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愉快な大公一家【ノクト×スノゥ+子供達編】
最強女王様と麝香の女侯爵【前編】
しおりを挟む商都ガトラムル。
大陸の南。葦の生い茂る浅瀬に木の杭を打ち込んで作られた人工の都市。砂漠を渡るキャラバンの民が築いた小さな集落は、商魂たくましい彼らの手によって発展し、いまや大きな港と大運河が象徴的な、大陸一番の都市となっている。
世界中の商人が集まる都という名のとおりに、その市場も賑やかだ。色とりどりの南国の島から運ばれてきた果物に、華やかな布や宝飾品。良い匂いがする串焼きの料理や甘い焼き菓子。
短いマントのフードを被って赤い狼の耳を隠した少年は、きょろきょろとあちこちを見る。国の王都は白兎の母や双子の弟、兄達ともに時々お忍びで歩くけれど、このバザールは見る物聞く物すべてが珍しい。
笛を鳴らして、三つのツボからオモチャの蛇が出てくる芸人がいて、それに思わず見入る。「坊ちゃん当ててみるかい?」といわれてうなずく。渡されていた袋から銅貨一枚を渡して「さて、どこから蛇が出てくるかな?」と言われる。ピロピロ笛が鳴り終わった瞬間にツボを指さすのだ。
フードの中の耳を動かして、ツボの中に手をいれる音を拾って、笛が鳴り終わった瞬間に真ん中のツボを指させば。オモチャの蛇が飛び出してくる。「やられた~」と芸人は苦笑して、色とりどりの渦が丸く巻いた大きな棒付き飴をくれた。外れたら小さな飴がひとつだ。
それをご機嫌でもらって歩き出したら、向こうから来た相手にぶつかりそうになりさっと避けた。「気を付けろ!」と顔に傷がある凶悪なツラをした、犬族の男が吠えた。そいつはチッと舌打ちして、横を通り過ぎるのをじっとフードを目深に被った鋭い赤銅色の瞳で見つめる。
と、十歩も行かないうちに男は別の相手にぶつかって「気をつけやがれ!」と恫喝している。ぶつかられたロバ耳の青年は足がすくんで動けないようだった。
そのまま歩いて行こうとする犬男を「待て!」とフードの少年が追いかけて、飛びついてその胸元に手をつっこむ。「なにをしやがる!」と拳をふりあげた男から素早く離れて、ロバ耳の青年の前に袋を差し出す。
「これお兄さんのだろう?」
「ああ、これは僕の財布!」
犬族の男は舌打ちして逃げようとしたが、露店から棒を手に次々に飛び出してきた店主達に取り押さえられていた。「最近ここらへんに出ていたスリはお前だな!」「ぶつかっておいて謝るならともかく、脅して財布をかすめとるとは、ふてぶていしい奴め!」とぽこぽこにされている。
そこで少年は後ろから着いてきていたはずの、自分の弟がいないことに青くなる。「ジョーヌ!」と叫んで駆け出した。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
一方。
ターバンで、長い耳は隠していたとはいえ、ちょっと強い海風が吹いた瞬間、フードが外れて金の巻き毛と顔が現わになってしまったのはいけないと思った。
少年はあわててフードを被り直したがそのスキを狙ったように、片手をつかまれた。
「こんなところにいたのか? ずっと探していたんだぞ」
いかにも善良そうな笑顔を浮かべた馬族の男だった。まるで少年の親か年の離れた兄であるかのように話しかけて「行こう」と彼の腕を引っぱる。が、少年は動かず。小柄な身体だというのに、意外と強いその力に男は軽く目を見開く。
「ワガママな子だ。抱いていってあげるから」
周囲を通りすぎる人々は、二人を親子だと思っているのか、まったく気にしない様子で過ぎていく。自分の手首を掴んだ手は離れず、もう片方の手も抱きあげようと伸びてきて、少年は“兄”に教わった奥の手を使う事にした。
「いいかい! ヘンタイさんに出会ったら、この一撃を食らわして逃げるんだよ!」
そんなわけで自分の頭上まで振り上げたあんよで、思いきり男の股間を蹴り上げてやった。馬族の男は「ひひひひぃん!」といななきのような声をあげて、内股でうずくまる。
「ジョーヌ」という声に駆け出すと、同じく頭にターバンをまいてフードを被った。兄に抱きしめられる。
「探したよ! あの馬はなに?」
「たぶんヘンタイさんです。だからお兄様が教えてくださってとおりに、蹴り上げてやりました」
「え? どの足、ばっちいから消毒しようね?」
アーテルがジョーヌの足に浄化の魔法をかけているうちに、やってきた黒いフードのマントに長身の男が後ろからついてきた、この都市の護衛騎士に目配せすれば、馬男はそのまま引きずられていった。
「ジョーヌ! どこだ! あ、いた!」
そこに慌てて駆けてきた、マント姿の赤毛の少年の頭を、伸びた白い手がぺしりと叩く。
「こらカルマン。お前がどこかに駆け出すから、ジョーヌが危ない目にあったじゃないか」
