あの時は、本当に申し訳ございませんでした」

 横合いから口を出されたのが嫌だったのかロベリオは顔をしかめたけれど、直ぐに平伏した。

 


「市井の王子の土下座はなかなか絵になるねぇ」
 シェスの声に嫌味が交じる。普段俺をくすぐったりからかったりする朗らかなシェスが言うとは思えないような辛辣な嫌味だ。
 市井の王子ってそんなあだ名があるの?ロベリオには。ちょっと意味が分からない。今聞くとややこしくなりそうだから後でなんでそんな言い方をするのかシェスに聞こう。



「謝って済むこととは思っていません。本当に申し訳ございませんでした!あの時はどうかしていたんです。手紙にも書きましたが、飛空艇を否定されたと聞いて頭に血が登っていたんです。オレが馬鹿でした」



「手紙?飛空艇?」

 ロベリオが書いた手紙なんて俺は知らない。ルゥカーフの方を伺うと彼も首を傾げた。

 針で刺されたような表情をロベリオは浮かべ、彼が感じた困惑と失望、かすかな怒りが不思議に俺の中に流れ込んできた。
ルゥカーフも知らないということは、手紙が星養宮に届かないようにアルテア殿下が手を回したのだろう。


 飛空艇の事に関しては分からないけど、もしかしたらあの不格好さを笑ってもっと洗練された形になれば良いのにと言ったことが曲解されて伝わっているのかもしれなかった。ただ、そんな話題をロベリオに話す事が出来た相手はアルテア殿下しかいない。いや、ファルカ様が話した可能性もあるかな…?



 アルテア殿下とロベリオは、俺があの事件に遭遇する前から何かあったんだろうか。すぐそこに答えを持った相手がいるのに尋ねるのが躊躇われた。


「ロベリオが書いた手紙はお、私には届いてないよ」


 危ない危ない、また俺って言っちゃう所だった。今度は失望と何故か安堵が入り混じった表情でロベリオは俺を見つめた。万華鏡みたいにころころ表情がかわる。子供みたいに心に思っていることがすぐに顔にでる素直さが意外だった。

 
 セルカを出た後、しばらくの間周りにいた大人達がみんな心に思っていることを隠しているように見えたからかな。

 
 もし今ここに見えるロベリオの素直さが演技だったとしたら…そんなのは考え過ぎか。懲罰房に立て籠もってる行動自体がおかしいんだもん。



「…ここを出たら勉強が出来なくなります」


 俯いた顔の額から整った鼻筋にかけての線が、黒髪を含めた暗い色彩が、長い睫毛の下からこちらを伺う瞳が、全然別人に見えて俺は息が詰まりそうになった。


 なんだってこんな奴にゼルドさんの面影が重なって見えたのか。

 似てないよ!似てるはずがないよ!!せいぜいが暗い髪色くらいだよ。あまりにも会えなくてゼルドさん不足で、気の迷いで俺は暗い色に何か幻を見たのかもしれなかった。



「べ、勉強が出来なくなるのは嫌だよね」
 勉強なんてちっとも好きではないのに動揺して思わず口走ってしまった。



「学舎で勉強するには何か条件か資格がいるの?」
 俺の質問に答えてくれたのはルゥカーフだった。王宮の敷地内での学舎は誰でも学べるわけではなくて、ある一定以上の学力と身分を証明する保証人、しかも両親以外の身分のある保証人か後見役が必要との事だった。あるいはそれらのかわりになるような高額な寄付金が。


 え…あれ…。どうしよう。俺が学舎に通え無い道理だよ。親も無し、寄付できる資金も無し、俺の身分を証明してくれるような保証人もいない。セルカで一応保証してくれてるのかな…。

 焦りそうな俺に、巫子の身分はセルカとレベリオの王室が認めているとルゥカーフが囁いた。そして身分が低くても金さえあれば幾らでも在籍は出来るのだとルゥカーフは言った。


「オレは身分もお金も無いから、ここを出されたらもう勉強が出来ない。王宮の敷地にも入れなくなってしまう」


 俺は全く予想もしていなかったロベリオの言葉にどうして良いのか分からなくなってしまった。何かつまらぬ意地や当てこすりか何かで懲罰房に立て籠もっていたわけではないのなら、何か解決する手段を見つけてやっても良いんじゃないかと思えた。

 あの時の事を思えば、もっと怒ったり、無視したり、追い出したって良いはずなのに。


 すごく駄目な兆候だった。似ても似つかない今ここに全く関係の無いゼルドさんの面影がロベリオの上にちらついただけで、俺は本当にまともな思考を保てなくなるみたいだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...