ツイノベ置き場

志麻友紀

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【最低な男~3度目のキスは正直に~】

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「出て行きやがれ! このクソ○○野郎!」

 王国騎士団の寮に怒声が響き渡る。最奥にある団長の私室からだ。そちらを誰もが気になりながらも、誰も向かう事は出来ない。
 一人をのぞいて。

 副団長のギャランがいつもながらの無表情で向かったのに、皆、ホッと息をはく。黒髪、濃紺の瞳の長身の美丈夫にして、この騎士団の要だ。別名、団長のたづなだの、あのじゃじゃ馬を押さえる漬物石なんて呼ばれていたりする。

 ギャランが扉を開ける前に、勝手に扉が開いてほうほうの体で若い騎士団員が飛び出してきた。上着を抱えシャツの前ははだけて、ブリーチズの前のボタンはすべて外れて、すべて丸見えの酷い状態だ。
副団長であるギャランの姿など見えていないのだろう。挨拶もしないで逃げ出していった。

 尻が半分見えている後ろ姿をちらりと見やり、室内へと入る。猫足の椅子や最近流行のシュナ趣味の調度が置かれた趣味の良いサロンを抜けて、奥の寝室へと入る。
 寝台の緋色のカーテンは開けっぱなしで、そこに白い裸体がふてくされたように寝転がっていた。

 ギャランよりは指三つほど身長が低いが、十分に長身な身体には若鹿のように張りがある筋肉が適度についていた。妙に鍛え過ぎていびつにもなっていない。戦う為の実用的な肉のついた美しい身体だ。

 シーツに散らばる波打つ燃える様な金髪は獅子のたてがみのようであり、こちらを射貫く金色の瞳はすっかり据わっている。

「なにがあった? アルトゥール」
「あいつ、俺の尻を掘ろうとしやがった」
「ほう、勇者だな」
「勇者ではない。愚か者だというんだ」

 アルトゥールは吐き捨てるようにいう。

 そして、アルトゥールはギャランに向かい「ん」と両腕をのばした。ギャランは無言でアルトゥルの身体を横抱きにした。彼は寝室に続く、バスルームへと彼を連れていく。白に金泥の縁取りがついた猫足のバスタブにその長身を降ろすと、シャワーのコックをひねる。

 魔石により温められた湯が、さあっと雨のようにその黄金と白の美神のような身体に降り注いだ。ギャランは騎士服の上着を脱ぎ、シャツを腕まくりするとシャボンを手に泡立てて、アルトゥールの黄金の髪を洗い始める。長い指が頭皮を揉むのに、アルトゥールは「ん……」と鼻にぬけるような声をあげる。

 「除隊か?」とギャランが訊ねる。さっき逃げ出して行った騎士団員のことだ。「必要ない」アルトゥールは頭を洗われながらめんどくさげに答える。

「どうせこのことは皆が知るところだ。私の私室から尻を蹴り出されて追い出されてなお、この騎士団にいられるなら、それはそれで根性のある奴だろう」

 アルトゥールはニヤリと人の悪い微笑みを浮かべる。
男ばかりの騎士団の“悪徳”は大目に見られるのが伝統だ。ましてその団長がその“悪徳”に自ら手を染めているとなれば。
 それでもこの団長を糾弾する声が一つもないのは、この容姿とこのカリスマ。もちろん剣の腕も頭も切れる。

 さらにはけして特定の恋人だの愛人だのを作らないことがあった。来る者は拒まず請われれば抱くが、しかし、一度抱けば二度は抱かない。そう抱かない。この美しい男は常に男役を好む。そして女はけして抱かない。

 ひと夜過ごせばそれきり「最低の男」だといいながら、それでも彼に焦がれる者は毎夜のごとくあとをたたない。抱かれて彼らはいうのだ「最低だけど、最高の男でもある」と。

「お前も可愛がってもいいんだぞ。ギャラン」

 白いバスタブの縁に腕をかけて、アルトゥールが上目づかいに彼を見る。

 ギャランに髪を洗ってもらい、風呂からあがったアルトゥールは、こちらも流行のシャポネ風の緋色のガウンを羽織って、寝室に戻る。彼が金色の目でチラリとみた寝室の小卓の上には封も切られていない手紙がある。

