【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~

志麻友紀

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「婚約破棄の慰謝料だが、三十六回払いでどうだ?」

 選ばれた貴族やブルジョアの子弟達が通う、聖フローラ学院。その卒業パーティにて。
 たった今、婚約破棄を告げたアルクガード・ダークローズ~通称黒薔薇様~の冷ややかにして整い過ぎている顔をパーティの参加者はマジマジと眺めた。
 星屑を散らしたような波打つ黒髪を肩で切りそろえ、暗朱色の切れ長の瞳。この学院の次席を現す銀の縁取りのショートマントを、ブレザーの制服の上からまとった青年は、他の者達同様、ぽかんと自分を見ている元婚約者を冷ややかに見ている。
 元婚約者の名はエクター・ラナンキュラス。金髪巻き毛に青い瞳の美少年で、孤児院出身の特待生にして、この国の“華の神子”でもある。

「明日にでも高等貴族法院にて婚約破棄の手続きと同時に、慰謝料の文書も作成させる。口約束のみの踏み倒しはないから安心しろ」

 ひとさし指で銀縁眼鏡をくいと押し上げ、あくまでクールビューティを気取る“黒薔薇様”の内心は、実は嵐が吹き荒れていた。
 やべえやべえやべえ。いきなり婚約破棄の“破滅フラグ”の場面からかよ! たしかにゲームのオープニングはこれだったけどな……と。
 そう、エクターに婚約破棄を告げたとたんに、アルクガードは思い出したのだ。この世界がBLゲーム「FLOWERS~華咲く男達~」の世界であり、その悪知恵と冷酷さで主人公や攻略キャラ達を散々いたぶったあげく、必ず破滅処刑ENDを迎える悪役令息であることを。

 なんでこんなことを知っているか? って。それは自分が視聴者一ケタの配信でゲラゲラ笑いながらやっていたゲームだったからだ。真夜中のバイト帰り、コンビニで大量に買い込んだチューハイに酔っぱらっての明け方近くの配信で、そっから先の記憶がない? まさか死んだのか? 
 いや、死んだのだろう。そしてアルクガードにはその前世? の記憶と、今の悪役令息としての記憶がある。卒業までに自分が“やらかした”数々の思い出も。
 いまさら婚約破棄は取り消せない。王族貴族も列席している場で堂々と宣言したのだ。が、これが自分の破滅処刑ENDの第一歩である。なんとしても回避、軟着陸させねばならない。

「それで婚約破棄と三十六回の慰謝料を受け取ることをお前は承知するのか?」

 悪役キャラの補正なのか、その酷薄そうな薄い赤い唇から出る言葉はあくまでキツイ。しかし、周囲や婚約者がポカンとして彼を見ているのは、一方的な婚約破棄ならばともかく、彼の口から“慰謝料”なんて聞き慣れない言葉が聞こえたからだ。
 この男が相手をあざ笑い突き落とし、さらに追い打ちでむしり取るならばともかく、慰謝料だなんて。

「は、はい……」

 なにか悪い夢でも見ているような顔で美少年エクターがうなずいたのだった。





   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇





「婚約破棄など、なにを考えているのですか! アルクガード!」

 卒業パーティのあと戻ったダークローズ公爵邸にて、その家族用のサロンに早速引っ張りこまれ、アルクガードは“母親”のキャンキャンとした声に「母上、もう少し声を抑えて」と左のこめかみに指を当てた。
 「これが落ち着いていられますか!」と椅子にも腰掛けず立ったままの母親は、年甲斐もなく白いフリフリのブラウスに白いジェストコートの……そう男だ。若い頃は白薔薇のごとき美貌と讃えられた容色は歳で多少衰えたといえど、十分に美しい。
 その横で小太りの“父”は後退したひたいの汗をふきふき母の名を呼んで「アルクガードの言葉どおりお前も冷静になれ」と言っている。こちらは若き頃の肖像画見るに、スレンダーな栗色の髪のジェントルマンの面影は微塵もない。

