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episode1 私、みえるんです
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母親の目に泪が溢れた。初めから濡れていた頬に、
大粒の泪がつたう。つばさは、ほっとしたような、
なのに、胸が苦しいような、複雑な心境だった。
「どうしてっ、そのこと知って……本当にあなた、
さとるが見えるんですか?あなたには、あの子の、
声が聴こえるんですか!?」
立ち上がって、つばさのブレザーを母親が掴む。
涙でぐしゃぐしゃの顔を間近で見たつばさは、
今朝、ハンカチを忘れてしまったことを、痛く後悔した。
「はい。見えちゃうんです。さとる君、もう、逝かなきゃ
ならないのに、ずっとママが泣いてるから心配みたい
で……。だから、寂しい時は、僕の大好きなママの
ホットケーキ食べて思い出して、って言ってます。
チョコシロップかけるんですね。すごく、美味しそう」
そこまで言うと、母親はつばさの肩にしがみついて
泣き出してしまった。さとる君も、ずっとママにしがみ
ついている。つばさは、ポンポン、と母親の背中を
叩きながら、鼻をすすった。
いつものことながら、この世に残るものと、去るものの
間に立ち会うのは、辛い。
「さとる君からの伝言は、それだけです。
辛いこと言っちゃって……すみませんでした」
ようやく、落ち着きを取り戻した母親に、つばさは
頭を下げた。母親は声もなく、首を振っている。
もう、これ以上つばさに出来ることは何もない。
「じゃあ」
と、その場を立ち去ろうと身を翻したつばさの背中に、
母親の声が聴こえた。
「ありがとう、本当に。ありがとう、ございました」
振り返って、笑顔で首を振る。
躰を折るようにして頭を下げている母親の肩の
向こうから、ふわりと笑うさとる君が見えた。
つばさは、涙で濡れたブレザーを少し誇らしげに
眺めると、再び家路についた。
部屋に入り、重い鞄を机にどさりと放りだすと、
つばさは制服のまま、ベッドに寝転がった。
急いで宿題を済ませ、少しでも台本を覚えなければ
いけないのに、疲れて瞼が開かない。
つばさは、大きくため息をついた。
人知れず、奇妙で忙しい毎日を送るように
なったのは、つばさが中学1年を過ぎた頃からだ。
子供の頃は、ここまで霊感は強くなかった。
時折、黒い影が見えたり、変な声が聴こえたりする
ことはあっても……普通の人と同じように、心穏やかな
日々を過ごしていたのだ。でも、変わってしまった。
原因は、祖母の血筋を受け継いでしまったからだ。
そのことは、つばさもわかっている。
母方の祖母、九重 澄子は、知る人ぞ知る霊能力者だ。
一度として、メディアに顔を出したことはないが、
その霊力は政府要人もお忍びで訪ねてくるほど
有名で、霊視やら除霊やらを無償で引き受けている。
類まれなるその霊力を、生業としない祖母の姿勢には、
つばさも一目置いているのだけど……
現実に、その霊力とやらを受け継いでしまうと、
日常生活はかなりしんどい。
出来る限り、見えないふりをして生きていても、
どういう訳か、さっきのような迷える魂を引き寄せて
しまうのだ。そうして、関わってしまえば、途中で
投げ出すことなどできる訳がない。
「ダメだ。宿題やらないと」
むくり、と起き上がって、わしゃわしゃと短い髪を
掻き毟ると、つばさは部屋の真ん中にあるテーブル
に数枚のわら半紙を広げた。胡坐をかいて、
畳に座る。参考書から出された宿題なら、後ろに
ある解答を写せば、さくっと終わる。なのに、
今日に限って解答の存在しないプリントなのだ。
カチカチ、とシャーペンの芯を出しながら、
つばさは数学のプリントに目を通した。
大粒の泪がつたう。つばさは、ほっとしたような、
なのに、胸が苦しいような、複雑な心境だった。
「どうしてっ、そのこと知って……本当にあなた、
さとるが見えるんですか?あなたには、あの子の、
声が聴こえるんですか!?」
立ち上がって、つばさのブレザーを母親が掴む。
涙でぐしゃぐしゃの顔を間近で見たつばさは、
今朝、ハンカチを忘れてしまったことを、痛く後悔した。
「はい。見えちゃうんです。さとる君、もう、逝かなきゃ
ならないのに、ずっとママが泣いてるから心配みたい
で……。だから、寂しい時は、僕の大好きなママの
ホットケーキ食べて思い出して、って言ってます。
チョコシロップかけるんですね。すごく、美味しそう」
そこまで言うと、母親はつばさの肩にしがみついて
泣き出してしまった。さとる君も、ずっとママにしがみ
ついている。つばさは、ポンポン、と母親の背中を
叩きながら、鼻をすすった。
いつものことながら、この世に残るものと、去るものの
間に立ち会うのは、辛い。
「さとる君からの伝言は、それだけです。
辛いこと言っちゃって……すみませんでした」
ようやく、落ち着きを取り戻した母親に、つばさは
頭を下げた。母親は声もなく、首を振っている。
もう、これ以上つばさに出来ることは何もない。
「じゃあ」
と、その場を立ち去ろうと身を翻したつばさの背中に、
母親の声が聴こえた。
「ありがとう、本当に。ありがとう、ございました」
振り返って、笑顔で首を振る。
躰を折るようにして頭を下げている母親の肩の
向こうから、ふわりと笑うさとる君が見えた。
つばさは、涙で濡れたブレザーを少し誇らしげに
眺めると、再び家路についた。
部屋に入り、重い鞄を机にどさりと放りだすと、
つばさは制服のまま、ベッドに寝転がった。
急いで宿題を済ませ、少しでも台本を覚えなければ
いけないのに、疲れて瞼が開かない。
つばさは、大きくため息をついた。
人知れず、奇妙で忙しい毎日を送るように
なったのは、つばさが中学1年を過ぎた頃からだ。
子供の頃は、ここまで霊感は強くなかった。
時折、黒い影が見えたり、変な声が聴こえたりする
ことはあっても……普通の人と同じように、心穏やかな
日々を過ごしていたのだ。でも、変わってしまった。
原因は、祖母の血筋を受け継いでしまったからだ。
そのことは、つばさもわかっている。
母方の祖母、九重 澄子は、知る人ぞ知る霊能力者だ。
一度として、メディアに顔を出したことはないが、
その霊力は政府要人もお忍びで訪ねてくるほど
有名で、霊視やら除霊やらを無償で引き受けている。
類まれなるその霊力を、生業としない祖母の姿勢には、
つばさも一目置いているのだけど……
現実に、その霊力とやらを受け継いでしまうと、
日常生活はかなりしんどい。
出来る限り、見えないふりをして生きていても、
どういう訳か、さっきのような迷える魂を引き寄せて
しまうのだ。そうして、関わってしまえば、途中で
投げ出すことなどできる訳がない。
「ダメだ。宿題やらないと」
むくり、と起き上がって、わしゃわしゃと短い髪を
掻き毟ると、つばさは部屋の真ん中にあるテーブル
に数枚のわら半紙を広げた。胡坐をかいて、
畳に座る。参考書から出された宿題なら、後ろに
ある解答を写せば、さくっと終わる。なのに、
今日に限って解答の存在しないプリントなのだ。
カチカチ、とシャーペンの芯を出しながら、
つばさは数学のプリントに目を通した。
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