彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode3 転入生  神崎 嵐

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「もう、どうしておばさん帰しちゃうの?悪いじゃん。

本当は斗哉のこと、すごく心配してるのに」

二人きりになった病室で、つばさは頬を膨らませて言った。

「わかってるよ。そんなこと」

斗哉が顔を歪める。どうやら、傷が痛むらしい。

つばさは文句を言うのをやめて、椅子に腰かけた。

「もう、こんな時間だし、早く帰らないと親父の飯の

支度もあるだろう?ここの病院、遠いしさ」

ちら、と薬の袋に目をやって言う。確かに、救急車で運ばれた

この病院は、学校からかなり離れている。窓の外は真っ暗で、

時計を見れば時刻は7時を半分回っていた。

面会時間は8時半までだ。つばさは、そっか、と納得した。

「それに、俺たち以外の人間がいたら、話せないこともある」

斗哉が声のトーンを落として、つばさを見た。

つばさは、神妙な面持ちで頷く。つばさも、斗哉に聞きたいことが

あった。そしてその話は、できれば、まだ二人の間で留めておきたい。

つばさは、思い切って口を開いた。

「ねぇ、斗哉。私の背中を押した犯人……見たんだよね?」

単刀直入に訊く。信じたくはないが、つばさの背中を押した犯人は、

学校の生徒以外考えられない。一歩間違えば命の危険さえある

行為を、誰がやったのか?それがわからないと、これからは

落ち落ち階段も下りられない。

つばさがじっと答えを待つと、斗哉は苦し気に頷いた。

「ああ。一瞬だったけど……」

「誰なの?斗哉の知ってる人?」

つばさは身を乗り出して斗哉を問い詰めた。その時だった。


チリ……チリン…チリン……


突然、聞き覚えのある鈴の音が、病室中に鳴り響いた。

「この鈴の音……」

そう言った斗哉と、つばさは顔を見合わせる。病室の照明が、

チカチカと点滅を始めて、つばさは思わず立ち上がった。

「何これっ!?」

つばさのその声に呼応するように、病室の窓ガラスが

ガタガタと揺れる。もちろん、地震でも、風でもない。

窓だけが、不気味に揺れているのだ。


この感じ……凄くやばい。


つばさは、病室を取り巻く恐ろしいほどの霊気に、思わず

躰を震わせた。

「くっ…っ…うっ!!」

突如、ベッドの上に躰を起こしていたはずの斗哉が、

苦しそうに呻き声を漏らし始めた。

「斗哉っ!?」

異変に気付いて、つばさは斗哉を向く。向いた瞬間、

つばさは悲鳴を上げそうになった。


戦慄の光景が、目の前にあった。


見知らぬ女が斗哉の上にのしかかり、あろうことか

首を絞めている。長い髪で隠れて顔は見えないが、

その女がこの世の者でないことは、瞬時にわかった。


「くろ…さわ…くん……いっしょ…に…きて……」


耳を塞ぎたくなるような、悍(おぞ)ましい声でそう言って、

目の前の怨霊が斗哉の首を絞め上げる。

「やっ!!やめて!!!」

つばさは、必死に声をあげて、その怨霊に掴みかかった。

けれど、手を触れることもなく、バン!!!っと躰ごと弾き

飛ばされてしまう。まるで、見えないバリアでもあるみたいだ。

「いった……ぁ」

つばさは後ろに尻餅をついて、顔を顰めた。左手がズキズキ

痛む。それでも、躊躇っている暇などなかった。こうしている

間にも、斗哉の息が、血の流れが、怨霊の手に遮られている。

このままでは本当に、斗哉が連れて逝かれてしまう。

つばさは、ありったけの声を張り上げた。

「だめぇーーーーーっ!!!」

声と共に、物凄いエネルギーが放出された気がした。

そして、バキッ!!と、懐の護符が折れる音。

次の瞬間、ギャッ!!!!っと、叫び声をあげて、女の怨霊が

ベッドから吹き飛ばされた。病室の窓が、さらに激しく揺れる。

数秒後、ようやく静寂が訪れ、もう室内に怨霊がいないことを

確認すると、つばさは苦しそうに咳込んでいる斗哉に飛びついた。


「斗哉っ!?大丈夫???」

赤い顔をして、口元を覆っている斗哉の背中を擦る。

少しして落ち着くと、斗哉は細く息を吐き出して、頷いた。
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