 そう、アルクガードの父と母は両方男だ。というよりこの世界には男しかおらず、攻めの男と受けの男がカップルになることで、子供を授かることが出来る。
 雄華とか雌華とかなんだよ~と初回プレイの時にゲラゲラ笑った記憶がアルクガードにはある。そして、これがアルクガードがエクターとの婚約破棄を撤回しなかった理由だ。
 極悪非道? の自分のことだ。「撤回なんて嘘だ。よい余興になったであろう!」などと高笑いすれば、周りも笑って終わりだったかもしれない。
 名門校の卒業パーティで王族貴族が居並ぶなか、そんな冗談が通用するのか? って? おそらく大丈夫だ。なにしろ、物語前半のアルクガードはまさしく悪役無双。どんな非道な行為でも、まかり通ってしまう理不尽さなのだ。自分も散々笑って突っ込んだから、覚えてる。うん。

「父上、母上。皆の前で婚約破棄を堂々と宣言してしまったのです。私は今さら取り下げる気はありません」

 この世界には男しかいない。婚約破棄を撤回すればエクターと結婚しなければならない。そして結婚には当然セックスがつきものだ。
 いくら美少年でも男のケツに突っ込めるか! 
 これがアルクガードの本音だ。BLゲームの配信はやっていても、男独身、モブ顔、低収入、ノンケ、さらには視聴者一ケタのューチューバーだった前世がある。
 「だが、アルクガードよ」と小太りの父が口を開く。

「華の神子との婚約の解消となれば、お前が次の王となる道が遠のくことになるぞ」

 たしかに現在の王には子供がおらず、王族の血を引く公爵家の子息たるアルクガードも次代王の候補の一人だった。ぶっちゃけゲーム開始時は最有力候補だった。
 それは華の神子たるエクターと婚約関係にあったからだ。男同士でどうして子供が産まれるか? って夫婦となった、受けと攻め、この世界では受けは雌花めばな、攻めは雄華おばなと呼ばれる。その夫夫ふうふに神子が祝福を与えると、特別な華から子供が産まれるからだ。とんだファンシーな設定だが、そこに華の神子と誰が結ばれるのか? そのものが次代王の最有力候補、王位継承を巡る争いという、妙に生臭い話をぶち込んできた。
 華やかな男達の間で繰り広げられる闇の闘争……なんて煽り文句もついていたか。製作者としては話に重みというかサスペンス要素も入れたかったんだろう。お花から赤ん坊が生まれる時点でシリアルもサスペンダーもないと思うけれど。

 しかし、黙っていりゃ王位が転がりこんできただろうに、オープニングで美少年エクターとの婚約破棄とは、この悪役なんも考えてないな……とアルクガードは当時も突っ込んだし、今も思っている。もっとも婚約破棄しなければ、エクターと他の男との恋愛フラグは立たないのだが。
 さらに前半でもアルクガードの悪役無双、残虐非道ったらない。エクターと婚約破棄をしておきながら、王位を手にするためにライバル達を次々に陥れ、殺人まで犯すのだ。
 結果的にそれがエクターの攻略キャラである攻め男を助ける形になり、王位継承者の候補がその男とアルクガードの二人となって、ラストに直接対決。それまでの悪行の数々が暴かれて、アルクガードはすべてを失い処刑ENDとなる。
 ともあれ、王位が欲しいなら婚約破棄をいきなりするのも矛盾してるし、アルクガードの行った“完全犯罪”の数々もそれのどこが完全犯罪? と突っ込みどころ満載で、ゲーム実況しながら自分はケタケタ笑っていた。

 とくにつけもの石の殺人のくだりは爆笑した。西洋ファンタジーの世界にどうしてつけもの石? それも一抱えもある重そうなそれで、ぶん殴るなんて不効率すぎる。殺人場面のいかにも重そうな音楽と血の飛び散る背景に、漬物石を両手で持ち上げた黒髪の美形。そのシュール過ぎる絵に実況していた自分はひーひー腹を抱えて笑った記憶がある。

 正直、主人公のエクターや他の攻略キャラの美青年達よりも、この悪役アルクガードがどこか憎めず好きだったぐらいだ。
 まさか、自分がそのキャラになるなんて思わなかったが。




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