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【27】砦の日常

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 ふわふわのハンモックのベッドで、アルファードは目覚める。寝台の中ですその長いシャツのパジャマと頭にかぶっている三角帽子の先にポンポンがついたのを脱ぎ捨てて、ぽんとベッドを揺らして足場を何段か蹴って下の回し車へと。
 からからと回すうちにすっかり身体はほぐれて目が覚める。それから、自分でゲージの扉をあけて外へと出る。

 この要塞へも、アルファードはゲージを持参してきていた。ゲージの場所は司令官の私室。つまりダンダレイスの寝室だ。
 天蓋付きのベッドはないが、司令官の部屋は広く、ゲージを置くスペースは十分にある。ダンダレイスは初日に自分の寝台の横にテーブルを置いて、そこにゲージをのせた。
 その部屋の主は先に起きたようでベッドの中はもぬけの殻で、向こうからシャワーの音が聞こえていた。

 アルファードは、自分も……と、ダンダリスが前日に砂変えをしておいてくれた、透明なガラスの鉢のような砂風呂へと入る。ばっばっと砂を巻き上げて浴びると、もふもふの毛のあいだをさらさらと流れる砂が心地よい。
 丸いガラスの容器に身体を沿わせるように、何度も回転していると、視線に気がつく。

「…………」

 モップ頭がガラス越しじっとこちらを見ていた。

「だから、覗きは禁止だといっているだろう!」

 瓶の口から手を出して、張り付くモップ頭の頬をぱちんとやってやった。



「まったく、どうして毎日毎日、俺の砂浴びを覗くんだ!?」

 アルファードはぶうぶういいながら、白いシャツに袖を通す。それからチンチラの下半身用のもっふりした乗馬ズボンに足を通し、襟付き袖無しの長いウエストコートを着て、首元のリボンタイを結ぶ。足下は編み上げのショートブーツ。ちんまりしたお手々に指ぬきの革手袋。羽根つき、つばひろの帽子は室内なのでまだ被らないで、小さなお手々に持つ。

「それは、愛らしいから」

 ダンダレイスもまた、深緑の軍服に袖を通しながら答える。彼の横にもう一つ置かれた姿見の前に立ち、アルファードはぎろりと彼を見る。
 ぽわんと効果音などなしに、ちんまり普通のチンチラサイズだった身体は、長身のダンダリスの腰あたりの大きさとなった。
 二人して部屋の外へと出て食堂に向かう。司令官であるダンダレイスは、従卒に部屋へと食事を運ばせることは出来るが、彼は団員達が使う食堂でとっていた。アルファードも共にしていた。

 食堂に近づくにつれて「団長、おはようございます」と駆けられる声が多くなる。それにダンダレイスも「おはよう」と答える。同時に「アルファード卿もおはようございます」との声に、アルファードも「ああ、おはよう」と返した。
 デカいチンチラとなったアルファードに騎兵団の団委員達はすぐに順応した。早すぎないか? と思ったが「だって団長がまったく当たり前の顔してるんすよ」とロッフェにいわれて、なるほどと思う。この男のわが道を行き過ぎる態度も、たまには役に立つ。

 食堂では窓辺のいつもの席にダンダレスが着く。そこにはツイロやヴィッゴ、ロッフェにブリッタ達がそろっていた。朝食をとりながら、ここで今日の一日の動きを確認することになっていた。ツイロは副団長であり一番騎兵隊、ヴィッゴは二番盾部隊、ロッフェは三番軽騎隊、ブリッタは四番魔法部隊を率いていた。
 今日の朝食は定番のスクランブルエッグに焼いたトマトにローストビーンス、ブラックソーセージと呼ばれる豚の血のソーセージが薄切りにされて焼かれたものだった。
 アルファードの前には特別メニューのミルクで煮込んだポリッジに、ドライフルーツが散らされたものが置かれた。それに焼き立てのパンは同じように食べられる。うん、今日もうまい。

「ヤキニゾゾの門には異変はないか?」
「日に日に魔の気配は濃くなってるって、従軍神官達の話ではあるけどな。まだ、開く気配はない」

 ツイロの報告にダンダレイスうなずき「では、今日は予定通りに“霊廟”に向かおう」とダンダレイスがアルファードに告げる。「うむ」とこくりとうなずく。

「しかし、行ってどうするんだ? 中には空っぽの棺があるだけだぜ?」

 ツイロが訊ねる。
 “霊廟”というのは、あの魔法剣士ユキノジョウが眠っていた場所だ。たしかに彼の身体はすでに消滅し、その魂も転生にはいった。だから、空っぽの建物に行っても意味がないように思えるだろう。

「私はそのユキノジョウの力と経験を受け継いだわけだからな。敬意を表して彼の眠っていた場所とやらを見てみたくてな」

 この戦時にちょっと霊廟観光へというのは無理があるとは思う。
 それは表向きの理由だ。ダンダレイスにしか話していない。
 身体が大きくなったその日に、あの王宮で見た肖像画の人物が夢の中に出てきたのだ。

「それがしの力を受け継ぐそなたに伝えるべきことがある」

 「我が眠っていた場所を訪れよ……」と。





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