彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode3 転入生  神崎 嵐

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「はぁ、警察かぁ~。怖いおじさんに問い詰められたらどうしよ」

つばさは情けない声でそう言って、天井を仰いだ。

「案外、『かつ丼食うか?』とか、聞かれるかもよ」

嵐が冗談交じりにそう言って、にやりと笑う。

「本当に言うのかな、あれ?」

嵐の冗談を真に受けて身を乗り出したつばさに、

斗哉がぷっ、と吹き出しながら答えた。

「さあ。どうかな。腹減ったって言えば、出てくるかもな」

張り詰めていた空気がほんの少しだけ解れて、つばさは、

じゃあ、言ってみようかな、と白い歯をみせた。




「少し休めば?」

と、嵐が譲ってくれたソファーベッドでウトウトしていたつばさは、

次第に迫って来る感覚に、のそりと躰を起こした。

斗哉は点滴に眠くなる成分が入っているのか、しばらく前から

寝息を立てている。嵐は椅子に座り、腕を組んだまま項垂れていて、

起きているのかわからなかった。

どっ…どうしよう……。

暗闇の中、目を凝らして壁の時計を見る。

時刻は真夜中の1時を少し過ぎたところで、俗にいう丑三つ時丑三つ時うしみつどきだ。

つばさは、こんな時に限ってトイレに行きたくなる自分の躰を恨みながら、

仕方なくソファーベッドを下りた。


「どうした?」

ギッ、とソファーベッドが軋む音と共に嵐が顔を上げる。

つばさは、ええと、と言いながら病室のドアを指差すと、ヒソヒソ声で

言った。

「トイレ、行きたくなっちゃった」

「ああ……俺はここを離れるわけにいかないし、一人で大丈夫か?」

付いていこうか?という嵐の言葉を密かに期待していたつばさは、

ここを離れられないという嵐の最もな返事に、頷くしかなかった。

「うん、大丈夫。ごめんね、起こしちゃって」

泣きそーな気分でそう言うと、つばさはドアを開けて、暗く不気味な

廊下を歩き出した。

真夜中とあって、シンと静まり返った廊下に人影はない。

ナースステーションから漏れる灯りは遠く、つばさは、その途中に

ある女子トイレまで暗がりを歩くしかなかった。

大丈夫。怖くない。恐くない。

自分にそういい聞かせて、急ぎ足で進んでゆく。そうして、

無事にトイレに辿り着くと、つばさは、慌てて用を足した。


ふぅ~、すっきりした。


漏れてしまいそうな程の尿意から解放されて、パンツをあげる。

個室を出て、洗面台で手を洗いながら、ハンカチを忘れたことに

気付き、パッパッと手の水をはらった。その時だった。

トイレの洗面台の鏡に、スッっと後ろを通り過ぎる女の姿が映った。


「!!!!!」


振り返っても、誰もいない。トイレのドアは全部開いていて、

つばさ以外、このトイレには誰もいない筈だった。

嫌な予感がする。

つばさは、慌ててトイレを飛び出すと、暗い廊下を走って戻った。

息を乱して斗哉の病室の前に立つ。心臓はバクバクと早鐘を

打っていて、ドアの向こうの異変を感じ取った第六感は、手に

汗を握らせていた。


斗哉!!!


つばさは、ドアを開けて病室に一歩踏み込んだ。その瞬間、

バン!!!と勢いよくドアが閉まってしまう。

そして、地を這うような、呻き声が耳に飛び込んできた。
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