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16(アルシーナ視点)
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「まさか、異国の商人一家の夫人が、行方不明になっていた我が国の公爵令嬢だったとは、流石の私も驚きましたよ」
タルギス侯爵家に来て、私は侯爵にそんなことを言われた。
確かに、普通に考えたらそのようなことがあるとは思わない。彼が驚くのも、無理はないだろう。
「私自身も、そのことについては驚いていますよ。こんな面倒な立場にいる女を、普通は妻に迎えません。この人が、とんでもない人であると、侯爵もそう思いませんか?」
「はは、それは間違いない。ウォングレイ家の跡取り息子は、真面目な青年だと聞いていましたが、今回の件によってその印象は随分と変わりましたよ」
「アルシーナも侯爵も、私をそんな酔狂な人間であるように言わないでください」
「あら? 自分で気付いていらっしゃらないんですか?」
「む……」
「ははは、どうやら奥様には頭が上がらないようですな」
私達は、他愛のない話をしていた。
この場にいる全員が、この話を心から楽しめているという訳ではないだろう。この話は、次にする話まで心を落ち着かせる時間を作っているのに過ぎないのだ。
「さて……タルギス侯爵、まず前提に一つお話しておきます」
「おや、なんでしょう?」
「実の所、私はロガルサ公爵家に対して、未練なんて何一つ残っていないのです」
「ほう……」
私の言葉に、タルギス侯爵は少し目を丸めた。
もしかしたら、侯爵は私がロガルサ公爵の地位や権利を取り戻したいと思っていたのかもしれない。いや、思っていたのだろう。普通に考えれば、私が動くというのはそういうことだからだ。
しかし、私はそんなものに興味はない。もういらないと思っている。今の私には、それよりももっと重要なものがあるのだ。
「私の目的は、自身に対する冤罪を晴らして、ウォングレイ家に迷惑をかけないようにすることです。ですから、あなたが望むなら、私が得られた公爵家の全てを渡しても構いません」
「なるほど……非常に魅力的な提案です。しかし、それは受けられませんな」
「あら? どうしてでしょうか?」
「出る杭は打たれるものです。今の私がそこまでの財産を手に入れるということは、この国の数多の貴族を敵に回すことになり兼ねない。身に余る利益は、時に諸刃の剣となると私は思うのです」
タルギス侯爵の言葉に、私は驚いていた。まさか、そのように遠慮されるとは思っていなかったからである。
「私が欲しいのは、私の協力に見合った利益です。あくまでも、あなたを信頼して協力した結果、あなたの厚意によって得られる利益。それが欲しいのです」
「……どういうことですか?」
「美談ですよ。冤罪によって追放された令嬢を厚意によって助けた。私は、そういう結果が欲しいと思っています。噂というものが力を持つことはあなたもご存知でしょう? 人格者の貴族として知れ渡ることは、都合がいい。さらに、あなたからの厚意もいただける。私にとって、それが何よりもいい結果だと思っています」
「……そうですか」
タルギス侯爵は、私が知っている貴族よりもなんというか堅実な貴族であるようだ。
目の前にある多大な利益に食いつかない。なんとも、不思議な人物である。
だが、上手い話には裏があるというのが世の常だ。だから、もしかしたらタルギス侯爵のような具合の方が丁度いいのかもしれない。
「それでは、その丁度いい利益について、話し合いましょうか?」
「ええ、もちろんです」
タルギス侯爵のことを少し不思議に思いつつ、私は彼との話を始めるのだった。
タルギス侯爵家に来て、私は侯爵にそんなことを言われた。
確かに、普通に考えたらそのようなことがあるとは思わない。彼が驚くのも、無理はないだろう。
「私自身も、そのことについては驚いていますよ。こんな面倒な立場にいる女を、普通は妻に迎えません。この人が、とんでもない人であると、侯爵もそう思いませんか?」
「はは、それは間違いない。ウォングレイ家の跡取り息子は、真面目な青年だと聞いていましたが、今回の件によってその印象は随分と変わりましたよ」
「アルシーナも侯爵も、私をそんな酔狂な人間であるように言わないでください」
「あら? 自分で気付いていらっしゃらないんですか?」
「む……」
「ははは、どうやら奥様には頭が上がらないようですな」
私達は、他愛のない話をしていた。
この場にいる全員が、この話を心から楽しめているという訳ではないだろう。この話は、次にする話まで心を落ち着かせる時間を作っているのに過ぎないのだ。
「さて……タルギス侯爵、まず前提に一つお話しておきます」
「おや、なんでしょう?」
「実の所、私はロガルサ公爵家に対して、未練なんて何一つ残っていないのです」
「ほう……」
私の言葉に、タルギス侯爵は少し目を丸めた。
もしかしたら、侯爵は私がロガルサ公爵の地位や権利を取り戻したいと思っていたのかもしれない。いや、思っていたのだろう。普通に考えれば、私が動くというのはそういうことだからだ。
しかし、私はそんなものに興味はない。もういらないと思っている。今の私には、それよりももっと重要なものがあるのだ。
「私の目的は、自身に対する冤罪を晴らして、ウォングレイ家に迷惑をかけないようにすることです。ですから、あなたが望むなら、私が得られた公爵家の全てを渡しても構いません」
「なるほど……非常に魅力的な提案です。しかし、それは受けられませんな」
「あら? どうしてでしょうか?」
「出る杭は打たれるものです。今の私がそこまでの財産を手に入れるということは、この国の数多の貴族を敵に回すことになり兼ねない。身に余る利益は、時に諸刃の剣となると私は思うのです」
タルギス侯爵の言葉に、私は驚いていた。まさか、そのように遠慮されるとは思っていなかったからである。
「私が欲しいのは、私の協力に見合った利益です。あくまでも、あなたを信頼して協力した結果、あなたの厚意によって得られる利益。それが欲しいのです」
「……どういうことですか?」
「美談ですよ。冤罪によって追放された令嬢を厚意によって助けた。私は、そういう結果が欲しいと思っています。噂というものが力を持つことはあなたもご存知でしょう? 人格者の貴族として知れ渡ることは、都合がいい。さらに、あなたからの厚意もいただける。私にとって、それが何よりもいい結果だと思っています」
「……そうですか」
タルギス侯爵は、私が知っている貴族よりもなんというか堅実な貴族であるようだ。
目の前にある多大な利益に食いつかない。なんとも、不思議な人物である。
だが、上手い話には裏があるというのが世の常だ。だから、もしかしたらタルギス侯爵のような具合の方が丁度いいのかもしれない。
「それでは、その丁度いい利益について、話し合いましょうか?」
「ええ、もちろんです」
タルギス侯爵のことを少し不思議に思いつつ、私は彼との話を始めるのだった。
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