 「捨てておいてくれ」とアルトゥールが言った手紙をギャランがとれば、そこにはいつもの宛名書きがあった。アルトゥールの母の名だ。
とはいえ彼女の手で書かれたものではなく代筆だ。内容も同じ名前は変われど令嬢との見合いを勧めるものだろう。

 アルトゥールの騎士団どころか、その外のサロンでの“悪評”が広まっているというのに、懲りないことだと思う。アルトゥール自身もまた、そのためにわざと放蕩三昧している風を装っているところもある。
この手紙が来るようなったのは、アルトゥールが侯爵家の“当主”となってからのことだ。

 彼の兄が不幸な落馬事故で亡くなってから。その頃すでにアルトゥールは騎士団に入っていた。もどってくようにいう侯爵家を彼は拒絶した。それからの放蕩三昧にひとときは諦めたかと思ったが、彼が王国騎士団長の地位についてからは改めてこんな見合いの釣書が届くようになった。

 以下に放蕩の男色者であっても、王国の要の騎士団長にして侯爵家当主となれば、その夫人となりたい者は当然いるだろう。そもそもが貴族の婚姻など政略結婚だ。そこに愛情なんてかけらもない夫婦も多い。

「“妾腹”の私でもご当主様となれば、結婚したいというご婦人も多いわけだ」

 この事に関してアルトゥールが唯一つぶやいた言葉だ。その形の良い酷薄そうな薄い唇をゆがませて。嘲笑は己の地位に群がる女性達と政略結婚を勧める義母に対してというより、自分へと向けたもののようだった。

「……そういえばお前と一回だけキスしたことあったな。唇が触れあうだけの子供の挨拶みたいな。あんなものキスの数にはいらんか」

 アルトゥールが唐突にぽつりといった。ギャランを寝室に残して隣室のサロンに向かい、己の侍従の名を仕度のために呼ぶ声が響いた。

 幼いアルトゥールの母親は美しい母であった。たとえ自分と三日に一度の決まった短い時間にしかあってくれず、アルトゥールが頬を染めて、家庭教師に剣や馬術の先生に上達が早いと褒められたと報告しようとも、それに「そうですか」と冷ややかな答えしか返ってこないにしても。

 貴族の夫人が養育など周囲のものに任せきりで、子供に感心がないなどよくあることだった。だから使用人達でさえ、この家の重大な秘密に気付くことはなかったのだ。それほどに侯爵夫人はある意味で完璧で冷徹な貴族の女だった。

 そしてアルトゥールが15となったときにそれはおこる。美しい母の誕生日が面会の日と重なったアルトゥールは母に似合う深紅の薔薇を腕いっぱいに抱えて、彼女に贈り物だと差し出した。
それを見て彼女はなぜかほほほ……と狂ったようにw始めたのだ。

「そんな花などいらないわ」

 彼女はいった。

「もっと素敵な贈り物が今日届いたもの」

 彼女の手には一枚の手紙があった。

「あの女が貧民院で死んだという報告よ。そう、金貨一袋であなたを売ったあの女がね。あなたを生んだあの穢らわしい女。もらった金も次の男に貢いで、すべてを失って死んだそうよ」

 それだけでアルトゥールはすべてを察した。自分の実の母は生まれたばかりの自分を売ったのだ。その妾腹の子を母は受け入れた。いや、受け入れてなどいなかった。すべて他人の手に任せて、冷ややかに見ていた“だけ”だったのだ。

「お前のその金色の髪もきんの瞳もあの女そっくり」

 そんな母の声を背にアルトゥールは母のプドワールを飛び出した。
 アルトゥールは侯爵邸の裏庭の池の畔。茂みの中で膝を抱えていた。ここは彼の隠れ家だ。そこを知る者は一人。

