彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode4 帰れない道

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「そりゃ心配だよ。だって……」

「彼氏だからな。大事な」

抑揚のない声でそう言って、嵐がつばさの言葉を遮る。つばさは、思わず

その先の言葉を呑みこんでしまった。斗哉を巻き込んだのも自分なのだと、

そう、言いたかっただけなのに……

「……嵐?」

不意に、自分を抱きしめる腕に力が込められて、つばさは躰を硬くした。

よりいっそう、互いの肌が密着して、嵐の鼓動すら背中に感じられる。

どきりと心臓が跳ねた。嵐は何も言わないまま、温かな息が耳にかかって、

頬が寄せられる。

「ねえ、嵐……寒いの?」

自分を抱きすくめる嵐に、つばさは平静を装って訊いた。本当は、

口から心臓が飛び出してしまいそうなほど、どきどきしている。

「ごめん。嫌な言いかたして……でも、もっと……早く出会えてれば……

って思うと……」

擦れる声で、途切れ途切れに嵐が言葉を口にする。心臓の鼓動は、耳に

うるさいほど大きく鳴っている。寒いからだけじゃない。嵐が、自分を抱きしめる

理由は、もっと他にある。けれど、その理由を訊くのが怖かった。だからもう、

つばさは何も言えなくなってしまった。



嵐の息づかいと波の音だけが聴こえる。

風がまた、冷たくなった。もしも、このまま斗哉が来てくれなかったら……

そう考えてきた時、突然、嵐の手がつばさの顎を掴んで、横を向かせた。

その仕草があまりに自然で、つばさは抗うこともできずに、嵐を向く。

そうして待っていたのは、嵐の熱を宿した瞳と、薄く開かれた唇で………


----キスされる。


つばさは、目を見開いたまま、嵐の長い睫毛が伏せられるのを見つめた。


その時だった。


ピカ、と湖の方から強い光に照らされた。はっとして、光の方に目をやる。

いつの間に、こんな近づいたのだろう?

一隻の白いクルーザーが波しぶきを立てながら、こちらに向かっている。

立ち上がって操縦席を見てみれば、操縦席の横には斗哉の姿があった。



そして、その隣には………




「嵐っ!!斗哉が来たっ!門田刑事もいるよ!!」

ほんの数秒前のことなど吹き飛んだような顔をして、つばさがクルーザーを

見てはしゃぐ。嵐は夢から醒めたような顔で頷くと、案外早かったな、と言って

立ち上がった。ザザッ、と音をさせてクルーザーが着岸する。と同時に、

クルーザーから砂浜に飛び降りた斗哉は、2人の姿を見て表情を凍らせた。

肩からカーディガンを羽織っていたものの、つばさはほとんど裸だ。それは、

嵐も同じことで、この状況を見れば、2人が肌を寄せて温め合っていたことは、

容易に想像できた。

「とーやっ!!」

そんな斗哉の顔色に気付く様子もなく、つばさは笑顔で斗哉を呼んだ。

駆け寄った斗哉がコートを脱いでつばさを覆う。そうして、一度強く抱きしめた。

「凍死する前に来てくれて助かった。黒沢なら、見つけてくれると思ってたよ」

すん、と鼻を啜りながら、嵐が斗哉に声をかける。斗哉は、顔を上げると

得意そうに目を細めて言った。

「お前たちが消えた時は、途方に暮れたけどな。でも、車が突っ込んだ

湖はここだってわかってたから、もしや、と思ったんだ。つばさから、

門田刑事の番号を聞いてたし、すぐに事情は話せたんだけど……」

そこまで話した斗哉に、いやいや、と門田刑事が割り込んできた。

持ってきた毛布をくるりと嵐に巻き付けて、白い歯を見せる。
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