彼にはみえない

橘 弥久莉

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episodeFinal 永遠のワンスモア

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「斗哉。もしかして………結婚してるの?」

返ってくる答えを百も承知で、つばさは訊いた。ちら、と視線だけでつばさを

捉えて、斗哉が頷く。そうして、見たこともないような優しい目をして言った。

「ああ、してるよ。もうすぐ二年になる。いまは出産で里帰りしてるから、

家にはいないんだ。だからちょうどよかった」

その言葉を聞いた瞬間、キリと胸が痛んだ。斗哉の言葉のニュアンスから、

相手が自分ではないのだと悟ってしまう。つばさは、カタカタと震えてしまい

そうになる手を、握りしめた。相手は誰なのだろう?訊いてみたいけれど、

恐ろしくて訊くことができない。つばさはぎこちなく笑った。

「そ、そっか。もう、大人だもんね。結婚してても、全然可笑しくないよね」

うんうん。と頷きながら、強張った顔のまま窓の外に目を向ける。斗哉も

一度口を開きかけたが、何かを思い留まるように口を噤んでしまった。

そしてもう、どちらも口を開くことはなかった。無口な2人を乗せた車は、

大通りを抜けて閑静な住宅街をゆっくり走って行った。







「……お邪魔します」

どうぞ、と促されて入った斗哉の家は、温かみのあるおしゃれな空間だった。

玄関を上がった先には、壁に掘り込まれた小さな棚があり、結婚式に

使われたであろうウェルカムベアが仲良く並んでいる。リビングに続く

廊下にも、可愛い絵や小物が飾られていて、ここで2人が幸せな結婚

生活を送っている様子が見てとれた。つばさは何だか、この家に上がり

込むのが悪い気がして、玄関で立ち竦んでしまった。奥さんがいない

からちょうどいいのではなく、奥さんがいないから不味いのではないか?

そう思って立ち止まっていたつばさを、斗哉が廊下の奥の部屋から

ひょっこり顔を出して手招きする。どうやら、夫婦の寝室のようだ。

「つばさ、ちょっとこっち来てくれる?」

「えっ……いいの?私が入ったりして」

何となく、寝室を見たくない気持ちも手伝って、つばさはその場から

動けずにいた。すると、斗哉は玄関に突っ立っているつばさの元まで

来て、強引に部屋へと連れて行く。

「変に遠慮するなって。そこじゃ浴衣も脱げないし、お前の着られそう

な服だって選べないだろう?」

「いや、でもっ……」

斗哉に背中を押されるかたちで寝室に入ったつばさは、いきなり目の前

に現れたダブルベッドに慌てて下を向いた。



ああ、やっぱり。見たくなかった。




この立派なベッドで斗哉が愛妻と夜を共にしているのかと思うと……

どうにも胸が苦しい。部屋の隅にはベビーベッドまで用意してあって、

布団の色から察するに、赤ちゃんは女の子なのだろう。つばさは両手で

浴衣を握りしめると、唇を噛んだ。仕方ない。斗哉から離れ、澄子の元で

修行をすると言い出したのは、自分だ。斗哉にだって検事になるという

夢がある。その夢の為に、2人の進む道が分かれてしまったのなら、

それは仕方のないことだった。だから例え、斗哉が別の誰かを選んだと

しても、大好きな斗哉には誰よりも幸せでいて欲しい。そんなことを思って、

じわ、と泪が滲んでしまった時だった。斗哉がクローゼットから取り出して

きた服を、つばさにあてがった。ふわりと、甘い香りがする。

「ごめん。あいつ、ほとんど服を持ってっちゃったみたいで、こんなの

しかないんだ。少し寒そうだけど……浴衣よりはましか?」

そう言いながら、およそ、つばさが選びそうにない、フェミニンなロング丈の

スカートと白のタートルニットを合わせてくれる。つばさは、ああ、やっぱり。

斗哉の奥さんは自分じゃない、と改めて絶望しながら頷いた。
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