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29.母の人生は

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「なんというか、みっともない所を見せてしまいましたね」

 伯母様と別れてから、私はギルバートさんにそんなことを言っていた。
 まさか泣いてしまうなんて、思っていなかった。他には彼と喫茶店のマスターしかいなかったとはいえ、あれは中々に恥ずかしいことだったと思う。

「……いえ、そんなことはありませんよ。あれは恥じるべきことなどではありません」
「……そうでしょうか?」
「ええ、そうですとも」

 私に対して、ギルバートさんは力強い言葉を返してくれた。
 そんな彼に対して、私は笑みを返す。なんというか、その言葉がとても心強かったのだ。

「……本当にありがとうございました。今日はギルバートさんのおかげで、随分と助かりました」
「僕は別に何もしていませんよ」
「いいえ、きっと一人だったらこんなに簡単に夫人とは話せなかったと思います。色々な面において、あなたがいてくれてよかった……」

 ギルバートさんの存在は、本当に心強かった。
 色々と思う所がある人達に会う故に、私は色々なことを考えていた。もしもギルバートさんがいなければ、私はもっと冷静さを失っていたかもしれない。
 終わってからにはなるが、深くそう思った。故に、ギルバートさんには感謝の気持ちでいっぱいだ。

「……それにしても、母の人生というものはなんだったのでしょうね?」
「え?」
「ああいえ、すみません。ただ、ふと思ってしまって……」

 そこで私は、今日一日を振り返ってつい余計なことを言ってしまった。
 ただそれは、ずっと思っていたことでもある。母の人生は、思えば苦難の連続だったと。

「……信頼できる姉と不仲になって、最悪な夫の元に嫁いで、姉との仲直りも叶わず、とても苦しかったのだろうと思ってしまって」

 一度言葉に出したからか、どんどんと気持ちが溢れてきた。
 母の人生を考えると、落ち込んでしまう。お母様はきっと、心休まる時なんてなかっただろう。苦しい毎日の中で、彼女には何か幸せはあったのだろうか。
 考えれば考える程、母のことが可哀想に思えてくる。どうして彼女は、そんなに虐げられなければならなかったのだろうか。エルシエット伯爵家なんかに、嫁がなければ、少なくともそうはならなかったというのに。

「お母様にとって、エルシエット伯爵家に嫁いだのは不幸としか言いようがないことだったでしょうね。きっと母にとって、嫁いでからの生活は苦痛しかなかったのでしょうね」
「……それは違います」
「え?」

 私の呟きに、ギルバートさんは否定の言葉を返してきた。
 それに私は、少しびっくりしてしまう。思っていた以上に、力強い言葉であったからだ。
 ギルバートさんは、私の目を真っ直ぐに見てきた。その視線から、私は目を離せなくなる。それ程に彼の視線には力があったのだ。
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