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死刑執行されたら、勇者として生き返って即魔王を倒してました~さらに蘇った奴の愛人になってました。なんでだ?~
第9話 遠くなつかしくせつない煙をながめて、お茶会を その一
しおりを挟むマルコシアスの処罰は、その後の会議で監獄島プリゾン・イルへの生涯幽閉ということで決まった。
「ワシも行くぞ」
そして、ヴァンダリスにとっては再びの商業都市ソドラ。その大君不在の館の執務室にて、大魔法使いベローニャが声高に主張していた。
ここに来ることになったのは、マルコシアスが灰色のローブの魔道士から買ったという魔獣育成の魔道書の回収のためだ。
その内容の確認のために、諸侯全員と、そしてそれも、襲撃の当事者だったということでヴァンダリスも魔法塔から、みんなと一緒に転送陣にて飛んだ。
大君の館の惨状。門は真っ二つ、正面玄関の扉も吹き飛ばされたうえに、各部屋の壁もぶちぬかれて、いまだ改修されていない邸内の様子に、アスタロークとヴァンダリス以外の、諸侯達のあきれたような視線が注がれるが、二人は気にしなかった。
さすがに黒焦げになった魔獣の死体は片付けられていたが「派手にやったな」とガハハと笑うガミジンに「門と扉の片側は私だが、あとはヴァンダリスが綺麗にぶちぬいた」というアスタロークは、なぜか誇らしげだ。それに女将軍ウァプラが「これは正式に一度勇者に手合わせを申し入れたいな」とこちらを見るのに「このごたごたが全部片付いたあとにな」とヴァンダリスは返した。この女将軍相手では、仕合の手合わせが、命がけになりそうであるが。
辿り着いた大君の執務室にて、魔獣育成の書はこの部屋を吹っ飛ばせなかった原因の名画の裏に隠されていた金庫から見つかった。
その書物はベローニャが手も触れずに、宙へと浮かべせ、開いたとたんにごおっと青い炎をあげて燃えあがった。「やはりな」と子供の姿をした、しかし実は……の年齢の彼女は予想していたようにつぶやいた。
「ことが失敗したときには、証拠隠滅のために灰となるように出来ていたか」
「ふむ、あとは直接廃ハーデス魔導城郭に行くしかなかろうな。あそこに魔獣生成の技術の文献が残っていることは確かだ」
褐色の髭を扱きながら、ドワーフのザガンが言う。さらに彼は続けて。
「あそこは“墓標”として封印してあったが、この際、のちの禍根となるものはすべて焼き払ったほうが良いじゃろう。また、いつ、同じようなことを考えるものが出てもおかしくはない」
同じようなこととは、人工的に作り出した魔獣を軍団として使うことだ。それは人界に向けられる前に、敵対する同胞に向けられたのだから。マルコシアスはまずは“小手調べ”と称して、遺恨があるアスタロークの月明かりの里へと魔獣を差し向けたわけだが。
数の少ない魔族同士で争い合うなど、これほど愚かなことはないというのが、マルコシアスをのぞく諸侯達の一致した意見だった。そういう意味で奴は、まったく魔界には異質で強欲な商人であったのだ。
アスタロークが皮肉に「あふれるほどの金を手にいれると、さらにその倍と無限に欲しくなるらしい。まこと過ぎた富というのは魔物だな」と言っていたが、それにはヴァンダリスもうなずいた。人界の豪商達の大半もまた、自分が金を操っていると思いながら、実は金に操られている奴隷だ。
「金なんて、食うものに着るものに寝るところに困らず、祝祭のときなんかにちょっとした贅沢が出来るぐらいで丁度いい」
「堅実な暮らしではあるな。領主としては、そこに領民のための災害の備えが加わるが」
「ああ、そういう賢い領主ならな。税なんて勝手にわき出てくるもの、領民から搾り取ることしか考えていない領主も多い。
あとはその金を贅沢に使うことしかな」
「それは物欲に支配されている亡者だな」
「いえてる」
そして、大君の執務室のあちこち焼け焦げた……これはアスタロークとヴァンダリスとヴァンダリスと、主にヴァンダリスがやったのだけど。
「ワシも行く」と廃ハーデス魔導城郭へと、回りの諸侯の困惑の顔の中、大魔導士ベローニャは主張していた。
「あ~ワシはさすがに若い者に任せて留守番するつもりだから、ベローニャ殿も」
とハーデスの完全な消滅を主張した当のザガンが、自分も後ろに控えるから……と、この見た目は子供であるがザガンよりも、年上の魔法塔の塔主を気遣えば。
「最近、穴掘りで腰をやらかしたらしいな。ドワーフのジジイは穴の奥で休んでいるがよい。ワシはまだまだ現役バリバリじゃ」
「なんだと、ワシとて若いモンに負けんぞ! この若作りババアが!」
ドワーフのジジィがそのご自慢のひげを逆立てるみたいに怒っている。ちなみにババアをババアとののしって許されるのは、このジジィだけらしい。
「腰などとっくに治っているわ! こうなれば、ワシとて自慢のミスリル斧で廃ハーデスに乗り込むぞ!」
え? ババアだけじゃなくて、ジジイも参戦? とヴァンダリスが眺めていると「まあまあ、ザガン様」となだめたのは、白いドレスのいかにも穏やかな薬長のロノウェだ。
「わたくしも戦い向きではありませんから、後ろでひかえることにしますわ」
「ご無理をなされますと、またギクッといきますわよ」とザガンに彼女がささやくと、ドワーフは「うむ」とうなずいている。彼女の薬草園特製の膏薬やら軟膏にお世話になってる身としては、弱いらしい。
「お二人のお身体や腰に良い薬草茶にお茶菓子もご用意しますわ」
「ワシは腰はやっておらん。たしかに薬師は安全な場所で薬でも練っているものだ。じゃが、魔法使いが戦士の後方に立たねばどうする?
