彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode1 私、みえるんです

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「地震?」

斗哉が眉を顰めて辺りを見回す。が、天井からぶら下がる

蛍光灯も、ビーカーやらフラスコが収納されている棚も、

揺れていない。ガタガタと音を鳴らしているのは、通路側の

ガラスだけだった。

「なんだ……これ」

奇妙な現象を前に、さすがの斗哉も顔色を青くしている。

つばさは、ゾクゾクと背筋を這いあがってくる悪寒と、

背中の痛みと、首の痛みに襲われながら、視線を感じて

通路の窓に目を向けた。そして、絶句した。

「!!!!!!!」

そこには、真っ赤な血に顔を染めた、ボロボロの

軍服に身を包んだ兵隊さんが、ギョロッとこちらを

睨みながら、張りついていた。

「ぎゃーーーーーーっ!!!」

つばさは、物凄い悲鳴と共に、掴んでいた斗哉の手を

思い切り振り払った。

「つばさ!?…ってっ!!」

びっくりして、つばさを引き留めようとした斗哉を、

突き飛ばして逃げる。よろけた斗哉が、教壇にぶつ

かったようだが、振り返る余裕はなかった。

ヤバイ、逃げなきゃ!!

つばさの第六感が、野性の勘が、そう言っている。

つばさは、オリンピックの陸上選手顔負けの俊足とも

呼べる速さで、地下道を駆け抜けた。

と、不意に、視覚の片隅に何かが映り込んだ。

見なきゃいいのに、なぜか横を向いてしまう。

そしてまた、絶句。

あろうことか、血まみれの兵隊さんが、

つばさの隣りを猛ダッシュしていた。

「やだぁーーーーーっ!!!」

絶叫しながら、つばさは、必死に走った。

時間にして数秒の距離が、永遠に感じられる。

そしてようやく、地下道の出口に差し掛かった、

瞬間、耳元で呻くような、男の声がした。

「タ…ス…ケテ……」

全身の肌が粟立った。

足がもつれて、そのままズシャッと転ぶ。

「いったぁ……」

派手に擦りむいた膝を抱えながら、つばさは

恐る恐る顔を上げた。通路の方を見る。

そこに、もう、あの兵隊さんはいない。

代わりに、レポートを片手に走って来る、

斗哉の姿が見えた。

「大丈夫か!?」

膝をついて、つばさの顔を覗き込んだ斗哉に

首を振る。膝は痛いし、死ぬほど怖かったし、

全然大丈夫じゃない。斗哉の顔が、ぐにゃりと

歪んで、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「大丈夫じゃない。すごく痛い……」

鼻を啜りながら、しゃくり上げながら、

そう言ったつばさの顔を、斗哉がハンカチで拭う。

そして、そのハンカチで、血の流れる膝小僧を

押さえた。綺麗にアイロンがけされたハンカチに、

血が染みていく。

「やっぱり、俺が一人で来ればよかったな。

俺には見えなかったけど……出たんだろ?

例のヤツが……」


斗哉がつばさの顔を覗き込む。つばさが実験室を

飛び出してすぐ、斗哉も後を追ってきたのに、

血まみれの兵隊など見えなかったらしい。

つばさは声もなく、何度も頷いた。口にすれば、

また、あの兵隊さんが出てきてしまいそうだ。

「とにかく、コレを先生に渡して、保健室の鍵を

借りよう。このままじゃ痛くて帰れないだろう?」

レポートの束を脇に挟んで、斗哉はつばさを

抱えるように、立たせた。転んだ直後は

そんなに痛まなかった膝が、伸ばすだけで

激痛を訴える。

「いっ…た~い!!」

「はいはい。傷を洗って、消毒しましょうね」

まるで、小さな子供を宥める母親のように、

斗哉がつばさをあやす。つばさは、斗哉の肩に

しがみつきながら、足を引きずりながら、

さっき通ったばかりの地下通路を戻った。



「何だ!?その傷は」

職員室に入り、持ち帰ったレポートを差し出すと、

秋山はつばさの足を見て、大袈裟に顔を顰めた。

「いえ、ちょっと幽霊に追っかけられまして」

とは言えず、つばさの代わりに斗哉が適当に

取り繕う。

「すみません。喋りながらよそ見して歩いてたら、

こいつ、派手にコケちゃって。保健室の鍵、

貸してもらえますか?もう閉まってますよね?」
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