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第一部:恋の終わりは
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「The end of love, that it leave from
his.彼女、ココ・シャネルが遺した恋の名言
は数多くあるが、あの時のあなたに一番響く
言葉はあれしかないと思えたんです。だから、
失礼を承知で僕はあなたの部屋番号を確認し、
メッセージを届けた。気味が悪かったです
か?」
悪戯がばれてしまった子供のように肩を
竦め、紫月の顔色を窺う。確かに、宛名も
送り主の名もない、あのメッセージが差し
込まれていた時は、少し奇妙な気分だった。
けれど、その言葉が恋に傷ついた者への
エールだと知っていた自分は、一瞬でも
救われたような心地になれたのだ。
だから紫月は、職権乱用とも言える彼の
行動を咎める気にはなれなかった。
「少しだけ。でも、誰かの悪戯かも知れな
くても、あの言葉は私の心を癒してくれまし
た。あの夜は、本当に打ちひしがれていたの
で……だから、あれは今も手帳に挟んである
んです」
そう言って頬笑んだ時、二人のウエイター
がテーブルの横に立った。そう言えば、まだ、
飲み物さえ口にしていなかったことを思い出
す。
「お待たせいたしました」
その言葉と共に、手際よくシャンパンと
前菜が卓上に並べられる。真っ白なロング
ディッシュに、涼し気な色合いのジュレや
香草が載っている。
「白身魚のカルパッチョ、ホワイトヴァル
サミコのジュレ添えでございます」
料理の名を口にし、一礼するとウエイター
は颯爽とその場を去って行った。一瞬、会話
が途切れ、二人は何となく笑みを交わす。
「ひとまず、乾杯しましょうか。僕たちの
再会に」
フルートグラスに注がれたラ・キュヴェは
きらきらと泡色に輝いている。そのグラスを
手にした月城玲は、まるで異国の王子のよう
だった。紫月もグラスを手にすると、彼に
向けてかざした。「乾杯」と口にし、互いに
シャンパンで喉を潤す。爽快な刺激と共に、
柑橘系と白い花を混ぜたような爽やかな香り
が鼻腔をくすぐる。一気に半分ほどに減った
シャンパンを眺めながら、彼は徐に口を開い
た。
「これで、僕の気持ちは伝わったでしょ
うか」
呟くようにそう言った彼に、紫月は小さく
頷く。そうして、次にくる言葉を想像した。
自分はいまや一久を失い、仮とは言え、
彼から婚約を申し込まれている。
「正式に婚約を申し込みたい」
その言葉を彼の口から聞かされるのは、
間違いないだろう。そうして自分には、
この婚約を断る理由が見当たらない。
紫月はそっとグラスをテーブルに置き、
その言葉を待った。
けれど数秒後、聞こえてきた言葉は
とても意外なものだった。
his.彼女、ココ・シャネルが遺した恋の名言
は数多くあるが、あの時のあなたに一番響く
言葉はあれしかないと思えたんです。だから、
失礼を承知で僕はあなたの部屋番号を確認し、
メッセージを届けた。気味が悪かったです
か?」
悪戯がばれてしまった子供のように肩を
竦め、紫月の顔色を窺う。確かに、宛名も
送り主の名もない、あのメッセージが差し
込まれていた時は、少し奇妙な気分だった。
けれど、その言葉が恋に傷ついた者への
エールだと知っていた自分は、一瞬でも
救われたような心地になれたのだ。
だから紫月は、職権乱用とも言える彼の
行動を咎める気にはなれなかった。
「少しだけ。でも、誰かの悪戯かも知れな
くても、あの言葉は私の心を癒してくれまし
た。あの夜は、本当に打ちひしがれていたの
で……だから、あれは今も手帳に挟んである
んです」
そう言って頬笑んだ時、二人のウエイター
がテーブルの横に立った。そう言えば、まだ、
飲み物さえ口にしていなかったことを思い出
す。
「お待たせいたしました」
その言葉と共に、手際よくシャンパンと
前菜が卓上に並べられる。真っ白なロング
ディッシュに、涼し気な色合いのジュレや
香草が載っている。
「白身魚のカルパッチョ、ホワイトヴァル
サミコのジュレ添えでございます」
料理の名を口にし、一礼するとウエイター
は颯爽とその場を去って行った。一瞬、会話
が途切れ、二人は何となく笑みを交わす。
「ひとまず、乾杯しましょうか。僕たちの
再会に」
フルートグラスに注がれたラ・キュヴェは
きらきらと泡色に輝いている。そのグラスを
手にした月城玲は、まるで異国の王子のよう
だった。紫月もグラスを手にすると、彼に
向けてかざした。「乾杯」と口にし、互いに
シャンパンで喉を潤す。爽快な刺激と共に、
柑橘系と白い花を混ぜたような爽やかな香り
が鼻腔をくすぐる。一気に半分ほどに減った
シャンパンを眺めながら、彼は徐に口を開い
た。
「これで、僕の気持ちは伝わったでしょ
うか」
呟くようにそう言った彼に、紫月は小さく
頷く。そうして、次にくる言葉を想像した。
自分はいまや一久を失い、仮とは言え、
彼から婚約を申し込まれている。
「正式に婚約を申し込みたい」
その言葉を彼の口から聞かされるのは、
間違いないだろう。そうして自分には、
この婚約を断る理由が見当たらない。
紫月はそっとグラスをテーブルに置き、
その言葉を待った。
けれど数秒後、聞こえてきた言葉は
とても意外なものだった。
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