「みえない僕と、きこえない君と」

橘 弥久莉

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第三章:雨の中で

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 (ありがとう)

  僕は彼女の手からそれを受け取ると、
大きな口を開けてかじりついた。ビールで
さっぱりした口の中に、フランクフルトの
ジューシーな味わいが広がる。
 やっぱり、ビールとウインナーの組み合わせ
は最高だよな。と、ひとりそんなことを思い
ながらあっという間に完食した僕は、不意に
ぎこちなく目を逸らした彼女に気付いた。

 あれ、どうしたんだろう?もしかして……

 (ごめん、食べたかった?)

 ゆっくりと唇を動かしてそう聞くと、
彼女はふるふると首を振った。そして、ちら、
と串だけになったそれを見る。彼女の視線を
辿った僕と目が合うと、恥ずかしそうに
はにかんで、小首を傾げた。



-----もしかして、間接キスを意識している?



 僕は彼女の様子からそう察して、ゆるやかに
笑んだ。

 いまさら……僕たちはキスだってしている
のに、とも思ったけれど、そんな小さなことを
彼女が意識してくれているのだと思うと、
何だか嬉しい。
 僕は食べ終えたフランクフルトの皿を
石段に置き、おでんの器を手に取った。
 焼きそばの箸もあるし、温かいうちに二人で
食べた方がいいだろう。

 (冷めないうちに食べようか)

 箸を渡しながらそう言うと、彼女は頷いて
パチリと僕の分の箸を割った。そして、自分も
箸を割り大根に箸をつける。均等に、大根を
半分に割っている彼女を他所に、おでんの中の
ウインナーを半分食べた僕は、残りの半分を
照れたように笑った彼女の口に入れたのだった。



 おでん、ビール、焼きそば、フランクフルト
を完食した僕たちは、(次はどうしようか?)
と、相談しながら境内を歩き始めた。
 思いのほか、ビールでお腹が膨らんで
しまったらしく、彼女はもう食べられない、
と言いたげにお腹を擦っている。
 僕もあとはタコ焼きを食べられれば思い残す
ことはないかな、と、そんなことを考えながら
彼女の隣を歩いていた時だった。

 「…っ、わっ!」

 僕は参道の縁に躓き、側を歩いていた
おじさんにぶつかった。
 ドン、と肩が当たってしまい、おじさんが
顔を顰める。幸い、手にしていた焼きそばを
落とすことはなかったけれど……

 「すみません!大丈夫ですか?」

 咄嗟に謝った僕を、キッ、とおじさんが睨み
つけた。そして、何も言わずにふい、と顔を
背けると、そのまま行ってしまった。
 僕は肩を竦めながらその背中を見送ると、
彼女を向いた。あはは、と渇いた笑いを漏らす。

 境内はテントの灯りで明るかったけれど、
視野の悪い僕が躓くのはよくあることで、
カッコ悪いところを見られてしまったのが、
恥ずかしかった。
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