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しおりを挟むそれにやっぱり男との結婚は嫌だ。結婚というよりセックスは……ないない。エクターとの婚約を破棄したとしても、公爵家の跡取りであるアルクガードには、すぐ次の相手を……という話になるだろう。繰り返すがいくら綺麗でも男とはゴメンなのだから、それは避けたい。
そして自分にはゲーム通り、他の王位継承者たる攻めキャラ達を陥れる気も、まして殺す気もない。しかし、どこで物語補正が掛かって自分がやってもいないことで、破滅処刑ENDとなるかわからない。
これまでやらかしたことで結構な恨みを買っているし、後ろから刺されずどうにかしてこれからの“穏やかな暮らし”を手にいれるには。
「華の神子との婚約解消は社交界を騒がせ、王家にもにらまれることでしょう。私はほとぼりが冷めるまでしばらくは修道院に引きこもることにします」
「「修道院!」」とそろえて声をあげる両親にアルクガードは「安心してください。坊主になるつもりはありません」と返すとあきらかにホッとした表情となる。
修道僧ならば厳しい修行を課せられるが、たんなる謹慎となれば家具付きホテルのような貴賓室での三食昼寝付きの優雅な客人の身分だ。朝晩の礼拝には参加しなければならないだろうが、あとは敷地の外に出ることが禁じられているぐらいで自由。
王都での派手な社交と娯楽に溺れた者達には、耐えられない灰色の生活かもしれないが、元引きこもりの視聴者一ケタYouTuberとしては、労働もない快適な生活だ。
両親はアルクガードの言う通りほとぼりが冷めたら外に出てきて、それから次の結婚相手を探すつもりだろうが、自分はそれをのらりくらりと交わして修道院からしばらく出ないつもりだ。
すくなくともエクターの結婚が決まり、次の王が即位するまでは……だ。それぐらいしないと、自分の破滅フラグは回避できないだろう。
それに繰り返すが男と結婚するつもりはない。この世界の貴族の感覚ならば、後継者をつくるのは義務であり、お家存続が第一だろうが、アルクガードにはそんな決意は微塵もない。
ぶっちゃけ一生遊んで暮らせる金があるならば、このまま修道院に引きこもりでもいいのだ。
そして、その生活の保障に立ちはだかる問題は……。
「明日には高等法院に赴き、婚約の解消と補償金の三十六回払いの手続きをしたいと思います」
王都に豪奢な邸宅を構え、さらには広大な領地を有する公爵家だ。それがどうして慰謝料を月々三十六回払いにしなければならないかというと。
「そうだ慰謝料だ! うちにはそんな金などないぞ!」
「そうですよ。アルクガード! 明日は宝石商がやってくるというのに!」
父と母が口をそろえて叫ぶのに、アルクガードは頭が痛いとばかりに、銀縁の眼鏡を外し、その美しい眉間をこれまた爪の先までととのった美しい指でもんだ。
「父上、うちに金がなないわけではありません。王都に所有する借地料や領地からのあがりで、公爵家の家格をたもってなお、あまり十分なものあるはず」
そう父に告げれば彼は決まりが悪そうに「そ、そうだな」とうなずく。そして、いまだ白いフリフリのレースで自身を飾り立てた若作りの母には「また新しい宝石を買うつもりですか?」と冷めた目を向ける。
「公爵家伝来のものに、新たに母上が買いそろえたもので十分なはず」
「とんでもない! 来月の王宮での舞踏会に使い古しの宝石をつけていけというのですか!」
それでダークローズ家の家格が保てない。侮られるとキーキーとわめく母に、アルクガードはふたたび痛くなってきた眉間を押さえる。
前国王を祖父に持つ名門公爵家であり、広大な領地を持つ公爵家であるが、その財政が常に火の車なのは両親のこの浪費癖のせいだ。父親は断れぬ性格のうえに下手な博打で常に負けまくり、母親のほうは己の若作りに命をかけている。その美を保つための高い美容液に最新のファッション、他の貴族の夫人より高い宝石を身に付けていないと気がすまない。
王家から賜った公爵家の領地を切り売りするなどということは出来ない。領地からの税収と借地料は、すべて右から左に両親の散財のために使われていた。ようするに蓄えなんて微塵もない。
