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最終章:「みえない僕と、きこえない君と」

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 いったい、誰が助けてくれたのだろう?
 周囲に人影はなかったし、ドライバー
は走って逃げてしまったのに……。
 そんなことを思っていた時だった。
 部屋の外からぼそぼそと人の話し声が
聞こえて、僕はじっと耳を澄ました。

 「……どうかもう、頭を上げてください。
二人とも助かったんですし、あの子も、
誰かを責めようなんて、少しも思ってい
ないでしょうから」

 「ですが……わたしが二人の結婚に理解
を示していればこんなことには……。息子
さんが助かったから良かったものの、もし、
取り返しのつかないことになっていたらと
思うと。娘が擦り傷一つで済んだのは、彼
のお陰です。いまさら、こんなことを言えた
義理じゃありませんが……きっと、彼だから
あそこまで身を挺して娘を守れたのだと、
思うんです。だから、せめて、わたしに
出来ることは何でもさせてください」

 病室のドア越しに聞こえてきた声は、
母と弥凪の父親のものだった。けれど、
そこにいるのが二人だけではないことは、
すぐにわかった。
 僕の一大事に父が駆け付けない、わけが
ない。

 「どうか、頭を上げてください。市原さん
が二人の結婚に不安を抱くのは親として当然
のことですし、わたしたちも正直、戸惑い
はあるんです。でも、息子の決心は、おそら
く、何があっても揺るがないということも、
わかっている。たとえ、目が見えなくなった
としても、耳が聞こえなくなったとしても、
息子は弥凪さんの手を離すことはしないで
しょう。そういう男なんです。ですから
どうか、少しずつでいい。二人の将来を、
考えてやっていただけないでしょうか?」

 父のその言葉を聞いた瞬間、僕の目から
涙が零れ落ちた。



-----父は僕以上に、僕のことをわかって
くれている。



 そのことが嬉しくて、誇らしくて……

 僕はこの両親の元に生まれたことを、
神様に感謝せずにはいられなかった。

 「あなた、本当は一目見た瞬間から、
羽柴さんのことが気に入っていたのよね?
だから、突然、彼の口から障がいのこと
切り出されて、混乱してしまったんで
しょう?だって、あなた、いつも言って
いたもの。『障がいがあろうと、なかろ
うと、人を愛する権利は何も変わらない』
って、そう、言っていたんだもの」

 弥凪の母親の声は、涙に揺れていた。
 僕は涙を堪えようと唇を噛みしめたが、
零れ落ちる涙は止まらなかった。

 みるみるうちに、枕に冷たい染みが
広がってゆく。

 「……まいったな」

 僕は涙を拭うことも出来ず、掠れた声
でそう呟いた。
 その時、僕の腕に突っ伏していた弥凪
が顔を上げた。
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