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寄る辺なし
しおりを挟むすっごく気まずいけれど、俺はロベリオと見つめ合った。どうしても俺を馬鹿にしきった奴らとの最初の出会いの苦々しさを思い出してしまう。
「とりあえず、その鍵を外して出なよ」
人を見おろしながら話すっていうのは相手が誰であれ性に合わなかった。
ロベリオは顔を上げて真っ直ぐ俺を見た。意思の強さが黒く濃い眉に、勝気さが瞳に現れているような顔だった。
手の甲を床につけたまま動こうともしない。
「巫子様に逆らいたくはありません。でもここを出ることは出来ない」
ふざけた様子のない硬い声だった。
「なんで?」
「…援助を打ち切られました。後見役も、もういません。ここを出るともう王宮の敷地に入ることができません」
一瞬ロベリオの言葉に俺の思考は停止してしまった。学校…学舎に入るのって後見役がいるの?記憶の中でワインレッド色の高級な封筒が思い出された。インフェリス公爵家から俺宛に送られた手紙。あの手紙には後見役の事は書いてなかったけれど、ロベリオにまつわることで迷惑していると書かれていた。そういう貴族間のやり取りが何か関係しているのかもしれなかった。
「自分がしたことを思えば当然だと思わないか?」
そう言ったのはシェスだった。
ロベリオが俺に泥玉をぶつけたのをシェスは直接見てはいないけど、その後に起きた事は知っているもんね。
「あの時は、本当に申し訳ございませんでした」
横合いから口を出されたのが嫌だったのかロベリオは顔をしかめたけれど、直ぐに平伏した。
「市井の王子の土下座はなかなか絵になるねぇ」
シェスの声に嫌味が交じる。普段俺をくすぐったりからかったりする朗らかなシェスが言うとは思えないような辛辣な嫌味だ。
市井の王子ってそんなあだ名があるの?ロベリオには。ちょっと意味が分からない。今聞くとややこしくなりそうだから後でなんでそんな言い方をするのかシェスに聞こう。
「謝って済むこととは思っていません。本当に申し訳ございませんでした!あの時はどうかしていたんです。手紙にも書きましたが、飛空艇を否定されたと聞いて頭に血が登っていたんです。オレが馬鹿でした」
「手紙?飛空艇?」
ロベリオが書いた手紙なんて俺は知らない。ルゥカーフの方を伺うと彼も首を傾げた。
針で刺されたような表情をロベリオは浮かべ、彼が感じた困惑と失望、かすかな怒りが不思議に俺の中に流れ込んできた。
ルゥカーフも知らないということは、手紙が星養宮に届かないようにアルテア殿下が手を回したのだろう。
飛空艇の事に関しては分からないけど、もしかしたらあの不格好さを笑ってもっと洗練された形になれば良いのにと言ったことが曲解されて伝わっているのかもしれなかった。ただ、そんな話題をロベリオに話す事が出来た相手はアルテア殿下しかいない。いや、ファルカ様が話した可能性もあるかな…?
アルテア殿下とロベリオは、俺があの事件に遭遇する前から何かあったんだろうか。すぐそこに答えを持った相手がいるのに尋ねるのが躊躇われた。
「ロベリオが書いた手紙はお、私には届いてないよ」
危ない危ない、また俺って言っちゃう所だった。今度は失望と何故か安堵が入り混じった表情でロベリオは俺を見つめた。万華鏡みたいにころころ表情がかわる。子供みたいに心に思っていることがすぐに顔にでる素直さが意外だった。
セルカを出た後、しばらくの間周りにいた大人達がみんな心に思っていることを隠しているように見えたからかな。
もし今ここに見えるロベリオの素直さが演技だったとしたら…そんなのは考え過ぎか。懲罰房に立て籠もってる行動自体がおかしいんだもん。
「…ここを出たら勉強が出来なくなります」
俯いた顔の額から整った鼻筋にかけての線が、黒髪を含めた暗い色彩が、長い睫毛の下からこちらを伺う瞳が、全然別人に見えて俺は息が詰まりそうになった。
なんだってこんな奴にゼルドさんの面影が重なって見えたのか。
似てないよ!似てるはずがないよ!!せいぜいが暗い髪色くらいだよ。あまりにも会えなくてゼルドさん不足で、気の迷いで俺は暗い色に何か幻を見たのかもしれなかった。
「べ、勉強が出来なくなるのは嫌だよね」
勉強なんてちっとも好きではないのに動揺して思わず口走ってしまった。
「学舎で勉強するには何か条件か資格がいるの?」
俺の質問に答えてくれたのはルゥカーフだった。王宮の敷地内での学舎は誰でも学べるわけではなくて、ある一定以上の学力と身分を証明する保証人、しかも両親以外の身分のある保証人か後見役が必要との事だった。あるいはそれらのかわりになるような高額な寄付金が。
え…あれ…。どうしよう。俺が学舎に通え無い道理だよ。親も無し、寄付できる資金も無し、俺の身分を証明してくれるような保証人もいない。セルカで一応保証してくれてるのかな…。
焦りそうな俺に、巫子の身分はセルカとレベリオの王室が認めているとルゥカーフが囁いた。そして身分が低くても金さえあれば幾らでも在籍は出来るのだとルゥカーフは言った。
「オレは身分もお金も無いから、ここを出されたらもう勉強が出来ない。王宮の敷地にも入れなくなってしまう」
俺は全く予想もしていなかったロベリオの言葉にどうして良いのか分からなくなってしまった。何かつまらぬ意地や当てこすりか何かで懲罰房に立て籠もっていたわけではないのなら、何か解決する手段を見つけてやっても良いんじゃないかと思えた。
あの時の事を思えば、もっと怒ったり、無視したり、追い出したって良いはずなのに。
すごく駄目な兆候だった。似ても似つかない今ここに全く関係の無いゼルドさんの面影がロベリオの上にちらついただけで、俺は本当にまともな思考を保てなくなるみたいだった。
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