三十六回払いの理由はここにある。公爵家にはまとまった金はなく、莫大な慰謝料の支払いを分割払いするしかないと。
「お二人にはこれから“多少”の節約はしていただかねばなりません。父上はどうしても出席しなければならない宮中行事以外の夜会への外出は控えて、夜もお早めに帰っていただくこと」
そうすればしつこいカード賭博の誘いも避けられるというものだ。
「母上についても同様。すでに衣装部屋に衣装も宝石も一杯なのです。何百着もあるような似たような服をいちいち覚えていらっしゃる方も少ないでしょう。ようは組み合わせと創意工夫ですよ」
「断りきれぬ誘いというものがあってな」だの「公爵家の面目を保つために必要最低限なものなのに、この母に恥をかけと!」と未練がましい両親にアルクガードはぴしゃりと言い放った。
「我が家の財務管理は誰に任されているとご存じですか?」
そのとたん二人ともおずおずとアルクガードを見る。そう公爵家の財布を握っているのは学院を卒業したばかりの十八のアルクガードだ。それも三年前、彼が十五のときから。
三年前まで存命だった祖父は、隠居して父に当主の座を譲りはしたが、浪費癖のある息子夫婦のことはよくわかっていて、財布の紐を握り続けていた。
その遺言で、公爵家の財産管理人に指名されたは若干十五歳のアルクガードだった。
彼は父と母に月々十分な小遣いを渡し、父が博打に大負けしたり、母が考えもなく買った宝石ではみ出した分を、公爵家の年間予算をやりくりしてまかなっていた。
カモられた父の博打のイカサマをのちに暴いて、もはや詐欺師なのか貴族なのかわからない相手から慰謝料として財産を巻き上げたりした。
母の衣装や宝石代に関しても、水増し請求していた商店を徹底的に追及し、こちらも裏取引で他にも水増し請求していた貴族達には黙ってやると、口止め料の裏金を受け取った。
こんな慰謝料や裏金も両親の散財を前にしては、焼け石に水みたいなもんだったが。
そもそもアルクガードが私服で黒衣しか身につけず、黒薔薇の君と呼ばれているのだって、黒一色にしてしまえば、新しい服もなにもない。着回しが利くからだ。広い衣装部屋一杯の母の衣服や宝石に比べて、アルクガードの服は部屋に備え付けのクローゼット一つで十分だ。
思えばこの両親のせいで、アルクガードは博打で暮らしているような詐欺師まがいの貴族達やずる賢い商人達から恨みを買い、悪逆非道にして冷酷、守銭奴とささやかれるようになった。それなのに自分は黒い服を着たっきりとは、意外に苦労人ではないか?
転生? したことで悪役令息の意外な一面を知ることが出来、その当人が遠い目になったところで、ひたいが後退気味の父親が「そうはいかんのだ、アルクガード」とおずおずと言った。アルクガードはその神経質そうなこめかみをひくりとひくつかせて。
「お二人には“多少”贅沢を我慢なされてと言っているだけです。毎日の食事にことかく訳でも、着ている服を売り払えと言っているわけではない。なにがご不満なのですか?」
「それがだな、昨夜……」
うつむいた父が告げた言葉に、アルクガードは目をむくことになる。博打で大負けしたのはいつものことだが、その金額にだ。
それは公爵家の年間収入の十年分。そんな金額どう考えたってイカサマだ。ただちに父をハメた相手を訴えてやる! と思ったが、しかし、問題はその裁判の期間だ。判決が出るまで早くて半年、長引けば一年以上。それまで慰謝料の支払いは滞ることになる。
事情を話して先延ばしにしてもらう? いや、そんなことをして、また自分に破滅処刑フラグなど立ったら大変だ。そもそも慰謝料以前に父親の博打の借金が問題だ。
なるほどエクターとの婚約破棄をしておいて、アルクガードがなぜ突然王位に執着を見せだしたか、わかったような気がした。王となれば国の金は使い放題、父の借金と母の散財を補ってあまりある。
追い詰められていたのだな? アルクガード……と自分に語りかけたが、しかし、それで王位を手にするために陰謀を……などとは思わない。それこそが破滅処刑ENDへの最短距離だ。
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