「いてぇ」と頭を押さえた赤毛の少年カルマンは、弟や兄と同じくターバンで耳を隠したうえに、白いフードをかぶった白兎の母を見上げて。
「なら、ジョーヌだって俺のあとを追いかけて、はぐれたんじゃないか?」
「馬鹿な兄を心配してな。ジョーヌはちゃんと“歌”を目印に残していたんだ」
兄のあとを追いかけながら金兎の弟は小さく歌っていたのだ。母と兄がその旋律を追いかけられるように。
「お兄様、お父様とお母様があれほど、おそばを離れちゃいけませんっておっしゃっていたのに、飛び出すなんていけません」
「……ご、ごめん。ジョーヌ、おこるなよ」
カルマンとジョーヌはちょうど七歳の誕生日を迎えたばかりだ。シルヴァとアーテルは十五歳となっいた。
家族揃っての初めての外遊。
そして、三年に一度開かれる大陸会議が、この商都ガトラムルで開かれることになっていた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
商都ガトラムル、首領の館。
「恋愛は自由なもの。今日死ぬほど愛した人が、明日は顔も見たくないぐらい、それこそ窓から放り投げたくなるほどの相手になることもありますわ。
永遠に愛し愛されるなんて保証はどこにもないのに、そんな不確かなもの。わたくしは信じられませんわ」
巨大な円卓が置かれた議場にて正装というより、薔薇色のドレスの盛装をまとった妖艶な美女が声をあげる。
今回の大陸会議の主な議題は兎達の保護だった。サンドリゥムや他の賛同する国々ではすでに実行されている、兎族の子の人身売買を禁止し神殿の孤児院で保護すると。
子兎たちに関しては、意外なほどに賛同した国は多かった。それはやはり王侯貴族のあいだにはそれだけ兎族の母や兄弟を持つ者が多かったということだ。
ところが次の議題に移ったときに、さきの美女が立ち上がり反対意見を述べたのだ。
成人した兎達は誰に強制されることなく、愛し愛される人を選ぶことが出来る。現在、王侯貴族の家々に隠されている兎達しかり、娼館に歌劇団に所属する兎達しかりだ。そこには政略結婚や金銭の授受があってはならない。
そこに「ありえませんわ」とこの貴婦人が声をあげた。
「人の心はうつろいやすいもの。兎達に関してだって例外といえませんわ。それを自由に選べるなんてて“特別”を与えてどうしますの?
永遠の愛とやらに縛られる兎達も、そのお相手だって可哀想ですわ。冷めた愛なんて、冷めたスープより質が悪いものですわ。なんの味もしない」
「ねぇ?」とその主張した麝香猫の貴婦人が流し目を送ると、何人もの男性の国の代表者が気まずげな顔をして、今回の議題については考えさせてくれと言いだした。
こうして、議論は明日へと先送りされた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「自由恋愛主義の国?」
会議は散会となって、首領の館にあてがわれた控え室。ノクトの言葉にスノゥは目を丸くする。
「知っているのか?」
「エ・ロワール女侯国のヴィヴィアーヌの名ぐらいはな。ある意味で有名な女傑ではあるし」
「女傑?」
自由恋愛と女傑とはなにか繋がらないが、次のノクトの言葉でスノゥはあんぐりお口をあけた。
「あれで十人の子持ちだ。ただし未婚。そのうえに父親はすべてちがう」
「はぁ?」
「その他にも複数の“愛人”を持っているという話だ。それも全員が地位も名誉もある、国主や各国の有力貴族ばかりだ」
つまり、昼間の議場であの貴婦人の意見に曖昧な返事をした、お歴々の数々は過去か今現在彼女と“ご関係”があるものばかりという。
そりゃ彼女の自由恋愛の主張に、はっきりと否といえないはずだ。男として後ろ暗いところがあれば。
「もっとも、それがあの小国が生き残ってきた秘密ともいえる。代々の女侯爵の麝香猫族としての魅力によってな」
麝香猫族は異性を誘惑する体香を自在にはっすることが出来るという。歴代の女侯爵達は夫を持たずに、複数の国の有力者を愛人にすることで、美しい湖と森にチョコレートが観光資源の小国守ってきたというから、これもひとつの生存戦略だ。
「しかし、わからないのは自分が好きに恋愛するのはともかく、どうして兎達のことに関してあんなに反対するかな?」
スノゥの言葉にノクトもまた「わからん」と答える。
そして、そこに意外な来客が告げられた。
その女侯爵がやってきたのだ。
護衛なのか愛人なのかわからない、やたら美男子の騎士二人を両わきに引き連れた貴婦人は、通された部屋の猫足の椅子にゆったりと腰掛けて、艶然と微笑み、紫がかった紅に彩られた唇を開いた。
「ごきげんよう大公様がた。あなた方お二人にはぜひわたくしの“愛の試練”をお受けいただきたくて参りましたの」
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