 ギャランは無言でやってきて、無言でアルトゥールの横に、同じように腰掛けた。しばしの無言の時が過ぎ、アルトゥールはつぶやいた。

「私は士官学校に行く」

 それは軍人になるということだった。近隣諸国との情勢は最近きな臭く、命を失う可能性もあるという場所。

 だが、アルトゥールがそこにいくことに誰もが反対しないだろうことは分かっていた。きっと母は……いや、もう母ではない人は冷ややかに「そうですか」と答えるだろう。

「そうか、ならば俺も行く」

 ギャランの言葉にアルトゥールははじかれたように彼の顔を見た。

 濃紺の瞳がこちらをまっすぐに向けられている。アルトゥールが顔を近づけ瞳を閉じとギャランもまた瞳を閉じた。
 そして二つの唇が重なった。重なっている時間は長かったような短かったような。ただし、それだけだった。
 二人は何事もなかったように茂みを去った。

「“妾腹”の私でもご当主様となれば、結婚したいというご婦人も多いわけだ」

 この事に関してアルトゥールが唯一つぶやいた言葉だ。その形の良い酷薄そうな薄い唇をゆがませて。嘲笑は己の地位に群がる女性達と政略結婚を勧める義母に対してというより、自分へと向けたもののようだった。

「……そういえばお前と一回だけキスしたことあったな。唇が触れあうだけの子供の挨拶みたいな。あんなものキスの数にはいらんか」

 アルトゥールが唐突にぽつりといった。ギャランを寝室に残して隣室のサロンに向かい、己の侍従の名を仕度のために呼ぶ声が響いた。

 幼いアルトゥールの母親は美しい母であった。たとえ自分と三日に一度の決まった短い時間にしかあってくれず、アルトゥールが頬を染めて、家庭教師に剣や馬術の先生に上達が早いと褒められたと報告しようとも、それに「そうですか」と冷ややかな答えしか返ってこないにしても。

 貴族の夫人が養育など周囲のものに任せきりで、子供に感心がないなどよくあることだった。だから使用人達でさえ、この家の重大な秘密に気付くことはなかったのだ。それほどに侯爵夫人はある意味で完璧で冷徹な貴族の女だった。

 そしてアルトゥールが15となったときにそれはおこる。美しい母の誕生日が面会の日と重なったアルトゥールは母に似合う深紅の薔薇を腕いっぱいに抱えて、彼女に贈り物だと差し出した。
それを見て彼女はなぜかほほほ……と狂ったようにw始めたのだ。

「そんな花などいらないわ」

 彼女はいった。

「もっと素敵な贈り物が今日届いたもの」

 彼女の手には一枚の手紙があった。

「あの女が貧民院で死んだという報告よ。そう、金貨一袋であなたを売ったあの女がね。あなたを生んだあの穢らわしい女。もらった金も次の男に貢いで、すべてを失って死んだそうよ」

 それだけでアルトゥールはすべてを察した。自分の実の母は生まれたばかりの自分を売ったのだ。その妾腹の子を母は受け入れた。いや、受け入れてなどいなかった。すべて他人の手に任せて、冷ややかに見ていた“だけ”だったのだ。

「お前のその金色の髪もきんの瞳もあの女そっくり」

 そんな母の声を背にアルトゥールは母のプドワールを飛び出した。
 アルトゥールは侯爵邸の裏庭の池の畔。茂みの中で膝を抱えていた。ここは彼の隠れ家だ。そこを知る者は一人。

 ギャランは無言でやってきて、無言でアルトゥールの横に、同じように腰掛けた。しばしの無言の時が過ぎ、アルトゥールはつぶやいた。

「私は士官学校に行く」

 それは軍人になるということだった。近隣諸国との情勢は最近きな臭く、命を失う可能性もあるという場所。

 だが、アルトゥールがそこにいくことに誰もが反対しないだろうことは分かっていた。きっと母は……いや、もう母ではない人は冷ややかに「そうですか」と答えるだろう。

「そうか、ならば俺も行く」

 ギャランの言葉にアルトゥールははじかれたように彼の顔を見た。

 濃紺の瞳がこちらをまっすぐに向けられている。アルトゥールが顔を近づけ瞳を閉じとギャランもまた瞳を閉じた。
 そして二つの唇が重なった。重なっている時間は長かったような短かったような。ただし、それだけだった。
 二人は何事もなかったように茂みを去った。