そなたはそこのジジイと茶でもしばいているよい」
にこやかにした提案をきっぱり断られてロノウェは「まあ」としょんぼりする。となりに立つ女将軍ウァプラが「これだから頑固な年寄りは……」とつぶやいて、ベローニャにギロリとにらまれる。
そこに「みんなベローニャ殿を心配しているんですよ」と提督ガミジン。常に豪快な海の男らしくもなく、少し困り顔だ。
「ワシがもうろくしたとでも? 魔法の腕は衰えておらんぞ」
「そうじゃなくて、ベローニャ殿の亡きご両親はハーデスの生き残りでしょう」
魔法塔にしても、廃棄された魔導城塞ハーデスにかわり作られたものだと、あとでヴァンタリスは聞いた。
「だからこそ、ワシがあの廃城郭の案内をすると言っているのじゃ」
「いや、ベローニャ殿とて魔導城塞崩壊後にお生まれになった。中がどうなっているかわからないのは、我らと同じなはず」
口を開いたのはアスタロークだ。
「なぜ、そこまであの城郭に行くことにこだわれる? 城塞を破壊するなどという、荒事は我らに任せておけばいい」
「生意気な口を訊くようになったな。三百年にまだ足りない若造のクセに。勇者を二度退けた元魔王が。調子にのったか?」
「いえ、ここにいる勇者に三回目で殺されましたが」とまったく生真面目な顔でアスタロークは返す。お前そういうところだぞと、ヴァンダリスは内心で思う。
しかし、どうしてこの婆さん? をみんなが、そんなに行かせたくないのかわからない? とヴァンダリスが内心で首をかしげていると。
「ハーデスは巨大な墓標だ。封鎖された城郭には、いまだ亡霊がさまよっているでしょう。たとえ、生まれる前だったとはいえ、あなたが知る者に似た顔がいるに違いない」
「それで、ワシが情けをかけると? 冗談ではない! 魔獣生成の禁忌の失敗のあげく、己が死んだことも認めず、さまよう亡霊など、我が炎で焼き払ってくれるわ!」
ムキになったベローニャの物言いと、回りの今までの戸惑いにようやくヴァンダリスは合点がいった。
魔族の数は少ないと、さんざんアスタロークに訊かされた。ならば、それだけ覚えている顔も多いだろう。その一人一人に対する思いも。
誰もが親しい人の死には胸が痛む。それは魔族も人間も変わらないと、もうわかっている。
「俺も当然、そのハーデスとやらにいくぜ。勇者の力は必要だろう? ばあさん、あんたの望み通り、光の雷で焼き払って、まっさらな地にしてやるよ」
ばあさんとわざと呼んだら、当然のごとく至近距離で火の玉がすっ飛んできたが、片手で結界を張って防ぐ。
「だから、あんたは遠くであがる煙でも見てろ。野辺送りの河原には親しい者ほど、近寄らないもんだ」
野辺送り。つまりは火葬だ。
「なんじゃそれは?」
「人界の習慣だが。魔界では違うのか? だけど変わらないだろう。いくら死んでいるとはいえ、肉親や友人が焼けて骨になるところなんてみたくねぇよ。
それだって悲しいから、遠くで煙を眺めるもんだ。それさえ見れずに泣くのが親って言葉もある」
「…………」
ヴァンダリスの言いたいことがわかったベローニャがその外見だけは子供の、大きな瞳をさらに大きく広げて、それからくしゃりと泣きそうに顔を一瞬ゆがませる。しかし、次の瞬間フン! とふんぞり返り、ヴァンダリスを見上げ。
「まったく、生意気な若造……いや、魔族からすれば赤ん坊同然のクセに大口をたたく。
よいじゃろう。遠くからお前がたちのぼらせる煙を眺めてやる。じゃが、気に入らなければ、いつでもこの杖より特大の火の玉をたたき込んでやるから、覚悟しておれ」
それでベローニャはおさまった。ハーデスに向かうのは、アスタロークにヴァンダリス。ガミジンにヴァプラ、それに機工師のハーゲンティ。学者、学者してる細身で、とても荒事むきとは思えないが「封鎖されたハーデスをこの目で見られるなんて、滅多にないですからね」とワクワクしている。
そしてヴァンダリスはガミジンにバンバン肩を叩かれて。
「さすがよい奥方だな。さりげなく旦那を助けるとは!」
「だから、俺は奥方でも、妻でもないっ!」
「おや、俺は誰が誰の妻か、なんて言ってねぇぞ」
真っ赤になったヴァンダリスが、魔法倉庫から、片刃剣を取り出してガミジンに斬りかかろうとして、アスタロークに後ろから「駄目だぞ」とやんわり抱きしめられるまでが、お決まりごとだった。
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