「みえない僕と、きこえない君と」

橘 弥久莉

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第四章:やさしい時間

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 『もしもーーし、羽柴クン。いま、
大丈夫ぅ?』

 明らかに、酔っぱらっている。
 僕は思いきり顔を顰めながら、答えた。

 「ぜんぜん大丈夫じゃないけど、大丈夫
です。どうしたんですか、急に。いま、外
ですよね?」

 電話の向こうからはガヤガヤと喧騒が聞こ
える。おおかた、合コンか何かの帰りだろう。
と、思っていたら正解だった。

 『そうそう、いま合コン一次会で抜けて
さぁ、一人で帰るトコ。もしかして隣に市原
さんいる?これからそっち泊まりに行っちゃ
ダメだよねぇ?』

 はぁ……何を言っているんだ、この人は。
 僕はようやく、こちらを向いてくれた弥凪と
視線を交わし、ため息をついた。

 「ダメです。いま、彼女来てるんで。まだ、
この時間なら終電間に合いますよね。って言う
か、十分間に合いますよね」

 僕は腰に手をあて、声に苛立ちを含ませて
言った。

 『いや、そうなんだけどさー。合コンで
出会い探してもなかなか良い子見つからない
しね、市原さんに誰か紹介してもらえない
かなー、って思ったのよ。側にいるならさ、
ちょっと聞いてみてくんない?誰かいい子
いない?って』

 「紹介って……弥凪の友達を、ですか?」

 僕はさらに深いため息をつきながら、弥凪の
顔を覗き込んだ。
 弥凪の友達、と言えば、僕が知っているのは
“咲さん”だけだ。気が進まないけれど、町田さ
んには何かと世話になっているし、この間、
花火の穴場を教えてもらった恩もある。

 僕はホワイトボードのマーカーを手にする
と、訳がわからぬまま首を傾げている弥凪に、
筆談で伝えた。


 “電話は町田さんから。合コンでいい人見つ
からないから、弥凪の友達を紹介して欲しい、
ってゆってるけど。どうする?”


 さらさらと、そこまで書いてマーカーの尻
でホワイトボードを突く。コンコン、と音を
させながら口を尖らせると、意外にも弥凪は
ぱあっ、と花咲くような笑顔を向けた。
 そして、僕の手からマーカーを抜き取った。


 “いいと思う!咲ちゃん彼氏いないし、
みんなで遊びに行ったら楽しそうじゃない?”

 「えーーっ!?」

 僕は予想外の返答に、思わず声をひっくり
返した。

 『え、なになに!?市原さん、何だって?』

 僕のリアクションに町田さんが、思いきり
食いついてくる。
 どう言うわけか弥凪は乗り気だが、まだ、
咲さんの了承を得ていないから、話を進める
わけにはいかない。
 と、いうような内容を町田さんに伝えると、
事態は僕の望まぬ方へと転がってしまった。

 『わかった。じゃあ、いまからそっち行くか
ら、“咲ちゃん”に連絡して、みんなでWデート
の計画練ろう!』

 そう言うや否や、ぶちっ、と電話が切られて
しまう。
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