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11・目を覚ましたら

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 体があたたかい。

 眠りから覚めた私は、肌触りのよい毛布の中に包まれていた。

 ここ、どこだろう。

 いつもの嫌な香の匂いもしないし、なんだかほっとするような……ん?

 目の前には惚れぼれするような顔立ちの青年がいて、私に腕を回してぐっすり眠っていた。

 その光景に、濃密な前日の記憶が一気に押し寄せてくる。

 そうだ、昨日は大聖堂の窓から人を鳥のように飛ばしたり、コリンナとおじいさんから夕食をごちそうになったり、婚約指輪を売って手に入れたはずの生活資金を一瞬で失ったり……。

 それでカイを……じゃなくて、ディルを衝動買いしたんだった。

 魂剥離が心配だったから、これ以上弱らないように寝付くまで一緒にいたはずだけれど……。

 私は信じられない思いで、意識を目の前の黒髪の青年へと向ける。

 前世の私は動物と、できたら猫と、一番はカイとこんな風に眠ってみたかった。

 それがまさか!

 動物、それも猫、なによりカイ……と同じ魂を持った人が、この野望を叶えてくれるなんて……!

 幸せ過ぎて悶えていると、ディルが目を覚ます。

「あれ? いつの間にもぐりこんだんだ、お前」

 声の通りも昨夜より滑らかになっている。

 肌はもう、青あざのようなひどい色ではない。

 表情は少し気怠そうだけど、相変わらずの美貌だ。

「おはようディル。調子はどう?」

 ディルの青い瞳が、心底不思議そうに私を見つめる。

 あれ?

 私、そんなに変なこと言ったかな。

 それと気のせいか、ディルが少し巨大化しているような……。

「調子はよくなった。それで……お前は?」

「私はぐっすり眠れたよ。ディルが寝るまでついていようと思っていたのに、私の方が寝かしつけてもらったみたい。気づけばお腹も空いているし……なにか一緒に食べようよ」

「お前が作るのか?」

「そうだけど」

 あからさまに怪訝な顔をされる。

 確かに前世の私はカイに手作りごはんを食べさせたくて、料理に挑戦したこともあったけれど。

 出来上がったものは料理と似て非なるものだったし、生まれ変わって覚えているほどインパクトがあったとか……?

「こっ、今回は大丈夫! 私の料理の腕はともかく、大体の作業は魔術で済ませられるから、もうあんなことには……」

「お前、魔術を使えるのか?」

「そうよ。聖女の祈りと魔術って取り扱いが全然違うけど、根源は同じく魔力でつくられているの。食事を作るのは魔術も役に立つし、加工しなくていい食品も持ってきているし、もちろんお腹を壊すようなものは用意しないと約束するから。一緒に食べてね」

「なにを食べるんだ?」

「あなたを買ったとき、コリンナのお父さんがとても喜んでくれて、色々くれたの。それを使ってスープやパンにしようと思うんだけど、ディルは好き嫌いあるの?」

「人間と同じものを食べるんだな」

「? 当たり前でしょ。私をなんだと……」

 ディルは何気ない様子で私の頭を撫でた。

 今までの感じより、ずいぶんカジュアルな接し方のような気もするけれど……。

「!」

 よく見ると、ディルの海色の瞳に猫の顔が映っている。








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