旦那様の不手際は、私が頭を下げていたから許していただけていたことをご存知なかったのですか?

木山楽斗

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8.もう一つの顔

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 私はバルハルド様に連れられて、市場に来ていた。
 そこには多くの人々がおり、大変賑わっている。

 しかし、何故ここに連れて来られたのか、正直まったくわからない。
 ここがバルハルド様の目的地であるようなのだが、何か欲しいものでもあるのだろうか。

「バルハルド様、いらっしゃいましたか」
「ベルザス、首尾はどうだ?」
「上々でございます」

 私が何を買うのかとか呑気に考えていると、初老の男性が近づいて来た。
 その男性に対して、バルハルド様は妙なことを聞いた。首尾とは一体、何の首尾なのだろうか。
 もしかしてバルハルド様は、出品者側なのかもしれない。珍しい私物などを商会を通して売っているという可能性はある。

「そちらの方は?」
「俺の婚約者だ。まだ暫定ではあるがな」
「婚約、ですか? バルハルド様が妻をお迎えになるとは、少し驚きです」
「妻がいる方が体裁的にいいからな。結婚するつもりはあった。もっとも、良き相手が見つからなければその限りではなかったがな」
「なるほど、彼女は良き相手ということですか」

 ベルザスと呼ばれている男性は、私の方に視線を向けてきた。
 身なりや会話からして、恐らく彼は商人であるだろう。そんなことを思っていると、ベルザスさんは私に一礼してきた。

「私はベルザスと申します。バルハルド様の秘書を務めています」
「秘書?」

 ベルザスさんの言葉に、私は眉を顰めることになった。
 彼は今、秘書だと言った。それは何に対するものなのだろうか。
 貴族の業務であるとは考えにくいし、なんだかよくわからない。

「どうかされましたか?」
「ああいえ、私はルヴァーリ伯爵家のリメリアと申します」
「ルヴァーリ伯爵家……あのラルバルーズの」

 とりあえず私は、自己紹介をした。
 するとベルザスさんは唸った。そういった反応には慣れている。ルヴァーリ伯爵家と英雄が結びついている人なら、よくある反応だ。
 そこから話を広げられるというのも、私達ルヴァーリ伯爵家の強みであるだろう。といっても今回は、他に聞きたいことがあるので、その話はしないが。

「えっと、バルハルド様、そろそろ教えていただけませんか? 一体、バルハルド様は、何をされているのですか?」
「バルハルド様、まさかリメリア様に何も伝えていらっしゃらなかったのですか?」
「ふっ……」

 私の質問に驚くベルザスさんに、バルハルド様は笑みを浮かべていた。
 そういった面において、彼は結構子供っぽい所があるのかもしれない。

「俺は貴族として生きていくつもりなどなかった。故に己で生きていく術を身に着けていた。俺は商人として、生きていこうとしていたのだ」
「それって、まさか……」

 バルハルド様の言葉に、私は再度市場を見渡した。
 この市場が誰によって開かれたものなのか、それを理解した私は、ゆっくりと息を呑むのだった。
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