彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode4 帰れない道

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「あれは、仕方ないだろ。人工呼吸だよ。見よう見まねだけど……

他に方法なかったし。別に、キスしたわけじゃないから」

そう言った嵐の頬は、あきらかに赤く染まっている。つばさは、急に

恥ずかしくなって、両手で頬を覆った。つまり、嵐は自分を助けるために、

何度も唇を重ねてくれた、というわけで………いや、なんて

艶めかしい言い方は、可笑しい。人工呼吸だ。嵐は人命救助をした

だけだ。………それでも、意識するなと言うほうが、難しい。

つばさは、頬を覆ったままで首を振った。

「ううん。ごめんね。ありがと……嵐」

恥ずかしさで叫んでしまいたい衝動を抑えて、小声で言った。

嵐がちら、とつばさの顔を見て、頷く。そうして思い出したように、ぷっ、

と吹き出すと、目を細めて言った。

「それにしても。あんなに足は速いのに、つばさってカナヅチなのな。

ぜんぜん泳げないから、意外だった」

くつくつ、と可笑しそうに嵐が笑う。つばさは何だか面白くなくて、

口を尖らせた。

「泳げるよ!カナヅチなんかじゃないって。こんな服着たまま、足掴まれて

なかったら、よゆーで1キロとか泳げるもん」

ムキになって足元を指差す。だって本当にそうだ。自分は中学の時だって、

水泳大会の代表に選ばれている。たとえ服を着ていたって、あんなに強く

足を引っ張られてなかったら、もっと泳げたはずだ。そこまで考えて、傍と

つばさは我に返った。そういえば、何が自分の足を掴んでいたのだろう?

あれ?……まだ何か足に絡んでいるような………



つばさはようやく、自分の足に絡みついているに気が付いた。


恐る恐る右足に目を向ける。そして、絶句-----。


「!!!!」


水草でも絡んでいるのかと思っていたそれは、びっしりと緑のコケが生えた、

藻が絡みついた、白骨化した、子供の遺体だった。

「あああああ、嵐っ!!!あっ、あれっっ!!!」

つばさは、嵐の胸にしがみついて声を上げた。つばさの足首を掴んだまま、

くたっ、と砂浜に横たわったそれは、ぽっかりと開いた二つのまなこ

つばさに向けていて、今にも動き出しそうだ。足首を掴んでいる骨の感触が、

ぬるりとして生々しくて……つばさは目に涙を滲ませた。

「ああ、いつ気が付くかなって待ってたんだけど……案外、遅かったな。

その白骨化した遺体が、春樹君だろう?見つかって、良かったな」

あわあわと、泡を吹き出してしまいそうなつばさとは対照的に、涼しい顔を

して嵐が笑みを向ける。砂浜に抱き上げた時からずっと、つばさの足に

何が絡んでいるのかを知っていながら、嵐は放置していたのだ。

意地悪だ。つばさはムッとした顔で嵐を睨んだ。

「知ってたなら、教えてくれればいいじゃん。酷いよ、嵐っ」

「怒るなって。俺だって外してやりたかったけど、それよりお前を助ける

ことの方が先決だったんだよ。目を覚ましたら覚ましたで、教えてやる

タイミングもなかったし」

ぽんぽん、とつばさの肩を叩いて嵐が宥める。そうして、嵐が白骨に

手を伸ばそうとしたその時、白骨化した遺体から、すっ、と人の姿が

浮かび上がった。春樹君だ。つばさは、思わず名前を呼んだ。




「春樹君!!」

目を見開いて、自分を見つめるつばさに、あの夏の日よりも、少しだけ

大きくなった少年が明るく笑う。懐かしい笑顔に、つばさは目を潤ませた。
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