彼にはみえない

橘 弥久莉

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episodeFinal 永遠のワンスモア

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「お父さん、起きて!!泥棒よ、泥棒!!」

寝室から悲鳴のような娘の声が聴こえた。深く寝入っているのか?

父親が目を覚ました気配はない。やがて、パチパチと木の軋むような音が

玄関から廊下に響きわたり、それに気付いた娘が部屋から顔を出した。



-----そして、絶句。



黄色い炎が天井まで燃え上がり、廊下には煙が充満している。

ここからは、逃げられない。目の覚めやらない父親を抱え、二階に

逃げることも難しいだろう。やがて、部屋にまで充満した煙を吸い込んだ

娘は、父親に折り重なるように倒れた。つばさはそこで、瞼を閉じる。

真実がわかったのなら、これ以上、彼らの苦しみを垣間見る必要はない。

やがて、ゆっくりと目を開けると、そこは元の焼け焦げた玄関だった。







「……何か見えたか?」

目を開けたつばさに、背後から斗哉が問いかける。つばさは唇を

噛んで頷くと、声を潜めて言った。

「犯人は放火してないよ。玄関から逃げてく犯人を見た娘さんが、

寝室に飛び込む時にコンセントにつまずいて、プラグが火を噴いたの」

つばさは端的に、自分が見た光景を口にした。そうして、ゆっくりと

家の中に入って行く。なぜだか寝室が気になる。さっき、二階から自分を

見つめていた娘から感じた、何か。あれと同じような念を寝室からも、

感じる。ギギ、と焦げた廊下を進んで、つばさは奥の寝室を覗き込んだ。



そして、どきりとする。


カーテンが燃え尽きた窓から射しこむ月明かりに浮かぶ、黒い人影。

部屋の真ん中に背中を丸めて座り込み、ゆらゆらと躰を揺すりながら

何かを呟いている。つばさの位置からその人物の顔は見えないが、

この部屋で亡くなった父親であることは間違いない。つばさはその老人

に声を掛けようと思い、部屋の中を進んだ。その時だった。

「……出てって」

背後から、低く抑揚のない声がして、つばさはビクリと肩を震わせた。

ゆっくりと振り返る。すると、さっき二階から自分を見つめていた娘が、

斗哉の背後から自分を睨みつけていた。つばさは、ごくりと唾を呑むと、

鋭い眼差しを向ける娘を向いた。

「あのっ、ごめんなさい。勝手に入っちゃって。事件の真相を知りたくて

霊視させてもらったんだけど……お父さん、大丈夫?あなたも……

心配で成仏できないんだよね?」

つばさは控えめな声でそう言うと、父親の背中と娘の顔を交互に見た。

斗哉が怪訝な顔をして、自分の背後に目をやる。娘は黒く焦げた壁に

貼りつくように立っているのだが、もちろん、斗哉にその姿は見えない。

「父には自分が死んだということが、わからないのよ。だから、生きてた

頃のまま、そこで同じことをしてるの。放っておいてくれる?」

つばさは躰を揺すりながら、何かを呟いている父親を見た。じっと、耳を

澄ましてみれば、何か歌を口ずさんでいるようだ。

「…どもが……かえっ、たあとからは……まあるいおおきな、おつきさま」

動揺だろうか?どこかで聴いたことのある歌だ。つばさは、途切れ途切れに

聴こえてくる歌に耳を傾けながら、娘の顔を覗いた。

「だけど、このままじゃ、ずっとここに留まることになっちゃうし、何か私に

できることあったら……」

つばさがそこまで言った時だった。突然、バキッと木の割れる音がして、

斗哉が立っていた床にぽっかりと穴が開いた。

「……うわっ!!」

バランスを崩して斗哉が膝をつく。咄嗟に、壁に手をついたので穴に

足を突っ込むことはなかったが、つばさはびっくりして大声を上げて

しまった。

「ちょっ!!斗哉っ、大丈夫!!?」

愕きに目を見開いて、斗哉に手を差し伸べようとする。けれど、次の瞬間、

ぞくりと悪寒がして、つばさは思わず背後を振り返った。そして、息を呑んだ。



「!!!!」



ついさっきまで、歌を歌っていた筈の父親が、ギラリとこちらを睨んでいる。

その形相は、鬼をも喰らう般若のような顔で……

つばさは恐ろしさのあまりその場で硬直してしまった。
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