彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode3 転入生  神崎 嵐

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「なんか、ほっとしちゃった」

くすくす、と笑いだしたつばさに、斗哉が拗ねたような顔をして見せる。

その顔はいつもの斗哉のもので、つばさは頬が緩むのを止められない。

「悪かったな、余裕なくて」

「ごめん、違うってば。斗哉も緊張してるってわかって、嬉しかっただけ」

頬杖をつきながら、ちろ、とつばさを見やる斗哉に、つばさは首を振る。

そうして、温かな光に包まれた歩道を、楽しそうに歩く人たちに目をやった。

「斗哉とさ、一緒にゲーム買いに来たの、いつだっけ?」

窓の外を見たままで、そう言ったつばさに、斗哉もまた同じ風景を

見ながら首をかたむけた。

「……確か、中1のクリスマスじゃなかったかな。

初めて夜の街を歩いて、どきどきした記憶があるな」

「うん、楽しかったけど、何かどきどきしたね」

あの時は、夜の街、というほど遅い時間ではなかったのだけど……

夜空を明るく削っているクリスマスの街中を、斗哉と肩を並べて歩く

だけで、それだけで、嬉しくて楽しかった。

「チョコレートの食玩を交換したこともあったな」

「うん、あったあった。卵型のチョコにフィギュアが入ってるやつでしょ?

あれって、いまも売ってるのかな」



思えば、どのクリスマスの思い出も、隣にはいつも斗哉がいた。


----去年を除いては。


予定があるからと、つばさの誘いを断った斗哉の部屋に、

斗哉ではないもうひとつの人影が見えてしまったあの聖夜。

つばさの人生の中で、あんなに寂しいクリスマスは、

あの夜以外思い出せない。

「去年だけだね。斗哉がいなかったクリスマスは」

ふと、思ったままの言葉が口から零れ出てしまって、つばさは

はっとする。斗哉を向けば、傷付いたような眼差しが待っていた。

「ごめん。変なこと、言っちゃって……」

消え入りそうな声で、そう言ったつばさの手に、斗哉が手を伸ばす。

やんわりと、握られた手の中には、さっき、斗哉がくれた

ばかりのネックレスが淡く光っている。じっと、つばさの顔を

見つめ、斗哉の口が何かを言おうと開きかける。けれど、その

言葉が発せられるよりも先に、斜め上から声が降ってきて、

2人は慌てて手を離した。


「お待たせしました。こちら、メインのパスタでございます」

店員の登場により、一瞬で場の空気が変わる。

2人の世界はあっという間に現実に戻されて、つばさの前に、

美味しそうなズワイガニとトマトのスパゲティー、

そしてバケットが並んだ。

「食後のデザートは季節のジェラートと自家製プリンの

お2つからお選びいただけますが、どうされますか?」

斗哉の前に皿を置きながら、店員が2人の顔を交互に見た。

「プリンにしようか?」

斗哉に返事を促されて、つばさは、うんうん、と頷いた。

かしこまりました、と一礼をして店員がその場を去ると、

2人で同時に息を吐いて、笑んだ。ここはイタリアンレストランで、

周囲の目があることを思い出してしまった。

「あったかいうちに食べようか」

「うん。食べよ。食べよ」

つばさはパスタにフォークを絡めると、美味しいね!と

また感嘆の声を漏らしながら、斗哉と笑い合った。




「ちょっと冷えるね」

店を出て歩き出すと、冷たい風が少し強さを増して、

灯りの灯る木々を揺らしていた。つばさは肩を竦める。

月子が貸してくれたショートパンツの下は生足で、

風が吹けば肌は凍えてしまいそうなほどに、寒い。

不意に斗哉は立ち止まると、繋いでいた手を離して、

自分の首から抜き取ったマフラーをつばさの首に

巻き付けた。

「これで、少しは違うだろ?」

あたたかな温もりと共に、ふわりと斗哉の匂いに包まれて、

つばさは頬を染める。こんな風に、斗哉から女の子扱い

されるようになったのは、いつからだろう?

「ありがと。でも、斗哉は大丈夫?」

また、隣りを歩き出した斗哉を見上げると、斗哉は前を

向いたままで小さく頷いた。
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