商人として成功した私に、妹と元婚約者が資金難なので助けて欲しいと言ってきました。あなた達が私を公爵家から追放したのに、助ける訳ないでしょう?

木山楽斗

文字の大きさ
1 / 23

1(クラール視点)

しおりを挟む
 タルギス王国の商人一家であるウォングレイ家が有名になったのは、ここ最近のことだ。
 当主がクラール・ウォングレイに移り変わったことで頭角を現したことから、初めは彼という人間がとても優秀であると思われていた。
 しかし、その当の本人は、ウォングレイ家の大成は妻のおかげであると発言したことから、人々の注目はウォングレイ夫人へと移り変わっていった。

 だが、ウォングレイ夫人のアルシーナという女性は、謎の人物であった。
 彼女の経歴は不明である。どこで生まれたのか、どのような人生を歩んできたのか、それを知る者は誰もいなかった。

 そんな時、タルギス王国を、いや、タルギス王国だけではなく全世界を震撼させる出来事があった。
 件のアルシーナ・ウォングレイが、自らを行方不明になっていたウェンシィ王国の公爵令嬢、ファルテリナ・ロガルサだと宣言したのである。

 彼女が何故、名前を変えて他国で商人一家の妻となったのか。何故、今頃になって名乗ったのか。人々の注目は、一人の数奇な運命を背負った女性に向けられるのだった。



◇◇◇



 とある商談の帰り道、私はエルガム岬という場所に来ていた。
 商談の相手から聞いたのだが、その岬から見える景色が大変綺麗であるらしいのだ。
 個人的にも興味はあったが、次に会った時の話の種になることから、私はその岬に寄ってから帰路につくことにしたのである。

「おや……」

 そんな訳でやって来たのだが、エルガム岬には先客がいた。
 もちろん、人がいることは別におかしいことではない。ここは一応それなりに有名な場所であるらしいので、誰かが見に来てもおかしくはないだろう。
 ただ、その女性の雰囲気が少し儚げというか、哀愁が漂っているように見えたため、私は少し心配になっていた。

 これも商談の相手から聞いたのだが、この岬では時々嫌なことも起こるらしい。綺麗な場所であることから、身投げする者がいるそうなのだ。
 私の目の前にいる先客は、正に今身投げしようとしているように見えた。次の瞬間にでも飛び出してしまいそうなそんな風に見えてしまったのである。

「……早まってはいけません!」
「え?」

 そんな訳で急いで駆け寄って、彼女を制止することにしたのだが、私の呼びかけに女性は目を丸くした。
 その表情を見て、私は自分が勘違いしてしまったことを悟った。恐らく、この女性は身投げしようとしていた訳ではないだろう。

「……もしかして、私がここから身投げしようとしているとでも思ったのでしょうか?」
「え、ええ、恥ずかしながら……」
「なるほど、急に血相を変えて呼びかけてこられたので、少し驚いてしまいましたが、そういうことなら納得することはできます。まあ、こんな所で女性が一人で見惚れていたら、確かにそう思うのかもしれませんね?」
「いえ、自分の早とちりでした……」

 私の勘違いに、女性は笑っていた。なんというか、とても恥ずかしい。
 しかし、彼女は本当に飛び込みそうに見えた。あれは一体、どうしてだったのだろうか。
 あの儚い顔は、何もない女性ができるような表情ではない。偏見かもしれないが、私はそのように思っていた。

「ですが、あなたは何か悩んでいるのではありませんか?」
「あら? どうしてそう思うのでしょうか?」
「あなたの表情が、そのように思えたのです」

 気になったので、私は彼女に聞いてみることにした。
 別に聞くだけなら、ただである。それで彼女が悩みを抱えていなかったら、もしくは抱えていても話したくないなら否定されるだけなので、とりあえず聞くだけ聞いてみればいいと思ったのだ。

「……確かに、私には悩みがあります。いえ、これは悩みというには少々語弊があるかもしれません。私にとってそれは、既に終わったことですから」
「終わったこと?」
「ええ、とある出来事が起こって、私はその結果、今ここにいるのです。既に結果は出てしまっているのに、私はその出来事のことを引きずってしまっている。そういった所でしょうか」
「……そうなのですね。良かったら、話していただけませんか? 人に話すことによって、少しは楽になるかもしれませんよ?」

 あまりよくわからないが、彼女は何かを抱えているようである。
 それなら、それを話して欲しいと思った。そういうものは、誰かに話すと案外楽になるものだ。少なくとも、一人で抱えているよりは、その方が絶対にましである。

「少し長くなりますが、構いませんか?」
「ええ、構いませんよ」

 私の提案に、彼女は答えてくれた。
 こうして、私は彼女から話を聞くことになったのである。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。

水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。 兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。 しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。 それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。 だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。 そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。 自由になったミアは人生を謳歌し始める。 それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。

価値がないと言われた私を必要としてくれたのは、隣国の王太子殿下でした

風見ゆうみ
恋愛
「俺とルピノは愛し合ってるんだ。君にわかる様に何度も見せつけていただろう? そろそろ、婚約破棄してくれないか? そして、ルピノの代わりに隣国の王太子の元に嫁いでくれ」  トニア公爵家の長女である私、ルリの婚約者であるセイン王太子殿下は私の妹のルピノを抱き寄せて言った。 セイン殿下はデートしようといって私を城に呼びつけては、昔から自分の仕事を私に押し付けてきていたけれど、そんな事を仰るなら、もう手伝ったりしない。 仕事を手伝う事をやめた私に、セイン殿下は私の事を生きている価値はないと罵り、婚約破棄を言い渡してきた。 唯一の味方である父が領地巡回中で不在の為、婚約破棄された事をきっかけに、私の兄や継母、継母の子供である妹のルピノからいじめを受けるようになる。 生きている価値のない人間の居場所はここだと、屋敷内にある独房にいれられた私の前に現れたのは、私の幼馴染みであり、妹の初恋の人だった…。 ※8/15日に完結予定です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観ですのでご了承くださいませ。

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます

衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。 婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。 シェリーヌは16年過ごした国を出る。 生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。 第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。 第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。恋愛小説大賞は51位で終了しました。皆さま、投票ありがとうございました。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人
ファンタジー
「お前のような女が聖女であるはずがない!」 婚約者の王子に、身に覚えのない罪で断罪され、婚約破棄を言い渡された公爵令嬢セレスティナ。 罰として与えられたのは、冷酷非情と噂される「氷の辺境伯」への降嫁だった。 それは事実上の追放。実家にも見放され、全てを失った――はずだった。 しかし、窮屈な王宮から解放された彼女は、前世で培った知識を武器に、雪と氷に閉ざされた大地で新たな一歩を踏み出す。 「どんな場所でも、私は生きていける」 打ち捨てられた温室で土に触れた時、彼女の中に眠る「豊穣の聖女」の力が目覚め始める。 これは、不遇の令嬢が自らの力で運命を切り開き、不器用な辺境伯の凍てついた心を溶かし、やがて世界一の愛を手に入れるまでの、奇跡と感動の逆転ラブストーリー。 国を捨てた王子と偽りの聖女への、最高のざまぁをあなたに。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

処理中です...