 事件は起こった。結局騎士団に居づらくなって退団をした若い騎士が、アルトゥールを逆恨みして街角にて斬りつけたのだ。
 まったくの不意打ちに自分の身体を腕でかばい、多少の傷は覚悟したアルトゥールであったが、その衝撃はおとずれず。

「ギャラン!」

 青年と自分のあいだに立ちふさがったギャランの顔の半分が血に染まっていたのだ。彼はそれに構わず青年の剣を押さえていた。アルトゥールもまた怒りのままに青年の腹を蹴りつけて地面に転がした。青年は当然捕らえられた。

 ギャランの目は傷付けられなかったが、こめかみから頬にかけて、うっすらとそのあとが残った。

「傷もんになっちまったな」
「男だ。支障は無い」
「まあ、その強面の顔がよけい、イイ男になったけどな」

 アルトゥールの私室にて、こめかみから頬までの傷をその指でたどる。

 そしてアルトゥール自ら、ギャランの唇に唇を重ねた。今度はただ唇を触れあわせるような子供のものではない。舌を絡ませて水音を立てる淫らなものだ。

「ふ……ぁ……」

 ギャランの首に腕を回してベッドに倒れ込むアルトゥールは、彼を見上げていった。

「いいぜ、こいよ。抱かせてやる」

 その両手を伸ばしたアルトゥールだったが、ギャランの長身の身体が離れ、ベッドから降りるのを呆然とみる。
 振り返りもせずにギャランは言った。

「俺はこの傷を負い目に感じてほしいワケじゃない」

 その声は怒っていた。アルトゥールは扉の外に出ていくギャランを見送るしかなかった。

 騎士団の私室にいるのもいたたまれずに、アルトゥールは夜の街へと出る。なじみのサロンに顔を出して酒を飲もうとも少しも酔えない。思わせぶりな視線をおくってくる男達にも応える気にもなれずに外に出る。馬車も使わずに夜の街を歩く。

 そこでアルトゥールは見間違えるはずもない黒髪の長身を見つける。昼間の夜だ。声もかけられるはずもなく、さらにはギャランの横には女がいた。美しいが、その服装からして明かな娼婦。

「男をほる趣味はない」

 と言っていたギャランの声が耳元で響き、アルトゥールの心臓はどくりと跳ねる。

 二人のあとを思わずそっと尾行するアルトゥール。なにをやっているんだ……と思いながら。
しかし、それも娼館だとわかる館の入り口に二人が入ろうとするまでは限界だった。

「おい! ギャラン! この野郎! この私を振っておいて、お前は娼館でお楽しみか! 俺以外を抱くなんて絶対に許さねぇからな!」

 思わず口に出た言葉。口許を押さえて頬を赤くするアルトゥールをギャランが呆然と見つめたのはしばし。傍らの女性に「マダム」と呼びかける。

「部屋を一つお借り出来ますか?」
「ええ、最上階の特別室をお使いください」

 いつも髪を洗うような横抱きではなく、肩に担がれて特別室の寝台へと放り投げられる。いかにも娼館らしい紫の怪しい内装など、アルトゥールの目に入らなかった。のしかかってくるギャランに叫ぶ。

「男をほる趣味はなかったんじゃないのか?」
「お前は特別だ。お前こそ、男にほられる趣味はなかったんじゃないのか?」
「お前は特別だ。このむっつりスケベめ!」

 三度目のキスは噛みつくように、そして互いに貪るように、そして最後は甘かった。

 男ばかりの王宮騎士団においての“悪徳”は目こぼしされる。
 騎士団長が毎夜のお相手を部屋に呼ばなくなったのも、副団長がその騎士団長の部屋から朝出てくるのも、誰もなにも言わないのだった。



   【END】




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